雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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63.「ついでに昨日のサボりも認めさせようとしたけど、ダメだったわ」

 

 俺とモンモランシーが学院に帰り着いたのは、ちょうど午後の授業が始まる時間。

 正門で待ち構えていたギーシュは顔が真っ青で、馬車から降りたモンモランシーの姿を見るなり、力いっぱい抱きしめていた。

 どうやら、先に帰ったルイズたちから事件の話を聞き出していたらしい。

 

 

 あの街道に王宮からの応援が駆けつけてきたとき、ちょっとした騒ぎになった。

 街道にはいくつもの血痕と、魔法戦が行われたことが明らかな破壊の跡。

 そして道の脇には貴族の死体が幾つも並び、その隣には傷ついた衛士隊の騎士たちが寝かされ、しかも肝心の女王アンリエッタは不在というのだから、当然である。

 生者のなかで唯一衛士隊の所属でなかった俺とモンモランシーに疑いの目が行くのは、これもまた当然。

 

 俺たちは重要参考人として危うく拘束されそうになったが、衛士隊の騎士たちが庇ってくれた。

 騎士たちは俺たちがアンリエッタを止めたこと、そのアンリエッタはウェールズを(とむら)いに行ったこと、そしてモンモランシーが彼らを手厚く看護したことを熱弁した。

 彼らはアンリエッタが去ったあともかいがいしい世話を続けていたモンモランシーに深い恩義を感じている様子で、『どうしてもミス・モンモランシを捕らえるというなら、私を殺してからにしろ』などと(のたま)う騎士も出てくる始末。

 互いに杖を抜いて一触即発の空気にもなることもあったが、結局、俺たちは王宮まで丁重に運ばれることになった。もちろん、厳重な監視をつけた上で。

 

 その道中、本来は女王を乗せるはずだった馬車のなか、モンモランシーは精悍な騎士たちに囲まれていた。

 彼女の看護を受けていた騎士たちが、監視の名目で乗り込んできたのだ。

 『心清らかな乙女』だの『精霊の如く美しい水の使い手』だの『あなたの手はどんなに優れた魔法よりも私の心を癒したのです』だのと褒め讃えられ、妙に熱っぽい視線を浴びるモンモランシーは満更でもなさそうで、ギーシュのバカは早いとこバカを治さないと立場が危ういな、と俺は思う。

 

 王宮に到着した俺たちは血と泥に汚れた制服を着替え、謁見室に通された。

 ガリアとの国境線上にあるラドグリアン湖に行っていたアンリエッタたちは、しかし俺たちより先に王宮に戻ったという。

 やつれた顔のアンリエッタは俺たちに謝罪と感謝の言葉を述べ、ウェールズが再び息を引き取ったこと、ルイズたちは先に学院に帰したことを説明した。

 俺が女王陛下に不遜な発言をしたことに対する言及はなく、俺に対する興味もないようだった。シメの言葉を才人に譲ったのが功を奏したらしい。

 

 それから俺たちは王宮で軽い(といっても、気が狂いそうなほど高級な)食事を饗され、馬車で学院まで送られた。

 

 

「モンモランシー! ああっ、ぼくのモンモランシー! 無事でよかった……!」

「わ、わかったから……もう、やめてよ、苦しいってば……」

 

 夏の日差しの降りそそぐ学院の庭で、恋人たちの抱擁は続く。

 モンモランシーはしつこく浴びせかけられる愛の言葉にすっかり脱力し、ギーシュの肩に添えられたその手は、彼を押しのけようとしているのか、抱き寄せようとしているのかわからない。

 喘ぐような拒絶の声にも、ギーシュを引き離す力はなかった。

 必死の訴えに腕の力は緩んだようだが、ギーシュは恋人から離れない。

 

「やめるものか! きみを放したりするものか! ルイズたちから事件の話を聞いたとき、ぼくがどれだけ心配したと思ってるんだい? モンモランシー、もしきみの身になにかあったら、ぼくは生きていけない! さあ、恋人よ、約束してくれたまえ。もう二度と、ぼくを置いてひとりで危ないところに行ったりしない……、と。きみが誓ってくれるまで、ぼくはきみを放さないからな!」

 

 モンモランシーはその真摯さに胸を打たれたのか、頬を染め、こくりと頷いた。

 ギーシュが「さあ、誓いのキスだ……」と囁くので彼女はうっとりと目を閉じたが、唇が触れる直前、慌てて恋人を突き飛ばした。

 俺や馬車の御者がすぐ傍に立っていることを思い出したらしい。

 別に邪魔するつもりはなかったけれど、ギーシュがいきなり盛り上がるものだから、退散する暇もなかったのだ。

 

「おや、クルトじゃないか」

 

 ギーシュは目を丸くしてこちらを見る。

 いまさら俺の存在に気がついたらしい。そのまままじまじと見つめられて、俺は身構える。

 良いところを邪魔された、と怒り出すのか……いや、それ以前に、モンモランシーを危険な場所に連れて行った俺に対する恨みもあるだろう。

 一発殴られる覚悟をしておいたほうがいいかもしれない。

 

「きみも無事だったんだな。安心したよ。サイトから、君が重傷を負ったと聞いていたものだからね。少しばかり心配していたのだよ」

 

 けれどもギーシュは、爽やかに笑ってそんなことを言うのだった。

 

「ギーシュ、お前……」

 

 彼は知らないのだ。

 モンモランシーを言いくるめて誘拐事件の現場に連れ出したのが、俺だということを。

 俺がなにもしなければ、彼の恋人は危険な目に遭うこともなく、傷ついた騎士たちを前にあんなに涙を流すこともなかったのだということを。

 

 俺はその事実をギーシュに伝えるべきかと迷い……、しかし黙っていることにした。

 なんでも自分の責任にしたがるのは相手の誇りを踏みにじる行為だと、当のモンモランシーから言われたばかりだ。

 もしギーシュに伝える必要があるなら、モンモランシー自身がそうするだろう。

 

「うん? どうしたんだね?」

 

 いつも通りの気取った仕草で首を傾げるギーシュに、俺は笑う。

 

「いや、やっぱりお前、良いやつだなって。ありがとう。俺なんかを心配してくれるとは思わなかった。お前と友人になれてよかった」

「な、なんだね、急に。きみらしくもない」

 

 ギーシュは不審そうな顔。

 確かに、俺が入学以来ギーシュに……、というか同級生全般に向けてきた嫌悪と軽蔑を滲ませた態度からすると、不自然なほど柔らかい態度なのだろう。

 けれどもキュルケとの約束の存在が、俺の心をすっかり(ほぐ)していた。

 

 『タバサを傷つけるようなマネをしたら、灰にしてあげる』……ラ・ロシェールの安宿でキュルケはそう約束して、俺はタバサをひどく傷つけた。

 信じて差し出された手をへし折った。

 俺はキュルケのもとに行き、約束を果たしてもらう。

 

 そうして、これからそれなりに苦しい死に方をする予定だというのに、俺がこんなにも落ち着いているのは、生きてるほうが苦しいからだ。

 ずっとそうだった。

 この世界に生まれたときから、ずっと。理不尽な力と権利を持って生まれて、息をするだけで罪深く感じて、誰かが罰してくれるのをずっとずっと待っていた。

 そんな俺の世界を輝かせてくれた唯一の女の子を、俺は愚かにも傷つけた。

 その罪に見合った罰を与えてくれる相手が俺を待っているのだ。

 そのことが、なんだかとても嬉しかった。心が安らいだ。

 

 俺は結局ブリミルを信じることができなかったけれど、敬虔なブリミル教徒というやつは、きっといまの俺みたいな心持ちでいるのだろう。

 

「なあ、ギーシュ。友人として、ひとつ助言させて欲しいんだが」

「なんだい?」

 

 待ちかねていた罰がもうじきやってくる。

 そんな状況で、どうして友人への好意を抑えていられるだろう。

 ふと湧いてきた悪戯心を、どうして我慢できるだろう。

 

「モンモランシーが好きなんだよな?」

「ああ、もちろんさ」

「心から? 彼女がいちばん大切?」

「始祖ブリミルに誓って。彼女がいちばんに大切さ」

「そんなら、早いとこバカを治せよ。俺だったら、モンモランシーの前で、そんなバカじゃいられない。あとで泣きを見ても、俺は知らないからな」

 

 ぬぇっ、と、おかしな声をあげたのはモンモランシー。

 振り向くと、彼女は俺の視線を避けるように、さっとギーシュの背中に隠れた。

 

「なっ、な、な、ななななに言ってるのよ! ギーシュの目の前でそんな……! 信じられない! こ、これだからゲルマニア混じりは!! 不潔だわ! 破廉恥だわ! 恥知らずだわ!」

「え? なにが?」

 

 そんな怒られるようなことを言っただろうか?

 王宮までの道中、モンモランシーが衛士隊の騎士たちに(なび)きそうになっていたから、『浮気なんかしないで、彼女を大切にしろよ』的なことを遠回しに伝えたかっただけなのだが。

 

「……ああ、そうか」

 

 もしかしたら、モンモランシーは騎士たちのことをギーシュに告げ口されると思ったのかもしれない。

 さすがにそんなことしないよ、とモンモランシーに笑いかけたら、彼女はなぜかギーシュの首を絞め始めた。

 怒りのためか、耳まで赤く染まっているモンモランシーは「あんたが悪い、あんたがバカなのが悪いんだから……」とぶつぶつ繰り返し、容赦なく絞められているギーシュはだんだん顔色が悪くなっていく。

 若干心配になる光景だが、まあ、モンモランシーは水の使い手だ。加減は心得ているだろう。

 

 それにその光景はいかにもふたりらしくて、おかしくて、俺は止めようとも思わない。

 

 

 

 ギーシュとモンモランシーに別れを告げ、キュルケに会うべく女子寮塔に向かう。

 その途中、ちょうどヴェストリの広場にさしかかったところでルイズと才人の姿を見つけた。

 頬を染めてぷんすかしているルイズの半歩後ろを、妙にしょぼくれた様子の才人が歩いている。

 この数ヶ月ですっかり見慣れてしまったふたりの姿。

 これで見納めと思うとなんだか感慨深くなる。足を止めてぼんやりと眺めていたら、向こうもこちらに気づいたらしい。

 

「クルト! もう帰ってたんだな! 動いて大丈夫なんか?」

「全身痛くて怠いけど、なんとか。モンモランシーのおかげだよ」

 

 ぱあっと顔を輝かせて駆け寄ってきた才人に答えると、彼は安堵をあらわにへにゃりと笑った。

 

「才人こそ。陛下から聞いたぞ、あの竜巻ひとりで受け止めたんだろ? よく生きてたな。俺より重傷だったんじゃないか?」

「俺はもう平気だよ。姫さまが治してくれたからさ」

 

 才人は探るような目で俺を見る。

 

「クルトも姫さまが魔法かけてくれたんだけど、全然目ぇ覚まさなくってさ。みんなで心配してたんだよ。姫さまが言うには、血を流しすぎたかもって」

「へえ、そんな酷かったんだ」

 

 才人に遅れてこちらに歩いてきたルイズが、のんきに言ってんじゃないわよ、と俺のすねを蹴飛ばした。

 

「モンモランシーがいなかったら、あんた、とっくに死んでたんだからね」

 

 ルイズは相変わらず怒ったような顔。

 その怒りは、もしかしたら俺への心配によって引き起こされたものかもしれなくて、だとしたらちょっと嬉しいなと俺は思う。

 

「それに、あの子が言ってたわ。ガーゴイルの爪がたまたま肺も動脈も逸れてたからよかった、って。もしちょっとでも爪がずれてたら、あんた自分の血で溺れ死んでたそうよ」

「それは……、できれば避けたい死に方だなあ」

 

 燃やし尽くされるのと自分の血で溺れるの、果たしてどっちのほうが苦しいだろう。鼻から火を噴くよりはマシだろうけど。いずれにせよ、キュルケがしてくれるほうがいいなあ……、と、そんなどうでもいいことを考えてるのがバレたのか、ルイズは不機嫌そうに続ける。

 

「あの刺さり方で肺も心臓も無事なのはおかしい、奇跡だって、姫さまもモンモランシーも首をひねってたわ。あんた、よっぽど悪運が強いみたいね。もう二度と、あんなことするんじゃないわよ」

「奇跡……」

 

 その言葉から連想するのは、やはりウェールズの蘇生。恋人たちに与えられた最期の時間。精霊の力……ロッキーの仕業だ、と俺は直観する。

 ラドグリアン湖の水の精霊がロッキーに与えた『助力』。

 俺の使い魔はその水の力を使って、俺を救ったのだ。

 最低限、かろうじて即死しない程度に、だけれど。

 

 ポケットの上からロッキーを撫でる。

 キュルケに会う前に、こいつはどこかに置いていったほうがいいかもしれない。約束を果たそうってときに奇跡を起こされたら困る。

 

「ちょっとクルト、聞いてんの?」

「あ……すまん。考え事してた」

 

 ルイズは再び俺のすねを蹴り、足を踏みつけ、続けてハイキックを放とうとして……、中途半端なところで止まった。俺がさっきまで死にかけていた怪我人であることを思い出したのかもしれない。

 (もも)のあたりまで持ち上げられた右足はふらふらと宙を揺れ、結局、才人の足を踏んだ。

 完全にやつあたりである。

 

「そういやお嬢たち、こんなとこで何してたんだ? 授業は?」

 

 この話題を続けても良いことないな、と俺は露骨に話を逸らす。

 才人がどこか慌てたように答える。

 

「えっと、部屋に帰る前に、風呂に入ってたんだよ。俺たち昼前には学院に帰ってたんだけど、学院長の先生に報告したりお湯沸かしたりしてたら、こんな時間になっちまった」

 

 なるほど、昨夜はあんな雨の中で戦っていたのだ。風呂に入りたくもなるだろう。

 でも、学院の風呂があるのは本塔の地下のはず。本塔は才人たちが歩いて来たのとは逆方向だが……、と、そこまで考えて、俺はようやく理解する。

 

「……そっか、あの鍋か」

 

 才人がヴェストリの広場の物陰に設置していた大鍋の風呂。いつか彼がシエスタと一緒に入ってたやつ。きっとあれを使ったのだ。

 しかし、それはそれで違和感があるような……。

 

「そ、そうだわ。オールド・オスマンから伝言よ」

 

 ルイズが早口で言う。

 唇の端が微妙にひきつり、視線は宙を泳いでいる。

 昔から付き合いのある俺にはわかる。これは、彼女がなにか誤魔化そうとしている合図。

 

「わたしたち、明日の授業には出なくていいそうよ。静養に努めなさいって。今日のぶんも、無断欠席には数えないでくれるらしいわ」

「助かる。我らが学院長は寛大だな」

「姫さまの危機を助けたんだから、当然よ」

 

 ルイズはつんと澄ました顔で、誇らしげに胸を張る。

 

「ついでに昨日のサボりも認めさせようとしたけど、ダメだったわ。おかげで余計なお説教食らっちゃった」

「そりゃそうだ」

 

 俺は彼女に苦笑いを返し、ふと、気づく。

 ルイズの長い髪の毛の先が、微妙にしっとりしている。

 

「あー……、そういう」

「へ、へ、変な想像してんじゃないわよ!」

 

 殴られた。

 

「してないよ」

 

 と俺は答えながらも、ルイズの反応で確信する。

 彼女が才人と同じ方向から歩いてきたということは、つまり、同じ用事を済ませて来たのだ。

 『原作』にはなかった展開だが、ルイズが惚れ薬を飲まずにすんだ影響だろうか? 彼女が正気を失わずにいられたおかげで、『原作』よりふたりの関係が進展しているのだろうか? そういやルイズが宝探しに同行していたことも、影響してるのかもしれない。

 ともあれ、ここはそっとしておくのが正解だなと俺は思う。

 思うけれど、

 

「でもよくがんばったな、お嬢。応援してるぞ。メイドに追いつけ、追い越せだ」

「あああああああもうキモい! なんなの!? なんなのよあんた! なんで変なとこでばっかり察しがいいのよ!!」

 

 ルイズを揶揄(からか)いたい衝動にかられて余計なことを口走った俺は、彼女の気がすむまで叩かれる。

 

 

「……忠誠には、報いるところが必要だわ」

 

 やたらに蹴り回されたせいか、胸の傷がずきずき痛んで(うずくま)っている俺を見下ろし、ルイズが言う。

 

「あんたには、二回も庇われた。惚れ薬を飲んだときと、あのガーゴイル」

 

 ルイズの表情はやけに険しくて、なにを考えているのかわからない。

 

「あんたは怪しいところが山ほどあるわ。アルビオンへの任務でやってたことも、虚無に詳しいことも、『東方』とやらが出所(でどころ)の知識も、まったく信用ならない。だけど……それでも、忠誠は忠誠よ。あんたがなにも言いたくないなら、そっとしといてあげる。わたしの優しさに感謝しなさいよね。まったく、わたしってば、なんて心が広いのかしら。あんたみたいな……」

「ちげえだろ」

 

 と後ろで見ていた才人がつっこむ。ぶっきらぼうな言葉と裏腹に、その笑顔は妙に優しい。

 

「お前さあ……、恥ずかしがんなってば。さっきちゃんと話し合って決めたじゃねえか」

 

 才人はそう言うと、ちょいちょいとルイズの肩を叩き、耳元で何かを囁く。ルイズの頬がさあっと染まる。使い魔を蹴っ飛ばす。けれども才人は、生温かい目でご主人さまを見守るばかり。

 ルイズはその視線に、うっ、とたじろいて、なんだかとてもイヤそうな顔で俺に向き直る。

 

「……」

「どした?」

「……、……ぅ」

「いや、そんな小さい声で言われても聞こえないって。どうしたんだよ、お嬢。らしくないな」

 

 まだ痛む胸を押さえながら立ち上がり、ルイズの顔を覗き込もうとしたら、顔面を強く殴られた。

 

「バカ! キモい! なんであんたは、こういうときは察しが悪いの! あ、ぁ、……、ってこと!」

「はぁ?」

「だから、あ、あ、ああ、ああああ、ありがとうっつってんの! 今回も、いつも、あんたには助けられてるわね!! 昔っから偉そうにして! ムカつくのよ! いつもいつも、余計なマネばっかしてんじゃないわよ! このバカ!」

 

 え。

 なにそのツンデレ。

 

「あんたが隠してること、教えなさいよ! あんた『解除(ディスペル・マジック)』まで勘づいてたみたいじゃないの! どういうことよ! 気になるのよ! 教えて欲しいのよ! あんたのこと、ちゃんと信じたいんだもの!!」

 

 俺がその剣幕に呆けている間に、言いたいことを言い切ったルイズは足早に女子寮塔へと去って行った。

 俺に対して素直に……素直に? あれがルイズの素直な気持ちなのか? わからない。あいつはときどき、突発的に、本気で意味不明な癇癪(かんしゃく)を起こす……お礼を言うのは、ルイズにとっては相当に恥ずかしい、プライドを(おびや)かしかねないことだったらしい。

 

 ご主人さまに置いて行かれた才人に目を向けると、彼は薄気味悪い微笑みを浮かべてルイズの背中を見守っていた。

 その表情には、見覚えがある。

 アルビオンへの任務のあと、態度が軟化してきたルイズに対して『このお嬢さまも、慈悲の心に目覚めたんだネ。俺みたいなモグラにも、優しく接してくれるくらいに……』と卑屈な生温かい視線を送っていたときと同じ表情だ。

 今回は、ルイズが俺に素直な(?)気持ちを吐露できた(??)ことを祝福しているのだろう。たぶん。

 

 才人はそれから、俺に対しても奇妙な微笑みを向け……惚れ薬を飲んだ俺を気味悪がっていた彼の気持ちが、少しだけ理解できた……ルイズを追いかけて行った。

 ルイズがあの調子じゃ、きっとやつあたりに蹴られまくるだろうが、いまの才人ならよろこんで受け入れてしまいそうだ。

 

 お熱い恋人たちのダシにされたような、微妙に釈然としない気持ちを抱えつつ、俺も女子寮塔に足を向ける。

 そろそろキュルケのところに行かなきゃ。

 そうして歩き出した俺は、しかし思い切りつんのめった。誰かにマントの裾を引っ張られたのだ。

 

 振り向くと、その犯人は大きな火トカゲ(サラマンダー)

 キュルケの使い魔、フレイムである。

 フレイムは俺に頷くような仕草を見せると、マントから口を離してのっしのっしと歩き始めた。

 

 どういうことかと眺めていると、フレイムは五メイルほど歩いたところで俺を振り返り、口の端からちろちろと小さな火を吐いた。

 

「そっか。キュルケが使いに寄越してくれたんだな」

 

 俺は呟き、また歩き始めたフレイムのあとを、すっかり安心した気持ちでついてゆく。

 

 

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