雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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73.「あなたは……、苦手だと思う」

 

 

「今日も休む?」

 

 夏休み二日目の朝。アウストリの広場。

 青い鱗のシルフィードを後ろに従え、やけに大きな鞄を抱えたタバサが首を傾げた。

 

「い、いや、大丈夫……」

 

 答える俺の足下に、びしゃっ、と水の塊が落ちる。シルフィードが唾を吐きかけたのだ。

 相変わらず、俺はこの風韻竜から妙に嫌われているのだった。

 タバサは長い節くれ立った木の杖を振り、己の使い魔の頭をぽかりと叩いた。

 

「ちょっと、寝不足なだけ。ほんと大丈夫だから、風でも浴びてれば、気分も良くなると思う」

 

 タバサはこくりと頷いた。

 風韻竜がきゅいきゅい鳴いて抗議するのも気にせず、その背中に跨がった。

 ちらりと俺に視線をやり、早く乗るよう促した。

 

 

 先週の第七(ダエグ)の曜日、体調を崩していた俺を気遣ったタバサが、シルフィードで領地まで送ろうかと提案してくれた。

 シルフィードなら馬よりずっと速く領地に帰れるから、その分、学院で体を休める時間を作れるだろう、と。

 その代わりに俺は、今日一日タバサの買い物に付き合うことになったのだ。

 

 そして俺は救いようのないバカなので、タバサとそんな約束ができたことがあまりにも嬉しくてダエグの曜日以来ずっと気持ちが落ち着かず、昨夜も眠りが浅かった。

 しかも今朝になってなんだか異様に緊張してきて、朝食もほとんど喉を通らなかった(対面に座っていたタバサに半分以上食べてもらった)。

 食堂ではキュルケにさんざん揶揄(からか)われたし、いまもタバサに要らぬ心配をかけている。死んだほうがいい。

 

 高く飛び上がった風韻竜の背中の上で、タバサが俺に身を寄せてきた。例の『聴診』だ。いつまでたっても心臓に悪い。

 それは使い魔の風韻竜にとっても同じだったようで、「きゅい!? お、おねえさ……、きゅーい、きゅいきゅい!」と若干どころでなく人語の混ざった悲鳴が青空に響き、竜の体がぐらりと揺れる。

 俺に耳をくっつけていたタバサがバランスを崩し、反射的に、俺は彼女を抱き留める。

 軽い細っこい華奢な体がすっかり腕におさまって、俺は、もう、死んでもいい。っていうか一生こうしてたい……とタバサを思い切り抱きしめそうになったそのとき、

 

「いぅるるるるるる……」

 

 と殺気だった竜の警戒音が耳を震わせ、俺は慌てて手を離した。

 

「す、すまんタバサ! そんなつもりは……!」

 

 タバサは答えず、俺に背中を向ける。

 俯き加減のままシルフィードの背びれを背もたれにして座り直し、鞄から本を取り出した。

 

 どうしよう。完全に怒らせてしまった……、と、タバサがふつうの女の子だったら頭を抱えているべき場面なのだが、タバサはタバサなので、怒ってるかどうかすらわからない。

 口を開く気を失うほど怒ってる可能性もあるし、『これは事故なのだから、謝られるようなことは何もない。謝罪に応えるほうが失礼である』的な謎の理屈(かわいい)で黙っているだけの可能性だってあるのだ。

 いずれにせよ、謝罪を繰り返すのは読書の邪魔だし、タバサの望むところではないだろう。

 とはいえ、このまま黙ってしまうのはあまりにも気が休まらないので、

 

「失礼しました。以後、気をつけます」

 

 と俺は低頭し……竜の背にいるので膝をつかない略式だが、これも立派な謝意の表明である……できる限り真摯な声で言った。

 

 それから、長い沈黙が続いた。

 タバサが次に口を開いたのは、シルフィードが首都トリスタニアに降りるべく、高度を下げ始めた頃。

 一周回って平静な気持ちになりつつあった俺に向かって、タバサは本に目を落としたまま、

 

「悪くなかった。……胸の音」

 

 と呟いたのだった。

 

 

 

 タバサが最初に訪れたのは、チクトンネ街の賭場だった。

 まだ昼前だと言うのに、酔っ払った男たちや露出の多い格好をした女たちがテーブルを囲み、勝っただの負けただの、いやこれはイカサマだ、だのと騒いでいる。

 

 タバサはそんな喧噪もどこ吹く風で(かわいい)、財布から無造作に金貨を取り出し、俺に突き出した。

 

「チップに換えて」

「いいけど……、買い物っていうから、本屋に行くとと思ってた」

「資金調達が先」

 

 俺は首を傾げながらも、命じられるままカウンターに向かう。

 そうしてチップの山を抱えて戻ってきた俺に向かって、タバサは平坦に言った。

 

「負けてきて。増えた分は山分け」

 

 負けるのに、増える?

 言ってる意味がいまいちわからないが、タバサが言うなら増えるのだろうと近くのルーレットに向かおうとしたら、ちょい、とマントをひっぱられた。

 振り向くと、タバサが無表情に賭場の一角を指差している(かわいい)。

 

 そこはディーラーと一対一のゲームを楽しむテーブル。

 ちょうど手隙(てすき)のディーラーが手に弄んでいたのは、三色のサイコロだ。

 

 なるほど……、と俺は頷いた。

 脳裏に浮かんでいたのは、『タバサの冒険2』に描かれる『タバサとギャンブラー』のエピソード。

 そして『原作』巻頭のキャラクター紹介。カラーイラストページに小さく書かれていたタバサのプロフィール……『特技:サイコロ賭博』の一文である。

 

 

「――はぁ!? 今のイカサマだろ! 『大』、『小』、『大』、『小』って来てんだから、次は『大』だろ! そういう流れだったじゃねえか!」

 

 禿げ上がった年嵩(としかさ)のディーラーを前に、俺は机を叩かんばかりの勢いで怒鳴り散らした。

 

「まあいい、次だ、次! 今度は……六のゾロ目! これで負けた分一気に取り返す!!」

 

 半分ほどに減ったチップの山からチップをひと掴みして乱暴に突き出すが、もちろん、内心では欠片も怒ってない。

 ただ、タバサに注文されたから派手に負けてるのである。

 ……いや、タバサは『負けて』としか言ってないのだが、この場合は、きっとこうしたほうがいい。

 これからタバサがすることを考えたら、俺は目立っておくべきだ。

 

「来い、来い……! 六……六……! は!? 五のゾロ目!? ありえねえ! やっぱおかしいってこのサイコロ!」

 

 最初は平民にあたりちらすことに若干の罪悪感を覚えていたのだが、このディーラーはさすがに経験豊富なのか、俺の剣幕にまったく動じていない。

 それどころか俺が怒るほどに笑みを深め、年若い貴族の男が我を忘れている様子を愉しんでるのは明らかだった。

 周囲の客たちも、自分の賭け事を楽しみながらも俺の様子にそれとなく目を向けている。当然だろう。賭け事で身を滅ぼす貴族なんて、平民からしたら最高の娯楽だ。

 そんなだから俺もついサービス過剰になってしまい、ますます演技に熱が入るのだった。

 

「つ、次は当たる……次こそは……あん? なんだよ?」

 

 今度はどうやってキレようか考えていたら、後ろからマントの裾を引かれた。タバサである。

 タバサは無言で(かわいい)、無表情で(かわいい)、残ったチップを指差した。

 

「見てたらやりたくなったのか? あのな、これは大人の遊びだから、お子さまは見学だけの約束……なに? 爺やに言いつける? わかったよ、仕方ないな」

 

 俺は渋々といった表情を作り、チップの半分を掴んで立ち上がる。

 そうしてにやにやと俺たちを見ているディーラーに向かって、

 

「あんた、この子の相手してやってくれ。俺はもうサイコロは飽きた。あっちのが勝てそうだ」

 

 と言い残し、ルーレットの台に歩いて行った。

 俺を迎え入れた酔客たちは、良いカモが来た、と歓声をあげる。

 

「貴族の坊ちゃん、悪いことは言わねえ。こんくらいにしときな。今日はツイてねえんだよ」

 

 いかにも親切そうに話しかけてくるこの小太りの酔っ払いも、俺が負けるところをかぶりつきで見ようと待ち構えてるに違いない。目の奥に浮かぶ愉悦の色が、まったく隠せていないのだ。

 

「はぁ? ツイてるかどうかは俺が決める。それにな、負けたまま引き下がったら、貴族の名が泣くってもんだぜ」

 

 俺の台詞に、賭場がどっと沸いた。

 小太りの酔っ払いが、俺の肩をばしばし叩きながら、

 

「つい昨日もよぉ、おんなじこと言って大負けした貴族がいたんだよ。浮かれた桃色髪の嬢ちゃん……平民のカッコをしちゃいたが、ありゃあ間違いなく貴族のご令嬢だったな!」

 

 俺は吹きだしてしまった。

 この店、ルイズが全財産スった店だったのか。

 賭場なんてトリスタニアにいくらでもあるのに、たいした偶然である。

 

「ほ、ほう。それで、その嬢ちゃんとやらは……?」

「いやあ、それが傑作でよ! さんざん負け散らかして財布が空になったと思ったら、今度は従者の坊主から金をせびってやがる。それがまたなかなかの額でな、こっから巻き返すんかと見てたら……なんと嬢ちゃん、そいつも全額一点賭けして、見事! 一発でなくしちまったんだ!」

「へえー……」

 

 ほとんど『原作』通りの展開。

 あとは無事、ふたりがスカロンに拾われていることを祈るばかりだ。

 予言を詳しく聞かせておいたデルフリンガーが気を利かせてくれたらいいのだが。

 酒場通りに寄ることがあったら、ロッキーに頼んで『魅惑の妖精』亭を探ってみよう。

 

「そんな話を聞いたら、ますます引き下がれないな。貴族として、俺がそのお嬢さまの仇をとってやるぜ」

 

 心にもない台詞を吐き出すと、酔客たちから歓声があがる。

 いいぞ! よく言った! それでこそトリステイン貴族だ! ……等々。全員、俺が大負けする瞬間を期待している。

 どうせなら残った全額を一点賭けして見事に負けてやりたかったのだが、ひとまず、俺はチップを一枚掴み、『赤』に賭ける。

 俺はもうしばらく、時間を稼がねばならないのだ。すぐさま無一文になることはできない。

 少なくとも、タバサが資金を増やしてる間は。

 

 

 

 俺たちが次に訪れたのは、古本屋だ。

 本棚に並ぶ古書の数々に目を輝かせたタバサ(超かわいい……)が抱える財布には、金貨がみっちり詰まっている。

 先ほどの賭場で、タバサは大勝ちしていたのだった。

 

 これは別に、タバサが豪運の持ち主というわけではない。

 優れた風の使い手であるタバサは、人並み外れて聴覚が鋭い。

 彼女は俺がサイコロ賭博で大負けする様子を()()()ディーラーの癖を盗み、そうして俺がルーレットで騒いで賭場の注目を集めている隙にたんまり稼いでいたのである。

 

 ふつうタバサみたいな可愛らしい貴族の娘がひとりで賭場に入っても相手にされないだろうし、仮にテーブルにつくことができても、勝負に勝ち始めたら怪しまれる。

 魔法による不正を疑われて、すぐに追い出されてしまうだろう。

 タバサはそれを避けるために、俺を隠れ蓑にしたのだ。

 

 ……杖を振っていないとはいえ、タバサが魔法使い(メイジ)の力を悪用したことには変わりない。

 もし俺に幼い頃の潔癖さと過激さが残っていたら、タバサの首ねっこを捕まえて説教していただろう。

 けれども今の俺は、この世界の平民がただただ虐げられるだけの存在じゃないことを知っている。首都トリスタニアの裏通り(チクトンネ)に流れてくる金が、そもそも薄汚れていることも理解している。

 賭場でイカサマする客なんて日常茶飯事だろうし、大勝ちしたと言っても古書で消える程度。昨日ルイズと才人が落としていっただろう金貨の半分にも満たない額だし……、と、俺は自分自身にそんな言い訳を重ねて、ちくちく痛む良心を慰めていた。

 

 タバサは夏休みの間に読む本を、この買い物で一気に揃えてしまうつもりなのだろう。次々と棚から本をひっこ抜き、荷物持ちを申し出た俺の抱える籠にぽいぽい放り込んでいく。 

 そのジャンルはさまざまで、歴史書や魔法の理論書に始まり、ハルケギニア各地に棲む幻獣や先住魔法の行使者について書かれた本、東方の風聞記、『イーヴァルディの勇者』の一冊……先日タバサのために朗読したのとはまた別の本だ。俺も見たことがない、ロマリア語から訳されたらしい革張りの本。夏休みが明けたらタバサに頼んで貸してもらおう……、野草の図鑑、平民向けの医術の指南書、城下で流行っているらしい恋愛小説……。

 

 『メイドの午後』シリーズをまとめて籠に入れ、次いで平積みになっていた『バタフライ伯爵夫人の優雅な一日』をぱらぱらと(めく)っていたタバサが、突然、ぴたりと動きを止める。

 隣で眺めていた俺にちらりと視線をやって、『バタフライ伯爵夫人』を棚に戻して、手に取って、また戻そうとして……、けれども結局、籠に入れた。

 それから素早く隣の本棚に手を伸ばして、『“大王”の功罪 ジュリオ・チェザーレの征服とロマリア没落の百年記』を『バタフライ伯爵夫人』の上に重ねた。

 

「ふだんは。キュルケが、読まないから」

 

 次の本棚に視線を走らせながら、タバサが呟く。

 

「うん? どういうこと?」

「読んだことないから。こういう、恋愛の話。読めって言われて。キュルケに」

 

 彼女らしくない不明瞭な言葉。俺は首を傾げて問い直そうとして……、察する。

 この世界で恋愛を扱った物語といえば、高貴な女性に仕える騎士の物語か、いましがたタバサが籠に入れたような大衆向けの小説の二択である。

 しかし騎士道物語の恋愛要素はほとんど添え物で、英雄譚のトロフィーとして貴婦人や少女が出てくる程度。心理描写や恋の駆け引きなんて存在しない。『イーヴァルディの勇者』にあったルーの物語もその変奏といえる。

 一方、大衆小説はどうかというと、これはこれで極端なのだ。

 

 去年、コールスの田舎から初めてトリスタニアに出てきた俺は、古書店で安売りされていた大衆小説をまとめ買いした。

 それなりの読書家だった前世が懐かしくなったのもあるし、都会の娯楽を持って帰れば領地の連中がよろこぶだろうと思ったからだ。

 けれども寮の自室で戦利品を開き、俺は愕然とした。恋愛要素のある本は決まって、男女の肉体関係を克明に描写しているのだ。

 娯楽に乏しいこの世界の住民は、やはり刺激に飢えているらしい。

 教会による検閲を恐れてか、挿絵は一切なかったものの、城下で人気と売り出されていた本は、どれもやたらとねちっこく、しかも妙にマニアックな濡れ場が描かれていた。

 

 ともあれ、こんなものを領地へのお土産にするわけにもいかず、あの日に買った本の大半は寮の棚の奥に眠っている(ただし、去年の夏休み、ごく少数の刺激が控えめの本だけ選んで領地に持って帰り、ラ・ヴァリエールから流れる川の下流にこっそり置いておいた。しばらくして発見されたそれは領民たちに大いなる衝撃を与えたらしく、夏休みの後半、みんなの読み書きへの学習意欲が異様に高まっていた)。

 

 ともあれタバサの挙動不審の原因は明らかで、きっと自分が手に取った小説が艶本の(たぐい)であると気づいてしまったのだろう。

 そんなエロ本買いに来た中学生じゃないんだから、お堅い本で隠して言い訳するくらいなら買わなきゃいいのにと思うけれど、このタイミングで本棚に戻すのは逆に恥ずかしいと思ったのかもしれない。あるいはタバサの読書家としての魂が、未知の本を読まずに手放すことを拒否したのか。

 いずれにせよ、激しくかわいかった。

 いままで俺が見たことがない種類の、しかし心臓が壊れる威力のかわいさだった。

 

「なんで笑ってるの」

「笑ってないよ」

「うそ。笑った」

「気のせいだってば」

「うそ」

「ほんとだよ」

「……」

 

 タバサはずらりと並んだ魔法薬学の蔵書から目を離さない。

 拗ねてしまったようである。

 その白磁の頬に朱がさしているように見えるのは、俺の気のせいだろうか。

 このままずっと眺めていたい気がしたが、さすがに可哀想だ。タバサはまだ十五歳。子どもらしい子ども時代を送れていれば、思春期真っ盛りの年齢なのだ。

 ちょっと話題を変えてやろうと、俺は後ろにあった絵本の棚に手を伸ばす。

 

「せっかくだから、俺も買っていこうかな」

「だめ」

 

 鋭く制したタバサが手を置いているのは、平積みにされた『バタフライ伯爵夫人』。

 なんとも言えない、気まずい沈黙が古書店に流れる。

 タバサは固まったまま、俺がちょうど取ろうとしていた『水精霊綺譚』の絵本と手元の『バタフライ伯爵夫人』の間で視線を彷徨(さまよ)わせ……、ごく小さな声で呟いた。

 

「わたしが、買うから。あなたまで買う必要ない」

「そ、そうか。ありがとう」

 

 その『バタフライ伯爵夫人』、頼めば貸してくれるってこと? だいぶ墓穴を掘ってないですか、それ……と、つっこみたくなったけれど、すんでのところで堪える。

 

「じゃあ俺は、領地へのお土産でも探そうかな。この絵本とか……」

「それは良い本。わたしも読んでた」

 

 タバサはこくこくと頷いた。

 失態を誤魔化したいのか、いつになく反応がおおげさである(かわいい)。

 

「下の弟妹(きょうだい)がいるの?」

「いや、俺は末っ子だよ。領民相手に読み書き計算の教室を開いてたんだけど、子どもでも読めるちょうどいい本が足りなくてさ」

「あなたの『イーヴァルディの勇者』は?」

 

 ()()()()、とタバサが強調したのは、さまざまな変奏がある『イーヴァルディの勇者』のなかでも、先日彼女に読み聞かせたあの一冊じゃいけないのか、と訊きたいのだろう。

 

「あれは……手元に置いときたいから。他にも良い本知ってたら、教えてくれる?」

 

 タバサは頷き、俺の隣に並んで絵本の背表紙を眺め始めた。

 

 

 タバサが好きだったという絵本を六冊、それからトリスタニアの子どもに大人気と打ち出されていた『烈風カリンのだいぼうけん』シリーズを購入して古書店を出る。

 俺はふと思いついて、本でいっぱいになった鞄を確かめ機嫌良さそうにしているタバサに尋ねる。

 

「そういえば、夏休みが終わったあとなんだけど」

 

 休暇が開けて二ヶ月ほどで学生士官の募集が始まるはずだから、任務で学院を離れがちなタバサとも顔を合わせる時間くらいはあるはずだ。

 というか、なかったら困る。

 タバサと会うことすらできずに戦場に行く羽目になったら、心が折れてしまいそうだ。

 

「もしよかったら、あの本、貸してくれないかな。タバサが買ってた……」

「だめ」

「え」

「あなたは……、苦手だと思う。刺激が強い」

 

 タバサはそれだけ言うと鞄に『浮遊(レビテーション)』を唱え、シルフィードを降ろせる街の外れを目指してすたすた歩く。

 俺はタバサの半歩後ろを慌てて追いかける。

 

「刺激? あの『イーヴァルディの勇者』、そんなに変わったやつだったのか。言われてみれば装丁も個性的だったし……あれか。イーヴァルディの名前だけ借りて、作者が好き放題書いてるやつ。たまにいるんだよなぁ。そういうイーヴァルディ精神へのリスペクトに欠けた勘違い野郎」

 

 早足で歩きながら、俺はしみじみと頷いた。

 

「一年生の頃だったかな。ルイズの荷物持ちでトリスタニアまで来たとき、その手の本を買っちゃったんだよ。光る左手と『槍』の力で最強になって貴族も王さまも全員殺して大無双! みたいな。ありえないよな。そんなのぜんぜん、イーヴァルディじゃない。強いだけ、自分の力を振り回してるだけじゃ、ちっとも勇者じゃない。あれはイヤな気分になったよ」

 

 タバサは答えず、ますます足を速めてゆく……っていうかもう、小走りだ。

 唐突に始まった俺のオタク早口がキモすぎたせいかもしれない。

 『イーヴァルディの勇者』について語れる相手なんか初めてだったから、つい喋りすぎた。

 羞恥心と自己嫌悪で死にそうになった俺はそれからかたく口をつぐみ、タバサのあとを黙ってついていく。

 

 そうして辿り着いた街外れの広場。

 ふたりして微妙に息を切らしているなか、タバサは『レビテーション』で浮かせた鞄をじっと見つめながら、

 

「今度、貸してあげる」

 

 と呟いた。

 ここまで走ってきたせいか、その横顔は、微かに紅潮している(かわいい)。

 そんなに必死に逃げようとするほどキモい相手にも本を貸してくれるなんて、やっぱりタバサは優しいなあ、素敵な子だなあ……、と俺は思い、彼女をいっそう好きになるのだった。

 





【シルフィード/イルククゥ】
○原作との主な違い
 クルトには初対面から謎の嫌悪感を抱いており、いまに至るまでずっと嫌っている。見かけたらとりあえず唾を吐きかける。
 一方のクルトはもともとドラゴンが好きで、しかもタバサの使い魔ということもあってシルフィードがずっと大好き。
 シルフィードも彼の好意を感じているが、嫌いな相手から好かれてもべつに嬉しくないので、かえって嫌悪感が増している。

 ただし、『宝探し』で鹿の丸焼きを食べさせてもらって以降は、「どうしてもっていうなら、このシルフィを好きでいさせてやってもいいのね」と尊大な気持ちで接している。嫌いだし、唾を吐くのも変わらないが。

 クルトがタバサと仲良くなっていることに危機感を覚えており、ことあるごとに「あんなやつやめとくのね!」と大騒ぎしている。


○性格
 禁じられた森。


※あくまでも『筆者の解釈』であり、クルトやその他視点人物の認識とは異なることがあります。


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