雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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オリ主のお兄ちゃん(その2)が出てきます。
原作に影も形もないキャラクターが生えてくるのはこれで打ち止め……の、はず!



47.キュルケ(2) 火の本質――破壊

 

 それはいまから十年以上も前。()()()()がまだゲルマニア領だったころの話。

 雪がしんしんと降り積もる、降臨祭の終わりのできごと。

 

「やあやあ! キュルケお嬢さま! お久しぶりです! また一段と美しくなられて!」

 

 第一(ヤラ)の月、第二(ヘイムダル)の週、第四(マン)の曜日。

 新年の祝祭が過ぎ、常の静けさを取り戻しつつあったフォン・ツェルプストーの屋敷に、快活な声が響く。

 

 声の主は、すらりとした長身の青年。年の頃は十七、八。古びた礼服に身を包み、毛先に癖のある、くすんだ赤髪を頭の後ろで束ねている。表情はにこやかだけれど、切れ長の赤錆色の瞳は底知れぬ光を(たた)え、見る者に不穏な印象を抱かせる。

 雪深い庭園を歩いてきたらしい彼は靴やマントに雪の塊をくっつけていて、予期せぬ来客に慌てて集まってきたツェルプストーの使用人たちに囲まれ、世話を焼かれていた。

 

 自室の窓から青年が庭を歩いてくるさまを見ていたキュルケは廊下を駆けていき、使用人たちをまるで無視して、彼に思い切り抱きついた。

 その衝撃で、青年の肩に乗っかっていた雪が滑り落ちる。冷たい欠片が首筋に当たって、キュルケは小さく悲鳴をあげる。お付きのメイドが顔を青くするけれど、キュルケは上機嫌のまま、満面の笑みで言った。

 

「ヨアナ! まってたのよ!」

 

 青年の名はヨアナ・フォン・コルパス。

 ツェルプストーと隣接する小さな土地、コルパス領を治めるコルパス男爵家の次男である。

 

「こうりんさいでしょ、どうしてこなかったの」

 

 キュルケは、真冬の外気に冷えたヨアナの服に体をぴたりとくっつけたまま問いかけた。

 責める言葉とは裏腹に、その表情はにこにこと緩みきっている。

 ヨアナは少女の首についた雪を指で拭い、いかにも申し訳なさそうな声色で、

 

「お許しください、お嬢さま(フロイライン)。工房の仕事が忙しく、都合がつかなかったのです。我が師匠、シュペー卿は錬金の分野では偉大なお方ですが、暦を読むのはどうにも苦手なようで……。降臨祭は新年と始祖の栄光を祝う素晴らしい日だというのに、私にはお休みのひとつも用意なさらなかった。去年の暮れからずっと、私は溶鉱炉の世話につきっきり。昨日、ようやくコルパスの実家に帰ることを許されて、それから大急ぎでフォン・ツェルプストーにやってきたのですよ」

 

 幼いキュルケには、ヨアナの言葉はよくわからなかった。

 大人の難しい言葉で煙に巻かれている感じがして、むぅ、と頬を膨らませる。

 

「ああ、美しいフロイライン、そんな顔なさらないで。私まで悲しくなってしまう。私はゼントリングを出られなかったけれど、コルパスの家からは、父と兄が伺ったはずでしょう?」

 

 キュルケはますます、むくれた顔をした。

 

「マラカイさまもヴィルヘルムさまも、てんでダメよ。つまんない。ほかのひとたちといっしょ。こうりんさいでうちにきたひとたち、みんなみんな、おもしろくなかったわ」

 

 新年を祝う降臨祭は、少女にとって楽しい時間ではなかった。

 ゲルマニア有数の大富豪にして軍の名門でもあるツェルプストー家には多くの客が訪れていたが、いまだ幼いキュルケは社交の場に出ることを許されておらず、華やかな宴会や舞踏会を遠く眺めているだけだった。

 ふだんはキュルケの相手をしてくれる兄たちも客人の対応に追われていたし、遊び相手をつとめる使用人も宴会のために忙しかった。年が明けてから今日まで、彼女はずっと自室でひとりぼっち。

 ツェルプストーの縁者や領地の隣接するコルパス家など、幾人かの近しい間柄の者とは挨拶させられたけれど、みなツェルプストー家の威光に怯え、申し合わせたように似通った言葉でキュルケの可憐さ、利発さを褒め讃えると、早々に立ち去ってしまうのだった。

 

 ヨアナは床に膝をつき、キュルケと視線の高さを合わせた。

 どきりとしたキュルケが思わず目を伏せると、ヨアナは少女の耳元に唇を寄せ、低く囁く。

 

「キュルケ、寂しい思いをさせてすまなかった。今日は特別おもしろいお土産を持ってきてあげたから、それで許してくれるね?」

 

 キュルケは頬を染め、こくりと頷いた。

 ツェルプストーの令嬢にこんな無礼なふるまいができる男はヨアナだけで、そこがキュルケの気に入っているところだった。

 当然のこと、彼女の父も兄たちも良い顔をしていなかったけれど、この小さな無礼が黙認されるだけの才覚をヨアナは持っていた。

 

 ヨアナ・フォン・コルパスは十二歳でトライアングルに至った火の使い手。

 学院にも通わず、大都市ゼントリングに工房を構える錬金魔術師シュペー卿のもとで修行していた。

 

 錬金工房というと土系統の独壇場に思われがちだが、金属の精製には火の魔法が欠かせない。

 『錬金』のスペルによる精製が主流なトリステインやロマリアでは土系統がいまだ重用されているが、冶金技術に優れたここゲルマニアでは、工房の主役は火系統である。

 そしてシュペー卿はハルケギニアでも随一と名高い錬金魔術師であり、ヨアナは十五歳になるころには彼の工房の炉を一手に管理する重役を任されていた。

 ツェルプストーの血を引くコルパス家には、彼のような傑出した火の使い手がときどきあらわれるのだ。

 

 とはいえ、ヨアナの能力や肩書きを意識するには、キュルケは(いささ)か幼すぎた。

 彼女からすると、彼の魅力はその身分をわきまえない態度の新鮮さと、彼がゼントリングの街から持ってきてくれる奇妙な品物に尽きるのだった。

 

「ヨアナ、ヨアナ、おみやげってなあに?」

 

 キュルケが尋ねると、ヨアナは唇を歪めた。

 赤錆色の瞳を悪戯っぽくきらめかせ、マントの裾を持ち上げた。

 そうしてそのとき、キュルケは初めて気がついた。ヨアナはマントの内側に、大きな袋を背負っている。

 

「ともあれ、まずはあなたのお父さまにご挨拶せねばならないのですが……」

 

 ヨアナが呟くと、はらはらと彼らを眺めていた使用人たちは急いで彼の髪や靴を拭い、奥の間に姿を消した。屋敷の主人に、客人の支度が整ったことを伝えに行ったのだろう。

 そのさまを楽しげに眺めてから、ヨアナは優しく袋を降ろした。

 キュルケの身長ほどもあるその袋の口を開けて、なかを覗き込み、

 

「ふむ。そろそろ目覚める頃合いだと思ったんだが……、薬が効きすぎたようだ。やはり『水』はよくわからん。兄さんに頼めばよかったかな」

 

 キュルケはがっかりした。

 ヨアナの持ってきたお土産が、動物かなにかだと思ったのだ。

 犬でも猫でもフクロウでも父に頼めば買ってもらえたし、もっと面白い幻獣が見たくなったら、父や兄の使い魔を借りればいい。

 動物は嫌いじゃなかったが、せっかくなら街でしか買えないような下品なおもちゃや、工房で作る新作のカラクリを持ってきて欲しかった。

 

 不満に頬を膨らませていたキュルケは、しかしヨアナが袋からひっぱり出した()()()に目を丸くする。

 男の子だった。

 キュルケとさほど歳の変わらないだろう、金色の髪をした、それは貴族の男の子。

 

「紹介しよう。私の弟だ」

 

 唖然としているキュルケに向かって、ヨアナはにやりと笑う。

 ぐったりと意識を失っている男の子……ヨアナが言うには、『水』の薬で眠らされている、彼の弟……を膝に抱え、片手に杖を構えた。

 

「さあ、いい加減に起きなさい。ツェルプストーに着いたぞ」

 

 ヨアナは慈愛に満ちた調子で言い、弟の鼻に杖をつっこんだ。

 そうして彼がルーンを呟くと、男の子の体が、ぴーんっ、とまっすぐになった。

 ごひゅっ、と壊れた笛のような音を立てて反対の鼻から火を噴き出し、兄の膝から転げ落ちた。

 

 キュルケはぽかんと口を開けてその蛮行を見つめていたが、ヨアナがけらけら笑っているので、つられて吹き出してしまった。

 実際、鼻から火を噴く男の子の姿は、いままでツェルプストーを訪れてきたどんな道化師よりも滑稽だった。

 

「あ、(あつ)……(いて)ぇ……、くそ、ヨアナ、てめえ……」

 

 ヨアナとふたりで笑っていると、床でのたうち回っていた金髪の男の子が咳き込みながら、恨みがましく兄を呼ぶ。

 ヨアナは悪びれもせず、

 

「すまんね、クルト。お前がいつまでも寝てるから、乱暴に起こさせてもらった。ほら、治してやるからこっちに来なさい」

 

 そう言ってポケットから小瓶を取り出し、蓋を開けた。

 クルトと呼ばれた男の子はよたよた立ち上がり、警戒するように後退(あとずさ)った。

 

「おいおい、兄が信用できないのかい?」

「いきなり人の鼻を燃やしておいて、信用されると思ってんじゃねえよ。それにお前、『治癒』なんか使えんのかよ」

 

 ヨアナは肩をすくめた。

 

「たしかに私は『水』に愛されていないがね。しかし火傷の治療にかけちゃ、自分でもちょっとしたもんだと思ってるんだぜ? なにせ、場数が違うからね」

 

 そうしてヨアナが杖を振ると、小瓶の口から粘っこい液体が飛び出し、クルトの顔に張り付いた。

 クルトはがぼがぼと溺れるような音を立てたが、ヨアナがルーンを唱えてふたたび杖を振ると、途端に静かになる。

 

 クルトは荒い呼吸を整えながらも険しい顔で兄をにらみつけ……、ふと気がついたように、キュルケを見た。

 

「え? だれ?」

 

 と呟いた。

 キュルケが返事する前に、彼はきょろきょろと屋敷のなかを見渡して、

 

「いや待て、ここ、どこだ? いったいなんだ、この趣味の悪い……」

「フォン・ツェルプストーだ、我が弟よ」

「はぁ!?」

 

 クルトは愕然とした。

 

「コルパスの降臨祭にはうんざりしてると思ってね。父上に内緒で連れてきてやったんだよ」

 

 ヨアナはこともなげに言うけれど、弟のほうは驚きから立ち直れないらしい。

 口をぱくぱくとさせる弟に向かって、ヨアナは(うやうや)しい仕草でキュルケを示す。

 

「こちらのレディはキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーさま。偉大なる炎の継承者、ツェルプストー家のご令嬢だ」

 

 紹介されたキュルケが条件反射的に一礼すると、クルトも感情のこもらない礼を返した。

 

「俺は、なんだっけ……、ええと、……クルト。そう、クルトだ。クルト・フォン・コルパス……」

 

 そのとき、屋敷の奥から老執事が駆けてきて、ヨアナに耳打ちした。

 ヨアナはにっこり笑って頷いた。

 老執事がまた駆けていくのを見送ってから、彼はキュルケに言う。

 

「君のお父さまから、ご挨拶するお許しをいただいた。仕事が一段落したら、ここまでいらっしゃるそうだよ」

 

 キュルケは思わず、身を硬くした。

 お客を部屋まで迎え入れず、玄関先で応対するのは無礼なことだ。

 つまり、キュルケの父はそれだけ機嫌が悪いということ。

 

 だが、それもある意味では当然である。

 キュルケの父は以前からヨアナを好かない様子だったし、そもそも降臨祭が終わったこの時期に訪ねてくること自体、礼を失している。

 

 これ以上、ヨアナが父さまを怒らせないといいけど……、とキュルケは不安に思った。

 彼女はこの愉快な年上の友人が好きだった。彼がつまらぬことで父の逆鱗に触れ、屋敷を訪れなくなったらイヤだった。

 しかしヨアナは少女の不安もどこ吹く風。弟の肩を親しげに叩き、屋敷にある調度品をひとつひとつ指差して解説を始める。

 基本の造作は前カーペー時代を模したものだが、ヴァロン朝の影響も見える。あそこにかかっているのはジョルジュ・ラ・トゥールの『始祖ブリミルの光臨』、あっちはジョバンニ・ラスコーの描いたイコンで、あの金張りの大きな像は東方から運んできたに違いない……。

 それだけならまだ良いのだが、ヨアナは解説の節目に、必ず彼流の目利きを加えた。あの絵はエキュー金貨千枚、こっちの像は二千枚……朝食の白パンに替えたら何年分になるだろう、といった具合にだ。

 貴族的な優雅さを重視しないゲルマニアで育ったキュルケさえぎょっとするような、下品なふるまいだった。

 クルトはそんな兄の話を、むっつりとした顔で聞いていた。

 キュルケも黙って兄弟の様子を眺めていたけれど、じきに退屈になって、青年のマントを引っ張った。

 

「ねえヨアナ、この子、ぜんぜんおもしろくないわ」

 

 鼻から火を噴くところは愉快だったけれど、それはクルトというより、兄の過激さによるものだ。

 弟のほうはさっきから怒って不機嫌になるばかりで、ちっともキュルケを楽しませてくれない。

 『特別おもしろいお土産』というから降臨祭の欠席を許してあげたのに、これじゃ裏切られた気分である。

 まあ、この子をキュルケの好き放題にいじめていいのなら、話が変わってくるのだけれど……。

 

「申し訳ない、フロイライン。お楽しみまで、もう少しだけお待ちいただけるかな」

 

 ヨアナは思い出したようにキュルケに振り返る。

 弟を詰めていた袋をひっかきまわし、大きな布を取り出した。

 

「『風』の魔法が籠められたマントだ。身につけた者の姿を隠してくれる。さすがに『探知(ディティクト・マジック)』は誤魔化せないが、まあ、ミスタ・ツェルプストーも屋敷の玄関で杖を振ることはあるまい」

「父さまにイタズラするの?」

 

 父が鼻から火を噴く姿を想像し、期待と不安に胸をときめかせたキュルケが問う。ヨアナは大声で笑った。

 

「まさか! これはね、キュルケ、君が使うんだ。クルトを君のお父さまにご挨拶させるからね。近くでこっそり見ているといい」

「あいさつなんか、つまらないわ」

 

 とキュルケは唇を尖らせる。

 父にひれ伏すお客なんて、この降臨祭の間に腐るほど眺めてきた。いまさら見せられたって、面白くもなんともない。

 ヨアナはそんなキュルケに指を振り、頭からマントをかぶせてやりながら、

 

「これが面白いんだよ。私の見立てだと、そろそろ()()が起きる頃合いなんだ」

「ほっさ?」

 

 キュルケはマントのなかからクルトを見つめるが、彼はこちらを見もしない。奇妙に険しい目つきで屋敷を見渡し、ぶつぶつと独り言を漏らしている。

 

「なぁに、この子。ごびょうきなの?」

「心配ご無用。体は至って健康さ。しかし病気といえば、やはり病気かもしれぬ。ハルケギニアでは癒えぬ病気だ」

「ごびょうきなのに、いいの? おうちからつれてきちゃって」

 

 キュルケは心配になって尋ねた。

 

「いいのだとも! むしろ、だからこそ連れてきたのだ!」

 

 ヨアナは髪と同じ(にぶ)い赤色の瞳を輝かせてクルトを見やる。

 

「昨日、コルパスに帰ったとき、クルトはだいぶご機嫌ななめだったからね。降臨祭で、父上がまた浪費癖を発揮したらしい。そこにツェルプストーのお屋敷なんか来てみれば……」

 

 ヨアナは不意に口をつぐんだ。

 屋敷の奥からぴりぴりとした熱気が伝わり、キュルケは(にわか)に緊張する。

 父がこちらに近づいているのだ。それも、相当に機嫌が悪い。

 ヨアナは早口に言う。

 

「さあ、フロイライン、マントをしっかりかぶって。……よし、いいぞ、とっても上手だ。だがその場所はいただけないな。この絨毯(じゅうたん)は毛足が長くて上等な仕立てだからね……エキュー金貨、五百は下らないと見た!……透明な女の子が立っているのが、一目でバレてしまう。そう、その柱の陰に……これはこれは! ミスタ・ツェルプストー! 相変わらずご壮健なようで!」

 

 ツェルプストーを象徴する鮮やかな炎髪に赤い瞳、褐色の肌、威厳を演出するたっぷりとした口ひげを生やした大柄な男……キュルケの父フリードリヒに向かって、ヨアナは深々とお辞儀をした。

 許しを得てから頭を上げると、その顔にはうすっぺらな笑みが貼り付けられている。

 彼が屋敷を訪れるたびに見せつけられる、それはキュルケのきらいな光景だった。

 いつもは大胆不敵で胸をときめかせてくれるヨアナが、父の前では他のつまらぬ男たちと同じになってしまう。

 

 キュルケは魔法のマントに姿を隠したまま、むすーっと唇を尖らせた。

 そうしてヨアナが慇懃にツェルプストーを讃える言葉を並べ立て、父がいかめしい顔であしらっているさまを眺めているうち……、ふと、父がクルトを見た。

 饒舌な客人に気を取られ、いまのいままで、この男の子の存在を見落としていたらしい。

 ヨアナはうれしそうに言った。

 

「申し訳ない! ご紹介が遅れました! これは私の弟です。彼も降臨祭でフォン・ツェルプストーに伺えなかったと聞いて、コルパスから連れてきたのですよ。さ、クルト、ご挨拶なさい」

 

 クルトはヨアナの解説を聞かされていたときから変わらぬ不機嫌な表情で、ぽそりと呟く。

 

「クルト・フォン・コルパス」

 

 キュルケの父は、少年の不躾(ぶしつけ)な態度に驚かされたようだった。

 しかし所詮は子どものすることと判断したのか、よく手入れされた口ひげを撫で、ヨアナに視線を戻す。

 これがヨアナの言ってた『おもしろいこと』なのかしら……、とキュルケは納得し、落胆する。

 たしかに父の驚く顔はめったに見られないけれど、初めてではない。

 彼女が期待していたのは、もっと常識を外れた、燃えるような……それこそ、父が鼻から火を噴くような……不意に、クルトが口を開いた。

 

「悪趣味で、不快な屋敷だ。あなたがこの屋敷の主人らしいが……、なるほど、道理で。屋敷と似て悪臭のする人間だと思いましたよ」

 

 キュルケも、キュルケの父も、目を丸くしてクルトを見た。

 一方のヨアナは片手で口元を押さえ、必死で笑いをこらえている様子。

 クルトはわざとらしく屋敷を見渡し、呆れたように小さな腕を広げた。

 

「どこを見ても低俗だ。下品だ。金貨を積んで派手な品を集めただけの、程度の低い成金趣味だ。実際に金がある分、くそったれのマラカイ親父より質が悪い。これだけの金と力があれば、いったいどれだけの人が救えるか。考えてもみろ。コルパスの降臨祭には、たった一杯の温かいスープのために、雪のなか並んでいる人が何人もいたんだ。女性も、子どもも、老人もいた。妊婦もいた。この世界の文明の程度を考えれば、フォン・ツェルプストーも変わらないだろうに。いいや……、たとえツェルプストーに飢えている民がいなくたって、関係ない。コルパスにはいるんだ。世界の反対側じゃない。隣の領地だぞ。手を伸ばせば届くじゃないか。魔法とやらでひとっとびじゃないか! それなのに、こんな紙切れに金貨を使って……、ああ、まったく、なんだこのくだらない絵は! なにが『始祖の光臨』だ! 役立たずのブリミルめ! 奇跡のひとつも起こせないなら、焚き火にでもしたほうがまだ役に立つ!」

 

 ()()()()()、とキュルケは思った。

 彼の言うことはいまいち理解できなかったが、あの陽気だが敵と見なした者には容赦しない酷薄さを持った父に対して、こうまで噛みつける人間がいるとは、想像したこともなかった。

 ヨアナでさえ、父の前ではふつうの貴族らしくふるまうというのに。

 

「母上やヴィルヘルム兄上の教える貴族の誇りとやら……そんなもの、なんの役に立つのかと思っていたが、ようやく理解したよ。その点だけは、ミスタ・ツェルプストー、あなたに感謝すべきだな。おかげで家族の絆が深まったわけだ。俺の理解したところによると、こうだ――誇りがなければ、人はどこまでも醜くなる。己を律する誇りがなければ、貴族の、魔法の力を身勝手な欲望のためにしか使えない。獣に堕落してしまう。そしてこの国の貴族は、みんな獣だ。あなたはその筆頭だ。古くさい伝統に拘泥しているらしいトリステインやロマリアの貴族のほうが、幾分かマシかもしれない」

 

 もしかして、とキュルケは思う。

 少年の態度に対する合理的な説明が、たったひとつだけ、少女の頭に去来する。

 もしかして……、この子、ゲルマニアの皇帝なのかしら? それとも皇太子さま?

 だってそうでもなければ、こんなこと……少女の夢想は、しかし耳障りな怒声に中断された。

 

「ヨアナ……! ヨアナ・フォン・コルパス! いますぐこの小僧を黙らせろ!」

 

 憤怒と屈辱に顔を赤黒くしたキュルケの父の命令を受け、ヨアナは微笑みを浮かべて杖を振った。

 するとクルトは糸が切れたように崩れ落ちた。ヨアナは床に膝をつき、自らの杖で意識を奪った弟を優しく抱き起こす。

 父はキュルケの前ではけっして口にしたことのない下品な罵りを客人にぶつけ、ヨアナは慇懃な態度で謝罪を繰り返した。

 けれども彼が少しも反省していないことは、キュルケの目には明らかだった。

 

 それからすぐに、父はヨアナと彼の弟を屋敷から追い出した。

 魔法のマントで姿を隠していたキュルケは足音を忍ばせ、彼らの後ろにぴったりくっついて扉を抜ける。

 不機嫌な父と同じ屋敷で過ごすより、この兄弟と一緒にいたほうが面白そうだと思ったからだ。

 

 





オリ主の家族、なにかと盛られがちの法則に基づき、ヨアナお兄ちゃんはスペック高め。
火系統はどれだけ盛ってもコルベール先生にかなう気がしないから、特盛にしてもいいかなって……。
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