オリ主なので水の精霊に変な絡み方をされる(実績解除)
一行は緩やかな丘を降り、ラドグリアン湖の岸辺に辿り着いた。
馬から降りたモンモランシーは神妙な顔で湖を見渡し、考え込むように言った。
「やっぱりおかしいわね。水位が上がってる」
「そうね。小さいころ、姫さまのお供でラドグリアン湖の園遊会に出席したことがあるけど、この辺りには小さな村があったはず……」
続いてルイズが呟き、
「ほら見て、あそこに屋根が出てる。湖に飲まれたんだわ」
指差した先には、藁葺きの屋根があった。よく見ると、他にも何軒もの家々が水面の下に沈んでいる。水が澄んでいるので、村ごと湖の底に沈んでいる様子が才人の目にもはっきりと映った。
モンモランシーは波打ち際に近づくと、水に指をかざして目をつむった。
しばらくの後に、モンモランシーは困ったように嘆息する。
「水の精霊は、どうやら怒っているようね」
「そんなんでわかるの?」
「モンモランシ家は代々水の精霊との交渉役をつとめてきたのよ。いまはお役目を外されてるけど……、精霊の機嫌くらい、わたしの体に流れる『水』が教えてくれるわ」
そういうもんか、と才人は曖昧に頷く。
教えてくれると言われても、メイジではない才人にはいまいちピンとこないのだ。
「ともかく、精霊さんの機嫌が悪くちゃ困るんじゃないか? これから泣いてもらわなきゃならないんだし」
「はぁ? 泣く? 精霊が?」
モンモランシーは不審そうに眉をひそめた。
「だって『水精霊の涙』ってのが必要なんだろ」
「ああ、そういう……。あんた、ほんとに無知なのね」
あからさまにバカにされて、才人はカチンときた。
しかし彼が口を開く前に、クルトがぶっきらぼうに言う。
「仕方ないだろ。才人はメイジじゃないし、遠い国から来たんだから。俺たちの常識が通じないのはあたりまえだ」
常のクルトにそう言われたのなら、きっと嬉しかっただろう。
けれども惚れ薬でおかしくなってる友人にそんな台詞を吐かれても、居心地が悪くなるだけだった。
気勢を削がれた才人に微笑みを向けて、クルトは楽しそうに説明を始める。
「『涙』ってのはあくまで通称で、別に涙そのものじゃない。秘薬としての『水精霊の涙』は、水の精霊から分かたれた、体の一部なんだ」
「え? ってことは精霊の体を切るのか?」
才人はぎょっとした。
もしかして、背中に吊ったデルフリンガーの出番になるのだろうか。
「いいや、切り取っても意味がない。水の精霊が自分から分け与えてくれないと、秘薬としては使いものにならないんだよ」
「へえ、どうして?」
「水の精霊を切るだなんて、どんなメイジにも……もちろん剣士にも不可能だからよ」
今度はモンモランシーが質問に答えた。
クルトに微妙な視線を向けているあたり、『水』に関することを『土』メイジに我が物顔で語られるのがイヤなのかもしれない。
クルトはもっと話したそうにしていたが、才人としてはどっちが解説してもかまわないので、適当に頷いて先を促した。
「水の精霊は、わたしたちとはまったく違う生き物で……というか、そもそも生き物かどうかも怪しい存在よ。魔力の通った水で体ができてるんだけど、千切れても吹き飛ばされても、そのすべてがひとつの意思に繋がってるの。言い古された表現だけど、『個にして全、全にして個』。そういう在り方なのよ」
「仮に才人がデルフリンガーで切ったとしても、すぐ元通りになっちまう。体の一部を瓶詰めにして持って帰っても意味がない。どれだけ離れても精霊の意思が繋がってるから、魔法薬の材料になんか、できっこないんだ」
「なんだそりゃ、無敵じゃねえか」
才人は昔ハマっていたRPGの、とある敵キャラを思い出した。
中盤の洞窟ステージに出てくるスライム系のモンスター。斬撃耐性持ちで、しかも回復魔法を使ってくる。
剣士キャラばかり育てていた当時の才人は、ずいぶん苦戦したものだった。
『ガンダールヴ』の力を持つ今の才人は、ちょうどあの剣士キャラみたいなものだろう。
水の精霊との相性は、おそらく最悪だ。
それでも……、と才人は友達の家で読んだ攻略本の情報を思い出して、クルトとモンモランシーに尋ねる。
「剣がダメでも、魔法なら効かないのか? 炎とか、電撃とか」
あとは
クルトはくすくす笑って、
「そうだな、たしかに一部の魔法は効くよ。『火』系統の魔法で蒸発させたら、その部分はもう液体として繋がることができなくなる。水の精霊の意思も消える。強力な『火』の使い手が何人もいたら、精霊を倒しきることだってできるかもな」
「でも、そんなことしたら秘薬としては使い物にならなくなるわ。意思と一緒に、精霊の力まで消えちゃうもの」
モンモランシーは、クルトに対抗するように饒舌に語る。
「だから『水精霊の涙』は貴重なのよ。水の精霊との交渉が上手く行かないと、絶対手に入らないから。街の闇屋に仕入れてる連中は、いったいどうやって手に入れてるのか……、まったく想像もつかないわ」
「可能性としては、東方のエルフから、ってところだろうな」
クルトの呟きに、モンモランシーが固まった。
『水』に関する知識で上回られたのが、よほどショックだったらしい。
一方のクルトはモンモランシーなど眼中になく、才人の様子だけをうかがって……いかにもレアアイテムっぽい『水精霊の涙』に好奇心を刺激されていた才人は当然頷いた……嬉しそうに説明を続ける。
「エルフたちの住む東方では『水石』ってのがあるらしいんだけど……才人、『風石』って覚えてるか?」
不意の質問に戸惑いながらも、才人は記憶を探る。
「えっと……あのフネ浮かべるやつだっけ」
「その通り。アルビオン行きのフネにも風石を積んでたな。あれも『涙』と同じで、風の精霊の力が凝縮したものなんだ。ただし、風石は精霊が与えるものじゃない。地中深くで結晶した精霊の力を採掘して……つまり、精霊力の鉱脈みたいなものがあって、そこから風石を掘り出してるんだ」
「ってことは、エルフの国には、その鉱脈の『水石』版があるってことか」
クルトは満足そうに頷いた。
「闇屋に流れてる『涙』の一部は、東方から来た『水石』だろうな。まあ、秘薬としての質は、『水石』より『涙』のほうがずっと優れてるらしいけど」
「あんた、ホントもの知りよね」
つまらなそうに話を聞いていたルイズが、唇をへの字に曲げて呟く。
「どこでそんな知識を身につけてくるのか、そろそろ教えてくれないかしら?」
クルトは笑った。
この数日才人に向けられていたものとは違う、自然な、少しだけ意地の悪い、悪戯っぽい微笑みだった。
「これは偶然、本で読んでただけだよ。古本屋で東方の本が安くなってたら、買うようにしてるんだ。東方について、詳しくなっといたほうがいいと思ってな」
そんな笑顔を向けられるルイズが、才人はなんだか羨ましくなって……、いやいや、俺はフツーだから、そういうんじゃないから、と慌てて首を振る。
「わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、
使い魔のロビンが連れてきた水の精霊に、モンモランシーは朗々と呼びかけた。
岸辺から三十メイルほど離れた湖面にあらわれた水の精霊は、やはりスライム系のモンスターと似ていた。
ただしゲームの画面で見たパステルカラーの水色や毒々しい紫色ではなく、その体はラドグリアン湖の淡水の色。透き徹った流体はまばゆい陽光を散乱し、不可思議な虹の光を放っている。
水の精霊はモンモランシーの言葉を受け、ぐねぐねと蠢き始めた。
まるで大きな見えない手によって、透明な粘土がこねられているようだった。
「覚えている。単なる者よ」
やがて水の
けれどその体は澄んだ水だけでできているので、肉感的な気配は一切なかった。喩えるなら、美術の教科書で見たギリシャの彫刻を何倍も美しくしたような、高貴な芸術品じみた印象を才人に与えた。
「貴様の体を流れる液体を、我は覚えている。貴様と最後に会ってから、月が五十二回交差した」
「よかった。水の精霊よ、お願いがあるの。あなたの一部を、分けていただきたいの」
水の精霊はにっこりと笑った。
なんだ、案外あっさり終わりそうだな、と才人が安堵したのも束の間、水の精霊は泡立つ声で言う。
「断る。単なる者よ」
「そこをなんとか、曲げていただけないかしら。わたしたち、どうしてもあなたの『涙』が必要なの!」
モンモランシーは岸辺に跪いた。
彼女の高慢な性格からすると意外な行動だが、このまま水の精霊を帰したら、ルイズがヴァリエールの実家にクルトの治療を頼んでしまう。そうすれば必然、ご禁制の惚れ薬を作ったことが知れ渡るのだ。そりゃ必死にもなるだろう。
しかし水の精霊は無情だった。
「断る。貴様の願いを聞いたところで、我の益にはならぬ」
「偉大なる旧き力の主、美しきラドグリアンの精霊よ、お願い致します。どうか、話を聞いていただけませんか」
ごぼごぼと湖面に沈んでいく水の精霊を引き留めたのは、意外にもクルトだった。
彼はモンモランシーの隣に膝をつき、奇妙に焦った表情で水の精霊に懇願する。
「ここにある者はみな、力あるメイジと剣士にございます。我々ならば、
深々と頭を下げたクルトのマントを、ルイズがぐいと引っ張った。
「ちょっとあんた、なにしてんのよ。『水精霊の涙』くらい実家に蓄えがあるって、聞いてなかったの?」
クルトは答えず、黙って頭を下げ続けている。
ルイズは苛立った様子で、
「あんたまさか……、モンモランシーに同情してんの? そりゃ前科者になるのは可哀想だけど、禁制を破った『洪水』の自業自得じゃないの」
「……違うよ。俺は、ただ……、その、話の流れが……あれだよ。ヴァリエールに借りを作りたくないんだ」
「呆れた! あんた、そんな理由で精霊
ごぼごぼっ、と水の精霊の体が蠢く。
モンモランシーが焦ったように叫んだ。
「『ゼロ』のルイズ! 言葉には気をつけなさい! 水の精霊は、すーっごく気難しくて、怒りっぽいんだから! 長生きしてるくせに短気でめんどくさい性格なのよ!」
いやお前も気をつけろよ、と才人は思う。
それを口に出す前に、がぼぼぼぼっ、とすさまじい音が鳴る。水の蠢きが激しくなる。精霊の全身が泡立ち、モンモランシーの像が崩れ、淡い光を帯び始める。
「おい、モンモン。この精霊さん……、すっごく怒ってねえか?」
モンモランシーは答えない。顔面を蒼白にして、呆然と泡立つ水柱を見つめている。
ルイズも同様に精霊を見つめるばかりで、クルトは頭を下げたまま動かない。ギーシュはおろおろと突っ立ってるだけ。
仕方なく、才人は背中に吊ったデルフリンガーに手をかけた。水の塊を相手に剣が通じるとは思えないが、体が軽くなるだけでも十分な恩恵だ。
いざとなったら、ルイズたちを抱えて逃げる覚悟である。
「よお相棒。なんだかずいぶんえらそうな奴を相手にしてんね」
こんなときは、デルフリンガーの軽口が心底ありがたい。得体の知れない生物(?)の放つプレッシャーに怯えそうになる心に、落ち着きを取り戻させてくれる。
「水の精霊か。ああ……こいつぁまた、懐かしいや。もし戦うってんなら、この湖の水に触れちゃいけねえよ。一瞬で心を壊されちまう」
「じゃあ、どうしろっつーんだよ」
「逃げるっきゃないね。相棒じゃ勝ち目はねえよ。嬢ちゃんの魔法で湖ごとぶっ飛ばしちまうなら、話は別だがね」
才人はルイズの虚無魔法に一瞬だけ期待して、しかしすぐさま却下した。
強力な『爆発』を放つには長い詠唱が必要だし、それだけの精神力はまだ溜まっていないはずだ。
やはり、なんとか逃げる算段を考えなければ……、不意に、デルフリンガーが気の抜けた声で言う。
「でもよ相棒。あいつ、別に怒ってねえんじゃねえの?」
「え?」
嘘だろ、どう見ても怒ってる。
ぶくぶくと表面を泡立たせている水の柱は、いかにも『爆発寸前』って雰囲気だ。
でも……と、才人は思う。あの精霊は、そもそも生き物かどうかも怪しい存在。人間とはまったく違う情緒を持っている。さっきモンモランシーの頼みを断ったとき、こいつの表情と返事はまったく一致していなかった。
才人は握った剣に問う。
「あいつの考えてること、わかるのか?」
「いんや。だがまあ、俺っちを動かしてる
「ほんとかよ」
『水』が教えてくれる、とか偉そうに言ってたモンモランシーは、未だに怯えて固まってるけど。
「あの娘っ子も、ちゃんとてめえの『水』の言うこと聞いてりゃ、わかるはずなんだかね。見た目に引っ張られすぎなんだよ。ま、人間だから仕方ねえか」
なるほど、人ではないデルフリンガーだからこそ、精霊の本質を見抜けるのかもしれない。
才人がそう納得しかけた瞬間、ばしゃんと大きな音を立てて水柱が崩れた。
水柱は大きな波となって岸辺に到達し、才人たちを濡らす直前で湖に引き返し、また岸辺に寄せて――突如として牙を剥く。
水の塊が、いまだ低頭していたクルトを捕まえ、湖へと引きずり込んだのだ。
ガンダールヴの力を発揮して警戒していたはずの才人は、しかし反応できなかった。
水の精霊が狙うなら、暴言を吐いたモンモランシーかルイズだとばかり思っていたのだ。
虚を突かれた才人がデルフリンガーを引き抜いたときには、クルトの体は、すでに岸辺から十メイル以上も離れていた。
「っ、てめぇ……!」
一拍遅れてクルトを追いかけようとした才人の前に小さな影が躍り出る。ルイズだ。鳶色の瞳が才人を鋭くにらみつける。
「バカ! あんたが行ったって犬死にするだけよ!」
「関係ねえよ! クルトが――」
「あんたはわたしの使い魔でしょ!? わたしが呪文唱えてる間、わたしを守るのがあんたの仕事!」
ルイズは叫び、才人の背後に身を隠す。杖をまっすぐ水の精霊に突きつけて、虚無の詠唱を開始する。
その
精霊への怒りと畏れはそのままに、しかし主人を守るべく敵に立ち向かう勇気が心の底からあふれてくる。
「待て待て嬢ちゃん! 杖を降ろしな! そんなもんぶっぱなしたら、
デルフリンガーが、珍しく焦ったように叫んだ。
「うるせえデルフ! さっきは適当言いやがって! あの野郎、やっぱ怒ってたんじゃねえか!」
「だから怒ってねえって……ああもう、相棒もわかんねえやつだなあ!」
デルフリンガーは鍔をがちがち鳴らした。
才人につられて、この剣まで怒りだしたようだった。
「おい、精霊! てめえだって『担い手』とやりあいたいわけじゃねえだろ!? その兄ちゃんを放しな!」
水面が激しく泡だった。
「ああ!? なに言ってるかわかんねえよ! とにかくそいつを放せってんだ!」
水が大きく盛り上がり、ぺっ、と吐き出されるようにクルトの体が岸辺に落とされた。
モンモランシーが駆け寄り、ずぶ濡れのクルトに跪く。真剣な表情で彼の顔に、首に、胸に手を触れ、杖を振る。
ぐったりしていたクルトの体がよじれ、激しく咳き込み、大量の水を吐き出した。そうしてまた弛緩したクルトの体に手をかざし、モンモランシーはほっと息を吐く。
「……これで大丈夫。しばらくしたら、目を覚ますはずよ」
才人は心底から安堵して、しかし構えは解かない。解くことができない。
後ろにいるルイズも詠唱を止めてはいるが、その『爆発』をいつでも放てる状態で待機させているようだった。
またしても、湖面が不自然に揺れた。
才人の手の中でデルフリンガーが鍔を震わせる。
「あのなぁ、いきなり仲間を奪ったら怒るに決まってるだろ。お前さん、昔はそんな奴じゃなかったと思うがね。こんなとこでずっとひとりで居るから、おかしくなっちまうんじゃねえの」
湖面が淡い光を放つ。
初めは白光、次に赤色、それから紫、黄色……とさまざまに色が変わっていく。
「だから、わかんねってば。言いてえことがあるなら、相手に伝わるやり方にしろっての。ひとりで湖に引きこもりすぎて、そんなこともわかんなくなっちまったのか?」
湖面から水柱が立ち、見えない巨大な手にこねられ、ふたたびモンモランシーの姿を取った。
透明な、氷でできた彫像のようなモンモランシーの顔が無垢な笑みを浮かべ、呟く。
「ひとりではない」
「あん?」
「否、ひとりではなかった、と言うべきか。しかし、いずれ我はひとりではなくなる」
精霊の言葉は、才人にはまるで理解できなかった。
デルフリンガーもその意味を測りかねているように、じっと黙り込んでいる。
「単なる者よ。我に敵対の意思はない。我は旧き
モンモランシーの像の腕が崩れた。水飴のように引き延ばされ、一本の触手となってこちらに伸びてきた。
才人は反射的に足を踏み出し、岸辺に倒れるクルトとその看護をするモンモランシーの前に出た。
じっと精霊をにらみつける才人の眼前で、水の触手が動きを止める。
「俺を降ろしな、相棒。精霊に害意はねえよ」
デルフリンガーが言った。
「もしあいつがお前さんたちを殺す気なら、石の兄ちゃんを返してくれるわけがねえし、相棒もとっくに死んでるよ。お前さん、もう水に入っちまった」
「あっ」
言われて気がついた。
湖の水が靴に染み込み、じわじわと冷たくなっている。
才人はクルトたちを守ろうと焦るあまり、湖に足を踏み入れていたのだった。
水に触れたら、一瞬で心を壊される……デルフリンガーの警告が脳裏をよぎり、才人は思わず身を竦めた。
水の触手は、そんな才人の脇をするりと通り抜け、いまだ気を失っているクルトの腰に触れた。
「同胞の子よ。汝は単にあらず、しかし全にもあらず。崩れた者よ、割れた者よ、外れた、欠けた、砕かれた、歪んだ者よ。我は問う。
水の精霊は、静かに泡立つ声で言った。
才人はゆっくりと腕を降ろし、デルフリンガーをちらりと見る。
「いや、わかんねえよ。あいつは俺たちに話しかけてるわけじゃねえ。ありゃ精霊同士の会話だ。俺たちにも聞こえる声と言葉で話してるのは、嬢ちゃんの魔法を食らったらめんどくせえからってだけだ。こっちにわからせる気は
クルトに触れている触手の先端が震えた。その震えが長い触手を伝わり、水の精霊の(おそらくは)本体に到達し、モンモランシーの像がぐにゃりと歪む。
「わからぬ」
水の精霊は言った。
「汝の望むものが、我にはわからぬ。我らは過去に在り、現在に在り、故に未来に不在になろうとも、かつて在り、いまも在ることは変わらぬ。であれば、存在も不在も同じこと」
そして沈黙。
水の体がぶるぶると震える。
「我の指輪と同じ。であれば、我は汝が受け入れた
水の触手が根元から……歪んだ像の肩口から千切れ、クルトの腰元に吸い込まれるように消えていった。
大樽何個分もありそうな水量が友人の体の中に消えてゆくさまは、魔法の存在に慣れてきた才人をして奇妙な、現実感のない光景だった。
「……もしかして、『水精霊の涙』をくれたの?」
ややあって、モンモランシーがぽつりと問う。
「否。我は同胞の子を
「条件?」
「貴様たちは、いかなることでもすると申したな?」
それ、クルトが勝手に言っただけ……と才人は一瞬考え、しかし黙って頷いた。
水の精霊の機嫌を損ねるのは、いかにも愚かしく思えたのだ。
特に、すでに湖の水で濡れてしまった才人にとっては。
「ならば、我に
才人たちは顔を見合わせた。
この強大な存在が退治を頼む相手なんて、いかにも厄介そうである。
しかしこの状況で精霊の依頼を断る勇気の持ち主はひとりもおらず、彼らは揃って、神妙な顔で頷いた。