雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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今日は二話投稿で、これはその二話目です。



幕間劇 寵愛と羨望

 

 ラ・ロシェールの港街。

 その中心にそびえるのは、『世界樹』と呼ばれる古代の巨木を用いた港である。

 雲上まで達しているという世界樹の幹から無数に突き出した枝の先には、風石を積んだ幾艘もの船が果実の如くぶら下がっている。

 

 白の国アルビオンにおける貴族派(レコンキスタ)の革命。それに続くトリステインへの侵攻を受けて、港の空は一変した。

 かつては浮遊大陸と地上の大陸(ハルケギニア)を結ぶ商船が活発に行き来する賑やかな空だったが、いまや静まりかえっている。

 街には戦争を待ちかねる傭兵たち、急(ごしら)えの軍艦を整備する空海軍の兵士たちがひしめきあっているが、港を発着する船は以前の十分の一もない。

 

 そのわずかな商船も、みな船体に不釣り合いな大砲を積み込み、険呑な雰囲気を放っていた。

 王権による統制が失われたアルビオン空域には空賊がはびこり、武装のない船は……運が悪ければ、十分に武装した船も……彼らの格好の獲物となるのだ。

 武装にかかる荷重と人員の分だけ輸送費は(かさ)み、商船はますます数を減らしている。

 

 ラ・ロシェールを発着する、そんな稀少な船の積み荷は、二種類に分けられる。

 ひとつはそれだけの費用をかけた上で、なお十分な商機が見込めるもの。

 すなわち戦時下においてますます高騰しつつある硫黄や硝石といった『火の秘薬』、水メイジの『治癒』を助ける『水の秘薬』、あるいはガーゴイルを造るのに欠かせない『土石』などである。

 『風』の力に満ちるアルビオンは『風石』の鉱脈が豊富にあるが、その分、他系統の資源に乏しいのだ。

 ラ・ロシェールを発つ船は『火・水・土』の力を持った資源を荷重の限界まで積み込み、反対にアルビオンからの船は『風石』をどっさり積んで降りてくる。

 

 アルビオンもトリステインも自国の資源を吐き出すことは嫌っていたが、敵国から得られる資源にはそれ以上の価値があると見込んで、この交易を黙認していた。

 いまも空に浮かぶ商船のほとんどは、この戦時特需を狙ったものである。

 

 そして、もう一種類の積み荷。

 それは金貨に換算できない価値を持つもの。

 浮遊大陸から亡命する王党派の貴人や祖国に帰らんとする外国の貴族、逆にハルケギニアの各地から生まれ故郷である空に戻ってゆくアルビオン貴族などである。

 

 いま、天高く突き出した世界樹の枝先から飛び立たんとするその船……かつて空賊に(ふん)したウェールズ皇太子に拿捕(だほ)され、革命戦争を締めくくった決戦の際はニューカッスル城を逃れる人々を乗せていた『マリー・ガラント』号の現在の積み荷は後者、すなわち人間であった。

 ただし、その船の最重要人物は、アルビオンの人間ではなく、貴族ですらない。

 シェフィールドは使い魔だった。

 

 

 『マリー・ガラント』号の客室は狭く貧相だ。

 神聖アルビオン帝国皇帝直属の秘書官が過ごすには不釣り合いな(しつら)えだったが、シェフィールドは気にも留めていなかった。

 船員たちに身分は明かしていなかったし、彼女自身、非実用的な装飾品などには興味がない。

 他人の視線を遮る壁。座ってものを書ける椅子と机。それから夜を過ごすための寝床さえあれば十分だった。

 

 船が世界樹を離れ、アルビオンに向けて着々と高度を上げているそのとき、シェフィールドは机に羊皮紙を広げ、新たなガーゴイルの構想を書き付けていた。

 その怜悧な赤紫色の瞳に浮かぶのは、深い知性の光。

 魔道具(マジックアイテム)に触れていない今、額に刻まれた『ミョズニトニルン』のルーンは発動していない。しかし『神の頭脳』に選ばれた彼女は、ルーンの力など借りずとも、魔道具開発における天性を持っていた。

 

 彼女が脳裏に浮かべているのは、先日見たばかりのトリステインの虚無の担い手……ラ・ヴァリエール公爵家の娘が使う『爆発(エクスプロージョン)』と『解除(ディスペル・マジック)』。

 どちらの呪文も、ガーゴイルの天敵だ。

 『爆発』を受ければガーゴイルの強度など無関係に破壊されてしまうし、『解除』はあらゆる防御を貫通してガーゴイルをただの石像に戻してしまう。

 呪文を唱えきる前に担い手を無力化できればよいのだが、ヴァリエールの使い魔は『ガンダールヴ』。主人の呪文詠唱の時間を稼ぐのに特化した存在だ。

 

 現在のシェフィールドの手札では、トリステインの虚無に打ち勝つことはできない。

 それこそ、どこかから『六乗魔法(ヘクサゴン・スペル)』でも引っ張ってこなければ。

 

 ふたりの王族によってあの巨大な竜巻が放たれた瞬間を思い出し、シェフィールドは冷たい美貌を湛えたかんばせを憎悪に歪ませる。

 あの戦いにおいて、己のガーゴイルがまるで舞台の前座のように雪風に払われたからではない。担い手たちの背後から急襲をしかけた二体のガーゴイルが、あっけなく打ち砕かれたからではない。

 それはシェフィールドの失敗ではなかった。主人の命令を忠実に実行した結果だった。

 そうして、その命令こそが、彼女の憎しみを掻き立てているのだ。

 

『――ミューズ! 余のミューズよ! 聞こえているか!』

 

 シェフィールドは弾けるように椅子から立ち上がった。

 瞳に浮かんでいた憎悪は一瞬で消え去り、代わりにあらわれているのは、少女のような思慕と崇拝の色。

 

 彼女は耳飾りの宝石に触れ――額のルーンが輝いた。宝石に籠められていた『風』の魔法が発動し、彼女の半径一メイルを『サイレント』の遮音膜が包み込む――クロムウェルに命令を下すときよりもずっと高い、艶のある、恋する女の声で答えた。

 

「もちろんでございます、陛下」

『そうかそうか! お前からの贈り物、しかと受け取ったぞ! お前は実に素晴らしい使い魔だ、余の可愛いミューズよ!』

 

 シェフィールドは呻いた。耳につけた通信用の魔道具にはかろうじて拾われない程度の、小さな声音で。

 手放しで褒められたよろこびに頬が緩み、しかしその内容……主人への『贈り物』に抱く嫌悪と憎しみから、眉間にしわが寄ってしまう。

 魔道具を介した通信でよかった、とシェフィールドは思う。恋しい主人に、こんな顔は見せられない。

 大国ガリアの王たるジョゼフに対して不敬であるし、それ以上に、ひとりの女として恥ずかしい。

 ジョゼフの前では、彼女はいつでも冷静な仮面をかぶっているつもりだった。

 

『お前の開発した魔道具、なんと言ったかな、余に届いた片割れは……』

「『ムニン』でございます」

『そうだ! あのカラスは実によいものを見せてくれた! あれほど胸が躍ったのは、余の箱庭(ハルケギニア)が完成したとき以来だ!』

 

 アルビオン王朝がレコンキスタの軍勢に陥落して以来、シェフィールドはある特別なガーゴイルの開発に打ち込んでいた。

 新たな皇帝クロムウェルの秘書を演じる傍ら魔道具開発を行うのは困難であったが、すべては敬愛する主、ジョゼフの願いを叶えるためである。

 『神の頭脳』の名に賭けて、彼女は主人に望まれた通りの魔道具を完成させた。

 

 それは『フギン』と『ムニン』という一対のガーゴイル。

 漆黒のカラスを模したそのガーゴイルの機能は、遠く離れた映像を記録すること。

 『フギン』の瞳が捉えた光景は、まったく同時に『ムニン』の瞳に映し出され、その腹に収めた水晶玉に記録される。

 

 水の精霊の在り方を模したそのガーゴイルは、距離を無視して情報を同期させることができる。

 ハルケギニアにおける通信を一変させる革命的な発明だが、しかしそれは、いまだ試作段階である。

 製造には膨大な『水精霊の涙』を消費し、仕上げには『アンドバリの指輪』を用いねばならない。

 ミョズニトニルンたるシェフィールドをして、手元の素材で完成させられたのは今回使った一対のみ。

 

 シェフィールドはこの『フギン』と『ムニン』を用いて、女王アンリエッタを(さら)ったウェールズたちとトリステインの虚無の担い手たちとの戦いを覗き、安全な位置から戦闘用のガーゴイルをけしかけていたのである。

 戦場を視界におさめていた『フギン』は『解除』の余波を受けて機能停止したが、シェフィールドの手元に残しておいた『ムニン』は無事だった。

 彼女はウェールズたちが再び物言わぬ亡骸になったことを『遠見』の魔道具で確認すると、『ムニン』を主人のもとへ飛ばし、自身はアルビオンに戻るべくラ・ロシェールへと向かったのだった。

 

「しかし、よろしかったのでしょうか」

 

 胸を引き裂く歓喜と憎悪が声を震わせないよう努めながら、シェフィールドは主人に問う。

 

「『フギン』と『ムニン』は、シャルロットさまを監視するために開発したもの。実験に使うと仰っていた戦闘用のガーゴイルも、この戦いですべて破壊されてしまいました」

 

 今回シェフィールドがアルビオンを離れ、トリステインを訪れていた目的は、アンリエッタの誘拐とは別にある。

 彼女の本来の目的は、ジョゼフの姪にあたるシャルロットが籍を置く魔法学院に『フギン』を配置することであった。

 闇夜に紛れ、戦闘用ガーゴイルを引き連れてラ・ロシェールからトリスタニアに向かっていた彼女が、女王アンリエッタを掠ったウェールズたちとトリステイン側の追っ手との戦いの現場に出会(でくわ)したのは、純粋なる偶然……の、はずである。

 

 ウェールズの亡骸を用いて女王アンリエッタを掠うようクロムウェルに命じたのは他ならぬシェフィールドだったが、作戦の詳細についてはクロムウェルに任せていた。彼女は、この日に誘拐が実行されていたことさえ知らなかった。

 その一方で、彼女がアルビオンを出立する日時に関して、ジョゼフから直々の指定があったのも事実である。

 この悪戯好きの主人であれば、気まぐれにこんな邂逅を引き起こしてもおかしくない。

 時刻はとうに夜半を過ぎていたが、シェフィールドはかまわず主人に指示を仰いだ。

 この戦場に、如何に介入するべきか。

 連れているガーゴイルの一部を使い、ウェールズたちに加勢してもよいか、と。

 

 ジョゼフはあくび混じりに、しかしどこまでも楽しそうにシェフィールドの提案を却下した。

 ガーゴイルの半数を潰してもかまわぬ。ただし、アンリエッタの誘拐は必ず()()させるように、と。

 

 曰く、『陰謀などで国を落としてはつまらぬ。決戦は派手に、盛大に、そして陰惨に行われるべきだ』。

 そしてジョゼフは、この陰謀の目的を語る。

 それは女王の身柄を奪うことでなく、その心にレコンキスタへの憎しみを刻むこと。

 彼が演出する悲劇の役者として、存分に踊ってもらうために。

 トリステインとアルビオンの戦争を、より悲惨で壮大なものとするために。

 

 シェフィールドはその深遠な策謀に胸を震わせたが、さすがのジョゼフもウェールズたちに差し向けられた追っ手に虚無魔法の使い手が含まれていること、そして彼の姪であるシャルロットまで参戦していることは予想外だったらしい。

 この報告を聞いたジョゼフは眠気も吹き飛んだ様子で大笑し、使い魔への指示に多少の修正を加えた。

 

 誘拐の失敗は絶対だ。

 しかし『フギン』を含め、ガーゴイルは()()()ここで使い切ってかまわぬ。

 シャルロットに、最大限の苦難を与えるのだ。

 そして苦難の末に彼女たちが勝利を確信したと思われるとき、ちょっとした悲劇を演出してやれ……。

 

「そして……陛下。申し訳ございません。私は陛下のご指示を(たが)えてしまいました」

 

 ジョゼフの命じた『ちょっとした悲劇』。

 それはシャルロットの友人らしいフォン・ツェルプストーとド・コールスに命の危機をほのめかすこと。

 問題は、シェフィールドの起こした悲劇が『ほのめかす』に留まらなかったことである。

 

 

 先日、ウェールズをその杖で殺めたワルド子爵の報告を聞いて以来、ジョゼフは自らの姪に奇妙な情熱を傾けていた。

 『人として涙を流すこと』を望み数々の悲劇を起こさんとしているシェフィールドの主人は、愛する弟の娘であるシャルロットを痛めつけることで、自らの心を傷つけようとしているのだ。

 シェフィールドは、それが妬ましい。ジョゼフの()()を一身に受けるシャルロットが憎くてたまらない。

 どうして私の愛するひとは、この私を殺してくださらないのか――彼女の胸を乱すこの問いへの答えは明白で、ジョゼフはシェフィールドを欠片も愛していないから。

 

 とはいえジョゼフは、シャルロットを愛しているわけでもない。

 彼が愛することができたのは、彼自身が殺めた弟のシャルルだけ。

 以前は自らの姪に対してもさほど関心がなかったのだが、ワルド子爵の報告に感じるところがあったらしい。

 

 ワルド子爵が暗殺を実行したその日、トリステイン魔法学院に通っているはずのシャルロットは、内戦中のアルビオンの、それもレコンキスタによる総攻撃を受ける寸前のニューカッスル城に忽然とあらわれ、ヴァリエールの娘を救った。

 その際、彼女はワルド子爵の風魔法によって重傷を負ったが、けっして闘志を(くじ)けさせなかったという。

 なぜそうまでして戦うのか、なぜ立ち上がるのかと問うたワルド子爵に、シャルロットはただひとこと、『頼まれた』と答えた。

 

 人形の如く心を閉ざし、黙々と『北』の任務をこなすだけかと思われていた姪の意外な言動に、ジョゼフは歓喜した。

 シャルルの娘が、知らぬ間にこうも勇敢に育っていたとは! 可愛い姪の成長を見逃すなど、俺は叔父として、まるで失格ではないか! ああ、それにしても、我が姪をかように(たぶら)かしたのは何者なのだ……、と。

 

 ジョゼフはアンリエッタがヴァリエールに命じたという任務の詳細と、トリステイン魔法学院に通うシャルロットの身辺に関する情報を集めた。

 結果、浮かび上がったのはふたりの同級生。

 ツェルプストー家の令嬢キュルケと、コールス家の三男クルトである。

 

 ニューカッスルにシャルロットがあらわれた状況からして、彼女にヴァリエールの娘を救うよう『頼む』のはこのふたり以外にあり得ない。

 キュルケのほうがシャルロットと親しいようだが、ツェルプストーとラ・ヴァリエールの不仲は有名である。シャルロットに『頼む』可能性が高いのは、コールス家の三男だろう。

 

 シャルロットにとって、どちらがより価値のある存在なのか。

 果たしてどちらが……、あるいは両者ともに、王の姪を主役にした悲劇にふさわしい役者と呼べるのか。

 それを見極めるための『フギン』であった。

 しかしシェフィールドがこのガーゴイルを魔法学院に配置する直前、絶好の機会が訪れた。

 

 それがこの誘拐。

 女王アンリエッタを襲う悲劇。

 突如として雨が降り始めたときはさすがのシェフィールドも焦ったが、ヴァリエールの娘が唱え始めた虚無の呪文は、勝敗を決するに十分な力を持ったものだった。

 その詠唱は『神の頭脳』をしてまったく未知の調(しら)べだった。しかし虚無の使い魔の本能として、彼女はその威力を悟った。

 

 それゆえシェフィールドは、虚無の詠唱が終わる直前、最後に残しておいた二体のガーゴイルをキュルケとクルトに差し向けた。

 『北』として経験豊富なシャルロットにも違和感を抱かれぬよう、この奇襲は死者を殺し得る『火』と『虚無』の担い手を狙ったのだと印象づける演出を添えて。

 それが良くなかった。

 

 『火』たるキュルケを襲うガーゴイルは、奇襲に気づかせておいたモンモランシ家の娘によって破壊された。

 十分な成果だった。

 キュルケに迫るガーゴイルを見たシャルロットの、焦燥にかられた表情……すでに精神力が底をつき、ドット・スペルさえ唱えられぬと悟ったときの苦悩と絶望……そして水の鞭がガーゴイルを打ち据えた瞬間の安堵の顔……それらはすべて、『フギン』の瞳が捉えている。

 

 問題は、クルトを襲わせたガーゴイル。

 狙いが『虚無』であるかのように見せかけたためか、クルトは奇襲に抵抗しなかった。体を張って、ガーゴイルを食い止めることを選んだ。

 爪の一撃を避けるか、ゴーレムを立ち上がらせる程度の猶予は与えたはずなのに、彼はそれさえもせず、ガーゴイルの爪を受け入れてしまった。

 

 その傷が彼の命を奪うに足るものだったことは、『フギン』を通して遠方から戦況を把握していたシェフィールドにも明らかだった。

 ジョゼフが与えた指示は、ツェルプストーとコールスにちょっとした命の危機をほのめかし、シャルロットの反応を窺うことだったのに。

 シャルロットを主演にした悲劇をいかに演出してゆくか吟味するための、実験にすぎなかったのに。

 それで殺してしまったのでは意味がない。

 

「陛下。私は陛下の大切な玩具を壊してしまいました。謹んで罰を受けとうございます」

『ああ、そのことか。かまわぬ』

 

 耳飾りの魔道具から、ジョゼフの鷹揚な声がする。

 シェフィールドの主人は、いつもこうだ。

 彼女の失敗に怒ることはなく、ただ『もうよい』と受け流す。

 きっとジョゼフは己の使い魔に……いや、世界そのものに、たいして興味がないのだ。

 そんな主人が興味を抱きかけていた相手を殺してしまったことに、シェフィールドはひどく罪深い気持ちになる。

 

「ですが……」

『よいのだ。言っただろう。実によいものを見せてくれた、と。あれでよいのだ。素晴らしい成果だ』

 

 しかしジョゼフの反応は、いつもと少しだけ違った。

 あの落胆にも満たない無関心な『もうよい』ではなく、ときに幼ささえ感じさせる独特の明るさを保っている。

 

『ミューズよ。お前も余と同じものを見たのだろう。ならばわかるはずだ。シャルロットはツェルプストーの娘に無二の価値を感じている。そしてコールスにも……』

「申し訳ございませぬ」

 

 ジョゼフはシェフィールドの謝罪に取り合わなかった。

 自分の話に自分で夢中になっている少年のように、滔々と語り続けた。

 

『シャルロットはツェルプストーの娘を守るべく杖を振った。しかし魔法は出なかった。焦りで詠唱を違えたのか? いいや、あり得ぬ。シャルルの血を引く、とびきり優秀な我が姪がそんな失敗をするなどあり得ぬ。精神力を使い果たしていただけだ』

 

 耳飾りの向こうから、ジョゼフの声に混じってかたかたと木のぶつかりあう音がする。

 シェフィールドには馴染み深い、軽やかな音色。

 ジョゼフはサイコロを(もてあそ)んでいるのだ。

 

『しかしコールスを刺し殺したガーゴイルを吹き飛ばし、無残に切り刻んだものはなんだったか。ミューズよ。お前も見ているな?』

「……風。おそらくは『ウィンド・ブレイク』と『エア・カッター』にございます」

『そうだ! 風だ! 無能と呼ばれる俺には呪文の種類までは見分けがつかなかったが、やはりお前は優秀だな! そんな優秀な我が使い魔に、この無能王が教えを乞おう。魔法の(みなもと)となる精神力とはなんだ? いかなる理由があれば、底をついた精神力が回復するのだ?』

 

 シェフィールドは静かに答えた。

 

「精神力とは、感情にございます。メイジならぬ私にはわかりかねますが、心の昂ぶりが、強い魔法を生むのだと聞いております。そして精神力を回復させるのに重要なのは睡眠や食事といった休養ですが、他にもうひとつだけございます。心の震えです。怒り、悲しみ、喜び、愛や憎しみ、あるいは嫉妬……方向はどうあれ、感情がひどく揺さぶられたとき、メイジは精神力を即座に回復させます」

『うむ、うむ! その通りだ、余のミューズよ!』

 

 ジョゼフはことさら嬉しそうに言う。

 

『であれば、我が姪にとってのクルト・ド・コールスの価値を確かめるのに、あれ以上の光景はあるまい!』

「ならばこそ、私は申し訳なく思うのです」

『それはもうよいと言ったであろう』

 

 ジョゼフの声に苛立ちが混じる。

 怒りではない。顔のまわりを飛んでいる羽虫を払うかのような、ほんの一瞬で忘れ去られる苛立ちだ。

 

『多少の()()()は許容せねば、世界で遊ぶことなどできぬ。いや、むしろ、この()()()によって遊戯(ゲーム)に面白みが生じるのだ』

 

 かたり、と耳飾りから硬質な音が響く。

 サイコロを振る音。

 

『シャルロットにとって、コールスは単なる友だったのか。恋人だったのか。あるいは恋人となる前に潰えてしまったのか……それはわからぬ。だが、この男を失ったことによって、我が姪はますますツェルプストーに価値を見出すであろう。なにせツェルプストーの娘はシャルロットの唯一の友という話ではないか。先日はオルレアンの屋敷にも招いていたと聞くぞ。そして……ふむ。出目は九か……そうだな、この場合は……』

 

 しばしの沈黙。

 そして唐突に、歓喜に満ちた叫びがシェフィールドの耳を打つ。

 

『かわいそうなシャルロット! お前はたったひとりの友さえ失うというのか! 父を亡くし、母の心を狂わされ、外国の地でようやく見つけた恋も……唯一残された友人も! お前はすべてを奪われる! 他ならぬ、この俺の手によって! なんたる哀しみ! なんたる悲劇! ああ、頼むぞシャルロット……我が姪よ、愛しいシャルルの愛した娘よ! どうか、見事に踊ってくれ! 最高の悲劇を演じてくれ! そうしてどうか、俺の心を痛ませてくれ! 俺に涙を流させてくれ!!』

 

 狂ったように笑っていたジョゼフは、しかし唐突に、静かに呟く。

 

『ミューズ。余のミューズよ。我らがアルビオン皇帝、親愛なるクロムウェルくんは、以前、トリステイン魔法学院に関して愉快な計画を提案していたな?』

「……はい。もしトリステインによるアルビオンへの侵攻を止められぬのなら、緒戦にあわせて魔法学院に襲撃をしかけ、学院の子女を人質に取るのだ、と」

 

 シェフィールドは一瞬、虚を突かれたが、すぐにいつもの冷静さを取り戻す。

 

「しかし、私のほうで差し止めております。陛下から、魔法学院に対する干渉は控えよとの指示がありましたので」

『その計画だがな。必ず実行させるのだ。……ああ、そうだ。いまのレコンキスタには、かの高名な『閃光』がいたな。彼を襲撃に加えるのだ。トリステイン魔法衛士隊の、元隊長殿だ。地の利もあろう。風の使い手となれば、傭兵どもを運ぶのにもうってつけだ。うむ……うむ……考えるほど、これ以上ない手に思えてきたぞ』

 

 耳飾りから聞こえるジョゼフの声に、愉悦の色が濃くなっていく。

 盤上遊戯に耽溺しているこの主人は、ひとつの手、ひとつの駒で、いくつもの効果を上げることを好むのだ。

 

『我が姪の相手を務めるのに、かの御仁ほど相応しい騎士は他におるまい! 『雪風』対『閃光』……ニューカッスルの再演というわけだ! ああ、この目で観劇できぬのが残念でならぬ!』

「アルビオンに戻り次第、『フギン』と『ムニン』の改良を進める所存です。開戦までには、新たな一対を献上できるかと」

『そうかそうか! 頼んだぞ、余の可愛いミューズよ!』

 

 哄笑とともに、主人からの通信が途切れる。

 シェフィールドはしばしその余韻に浸っていたが、やがて耳飾りに右手を触れて、『サイレント』の魔法を解く。

 そうして艶やかな唇を歪め、ふたたび羊皮紙に向き直った。

 

 その瞳に浮かんでいるのは、主人からの賞賛が……そしてなんの感慨もなく吐き出される『余の』『可愛い』という接頭辞が呼び起こす喜悦と、激しい憎悪。

 主人からこうも気にかけてもらえる、手の込んだ悲劇を演出してもらえるシャルロットに対する、身を裂くような嫉妬の気持ち。

 

 シェフィールドは深呼吸を繰り返して、激情を抑えつける。

 主人の願いをより忠実に叶えられる存在になるべく、新たな魔道具の構想に没頭しようとする。

 

 けれどもそれは、いまのシェフィールドにとってはあまりにも難しい作業だった。

 それから数分の間、啜り泣くような女の呻き声が『マリー・ガラント』号の小さな客室を満たし……、べき、と羽ペンの折れる音が響いた。

 

 

 





四章は以上になります。
ここまで読んでくれてありがとうございました。

ようやくタバサ/シャルロットの話になってきました。
タバサはこれから原作の五割増しくらいでひどいめにあいます。

次章は戦争前の最後の息抜き、夏休み編。原作でいうと『ゼロの使い魔5 トリスタニアの休日』編です。
原作の展開とはあまり絡まず、勘違いが深まってゆくタバサとご飯を食べる回や、なぜかモンモンとデートする回、クルトが実家に帰る回が挟まったりするはずです。ラブコメです。

評価、感想、お気に入り、ここすきなどなどモチベになります。いつもありがとうございます。
読んでくれた反応があるとよろこびます。
次章もよろしくお願いします。
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