雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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キュルケの話はここまで。



50.キュルケ(5) 微熱の意味

 

「意味がわからない」

 

 とタバサは言った。

 オルレアンに向かう馬車の上、キュルケの長話を飽きもせずに聞いていた彼女は、しかし最後の最後でついていけなくなったらしい。

 

「わかんなくても、仕方ないじゃない。あたしたち、それで友達になったんだから」

 

 理屈っぽいタバサは親友の言葉に納得できずにいるのか、不思議そうに首を傾げている。

 ただ、こればかりは理屈ではない。

 なったのだから仕方ない、と言うほかないのだ。

 

 キュルケが彼を落とすべく続けていた努力を止めた途端に、ふたりは上手くいってしまった。

 翌朝、教室でごく自然に声をかけたキュルケに対し、彼もまた自然に、少しばかり不機嫌そうに返事をした。

 それを何度か繰り返せば、友人という関係のできあがり。

 キュルケが思うに、クルトとは相性が良かったのだ。

 恋人ではなく、友人として。

 

 ただし、ツェルプストーとコールスとヴァリエールの三角関係を楽しんでいた生徒たちは、『友人』と『恋人』を区別する繊細さを持ち合わせていなかった。

 とうとうクルトがキュルケに陥落したとの噂が流れ、彼の名誉は崩落し、やがてルイズから『砂城』の二つ名を(たまわ)ることになるのだが……それはまた別の話。

 

「あとは……、そうね。きっとあなたのおかげね」

 

 タバサはますます首を傾げた。

 キュルケはそんな友人に悪戯っぽい笑みを向ける。

 

「そりゃほんとうは、恋人か焼き炭のどっちかにしてやりたかったけどね。でも友達ってのも悪くないって、あのとき、そう思えたのよ」

 

 さらさらとした、宝石みたいにきらめく青髪を優しく撫で()かし、キュルケは言った。

 

「だって、あなたと友達になれてよかったって、あたし何回感謝したかわからないわ。友達も恋人に劣ったものじゃない……いいえ、友達のほうがずっと素敵なんだってあたしが思えるのは、タバサ、あなたのおかげなのよ」

 

 キュルケをまっすぐ見つめ返していた青い瞳が、わずかに揺れる。

 タバサはその視線をキュルケの顔から胸元へ落とし、己の指先へ、馬車の床へ、それからふたたびキュルケの瞳に向け、最後に窓の外の景色に移した。

 

「なによ、照れてるの?」

 

 返事はなかった。

 タバサは唇をまっすぐにした無表情で首を振り、読書を再開しようとして……本を落とした。

 いつも冷静な彼女には珍しい、あまりにもわかりやすい動揺。

 キュルケはそんなタバサを抱き寄せ、額にキスをした。

 

「ねえ、タバサ。あたしの可愛いタバサ……」

 

 むずがるように首をすくめたタバサの耳元で、吐息混じりに囁く。

 

「あたし最近、クルトの気持ちがわかるようになっちゃったの。あなたのせいだわ」

「意味がわからない」

 

 とタバサは繰り返した。

 雪のように白い彼女の頬は、かすかに赤く染まっている。

 ほんの小さな変化だったけれど、タバサの親友を自負するキュルケが見逃すはずもない。

 

 

 

 ふたりを乗せた馬車が旅の目的地に着いたのは、それから二日後。

 国境を越え、ガリアに入って間もなくのこと。増水したラドグリアン湖を東に眺めながら街道を進むと、タバサの実家が見えてくる。

 

 フォン・ツェルプストーのキュルケをして身構えてしまいそうな、(ふる)い、壮麗な作りの屋敷。

 しかしなによりキュルケを緊張させたのは、石造りの門に刻まれた紋章……交差した二本の杖、『さらに先へ』と書かれた銘……、ガリア王家の紋章である。

 それだけでも不安にさせられるのに、近づくと、紋章には痛々しい傷が刻まれていた。不名誉印だ。王族の血を引きながら、その権利を剥奪されたことを意味するしるし。

 

 ……そりゃあね、ガリアの王弟家(オルレアン)って聞いた時点で、覚悟してたけど。

 

 常のキュルケであれば、親友が王族だったからって怯えたりしない。

 珍しい友達ができたものだと、よろこぶだけである。

 仮にその家に不名誉印を見つけても、そんなら気軽に付き合えるわね、いっそゲルマニアに亡命する? なんて笑ってみせる自信がある。

 

 けれどもキュルケは、予言を聞いているのだった。

 この帰省に付き合うことで、タバサの秘密を知ることになる、と。

 そしてこの親友の未来には、恐ろしい苦難が待ち受けているのかもしれない、と……。

 

 もはや疑う気持ちもなかったけれど、どこか受け止めきれずにいたクルトの言葉が急速に現実味を帯びてきて、キュルケの心を、重く冷たく沈ませる。

 

 

「お嬢さま、お帰りなさいませ」

 

 玄関前に馬車を駐めると、ひとりの老僕に出迎えられた。

 他に出迎えのものはいない。というより、この老僕……おそらく、クルトから聞いたペルスランという人物……のほか、人の気配がどこにもない。

 屋敷が立派で手入れが行き届いている分だけ、沈黙が不気味に感じられた。

 

 老僕のあとをついて静かな邸内を歩き、案内されたのは屋敷の客間。

 

「家の方にご挨拶したほうがいいかしら?」

 

 促されるままソファに座ったキュルケが問う。色よい返事は、はなから期待していない。屋敷に招かれた貴族の最低限の礼儀として、尋ねなければならなかっただけだ。

 タバサは静かに首を振る。キュルケが予感していた通りに、暗く沈んだ無表情で。

 

「待ってて」

 

 とタバサは呟き、客間を出て行った。

 ややあって、老僕がワインと菓子を携え客間に戻ってくる。

 キュルケは彼が給仕を終えるのを待ちながら、さりげなく名前を聞き出した。

 老僕が予言通りのペルスランであることを確かめた上で、この屋敷の……タバサの抱える事情を尋ねた。

 

 そしてキュルケは、タバサの、シャルロット・エレーヌ・オルレアンの悲劇を知る。

 

 

 

「……こりゃたしかに、勇者サマに頼りたくもなるわね」

 

 夜。

 オルレアンの屋敷の一室でキュルケは呟いた。

 ソファに深く腰掛け、ベッドで眠る青髪の少女に険しい視線を送った。

 

 キュルケがペルスランの話を聞いている間、おそらく母と過ごしていたのだろうタバサは、いつも以上に冷たい空気を纏って客間に戻ってきた。

 彼女はペルスランから任務の手紙を受け取ると、風呂と夕食を早々に済ませてベッドに入った。

 

 明日からの任務に備えるため、と本人は言っていたが、やはり気を張って疲れていたのだろう。

 彼女は横になるなり、すぐに寝てしまった。

 キュルケの昔話で多少は緊張がほぐれた様子だったけれど、ラドグリアン湖が見えた辺りから、タバサはずっと様子がおかしかったのだ。

 学院を出た直後みたいに、その表情はこわばって動かず、本を開いてもページひとつ捲ろうとしなかった。

 

 淡い月明かりに照らされたタバサの寝顔はいまだあどけない少女のそれで、あの恐ろしい悲劇を抱えているようには、とても見えない。

 

「王位継承争いの犠牲者、ね……」

 

 キュルケはペルスランの話を反芻する。

 タバサの父、オルレアン公シャルルは兄ジョゼフによって殺された。

 魔法と人格に優れたシャルルは、無能で暗愚な兄のジョゼフより王にふさわしいと噂されていたからだ。

 

 そしてジョゼフは弟を謀殺するのみならず、その娘をも手にかけようとした。

 シャルルの娘……まだシャルロットと名乗ることを許されていた当時のタバサはワインに毒を盛られたが、母が娘を庇い、自らその毒を口にした。

 そしてタバサの目の前で、オルレアン公夫人は心を壊した。

 いまも壊れたままだ。

 タバサの心も、きっとそのとき壊れたっきり、治っていないのだろう。

 

 以来、タバサは母を人質にとられ、王家の命じる危険な任務に身を投じ続けている。

 タバサが『タバサ』なんて名乗っているのも、滅多に口を開かないのも、笑わないのも、どれだけ言っても恋人ひとり作ろうとしないのも、ときどき学院から姿を消すのも……、すべてはこの悲劇が原因だった。

 

 

 トリステインとアルビオンの戦争が始まったあの日、クルトから予言を聞いたキュルケは、タバサの()()に苦難が待ち受けていると思っていた。

 けれどもそれは、間違いだった。

 苦難は()()にあり、そして()()にあった。

 キュルケ以上の実力と騎士(シュヴァリエ)の称号を持つこの親友がただならぬ事情を抱えていることは察していたけれど、まさか、ここまでとは……そのとき不意に、ある想像が脳裏をよぎる。

 

 楽天家のキュルケをして背筋が寒くなる、恐るべき想像が。

 

 それはたったひとつの疑問――未来には、いまよりずっと悪い事態が待っているんじゃないか、という素朴な問いかけ。

 たとえば……そう、水の精霊を相手にするより、もっと恐ろしい任務を命じられるとか。

 

 いったいどんな任務があり得るだろう。

 恐怖の代名詞とも語られる吸血鬼や、風使いの天敵であるミノタウロスと戦わされる? あるいは火竜山脈の火竜の群れにでも放り込まれるんじゃないか。

 いや……、その程度の相手であれば、キュルケが助けられる。クルトの『予言』があれば、必要なときに手を貸すことができるはずだ。

 

 だけど、そもそも、ガリア王はいつまでこの()()()()態度を続けるのだろう?

 危険な任務を命じるなんて回りくどい方法をやめて、直接にタバサを処分すると決めてしまったら……。

 いくらタバサの腕が立つとはいえ、一国を相手に敵うはずがない。

 母を人質にとられている彼女は、亡命することさえ叶わないだろう。

 

 ああ、そういえばクルトの話では、精霊の求める秘宝『アンドバリの指輪』は死者を傀儡にするという。

 タバサを殺して傀儡にすれば、ガリア国内に燻るオルレアン公派を操ることも容易(たやす)いはず。

 まともな王族なら、まっさきに考える利用法だ。

 まして、ジョゼフは己の王位を確かにするために弟を殺した残虐な王。躊躇(ちゅうちょ)するとは思えない。

 

 あるいは、タバサをさらなる悲劇に導くのは、悪意ではないかもしれない。

 たとえばオルレアン公派が謀反を起こし、タバサがその旗頭にされる。ガリアをふたつに割る戦争の地獄に巻き込まれる……その可能性は、十二分にあるのだ。

 『無能王』に殺された優秀な王弟の一人娘で、本人も魔法の才能に恵まれているとなれば……、

 

「かあさま」

 

 せつない呟き声で、キュルケは我に返った。

 

「かあさま、飲んじゃだめ、かあさま……」

 

 ひとりベッドに眠るタバサが、何度も母を呼んでいる。

 うなされているのか、その寝顔は恐怖に歪み、額に汗が浮かんでいた。

 

 キュルケは操られたように立ち上がるとベッドに入り、タバサを強く抱きしめる。

 そうでもしないと、とても耐えられそうになかった。

 

「ん、ぅ……、きゅる、け……?」

 

 腕のなかのタバサが身じろぎし、寝ぼけた声で言った。

 どうやら、起こしてしまったらしい。

 キュルケは親友の声に安堵して……、こんなに幼い、悪夢に怯える小さな少女に(すが)ろうとしていた自分に気がついた。

 火のような羞恥が、キュルケを襲う。

 

「キュルケ……」

 

 タバサはまだ半分寝ているのか、キュルケに腕を回して抱き寄せ、その胸に顔を(うず)めた。

 キュルケもまたタバサに身を寄せ、優しく髪を撫でた。

 相変わらず、羨ましくなるくらい柔らかくてさらさらな、しかし女の子にしては短い髪の毛。

 伸ばせばいいのにと何度も言ってるのに、タバサはいつも自分で短く切ってしまう。

 去年の夏、見かねたキュルケが整えてあげると言い出すまで、タバサはずっと田舎娘みたいな頭をしていたのだ。

 

 友人が髪を伸ばさなかった理由……タバサ自身が『邪魔だから』と端的に表現していたその理由を、キュルケはいまなら理解できる。

 それは手入れが面倒だとか寝るときに鬱陶しいとか、そんなくだらない理由ではない。危険な任務に身を投じるとき、長い髪が命を奪う隙を生みかねないという、切実な理由だった。

 

 そんなにきれいな髪なんだから、伸ばしたらいいじゃないの。そしたら男子たちも放っておかないわよ……自分が何気なくかけていた言葉が、どんなに残酷だったか。タバサはいったいどんな気持ちで、自分の髪を切っていたのか。

 キュルケは想像して、泣きたくなった。

 

「ごめんなさい」

 

 腕のなかで、タバサが呟く。

 

「まきこんでしまった」

 

 囁くような謝罪の言葉に、キュルケはいよいよ恥ずかしくなる。

 ほんとうは、自分が彼女を気遣ってやらなきゃいけないのに。

 胸の内にある恐怖も緊張も、この小さな友人には見透かされていたのだ。

 

「明日からの任務も、やっぱり来なくていい。屋敷で待ってて」

 

 キュルケは鼻の奥がつんとするのを感じながら、タバサの後ろ髪をくしくしと撫でてやる。

 

「バカ言わないで。あたしも行くわ」

「いい。いつもひとりだから」

「だったらなおさら、ここで待ってるわけにはいかないわね」

 

 キュルケは諭すように言うけれど、タバサは妙に(かたく)なで、

 

「シルフィードがいた。もうひとりじゃない。あなたは待ってて」

「なによ、あたしじゃ頼りにならないっての?」

 

 拗ねたように言うと、あろうことか、タバサは頷いた。

 

「ならない。あなたじゃ怪我をする。正直、足手まとい」

 

 キュルケは親友の優しさに、強さに、意地っ張りに、ますます泣きそうになった。

 しかしそれを露ほども見せずに……少なくとも、見せないようにキュルケは努力して……、タバサの頬を(つね)った。

 

「いひゃい」

 

 呟くような抗議も無視して、キュルケは柔らかなほっぺたをぐいぐい、むにむにと(もてあそ)ぶ。

 

「生意気なことを言うのは、この口かしら?」

「……ひらにゃい」

 

 タバサはぷいと顔を(そむ)け、キュルケの指を逃れる。キュルケは手を伸ばして、わずかに熱を持ったその頬に触れる。

 

「いまさらそんな、つれないこと言わないでよ。あたしが好きでやってるだけなんだから」

 

 タバサは答えなかった。

 それは否定ではなく、しかし肯定でもなく、タバサが深い考えに沈んでいることを表す沈黙だと、キュルケは親友と共に過ごした時間によって理解する。

 

「ごめんなさい」

 

 それから長い間があって、タバサは呟いた。

 

「もう、タバサ、さっきから言ってるでしょ。あなたが気にすることじゃないの。これはあたしが……」

「ちがう。これはわたしの問題。わたしの、個人的なこと。あなたは関係ない」

 

 タバサは声を荒げた。

 彼女が学院で発した言葉の半分以上を聞いているはずと自負するキュルケをして、それは初めて聞く種類の、感情的な、どこか不器用な声だった。

 

「わかってた。あなたは……、あなたなら、こうするはずだと。この家に来てしまったら、きっと事情を聞き出して、そして、助けてくれるはずだと……、そばにいてくれるはずだと、わかって、つれてきてしまった。ごめんなさい。わかってたのに。ことわらなきゃ、いけなかったのに……」

 

 タバサは言葉に詰まり、ひゅうと大きな音を立てて息を吸った。また何か言おうとして、けほけほと咳き込んだ。

 キュルケの小さな親友は、こんな話し方をするのに慣れていないのだ。

 

「ねえ、タバサ……」

 

 手のひらでタバサの頬を包み、そっと撫でてやりながらキュルケは問う。

 

「それなのに、どうしてここまで連れてきてくれたの?」

 

 タバサは首を振った。

 常の冷たい拒絶とは違う、ほんとうのことを言ったら叱られるから口を開きたくないと駄々をこねる子どものような、弱々しい仕草だった。

 キュルケは、じっとタバサを待った。

 この子はすべて打ち明けてしまいたいはずだと、そう感じたから。

 

「……ゆめ」

 

 長い、ひどく焦れったい沈黙の後、タバサはかすれた声で呟く。

 

「こわい、ゆめ……見るから。母さまに会ったあと、いつも、ゆめを見る。か、かあさま、が、わたしの……」

 

 キュルケはタバサを抱きしめた。

 ぎゅうっと、細い体を押し潰さんばかりに力を籠めて。

 

「ごめんね、意地悪なこと訊いちゃったわね」

 

 それから腕の力を緩めて、タバサに言う。

 

「あたしの可愛い、小さなタバサ。もしあなたが全部わかった上で連れてきてくれたっていうなら、あたしは誇りに思うわ」

 

 タバサは首を振った。

 

「あなたに甘えただけ。利用、しただけ」

「バカね。それが誇りなのよ。あなたが怖い夢を見ないですむなら、あたしはいくらでも利用されてあげる。貴族って……友達って、そういうものでしょ?」

 

 キュルケは微笑みとともに言った。

 この怯えきった親友を慰めるための虚言ではなく、それは真実、彼女の胸を焦がす信念だった。

 友達を助けるためであれば、いくらでも己の炎を貸してやりたい。

 この身に宿る『微熱』はきっと、タバサの心に吹きすさぶ雪風を解かすためにあるのだ。

 

 得体の知れない未来への恐怖に支配されていたキュルケの思考は、いつのまにか、常の明るさを取り戻していた。

 来るかもわからない未来を恐れ、うじうじと悩んでたって仕方ない。

 クルトの中途半端な予言のせいで調子を狂わされていたけれど……、

 

「……ああ、そっか。もうわかってたのね」

 

 ふと、キュルケの口から嘆息のような言葉がこぼれた。

 腕の中で首を傾げたタバサに、なんでもないのよ、と頭を撫でてやりながらキュルケは思う。

 

 この旅に出る前、タバサはクルトにも声をかけていた。

 『実家に帰る』と、ただひとことだけ。

 自分のことを滅多に話さない彼女には珍しいその報告は、やはり、誘いだったんじゃないか。

 キュルケの同行を許したのと同じように、彼にも秘密を打ち明け、そばにいて欲しかったんじゃないか……。

 

 もしタバサに聞かせたら『誤解』と切り捨てられそうな()()的な発想。

 けれどもキュルケには、この発想にそれなり以上の自信があった。

 なぜって、クルトがタバサに向ける情熱には、『微熱』のキュルケをして感心させられるものがあるのだから。

 タバサがそれに気づいているかはわからないが、少なくとも、彼が彼女の身を案じ、ときに過剰なまでの心配を見せることに対しては、満更(まんざら)でもない様子である。

 孤独な戦いを続けてきた彼女がその心配をもう少しだけ欲してしまうのは、ごく自然なことじゃないか。

 

 タバサは彼を『おかしい』『知りすぎてる』と言い、信じていいものか悩んでいる様子だったけれど、心の底では、とっくに答えがわかっていたのだ。

 

「大丈夫よ、タバサ。あたしがついてる。あたしたちが、あなたを守ってあげる」

 

 キュルケは子どもをあやすように、タバサの背中をぽんぽんと叩いた。

 タバサは甘えて、ごく小さく頷いた。

 

 ひとまずは眠って、明日からの戦いに備えなくてはならない。

 そしてそのうちにクルトが来たら、今日知ったタバサの事情について、そして彼女の未来に待っているだろう苦難について、よく話し合う必要がある。

 そういえば、道中ですれ違ったウェールズについても相談しなければ。

 『アンドバリの指輪』に関する情報は他にないのか。もっと早くに王宮に報告して、あの(うるわ)しの皇太子の誇りに泥を塗る誘拐事件を未然に防げないか。未来を良くすることはできないのか……。

 

 そんなことを考えている間に、タバサは眠ってしまったらしい。

 穏やかな、規則的な寝息が、腕に抱いた小さな体から伝わってくる。

 

 キュルケはタバサを起こさないようにそっと髪を撫で、自身に言い聞かせるように囁いた。

 

「へいきよ。なんにも心配いらないわ。どんな未来だって、あたしの『微熱』があたためて、照らしてあげる。だからいまは、安心しておやすみなさい……あたしのシャルロット」

 

 

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