雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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7.「なんだこれ! ナマクラじゃねえか!」

 

 森の入り口に馬車を置き、そこから歩くこと十分ほど。

 俺たちはうっそうとした森を抜け(道中、キュルケがここぞとばかりに「きゃーこわい」とか言って才人にくっつくので、ルイズはたちまち不機嫌になった)、開けた場所に辿り着く。

 魔法学院の中庭ほどの広さがある空き地のまんなかに、一軒の小屋が建っていた。

 あれがフーケの隠れ家、ということになっている廃屋だろう。

 

 俺たちは森の茂みに身を隠し、顔をつきあわせて作戦会議。

 会議が始まってまもなく、タバサは地面に絵を描き、作戦を提案した。

 まるで宿題の答えをクラスメイトに教えるみたいな気負わぬ調子で、さすがはガリアの北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールパルテル)だ。

 

 タバサの作戦はこうだ。

 まず偵察兼囮役が小屋のなかを確かめる。

 なかにフーケがいれば、これを挑発しておびき出す。得意のゴーレムを作るには大量の土が必要なので、戦いとなれば、フーケは外に出るはずである。

 そしてフーケが小屋から出てきたところを、魔法で一気に攻撃する。

 ようはゴーレムを作られる前にやっつけてやろうという、シンプルだが堅実な作戦。

 

「で、偵察兼囮は誰がやるの?」

 

 才人の問いに、タバサは短く答えた。

 

「すばしっこいの」

 

 全員の視線が才人に集まる。

 『原作』であればこのまま才人が廃屋に向かうが、俺はここで待ったをかけた。

 『原作』でも大して重要ではない、『タバサメインヒロイン計画』的にも『原作』通りでまったくかまわない場面だが、だからこそアドリブの余地がある。

 馬車で散々使い魔をバカにされ、傷つけられたプライドを回復したくなったのだ。

 

「それじゃ才人が危険じゃないか? フーケが小屋にいるとは限らないし、もし魔法の罠があっても、才人じゃ見抜けないだろ」

「じゃあ、他にどうするのよ」

 

 ルイズが苛立ちを隠さずに言った。

 

「俺の使い魔(ロッキー)のすごいとこ見せてやる」

「はぁ?」

 

 俺は足下の枯れ枝と落ち葉に杖を振り、『錬金』をかける。

 

「なによ、その紐」

 

 意味が分からない、とばかりにルイズは眉をひそめた。

 一方、才人は俺の作ったものを理解したらしく、

 

「もしかして、それ投石器(スリング)か。それでフーケを攻撃すんのか? でも、そんなら最初から魔法使ったほうが早くねえか?」

「精神力にも限りがあるからな。魔法はできるだけ温存したい。それに、狙いは攻撃じゃなくて……」

「感覚共有」

 

 短く呟かれた言葉に、俺はにやりとした。

 タバサは俺の意図を完璧に読み取ってくれたのだ。

 好き……。

 

「『使い魔は主人の目となり耳となる』ってな。あの小屋にロッキーを投げ込んでくれたら、フーケが潜んでるか、罠がしかけられてないかまで全部わかる」

「でも、そんなことしたらフーケにわたしたちのことがバレちゃうわ。偵察なんだから、こっそりやらなきゃダメじゃないの」

「才人を行かせたって、結局フーケを挑発しておびき出すんだろ? 俺たちが見つかるのは大前提だ。それなら安全なほうがいい」

 

 ルイズはうーっと唸って納得いかない様子だったが、反論はしなかった。

 キュルケはどちらでも良さそうな態度で、念のためタバサを見たら、小さく頷いてくれた(かわいい)。

 俺はロッキーを投石器にくるんで、

 

「じゃ、才人。頼んだぞ」

「いや俺かよ」

「あれだけ見事に剣を振れるんだ。このくらいできるだろ?」

 

 我ながらめちゃくちゃな理屈。

 才人も困惑していたが、投石器を受け取ると左手のルーンが光りだし、俺がもう一度「頼むよ」と言うと、渋々ながら頷いた。

 なにせ才人はあらゆる『武器』を操り、異世界のゼロ戦さえ乗りこなす『ガンダールヴ』だ。

 投石器なんて原始的な『武器』、使えないわけがない。

 彼は現時点では『ガンダールヴ』の自覚がないはずだが、投石器を握ることで自分がこの『武器』を扱えることに気づいたのだ。

 

 才人は俺たちからすこし離れ、風切り音をひゅんひゅんさせて投石器を振り回す。

 そのまま投げるかと思ったが、ふと、俺に顔を向けて、

 

「なあ、これ、卵なんだよな。ほんとに投げていいのか?」

「大丈夫。ロッキーは頑丈なんだ」

「ならいいけど……よっ!」

 

 と、ロッキーを投擲した。

 ロッキーは狙い違わず小さな窓に命中し、ぱりーん、と大きな音を立てて廃屋のなかに飛び込んだ。

 

 俺は目を閉じ、ロッキーと感覚を共有する。

 どうして石に感覚があるんだ、と自分でも疑問だが、目も耳もないデルフリンガーだって才人と会話したり敵の位置を報告したりしてたんだ。使い魔のロッキーに視覚や聴覚があってもおかしくない。

 しかもデルフリンガーが『武器』に触れるとその機能や構造がわかるのと同じように、ロッキーは石や地面と相性が良い。

 ロッキーが地面に触れていたら、土メイジである俺以上の鋭敏さで、その地質や地形、周囲の状況を読み取れるのだ。

 こいつと契約したあの日以来、それは散々検証済みだ。

 

「小屋のなかは……誰もいない。罠もないみたいだ」

 

 俺は『原作』通りなことに安堵しながら報告し、みんなと一緒に廃屋に向かう。

 途中『土くれ』のフーケその人であるミス・ロングビルが「まわりの偵察に行ってきますわ」と森に消えていったけれど、それもやっぱり『原作』通り。

 いまのところは順調だが、本番はこれからだ。

 フーケ戦で、いかにタバサの見せ場を作り、『タバサルート』のフラグを立てるか。

 練りに練った『計画』を頭のなかで再確認し、俺は気合いを入れ直す。

 

 

 『破壊の杖』はあっけなく見つかった。

 小屋の捜索を始めてすぐに、チェストのなかからタバサが見つけ出したのだ。

 

「お、おい。それ、本当に『破壊の杖』なのか?」

 

 才人が目を丸くしているが、無理もない。

 ハルケギニアでは見たこともない素材で作られた、細長い円筒形。ずいぶん古い品のはずだが、オールド・オスマンの『固定化』のおかげか、錆ひとつ見当たらない。

 表面に懐かしい異国の文字が並ぶ、それはどうみてもロケットランチャーだった。

 

 才人が『破壊の杖』をまじまじと見つめ、タバサから受け取ろうとしたちょうどそのとき、外で見張りをしていたルイズの悲鳴が響いてきた。

 

 一斉にドアを振り向き、才人が飛び出そうとした瞬間、屋根が吹き飛んだ。

 そうして見晴らしの良くなった空を背景に、巨大なゴーレムが俺たちを見下ろしていた。

 『土くれ』のフーケのゴーレムが、小屋の屋根を殴り飛ばしたのだ。

 

 タバサがいち早く反応し、次いでキュルケが杖を振る。

 竜巻と炎がゴーレムを襲うが、まるで効かない。

 ゴーレムは俺たちに見せつけるように、ゆっくり拳を振り上げる。

 

「無理よこんなの!」

「退却」

 

 四人で一斉に小屋を飛び出し、タバサとキュルケは一目散に逃げていく。

 一方、才人は小屋の近くで立ち止まり、きょろきょろあたりを見回し始めた。ルイズの姿を探しているのだ。

 果たしてルイズはゴーレムの背後にいた。震える声でルーンを唱え、ゴーレムの表面に爆発を起こした。たったひとりで戦おうとしているのだ。バカである。どうしようもないバカである。トライアングルのふたりが尻尾を巻いて逃げ出すようなやつを相手に、いまだ『虚無(ゼロ)』に目覚めていない『ゼロ』のルイズが勝てるわけがない。

 そんなのわかってるはずなのに。

 

 ゴーレムは逃げてゆくタバサたちと近くのルイズ、どちらを相手にするか悩むように首を傾げた。

 俺は小屋の影に身を隠し、低くルーンを唱え始める。

 

「逃げろ! ルイズ!」

 

 顔を青ざめさせた才人が怒鳴る。

 

「いやよ! あいつを捕まえれば、もう誰もわたしをゼロのルイズとは呼ばないわ!」

 

 ルイズは譲らなかった。

 才人がいくら説得しても、逃げようとするそぶりさえ見せない。

 ああ、やっぱりこいつバカだ。

 プライドばっかり高い考えなしの大バカだ。

 だけど、どうしてだろう。

 いつも学院のバカ貴族たちに抱いている苛立ちや忌々しさはかけらも感じず、俺の心はいつになく昂ぶり、いくらでも魔法を唱えることができそうだった。

 その事実が、最高に悔しい。

 ああ……ちくしょう。

 やっぱりこいつら、かっこいいのだ。

 

「わたしは貴族よ。魔法が使える者を、貴族と呼ぶんじゃないわ」

 

 ゴーレムはやはり、先にルイズを潰すことに決めたらしい。

 彼女に振り向き、巨大な足を持ち上げる。

 視界の端で、才人が剣を握るのが見えた。左手のルーンが(まばゆ)く光る。

 俺は高揚のままに詠唱を完成させ、ゴーレムの足下に杖を振った。

 

「敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!」

 

 ルイズが叫んだ瞬間、ゴーレムの軸足の地面がさらさらした砂地に変わる。ゴーレムが足を滑らせ、後ろ向きにバランスを崩した。

 それと同時に才人が飛び出し、ルイズを抱えてゴーレムから飛び退いた。

 数秒遅れて、ずしん、と巨大な足がルイズのいた場所を踏みしめる。

 するとそこも柔らかな砂に変わっており、ゴーレムの片足を膝まで沈ませた。

 

 ……まあ、たいしたことはしていない。優れた土メイジであるフーケならすぐ対応するはずだ。

 そもそも俺が手出ししなくても間に合うって、わかってたけど。

 それでも万が一にもルイズたちが殺されたら困るし、なにより、この救出劇はルイズが才人を意識するきっかけになるのだ。

 少なくとも『原作』ではそうだった。

 

 そこに俺が介入し、救出に余裕を持たせることで、この場面の『劇的さ』を少しでも減らそうという魂胆だ。

 我ながらあまりにもセコい作戦だが、俺の実力で『タバサルート』と『原作に沿った展開』の両立を狙うにはこれが限界だった。

 

「死ぬ気かルイズ! 貴族のプライドがどうした! 死んだら終わりじゃねえかよ! ばか!」

「だって、だって……」

 

 とはいえ、『タバサメインヒロイン計画』の観点でも、俺の魔法に意味があったのかどうか。

 記憶にある『原作』通りにルイズは泣き出して、才人は困った顔をしている。

 フーケのゴーレムはそんなふたりに構いもせず、土の拳を振り上げた――俺に向かって。

 

「……っ、俺かよ!」

 

 咄嗟に飛び退いた瞬間、俺の背後ほんの数サントに拳が叩きつけられた。

 俺は無数の飛礫に打ちのめされ、衝撃で十メイル以上も吹き飛ばされる。地面をごろごろ転がって、木の幹に背中を打ち付けられてようやく止まる。

 杖を手放さなかったのは幸いだが、平衡感覚がやられてすぐには立ち上がれそうもない。

 

 いやおかしいだろ、なんで俺を狙うんだよ、『原作』なら……なんて口のなかでぼやいたが、考えてみれば当然だ。

 かたやロクに魔法の使えない落ちこぼれと平民剣士の二人組、もう片方は不意打ちとはいえ自分のゴーレムをよろめかせた土メイジ。

 どっちを警戒して先に潰すべきか、なんて決まっている。

 

 ずしんずしんと足音を立て、巨大なゴーレムがこちらに歩いてくる。

 俺を踏み潰すまで、あと数歩もないだろう。

 這ってでも逃げようとしたが、体に力が入らない。

 

 敗因は明確。

 ナメてたせいだ。

 ここまであまりにも『原作』通りだったせいで、俺はこの世界をナメていた。

 たいした実力もないのになんでも思い通りに操れるような全能感に浸って、そうしてぷちんと踏み潰されて終わるのだ。

 1巻のボスに舐めプして殺されるとか、勘違い野郎にはお似合いの最期だ。

 

 ああ、でも、どうせ章ボスに負けるなら、せめてワルドがよかったなあ……。

 

 と、観念して目をつむったとき……雪風が吹いた。

 氷のつぶてを孕んだ嵐がゴーレムを包み、その動きを一瞬止めた。

 そして嵐が止んだ瞬間、

 

「――おら、こっちだっ!」

 

 がぎっ、と鉄が砕ける音。

 

「なんだこれ! ナマクラじゃねえか!」

 

 俺は笑ってしまった。

 キュルケが大枚はたいて買った剣は、『原作』と違わず一合目でへし折れたらしい。

 

「なに笑ってんのよ! このバカ! はやく乗りなさい!」

 

 タバサとルイズを乗せた風竜が、雪風に隠れて俺のすぐ近くに降り立っていた。

 ルイズが罵るのを尻目に、タバサが『レビテーション』を唱える。タバサは動けない俺を竜の背に乗せ、シルフィードに命じて上空へと離脱する。

 

「待って! サイトがまだ!!」

「これ以上は無理」

 

 痛む体を引きずって竜の背から様子をうかがうと、折れた剣を握った才人がゴーレムの拳から逃げ回っていた。

 いまは余裕があるように見えるが、『ガンダールヴ』の力も無限ではない。いつかやられてしまうだろう。

 

 戦いの鍵となる『破壊の杖』は、ちゃんとタバサが抱えている。

 ルイズははらはらと才人を見つめていて、いまにも飛び出してしまいそうだ。

 

 歴史の修正力とか運命とか、そういう不思議な力が働いているのか。

 俺が余計なことをしたにもかかわらず、この状況は、まさしく『原作』通りだった。

 『原作』ではこのあと、耐えかねたルイズが『破壊の杖』を持って飛び出し、それを受け取った才人が『破壊の杖』……その故郷の言葉で呼ぶなら『M72ロケットランチャー』を使ってゴーレムを撃破する流れだったが、実際、放っておけばそうなるだろう。

 

 ルイズはいてもたってもいられないという様子でゴーレムと戦う才人を見下ろし、唇を噛み、頭を抱えて考え込み、そうして不意に、タバサの持つ『破壊の杖』に目をやった。

 

「ねえ、タバサ――」

「タバサ、頼みがある」

 

 ルイズを遮って、俺はタバサに頭を下げた。

 

「その『破壊の杖』、才人に届けてくれないか」

「――はぁ!? クルト、あんた何言ってんのよ!?」

 

 ルイズの叫びが、森の上空にこだました。

 

 

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