第五章です。
前章と同じくらいの文字数と話数で、一日一話ずつ更新していきます。
また、五章の開始にともない、タグ(R-15、タバサの冒険)を追加しました。
『ゼロの使い魔5 トリスタニアの休日』にあたる時期の話です。
原作ではラブコメしつつも戦争と復讐の仄暗い予感を漂わせていた夏休み。
本作でもだいたい平和なラブコメをやりつつ、戦争に備えていく章になります。
なので、ここではタバサはひどいめに遭いません。
よろしくお願いします。
67.「うるさい。まだ聴いてる」
女王アンリエッタの誘拐事件から、今日でもう五日が経つ。
あの事件以来、夏期休暇を直前に控えた
もちろん、授業にも出ていない。
俺が引きこもっていた理由は実に単純で、事件を解決して学院に戻ったその日から、思いっきり体調を崩していたから。
最初の二日間は前世でも今世でも体験したことのない高熱と全身の疼痛に襲われ、ろくに眠ることもできなかった。
三日目からは熱が下がり、痛みも多少マシになったものの、今朝まで空咳が止まらず、薄いスープ以外はほとんど喉を通らなかった。
そして体調不良の原因も、これ以上なく単純だ。
アンリエッタとウェールズの唱えた
それで一度は死にかけたというのに、学院に戻ってからもルイズを
あの日、俺はタバサの部屋で寝落ちしてしまい、気づいたらベッドに突っ伏したまま盛大に吐血していた。
俺を呼び起こしてくれたタバサの焦ったような声音、こわばった表情は、いまも脳裏に焼き付いている。
優しいタバサはベッドを汚した俺を怒るでもなくシルフィードで俺の部屋まで運んでくれて、それから何故か、ルイズをつれて戻ってきた。
シルフィードに咥えられてきたルイズは、風竜の口から解放されるなりタバサに着替えを命じると(直前までベッドで寝ていたタバサは、ガウンも羽織ってないシュミーズ一枚の格好だったのだ)、地上を走って追いかけてきた才人を俺のそばに残し、大急ぎでモンモランシーを呼びに駆けだした……というところで、俺の記憶は途切れている。
次に目を覚ましたときには、なんと杖を握ったオールド・オスマンが俺の部屋に立っていた。
学院長直々に治療を施していたらしい。
そんな重篤な状態だったのかと驚く俺に、オールド・オスマンは悠々とひげを撫ぜながら、
『ミス・タバサが珍しく血相を変えておるのを、わしの
と、にっこり笑い、部屋を出て行った。
そんなわけで、俺はみんなより一足早い夏休みを手に入れてしまったのだった。
オールド・オスマンが言うところの『痛い目』は相当なもので、この五日間、もう全身が痛いし怠いし吐き気がひどいし咳は止まらないしと、肉体的にはこれ以上なくぼろぼろだった。
けれども精神的な面を見れば、俺はむしろ、人生でもっとも幸福な時期を過ごしていた。
あれから毎日、タバサがお見舞いに来ているのだ。
俺が血を吐いて倒れたことについて、タバサに罪の意識を抱かせてしまったらしい。
あなたは怪我人なのだから、甘えちゃいけなかった。もっとはやくに休ませてあげるべきだった……と、彼女は膝をついて謝った。
あの誘拐事件のあと、タバサに『イーヴァルディの勇者』を読んだのも、ずっと手を繋いでたのも、俺が好きでしたことなのに。
タバサを訪ねる直前にルイズとキュルケから暴行を受けたこともきちんと話したけれど、俺が倒れたのは自分のせいだと、タバサは信じ切っているようだった。
オールド・オスマンの計らいで授業が免除されていた事件の翌日、タバサは一日中部屋の椅子に座って本を読んでいた。
そうしてその日以降も、授業が終わってから夕食まで……そして夕食を済ませてから寝支度を始める時間になるまで、ずっと俺の部屋で本を読んでいた。
一昨日の虚無の曜日なんか、朝から晩まで、ずっと部屋にいてくれた。
そんなに気にしなくていい、もうだいぶ回復してきたから、無理して見舞いに来る必要はないと何度も言っているのだが、タバサは頷かなかった。
まあ、放課後も虚無の曜日も外で遊んだりせず、部屋でひとりで本を読んでるタバサのことだ。読書の席が自室から俺の部屋に移っただけで、本人的にはたいして変わらないのかもしれないが……。
……と、俺はそんな言い訳を頭のなかで何度も呟き、タバサがそばにいてくれる幸福を享受していた。
人に迷惑と心労をかけておいてよろこんでしまうなんて、最低なことだと自分でも思うけれど。幸せな気持ちはどうしようもない。
ルイズを襲ったあのガーゴイルや、あわよくば『虚無』を見殺しにしようとした
そうして今日も、タバサがお見舞いに来てくれている。
コルベール先生から俺に渡すよう頼まれたという『ヘビくん』の新作(見た目は手乗りサイズのヘビのぬいぐるみだが、実はゼンマイ仕掛けの機械が組み込まれた
昼下がりのあたたかな日差しが差し込む部屋で、解熱剤の副作用もあってうつらうつらしていた俺の意識に、ぱたんと本の閉じる音が響く。
ぼんやり目を開けると、ベッドのすぐ隣からこちらを覗き込む青い瞳。
もう何度も見ている光景だというのに、俺はいまだにどきりとする。
「どう?」
短い問いかけ。
この数日間で何度も尋ねられたこの質問に、俺もまた、何度も答えてきた言葉を返す。
「ありがとう。もうだいぶ良くなったよ。タバサのおかげだ」
「見てただけ」
「それが嬉しいんだ。タバサがいてくれて、俺はすごく嬉しい。助かってる」
するとタバサは
台本に定められた演劇のような、予定調和的なこのやりとりを、俺たちはもう数え切れないほど繰り返している。
タバサがどう思っているのかは知る
タバサはもともと口数の少ない子だし、いまの俺には長々とおしゃべりする元気がない。ずっと部屋で過ごしているのだから、特別、話題があるわけでもない。
ただ彼女が気にかけてくれていることを確かめるだけの、短い会話。
無駄なことはけっして話さないタバサとそんな会話を交わせることが、俺は無性に幸せなのだった。
そうして今回も、タバサは困ったような顔を浮かべて俺に背を向ける。しかしいつもと違って、椅子に座る前にぽつりと呟く。
「咳」
「そうだな。今日は咳が出てない。だいぶ呼吸が楽になった気がするよ」
「ほんとに?」
タバサに疑われてしまうのは、俺がこの数日間、『もう大丈夫』『元気になった』『どこも痛くない』『すっかり元通りだ』なんて空虚な言葉を繰り返していたから。
体調に関する俺の自己申告は、彼女からの信頼を完全に失っていた。
でも体が回復傾向にあることは確かだし、それ以前に、俺の(どう考えても自業自得の)体調不良に関して責任感や罪の意識を抱かせてしまった女の子に対して、他になんと言えばよかったのだろう?
俺にはちょっと思いつかない。
タバサは俺の答えを待たずにこちらに振り向き、ベッドの端に手をついた。
それから目をつむって上体を傾け、毛布越しに、俺の胸に耳を押し当てる。
聴診しているのだ。
『水』の使い手ならば体内の水の流れを診るのだが、『風』のタバサは音によって体調を推し
タバサのベッドを血で汚した翌日から、彼女はこの聴診を一日に三回はしてくれている。
そんなもんだから、俺はタバサが頭を乗っけてくるたび、彼女を撫でて抱き寄せてかわいいかわいいかわいいと口走りそうになる自分を抑えるのに必死である。
というか実際、やってしまった……かもしれない。倒れて間もない頃、高熱で意識がもうろうとしているときにそんなことをした記憶があるのだが、夢だったような気もする。正直、はっきりとは覚えてない。
ただ、もしそんな不躾なマネをやらかしていたらタバサがこんなに近づいてくれるはずがないから、夢だったのだと思う。
とりあえず、心の安寧のため、俺はそう思うことにしている。
「
タバサの呟き。
何気に専門的な用語を繰り出してくるタバサは、医学関係の本も
「な? 今度はほんとうだったろ?」
「うるさい。まだ聴いてる」
「ごめん」
タバサは俺の胸に体重を預けるようにして、しっかりと耳を押し当てる。
大好きな、世界一かわいい女の子がくっついてるせいで俺の心臓が高鳴りっぱなしになってることも、この優秀な風使いにはお見通しに違いない。
下手したら心臓病を疑われそうな心拍数だったけれど、タバサがなにも言及してこないあたり、俺の気持ちは既に知られているのだろう。きっと。
にもかかわらず平然と俺の部屋に通い、こんな無防備な姿をさらしてまで体調を気遣ってくれるのは、タバサの優しさと責任感、義理堅さの故だろう。
やっぱり素敵な子だなあと俺はタバサに惚れ直し、けれども正直、少しだけ……いや、かなり……落ち込まずにはいられないのだった。
アンリエッタの誘拐事件の前日、ラドグリアンの湖畔でタバサと再会した俺は、惚れ薬の効果で才人に惚れていた。
それだけならまだよかったのだが、俺の飲んだ惚れ薬は特別製で、『飲んでから最初に顔を見た相手に惚れさせる』だけでなく『もともと好きだった相手への関心を失わせる』という恐ろしい効果があった。
そのせいで、俺はタバサの名前を思い出すこともできず、彼女の指をへし折るという大失態を犯した。
しかも俺がルイズの
そうして、そんなタバサを慰めるためだろう……おそらくは誘拐事件が解決してから俺が学院に戻るまでの間に、キュルケがタバサに惚れ薬の効果を教えたのだ。
一般的な惚れ薬にはない『もともと好きだった相手への関心を失わせる』という効果について。そして当然、この効果があらわれるだろう、俺の『もともと好きだった相手』に関しても。
俺がタバサの指を折ったのはけっして本心からの行動ではなく、薬のせいだったのだと説明するために。
直接キュルケに確かめたわけではないが、そうとでも考えなければ、タバサの言動に説明がつかない。
少なくとも、脈拍の乱れに関する指摘がひとつもないのはおかしい。
タバサは、俺がタバサを好きなことがわかったうえで、知らぬふりをしてくれているのだ。
さほど仲良くもない男に好意を持たれてると知ったら、ふつうは警戒し、距離を置きそうなものだが、タバサはむしろ以前よりずっと近くにいてくれる。
しかし、それで俺の好意が受け入れられた、などと勘違いしてはいけない。
俺は病人で、病人に対しては誰だって優しく接するものだ。
特に、その病人が倒れた原因は自分にあるのだと信じ込んでいる場合には。
「昨日より良い」
ベッドから体を起こしたタバサが呟く。
彼女は俺から顔を
体ごと扉のほうを向いているあたり、そろそろ帰りたいのかもしれない。
帰らないでほしい。ずっといてほしいな、と俺は思う。思うけれど、あんまり引き留めても迷惑だろう。
「よかった。自分でもそんな気がしてたけど、タバサにそう言ってもらえるなら安心だな。もうすっかり元気になったってことだ」
「まだ無理しちゃだめ」
「わかってるって」
タバサは振り向いて俺を見つめた(ベッドに顔を押しつけていたせいだろう、ちょっとだけ火照った頬と乱れた青髪がかわいい。抱きしめたい)。
それからぽつりと言う。
「体を起こせる?」
「うん。そのくらいなら」
ベッドに手をついて重たい体を起こした俺にタバサが顔を寄せ、突然、髪を触られた。
「な、なんですか……」
キモい敬語が出てしまった俺には答えず、タバサは俺の髪を撫でたり、軽くひっぱったりしたあと、ポケットから小さな
彼女は無言で俺の髪を
天使のような(かわいい)無表情のまま、しかし満足そうに頷いた(かわいい)。
「あなたは、こうしたほうがいい」
「えっと……ありがとう?」
俺だって、好きな子に対する多少の見栄がある。
安静を命じられてるとはいえ顔を洗ったり髭を剃ったりといった最低限の身だしなみは整えているつもりだったけれど、彼女からするとまったく不足していた、ということか。
俺は死んだほうがいいのだろうか。
「そのまま待てる?」
よくわからないままに俺は頷く。
髪を乱さないように、横にならずに待ってろ、ということか。
「遅くなるかも。つらかったら無理しないで。約束できる?」
「無理なんかしないさ」
「約束」
「うん、約束する」
「できるだけ、すぐ戻るから」
タバサはまるで子どもを
俺はベッドで体を起こしたまま、彼女の出て行った扉をぼんやり見つめ……ふと、気がついた。
タバサは、俺を母親と重ねているのかもしれない。
母と同じように誰かを庇って心を狂わせる薬を飲み、しかし母と違って無事に心を取り戻した俺を看病することが、タバサにとって、ある種の癒やしになっているのかも。
だとしたら、俺の部屋で本を読む時間も、幾度となく体調を尋ねてきたのも、胸の音を聞くのも、タバサにとっては意味があるものだったのだ。
そんな風に考えると、毎日お見舞いに来てくれてることも、そこまで申し訳なく感じなくていいんじゃないか……と心が軽くなる一方、やっぱり完全に脈なしなんだよなあ……と落ち込みそうになってしまう。
いや、まあ、知ってたけど。俺なんかがタバサに好かれるわけないって、そんなんわかってたけど。
これからあの子の運命を変えて、初恋を奪ってやればいい、と開き直るのが俺が従うべき
ノックの音。
「タバサ? 忘れ物?」
口のなかで呟く。
優れた風の使い手である彼女には、これで十分伝わるはずだ。
けれども扉は開かず、
誰だろう……と、俺は幾人かいる候補を頭のなかに並べながら咳払い。
「開いてますよ」
まだ
そうしてあらわれたのは薬瓶の束を抱えた巻き毛の少女、モンモランシーだった。
長くなってきたので、五章ではここまでの振り返りがてら登場人物紹介など後書きに載せていきます。
話数と人数の都合上、後書きのない話もあります。
【クルト】
○概要
ヴァリエールとツェルプストーに挟まれた貧乏貴族、コールス家の三男。
土のラインで、二つ名は『
得意な魔法は『錬金』と『クリエイト・ゴーレム』。使い魔は石ころ(?)のロッキー。
トリステイン魔法学院の二年生で、十七歳。前世から数えたらもっと上の歳になるが、肉体の影響をおおいに受けているせいで、自認しているほど精神年齢は高くない(彼の『イーヴァルディの勇者』好きやドラゴンへの憧れは、同級生たちからするとむしろ幼い趣味である)。
前世の価値観と家族との拗れた関係から自分が生きていること自体に罪責感を抱いており、『世界を良くするような何かをしないと、俺は生きてちゃいけない』という強迫観念に追われている。痛い目にあうと安心してしまう、無自覚だが重篤なマゾ。
○性格
ホグワーツだったら組み分け帽子にスリザリンを勧められるし、自認もスリザリンだけど、本人の強い希望でハッフルパフに入れてもらうタイプ。
最近になってようやく自身のスリザリン的資質を受け入れられるようになってきた。
怒りっぽい部分や自分の危険を勘定に入れない衝動的な行動から、グリフィンドール的な美徳=騎士的な忠実さや勇敢さを見出されることもあるが、クルト自身は自分のそういう部分を嫌っているため、褒められても断固として否定する。
※組み分けについては、「ハリーポッター 組み分け帽子 歌」などで検索してみてください。