雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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5.「で、犯行の現場を見ていたのは誰だね?」

 

 

 ギーシュとの決闘が無事終わり、復活した才人はルイズの顔に落書きしたりパンツに細工したり、せせこましい悪戯をしてはルイズにお仕置きされている。

 キュルケは熱っぽい瞳で才人を見つめ、ときどきフレイムに彼を尾行させている。『原作』通り、彼に惚れてしまったらしい。

 

 肝心のタバサは……よくわからない。

 おそらくは北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールパルテル)の任務で数日授業を休んでいたが、戻ってからも以前と変わらず、いつでもどこでも本を読んでいる(かわいい)。あの決闘で、少しは才人に興味を抱いていたらいいのだが。

 

 

 春の柔らかな陽射しが差し込む自室で、俺はひとり考える。

 『1巻』の主なイベントは、残すところ、デルフ購入とフーケ戦だ。

 

 前者はルイズたち主従がトリスタニア城下街に剣を買いにいき、インテリジェンスソードのデルフリンガーと出会うイベント。

 もう虚無の曜日の正午を過ぎるころなので、もしかしたらすでに終わっているかもしれない。

 

 デルフリンガーは見た目はボロボロのサビだらけだが、実は六千年前の始祖ブリミルの時代から生きる重要人物(重要剣?)だ。

 その経験から才人にさまざまな助言をするだけでなく、敵の魔法を吸収する、大事な場面でぴかぴか光る、といった便利機能を備えている。

 まさに主人公の無二の『相棒』。

 彼がいなくては『ゼロの使い魔』は成り立たない、と言っても過言ではないだろう。

 

 できればふたりに同行し、デルフを買うところまで見届けたかったが、ついていく口実が見つからなかった。

 偶然を装って街で合流してもいいが、そこまでする必要もないだろう。

 あとで才人がデルフを持っているか確かめて、もし持っていなかったら俺が買いに行こう。そして適当な理由をつけて彼に渡してやればいい。

 ルイズの雑用を引き受けてくれてどうもありがとう、とか。

 

 

 『フーケ戦』は俺の計画……『タバサメインヒロイン計画』ではより重要なイベントになる。

 『1巻』のボスである『土くれ』のフーケは悪名高い盗賊で、『原作』では魔法学院の宝物庫から秘宝『破壊の杖』を盗み出す。

 偶然その現場に居合わせたルイズたちが捜索隊に名乗りをあげて、フーケと対決、『破壊の杖』を奪い返す……という筋書きなのだが、地味にタバサが(正確には、彼女の使い魔であるシルフィードが)大活躍する。

 そのくせ結果的にはルイズと才人が仲を深め、互いを意識するきっかけになる、という実に理不尽なイベントなのだ。

 俺はここに介入し、才人がタバサの活躍に気づけるように誘導し、ふたりの絡みをもっともっと増やしていくつもりだ。

 

 ルイズたちがフーケの犯行を目撃するのは、デルフリンガーを買う虚無の曜日……つまり今日の夜のこと。

 キュルケも才人のために高価な剣を買っていて、ルイズの買ったデルフとどちらを彼に使わせるのか、と決闘しているところにフーケのゴーレムが現れるのだ。

 だからフーケ戦に介入するにはルイズとキュルケの決闘に居合わせなくちゃいけなくて、そのためには買い物から……でもそのための口実が……。

 なんて、昨日まで悩んでいたのだが。

 俺はベッドに寝転がって、今夜から続くだろうイベントに備えて眠ることにした。

 

 

 

「で、犯行の現場を見ていたのは誰だね?」

「この四人(・・)です」

「ふむ……」

 

 大穴のあいた宝物庫の前で、トリステイン魔法学院の学院長、オールド・オスマンは俺たちの顔を順々に眺めた。

 ルイズ、キュルケ、タバサ、そして俺。それから才人を興味深そうに見つめ――才人は使い魔なので、数に入っていないのだ――俺たちに命じる。

 

「詳しく説明したまえ」

 

 ルイズが進み出て、突然大きなゴーレムが現れたこと、ゴーレムが宝物庫の壁を殴り壊したこと、その肩に乗っていたメイジがおそらく『破壊の杖』を盗み出したこと、そうして現場を去って行くゴーレムを追いかけたが途中で崩れ、あとには土くれしか残っていなかったことを述べた。

 

「ふむ……後を追うにも、手がかりナシというわけか」

「あの、クルトは……」

 

 ひげを撫ぜて考えをまとめるオスマンを前に、ルイズが遠慮がちに言った。

 俺も一歩進み出て、

 

「私も似たようなものです。いきなりゴーレムが現れ、宝物庫を壊して逃げていった。肩に黒い人影がいるのも見ました。ルイズたちのように追いかける勇気はありませんでしたが」

「よい、よい。相手はかの『土くれ』のフーケ。ひとりで挑むのは蛮勇というものじゃ。情報を持ち帰っただけで報奨ものじゃて。しかし……君はミス・ヴァリエールたちと一緒じゃなかったのかね?」

 

 オスマンの問いに、俺は頷く。

 

 そう、俺はあのとき一人だった。

 フーケ戦に参加するには、ようは『目撃者』であればいい。

 ルイズたちの決闘と関わらなくとも、ただちょうど良い時間に宝物庫の周りをうろつき、慌ててやってきた教師たちに「フーケを見ました」と告げれば十分なのである。

 

「あんな夜更けに、何をしていたのですかな?」

 

 オスマンの隣に立つ頭髪の淋しい中年の教師、コルベール先生が尋ねてくる。

 捉えようによっては厳しい質問だが、俺が疑われているわけではない。純粋に好奇心から訊いているだけなんだろう。

 

 コルベール先生とは入学当初から個人的な付き合いがある。

 実家の土地開発の相談に乗ってもらったり、一緒に実験を行ったり、『錬金』や火のスペルについて個人的な教授を受けたりしているのだ。

 『前世の知識』を持つ俺は、彼からすると奇妙な発想の宝庫に見えるらしい。そうして俺からしても、トリステインでは珍しい柔軟で科学的な思考を持つ彼は話していて面白く、気安い相手だった。

 なにせ、どんな魔法の使い方を提案しても「異端だ!」なんて叱りつけたりしないのだから。

 

 そんなコルベール先生は、俺が夜中に出歩いていたと聞いて、なにか奇抜な実験を企んでいると思ったに違いない。

 瞳の輝きから、その好奇心が如実に伝わってくる。

 俺はその期待を裏切ることにわずかな罪悪感を覚えながら、

 

「散歩です」

「散歩? あんな時間に?」

「ええ、使い魔が寝付けないようでして」

「しかし君の使い魔は……」

 

 と、コルベール先生が眉をひそめたちょうどそのとき、ミス・ロングビルが現れた。

 オスマンは自身の優秀な秘書――実は『土くれ』のフーケその人であるロングビルに厳しい目を向けた。

 

「おお、ミス・ロングビル。この非常時に、どこに行っておったのじゃね?」

「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりました」

 

 ロングビルは落ち着き払った様子で答えた。

 彼女の弁によれば、なんと、もうフーケの居場所を突き止めたという。

 近在の農民に聞き込みを行った結果、学院から馬で四時間ほどの森にある廃屋に怪しい黒ローブの男が目撃されているのだとか。

 

「フーケに違いありませんぞ! すぐに王室に報告しましょう! 王室衛士隊に頼んで……」

「ばかもの! 王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ! その上……、身にかかる火の粉を己で振り払えぬようで、何が貴族じゃ! 魔法学院の宝が盗まれた! これは魔法学院の問題じゃ! 当然我らで解決する!」

 

 こうして犯人がわかった状態で現場にいると、彼女の大胆不敵さがよくわかる。

 冷静に考えれば穴だらけの説明で、黒ローブの男がフーケとは限らないし、馬で四時間かかる場所の情報が、朝から始めた調査で手に入るわけもないのだが。

 そんなあからさまな矛盾も、興奮の渦中にいると見えなくなってしまうらしい。

 

「では、捜索隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ」

 

 オスマンの呼びかけに、誰も応えなかった。

 みな視線を俯かせ、困ったように顔を見合わせあっている。

 ……怒りに肩を震わせている、たったひとりを除いて。

 

「では、私が」

 

 その『ひとり』が我慢の限界に達する直前、俺は杖を掲げた。

 『原作』でまっさきに杖を掲げるルイズは、悔しいけれど、かっこいい。フーケのゴーレムを実際に見ている俺は、そのかっこよさが尚更わかる。

 才人がうっかり惚れちゃうのも仕方ない気高さだが、この俺がいる限りそうはさせない。一番手は譲ってもらう。

 

 こういう他ヒロインが好感度を稼ぐシーンをこまめに潰していくのも『タバサメインヒロイン計画』の重要な一要素。

 千リーグの道も一歩から、というわけである。

 

「ミスタ・コールス! 君は生徒じゃないかね!」

「お嬢に遅れを取るわけには、いかないんで」

 

 驚愕した面持ちのコルベール先生に、俺は不承不承答えた。

 半分演技で、半分は本音。

 俺だって、ほんとはフーケと対決なんて危ないマネはしたくない。

 

「その『お嬢』っての、いい加減やめなさいよね」

「ミス・ヴァリエール!」

 

 見ると、怒りに顔を引きつらせたルイズが杖を掲げていた。

 

「何をしているのです! あなたも生徒でしょう! ここは教師に任せて……」

「誰も掲げないじゃないですか」

 

 シュヴルーズの言葉を遮り、ルイズは言い放った。

 その堂々たる様子に、こいつ、ほんとに犯行現場を見たのか、と俺は思う。

 昨夜宝物庫を襲ったフーケのゴーレムは、圧倒的に巨大で緻密、そして強力だった。遠目に見ていた俺でさえ、その迫力に背筋が震えた。同じ土のメイジとして、格の違いをまざまざと感じされられた。

 そんなフーケとの戦いを自ら志願するだなんて、正気の沙汰じゃない。

 勇気ではなく、ただの蛮勇。

 愚かで無謀としか言いようがない。

 

 だというのに、ルイズは真剣だった。

 凜々しく、神聖な美しさがそこにはあった。

 

 背後に視線を移すと、才人がぽーっとした顔でルイズを見つめている。

 見せ場潰しは、どうやら失敗したらしい。

 しかし不思議と残念には思えず、むしろ奇妙な心地よさがあった。

 

 そうしてルイズが譲らないので、キュルケも渋々杖を掲げた。

 ヴァリエールには負けられない、ということだ。

 そんなキュルケを見て、タバサも無言で杖を掲げる。

 

「タバサ。あんたはいいのよ。関係ないんだから」

「心配」

 

 キュルケは感動した面持ちでタバサを見つめ、ルイズも小さな声で、ありがとう、と言った。

 俺は友達思いなタバサがますます好きになり、ついでにルイズを少しだけ見直した。なぜって、タバサにちゃんとお礼を言えたからだ。えらいぞルイズ、成長したな。

 

 その後、教師たちから反対の声があがったものの、結局誰も杖を掲げない。オスマンは俺たち(と、才人)をフーケ捜索隊に任命すると、みんなを勇気づけるように言った。

 

「なあに、心配は要るまいて。彼女たちは、敵を見ている。その上、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つと聞いているが?」

 

 宝物庫がざわめくが、タバサは気にもしないで突っ立っている(かわいい)。

 騎士(シュヴァリエ)は王室から与えられるものとしては最下級の爵位だが、他の爵位と違い、純粋に業績に対してのみ与えられる。

 つまり、それを持っていること自体が実力と実績の証明なのだ。

 まあ、ガリアの闇をつかさどる北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールパルテル)であるタバサからすれば、シュヴァリエなんて実力のほんの一端を示すものでしかないのだが……まさかこの場で公表するわけにもいかないだろう。

 

「ミス・ツェルプストーはゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法も、かなり強力と聞いておる」

 

 キュルケが得意げに髪をかきあげ、隣に立つタバサが小さく頷いた。

 自分が褒められるより、友達が褒められるほうがうれしいのか。それともキュルケの炎の強力さを、誰より知っているという自負からだろうか。

 いずれにせよ、激しくかわいかった。

 

 オスマンは、今度はルイズを見た。咳払いして、しばしの間、考えて、また咳払いして、

 

「その……、ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女で……その、うむ、……なんだ。将来有望なメイジじゃな。……しかもその使い魔は、平民の身でありながら、グラモン元帥の息子である、ギーシュ・ド・グラモンに勝ったという噂で」

「そうですぞ! なにせ彼はガン――」

 

 オスマンは慌てた様子でコルベール先生の口を押さえた。

 どうやら『原作』通り、このふたりはちゃんと『ガンダールヴ』に辿り着いたらしい、と俺は安堵する。

 彼らがその事実を知ってどうこうするわけではなかったはずだが、現時点では『原作』から乖離しないに越したことはない。

 オスマンは取り繕うように俺に目を向け、

 

「そしてミスタ・コルパスは――」

「コールスです。オールド・オスマン」

「おお、そうじゃったな。歳を取ると忘れっぽくなっていかん。コルパスは君の兄じゃったかな?」

 

 オスマンはひげを撫ぜながら笑ってみせる。

 このような場で言い間違いを指摘するなど無礼極まりない振る舞いだったが、この間違いだけは見過ごせない。なにせこの場には、学院長以上に怖いお嬢様がいるのだから。

 

「ミスタ・コールスの家系はヴァリエールとツェルプストー、両家の血を……」

 

 ルイズとキュルケの視線が交差し、火花が散るさまを俺は幻視した。オスマンも冷や汗をかきながら、

 

「えー、その、血が……なんだね、血で血を洗う争いと縁のある土地でな、その子息であるクルトくんも、たいそう鍛えられたそうじゃな! さて、ここな勇士たちに勝てるという者がいたら、前に出なさい! ……いないね? よろしい!」

 

 微妙に絞まらない空気ではあったが、オスマンは威厳たっぷりの表情を作り上げ、俺たちに言う。

 

「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」

 

 俺たちは一瞬だけ視線を合わせ、

 

「杖にかけて!」

 

 と唱和した。

 ふだんはぽつぽつとしか喋らないタバサも、さすが王族、というべきか、堂々と透き通った宣誓だった。

 そういうタバサと声を合わせられたことが妙にうれしくて、俺は自分の感性がハルケギニアの貴族社会にすっかり毒されていることに気づくのだった。

 

 

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