今度は才人のターン。
クルトが惚れ薬を飲んだ時点から始まります。
「才人!才人!才人!才人ぉぉぉおおうわああああああん!」
澄んだ涼やかな風が吹き、満天の星空には仲睦まじい双月が踊る、美しい初夏の夜のこと。
トリステイン魔法学院は女子寮塔、モンモランシーの部屋にて。
シエスタとの密会の現場を暴かれ、主人の折檻という恐怖に震えていた才人は、しかしまったく別種の、未知の恐怖に襲われていた。
「あぁああああ…ああ…あっあー!あぁああああああ!!!才人才人才人ぉおおぁわぁあああ!!!」
この世界で自分をまともに扱ってくれた数少ない存在、初めての男友達……しかしルイズにシエスタとの事情を密告し、魔法を巧みに使ってこの場所まで追い詰めてきた裏切り者……クルトが自分をきつく抱きしめ、奇声をあげているのである。
「あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん」
首元に顔をつっこんでふがふがと臭いを嗅がれ、才人は寒気がした。
いますぐにでも彼を振り払って逃げたいのに、体は金縛りにあったように動かない。
あまりの状況に脳が理解を拒んで、悲鳴すらあげられないのだった。
「んはぁっ!平賀才人たんの黒髪をクンカクンカ……うごぁっ!?」
突如、衝撃が才人を襲う。
もはや慣れ親しんだ爆発が間近に起こり、クルトを吹き飛ばしたのだ。
当然才人も爆風を食らうが、男友達の抱擁よりずっとマシである。
才人は床を這いずってクルトから離れ、直前まで逃げ回っていたことも忘れてルイズの背後に身を隠す。
ルイズは才人を庇うように前に出ると、床に転がっているクルトに杖を突きつけた。
「く、く、クルト、あんた……と、とうとう、正体あらわしたわね! あんたからも目ぇ離さないようにして、やっぱり正解だったわ!」
クルトは爆発の拍子に体を打ったのか、腰をさすりながらむくりと起き上がる。
ルイズに冷めた目を向けて、ぶっきらぼうに言った。
「お嬢……いきなり爆発なんて勘弁してくれよ。俺はともかく、才人が怪我したらどうすんだ。前々から思ってたけど、お前は才人に乱暴しすぎるんだよ」
その口調があまりにもいつも通りのクルトだったので、才人はかえって混乱を深めた。
……いや、内容はちょっとおかしい気もするが。
「つ、使い魔の
「あるよ。才人は、俺の……、と、友達、なんだから」
クルトは頬を染めて
以前、ルイズがこれと似たような仕草で『あ、あんたはわたしの、使い魔なんだからっ』とか言ってる姿を見て、胸がきゅんとしてしまった記憶が蘇る。
しかし男友達に同じことをやられても、少しも嬉しくないのである。
「友達? よくもそんなこと言えたわね! 恥知らず! あんたもうサイトに近づかないで!」
クルトはショックを受けたような顔をしたが、すぐにルイズをにらみ返し、
「それは才人が決めることだ。いくら彼がお嬢の使い魔だからって、口出しされる謂れはないね」
「う、ううう、うるさい! この、異端者! ブリミルの敵! 悪魔! いまなら宗教庁に通告するのだけは許してあげるわ! いいこと!? これが最大限の譲歩よ! わかったら、いますぐサイトの前から消えなさい!!」
異端? 通告? と、なにやら穏やかではない響きに、才人は目を白黒させる。
とんでもないことが起きているのはわかるが、その正体がなんなのか、さっぱりわからない。
これもまたハルケギニア特有の風習なのか……と頭を捻っていると、ギーシュが妙に気遣わしげに言った。
「あー、つまり、きみ……、あれだよ。ここトリステインでは……、というかブリミル教においては、男色は違法なのさ。ルイズがトリスタニアの主教会に通告したら、まず間違いなく、コールス家は破門だろうね。お
「ダンショク? なにそれ? そんな悪いことなの?」
間抜けに問い返すと、ギーシュは悲しげに首を振った。彼はモンモランシーに流し目を送るけれど、「わたしに言わせないで!」と甲高い声で命じられたので、実に言いづらそうに、
「男色というのは、まあ、その……、男同士の、アレだ。こう……、行き過ぎた友情というか、キュルケがよく言う『情熱』的な……わかるだろ? そういうアレだよ」
数秒の間、才人は言葉の意味を考えた。
それから、あんぐりと口を開けた。
「いや、しかし、きみたち、以前からやけに仲が良いとは思っていたが……ははあ、まさか……」
「んなわけねえだろ!」
才人は叫び……、叫んでから、思い出す。
クルトのやつ、最初っからやけに親切だった。
ギーシュとの決闘で怪我したとき、毎日部屋に通って『治癒』してくれてたっていうし。アルビオンに向かう道中でもスポドリみたいなポーションくれたし(しかも才人がそのポーションを気に入ったことをたいそうよろこび、学院に戻ってからも、たびたび『錬金』で作ってくれている)。ラ・ロシェールでホームシックに陥ったときは、親身になって慰めてくれた。
告げ口されて喧嘩していた時期もあったけれど、クルトは基本的には、才人にとても親切だ。
甘い、と言ってもいいくらいに。
「……も、もしかして、……そう、なのか?」
「まあ、その……なんだ。認めるのは
「アホか! こちとら国に帰れねえから困ってんだよ! つーか俺までそっち扱いすんな! だいたい、男同士なんて俺の国でも……」
と、言いかけて、才人は気づく。
よく考えたら、違法ではない。同性愛者を取り締まる国は地球にもあるらしいけれど、日本では、それが罪に問われることはない。
中学生のころ、体育館に集められて
そのときは他人事だとばかり思っていたけれど、たしか、クラスにひとりは
だとしたら、クルトが
だから……、うん、クルトが
ルイズはぎゃあぎゃあ騒いでるけど、自分はちゃんと人権教育とか受けてる日本人なのだ。
そんなので友達を差別したりしない。
しないけれど……、しかし、その想いが自分に向けられているとなると、やはり話が違ってくるのだった。
ぞっとするような想像をした才人がクルトに目をやると、クルトは不機嫌そうに言う。
「おい、ルイズ、ギーシュ。さっきから勘違いしているようだが、俺は異端じゃない。妙なこと言わないでくれよ。才人が怖がってるだろ」
ルイズは彼に杖を向けたまま、
「異端じゃないなら、さっきのアレはなんなのよ」
「それは、こう……あれだよ。急に友情が昂ぶって?」
「そういうのを、ブリミル教じゃ異端って言うのよ! 出ていきなさい! もう二度と、サイトの前にあらわれないで!」
いや、そこまで言わなくても……と才人は思い、しかし口には出せなかった。
下手にクルトを庇って、自分までその道の人と思われたらたまらない。
クルトは悲しげな瞳を才人に向けたが、すぐに目を逸らし、黙って部屋を出て行った。
それから気まずい沈黙が流れ、猛烈な居心地の悪さに襲われた才人は、おずおずと口を開いた。
「な、なあ、ルイズ。なにもあんな言い方しなくてもよかったんじゃ……」
「なによ。あんたも異端趣味だっていうの?」
「ちげえよ。俺はフツーに女の子が好きだっての。でも、さすがにかわいそうじゃんか」
才人が言うと、ルイズは
冷静になって、罪悪感が芽生えてきたらしい。
ルイズはつんと顔を
「別にいいのよ。あいつ、しつこいもの。どうせ明日には平気で話しかけてくるわ」
「そうかなあ……」
才人は首を傾げた。
クルトの告げ口をきっかけにした喧嘩では、仲直りまでやけに時間がかかったけど。
「ところで、きみたち」
ここまで成り行きを見守っていたギーシュが咳払いした。
「いつまでモンモランシーの部屋にいるつもりなんだね? というか、どうしてこんな時間にみんなしてやってきたんだね?」
「あ、そっか。ここモンモンの部屋だったんだな。ルイズ、もう遅いし、部屋に帰ろうぜ」
と才人はルイズを振り返り……、思い出した。
クルトの衝撃で記憶から抜けていたけれど、そもそも、彼はルイズから逃げている最中だったのだ。
「そうね、犬。続きは、お部屋で、ゆっくりお話しましょうか」
ルイズもそのことを思い出したようで、その小柄な体は先ほど火の塔で見たときと同じように、怒りでぷるぷる震えている。
「い、いや、俺、やっぱりもうちょっと夜風にあたっていこうかなーって……お゛ぁんっ!?」
鋭い前蹴りが股間に直撃し、才人は崩れ落ちた。
ルイズはそんな才人の首根っこを掴んで部屋を出る。このまま自室まで連行するつもりらしい。
才人は廊下を引きずられながら、
「あの、あのね、ルイズ、ちがうんだよ、シエスタの件は誤解で……」
そのとき突然、壁の隙間から大量の砂があふれ出し、ルイズの手から才人を奪い取った。
砂は才人の体を高く持ち上げ、それと同時に、廊下の影から人影があらわれる。
「く、クルト! どういうつもりよ! サイトと関わるなって言ったでしょ!」
「断る。才人が怖がってるだろうが」
クルトは低く呟き、ルイズをにらみつけた。
彼の印象からすると意外なほど鋭い、奇妙に迫力のある目つきだった。
「教会に通告したきゃ、好きなだけするがいいさ。才人を見捨てるくらいなら、破門されたほうがずっとマシだ」
「いいから、サイトを返しなさい。わたしの言うこと聞くのは、あんたの義務でしょーが!」
脅迫が通じないことを察したのか、ルイズは話の切り口を変えた。
けれどもクルトはたじろぎもせず、
「義務だな。だが、恋の情熱はすべてに優先する。そう思わないか?」
「やっぱサイトのこと好きなんじゃないの! っていうか、ツェルプストーみたいなこと言ってんじゃないわよ!」
ルイズが声を荒げ、クルトは皮肉っぽく唇を歪めた。
「おいおいお嬢、忘れたのかよ。俺にはツェルプストーの血も流れてるんだぜ?」
「え? そうなの?」
才人は砂に持ち上げられたまま、素朴に尋ねた。
ルイズがにらみつけてくるけれど、気になってしまったものは仕方ない。
一度好奇心が疼き出すと、才人はどうにも止まれないのだった。
「ツェルプストーって、キュルケんちだろ? 外国じゃなかった?」
クルトはにっこり笑って才人に答えた。
「そうだよ。俺の家はトリステインとゲルマニアの
「へー」
そういや姫さまの任務を受けるとき、家柄がどうとか、ゲルマニアとの同盟がどうこう、みたいなこと言ってたっけ……と才人は思い出す。
「だから、ツェルプストーの血を引く俺がヴァリエールの使い魔を奪っても、なにもおかしくない。そうだ、才人、今夜は俺の部屋に避難したらどうだ? 俺は床で寝るからさ」
いや待て。
それはちょっとおかしくないか。
クルトの趣味が露呈する前なら大喜びで受け入れていただろう提案に、才人は思わず身をすくめた。
しかし、だからと言ってこのままルイズと一緒に部屋に戻るわけにも……。
「そうね、それも悪くないかもね」
「え、ちょ、ルイズ!?」
突如として強硬な姿勢を崩したルイズに、才人は愕然とした。
ルイズは意地悪な、嗜虐的な笑みを才人に向けて、
「ねえバカ犬。選ばせてあげる。クルトとわたし、どっちがいい? どっちの部屋で、朝まで過ごしたいかしら? クルトもそれでいいわね? バカ犬に選ばれなかったら、今夜は大人しくひっこんでるのよ」
「まあ、才人が選ぶのなら、それでいいかな」
その悪魔的な質問に、才人は震えた。
命を取るか、貞操を取るか……。
恐るべき、究極の二択である。
長い長い沈黙のあと、才人は涙ながらに、絞り出すように言った。
「る、ルイズ……、ルイズで、いいです……」
「
「ルイズが! ルイズがいい! ですっ!」
「よく言えたわね、犬。いい子だから、半殺しですませてあげるわ」
その後、ルイズの部屋に戻った才人は、躾という名の拷問を受けた。
夜空をつんざく悲鳴をあげながら、ああ、やっぱりクルトを選んどきゃよかったかも……、と涙を流したのは言うまでもない。