魔法学院の美人秘書とは世を忍ぶ仮の姿、その正体は『土くれ』のフーケ……しかしそれすら偽りの顔で、本名をマチルダ・オブ・サウスゴーダというアルビオンの没落貴族。
そんなややこしい経歴を持つミス・ロングビルが御者を務める馬車に乗り、俺たちはフーケの隠れ家に向かっていた。
馬車といっても屋根はなく、荷車と呼んだほうがいいかもしれない。
襲われたとき、すぐ飛び出せるように、ということらしい。
敵が巨大ゴーレムを操るフーケだということを考えれば、至極まっとうな判断だろう。
見上げれば、よく晴れた春の空。
さわやかな風が頬を撫で、眠たくなってしまいそうだ。
そんな穏やかな陽気だというのに、ルイズとキュルケは馬車に乗るなり険悪なムード。
話を聞く限り、結局ルイズはデルフリンガーを、キュルケは見かけ倒しの大剣を買い、才人は決闘に勝ったキュルケの大剣を使うことになったらしい。
キュルケから剣を渡された才人は、喜ぶというよりルイズを気にして困った様子。
タバサはまるでひとりで馬車に乗ってるみたいに、黙々と本を読んでいた(かわいい)。
「そういやお前、クルトだっけ? ありがとうな」
ルイズとキュルケが幾度目かの口論を終えたあと、才人がかたい沈黙を破り、取りなすような明るい口調で言った。
「うん……? 俺、なにかしたか?」
急にお礼を言われてしまったが、本気で心当たりがない。
なんだろう。
まさか『タバサメインヒロイン計画』のことか? 最高にかわいいタバサと結ばれるようがんばってるんだから、確かに才人から感謝されてもおかしくないが……。
「ほら、こないだギーシュと決闘したあと、俺、気絶しちまっただろ? あのときクルトが部屋まで運んでくれたって聞いたよ。その後も目が覚めるまで、毎日『
「なんだ、そんなことか」
俺は安堵の息を吐いた。
才人が『タバサメインヒロイン計画』に勘付いてるとか、さすがにありえないか。
『主人公』である彼が『ルート』とか『メインヒロイン』とか言い出したら、計画どころじゃなくなってしまう。
「お礼を言われるほどのことはしてないよ。『水』は専門外だし、秘薬も使わなかったからな。たいした効果はなかったはずだ」
「でも、わざわざ魔法かけに来てくれてたんだろ? ありがとう」
「ん……、まあ。無事に治ったようでよかった」
「おう。おかげさまでな」
屈託のない笑顔を向けられて、俺はどぎまぎした。
俺はただ、彼が叩きのめされるのを見過ごしていた罪悪感からそうしただけなのに。
なぜだろう、余計に悪いことをしてる気がした。
「それより、才人たちは宝物庫の近くにいたんだろ? よく無事だったな。ゴーレムに襲われなかったのか?」
「ああ、踏んづけられそうになったんでびびったぜ。ルイズが……」
才人はふと、馬車の隅に座るルイズを見た。ルイズもちらりと彼を見上げたが、ふいっと顔を背けてしまった。
才人がキュルケの剣を持っているので、まだ拗ねているらしい。
そんな彼女に言及するのは賢明じゃないぞ、と判断したのだろう、才人は青髪の少女に視線を移した。
「間一髪ってところで、タバサのドラゴンが助けてくれたんだ」
「シルフィードか」
上を見ると、空に溶け込みそうな美しい竜が翼を広げ、悠々と飛んでいる。
タバサの使い魔。
伝説の古代種、風韻竜のイルククゥ。
彼女の話をすることも、この『フーケ戦』に介入する目的のひとつだ。
ときに緊急回避役として、ときに便利な移動手段として大活躍する彼女のありがたみを才人にしっかり認識してもらい、タバサへの好感度を稼ぐ一助とするのだ。
「ドラゴンかぁ……マジでファンタジーだよなぁ……」
目を輝かせて空を見る才人に、俺は思わず頬を緩めた。
そうだな、まずはそこだよな。
俺も初めて竜を見たときはそうなったよ。かっこいいもんな。憧れるよな。
そんな俺の生温かい視線に気づいたのか、才人は照れたように笑う。
「俺が住んでたとこ、ドラゴンとかいなくてさ」
「ふふ。タバサのシルフィードほど立派な風竜、ハルケギニアじゅう探しても滅多にいなくてよ」
キュルケがしなを作り、才人にもたれかかる。
ルイズは不機嫌そうに眉をひそめ、
「なんであんたが自慢するのよ。あんた関係ないじゃないの」
「あら、あたしの親友の使い魔よ。あたしが誇りに思っておかしいかしら?」
ふん、とルイズは鼻を鳴らした。
才人たちにそっぽを向いて、遠くの景色を眺め始めた。
また険悪な空気が流れだした馬車の上に、きゅいきゅいきゅいきゅい……と可愛らしい声が響く。
力強い風が吹く。
大きな影が馬車を覆い、気がつくとシルフィードが鱗の一枚一枚まではっきり見えるほど低く飛んでいた。
眼下の人間たちが自分の話をしてることに気がついて、嬉しくなってしまったのだろうか。
おお、すげぇ……と才人が感嘆の声をあげる。シルフィードは楽しそうにきゅいきゅい鳴いて、空中で一回転してみせた。
それから器用にも馬車と速度を合わせ、タバサを愛おしそうに舐めあげる。
タバサは相変わらずの無表情だが、その頬がわずかに緩んでいる(気がする)。
尊い……。
「きゅい?」
「だめ」
「きゅいきゅい、きゅーい!」
シルフィードは抗議するように主人に鳴くが、タバサは首を振って、ひとこと。
「馬が怯える」
幼い風韻竜は悲しげな瞳を浮かべ、ばさりと羽ばたいて高度を上げた。
上空へのぼりきる前に俺たちの顔をひとりずつ見つめ、別れの挨拶でもするみたいに、
「きゅい。きゅいきゅい! きゅいきゅ、ぺっ……きゅい!」
……なぜか俺の顔面に唾を吐きかけ、みんなには可愛くきゅいきゅい鳴いて、シルフィードは去って行った。
「お前、あのドラゴンになんかしたの?」
「してない、はず……なんだけど……」
才人に問われて記憶を探るが、そもそもシルフィードと関わること自体、ほとんど初めてなのだ。
嫌われる心当たりなんかあるわけがない。
助けを求めてタバサを見るけれど、彼女も首を振っている。
タバサにもわからないんじゃ、いよいよ見当がつかなかった。
いったいなんなんだ。
もしかして、『前世の記憶』のせい?
俺が転生者だってことが、韻竜の超感覚的な何かでわかるんだろうか。
それともあれか、シルフィは同担拒否ドラゴンだったのか……?
「と、とにかく、助かりましたわ、ミス・タバサ」
御者台に座るロングビルがこちらに振り返り、タバサは無言で頷いた。
いくら魔法学院の馬が幻獣に慣れているとはいえ、竜に併走(併飛?)された経験はなかっただろう。
恐慌状態の馬をなんとか抑えていたらしいロングビルは心なしかやつれた顔で、手綱を握る手には汗が滲んでいた。
フーケの正体が彼女だと知っていなければ、御者の交替を申し出ていたくらいの疲れようだ。
というかこの人、よくよく考えたら徹夜明けなんだよな。
昨晩遅くに巨大ゴーレムで宝物庫を襲って、盗んだ『破壊の杖』を片道四時間かかる小屋に隠し、それからいったん学院に戻り、こうしてまた四時間かけて『破壊の杖』を取りに行ってるんだから、そりゃ疲れるだろう。
しかもこれからまたゴーレムを作って俺たちを襲おうと企んでいるのだから、敵ながら見上げた根性である。
きゅい、きゅいきゅいきゅーい、と空からかすかにシルフィードの鳴き声。
微妙に怒りのニュアンスを感じるそれは、きっと『お姉さまはシルフィより、そんなのろまな生き物がだいじなのね! うわきもの! もう知らない! きゅい!』とか言ってるんだろう。
……もしかしたら、ただの八つ当たりだったのかもしれない。
ああ、だとしたら、ルイズが標的にならなくてよかった。
目的地まであと一時間はかかるのだ。
これ以上あいつを不機嫌にさせるのは、さすがに勘弁して欲しい。
「なあ、クルトの使い魔ってなんなんだ?」
ハンカチでシルフィードの唾を拭っていると、才人がそんなことを訊いてきた。
「ルイズの使い魔は俺で、タバサの使い魔はあのドラゴン。キュルケはでっかい赤トカゲだろ。クルトはなにを召喚したんだ?」
ふつうのメイジが相手なら、なんてことない質問。
メイジは基本的に自分の使い魔が大好きだから、時間つぶしにはぴったりの話題だ。
しかし俺は言葉に詰まり、視線を
無意識にポケットに手をやって、使い魔の硬い肌を指先でつつく。
「……ふっ」
と、ルイズが忍び笑いを漏らした。
なに笑ってんだよ、と軽く睨むと、ルイズはにやついた顔で言う。
「いいじゃないの。サイトに見せてあげなさいよ、あんたの使い魔。おもしろ……可愛いじゃない」
「お、なんか変わった生き物なのか?」
才人は好奇心を刺激されたらしく、目を輝かせて俺を見る。
そうなると俺は弱かった。
この間の決闘以来、俺は彼が気に入っていた。
物語の『主人公』としてではなく、同じ世界に生きるひとりの人間として、それなり以上の好意を抱いてしまった。
彼の願いはできる限り(もちろん、『計画』に支障のない範囲で)叶えてやりたいと思ってしまうくらいには。
「……ほら、この子だ。ロッキーっていうんだ」
ポケットに入れていた手を才人に差し出し、手のひらにのせた使い魔を見せる。
「え? これが?」
「使い魔だ」
「石じゃん」
「使い魔だ」
戸惑う才人に強弁してみるが、俺も石だと思う。
俺の手にのっかっているのは、直径八サントくらいの
すべすべと手触りがよく、ちょうど水切りしたらよく跳ねそうな形をしている。
表面に使い魔のルーンが浮かんでいなければ、そのへんの石ころと見分けがつかないだろう。
「く、クルトの使い魔、あ、あ、相変わらず、ステキね」
「ありがとうルイズ。笑いたきゃ笑えよ」
「ぷっ……く、そんな、ま、まさか、ひ、ひひひっひとの、使い魔をわら、笑う、だなんて……ふっ、……き、き、貴族に、あるまじ、き……っ」
そこで限界に達したルイズは、お腹を抱えてひーひー笑い出した。
こいつは自分が召喚した
まして、それを召喚したのが昔からなにかにつけて比べられてきた、そこそこ優秀な
性格悪い。
さすがトリステイン貴族。
性格が悪い。
「使い魔って、石でもなれんの?」
才人の無邪気な質問が胸に痛い。
「石じゃなくて、卵だよ。石に見えるけど、ロッキーは立派な生き物だ」
嘘である。
まがりなりにも土のラインである俺は、触れている物質の組成を読み取れる。
ロッキーと名付けたこの石ころが中身まで完全に鉱物だということは、初めて拾ったときからよくわかっていた。
俺だって、こんなただの石ころが使い魔になるとは思わなかった。
使い魔召喚のゲートからロッキーが出てきたあの日、俺は最初、ただの召喚失敗だと思って『サモン・サーヴァント』を唱えなおした。
しかしいくら唱えてもゲートが現れず、まさかと思ってこの石ころに『コントラクト・サーヴァント』したら、使い魔のルーンが刻まれてしまった。
なにやら難しい顔で考え込んでいるコルベール先生に、俺は咄嗟に『これ、幻獣の卵です! 使い魔契約したらわかりました!』と言った。
俺にも一応、体裁とか世間体というものがある。
生き物ですらない石ころを使い魔にしたとあっては家名に傷がつく。それどころか、進級さえできないかもしれない。学院を中退なんかしたら、ヴァリエール家はおろか、誰も俺を雇ってくれないだろう。
家督を継げない三男坊の俺にとって、それは絶対に避けるべき事態だった。
そんな俺の思いを察してくれたのか、コルベール先生は石ころに浮かんだルーンをじっと観察してから、『卵が
「へー、卵が使い魔ってこともあるんだな。たしかルイズが使い魔召喚でメイジの資質を測る、とか言ってたけど、卵ってことは……クルトは将来性あるってこと?」
「そ、そう、だな……。そう思うことにするよ……」
直後にルイズが
将来か、どうしようかな……。
なんもなければ卒業後はヴァリエール家に奉公するはずだったんだけど、使い魔がこんなのじゃ公爵家に仕えるにふさわしくない、とか言われる可能性がある。夏休みで実家に帰るとき、
どうせルイズが告げ口するけど……。
……そういやルイズ、妙に静かだな、と馬車の奥を見ると、床につっぷして無言でぷるぷる震えていた。
才人の『将来性』発言がよっぽどツボにはまったらしい。
その姿に笑いを誘われたのか、キュルケが唇の端を歪ませて、御者台のロングビルもひそかに肩を震わせている。
才人もよくわからないなりに自分の発言がウケたことだけは理解したらしく、得意げな表情。
俺の味方は無表情に本を読んでいる(かわいい)タバサだけだ。
やがてキュルケが吹き出したのをきっかけに、馬車の上は陽気な笑い声に包まれる。
こうして、俺の心の傷を代償に、フーケ捜索隊の険悪な空気はきれいに拭い去られたのだった。
【お礼】
キュルケの家名を一生間違えていました。修正しました。誤字報告ありがとうございます。
10年以上ずっとツェプルトーだと思ってました……よく見たらツェルプストーじゃん……。