「ふむ……やはり
魔法学院に戻った日から、およそ一週間後の昼下がり。
火の塔の近くに建てられた、コルベール先生の研究室にて。
コルベール先生は『錬金』製のアルミ合金で作られた手乗りサイズのエンジンの模型を眺め、難しい顔で呟いた。
「
「『錬金』だと、どうしても不純物が混ざってしまいますからね。加工の精度も不足している。魔法といっても、奇跡を起こせるわけじゃない」
俺はエンジンの模型にロッキーをくっつけ、最大限の注意を払ってその組成を分析する。
そして『錬金』。
エンジンに含まれていた不純物を分解し、周囲と同質の合金に再構成する。
学院に戻った日から、もう百回以上も繰り返している作業。
これだけ魔法を重ねがけして、ようやくゼロ戦の強度に近づけることができる。金属の配合は同じはずなのに、『錬金』ではどうしても強度が出せないのである。
「この程度の少量ならともかく、あの飛行機械を飛ばせるほどの量となると、一年かけても作れるかどうか。せめて俺がトライアングルならよかったのですが」
「いやいや、トライアングルどころか、スクウェアでも難しかっただろう。それに、君のおかげで大いに研究が捗っているのだから……」
コルベール先生は『トライアングル』という言葉にひっかかったのか、ふと、研究室の隅で読書に耽る女子生徒に目をやった。
タバサである。
俺が学院に戻り、研究室に通うようになってから、彼女はたびたび読書の席にこの場所を選んでいる。
独特の臭いと金属の擦れ合う騒音で読書には向かない環境だと思うのだが、不思議と気に入っているらしい。タバサは以前から『ヘビくん』シリーズや『竜の羽衣』を熱心に眺めていたから、意外とこの手の
「ミス・タバサ、君はどう思うかね?」
「『硬化』」
タバサの答えは実に簡潔で、メイジ的だ。
十分な強度を持った素材が用意できないなら、『硬化』をかけてしまえばいい、と言っているのだ。
それはそれでひとつの真理だが、『硬化』の持続時間はさほど長くない。効果が続くように意識して唱えたとしても、せいぜい半日で解けてしまう。
この学院やトリスタニアの王宮のような古い建物には『土石』を用いた半永久的な『硬化』がかけられているのだが、王族でもなければそんな贅沢はできないだろう。
「毎回かければいい」
「なるほど、飛ばす度に『硬化』をかけ直すのか。たしかに、それなら『土石』も要らないな。さすがタバサだ」
一見すると完璧なタバサの提案に、しかしコルベール先生は首を振る。
「しかし、それだけの『硬化』を、しかも飛行の度に唱えるとなると、それこそスクウェア・クラスの土の使い手を雇う必要がありますな。
正論であった。
それじゃあどうしたものか、と俺もコルベール先生も首を捻り、考えに耽っていると……、不意に、タバサが呟いた。
「キュルケ」
「うん? ミス・ツェルプストーがどうかしたのかね?」
コルベール先生が尋ねるも、タバサは無視である。先生には目もくれず、黙って読書を続けるばかり。
仮にも教師に、しかも部屋の主に対してその態度はどうなんだと思わなくもないが、それがタバサなのだから仕方ない。
だけど、どうして彼女は突然キュルケの名前を出したんだろう。
タバサのことだから、きっと意図があるはずだけど……俺はロッキーを握りなおして、目をつむる。
「キュルケ……キュルケ……フォン・ツェルプストー、……もしかして、……そうか、そういうことか。だから先生はゲルマニアの……」
そうして、曖昧だった思考がひとつのかたちになりかけたとき、研究室の扉がノックされ、返事も待たずに無遠慮に開かれた。
「失礼しますわ、ミスタ・コルベール」
入ってきたのは、燃えるような赤髪の少女、キュルケ。
「あなたたち、やっぱりまたここにいたのね。朝から探してたのよ」
タバサは無言で頷いた。
彼女がキュルケの名前を呟いたのは、親友が問題の解決策になるからではない。
単純に、その優れた耳が研究室に近づいてくる友人の気配を捉えたから、教えてくれただけなのだった。
「あいかわらず、重そうなカラクリねえ。これが空を飛ぶだなんて、いまだに信じられないわ」
『探してた』なんて言ってたわりに、キュルケも用事があるわけじゃなかった。
二ヶ月半にも及ぶ夏休みを過ごす退屈から逃れるため、友人に会いたかっただけらしい。
彼女は研究室の煮詰まった空気を察したのか、『こんな蒸し暑いとこに籠もってるから、頭が回らなくなるのよ』と俺たちを外に連れ出した。
そうしてコルベール先生を含む全員でヴェストリの広場にやってきて、ゼロ戦を眺めているのである。
「まったく、ミス・ツェルプストーの言う通りですな。サイトくんのせかい……もとい、東方の技術は素晴らしい! 魔法なしで、これほどの機械を作り上げるとは! いや、むしろ魔法がないからこそ、技術が発展したのかもしれぬ……ほら、ミス、見てくだされ! この繋ぎ目の精巧なことと言ったら!!」
「そうですわねぇ……」
熱の入ったコルベール先生の語り、そしてそれを聞き流すキュルケを尻目に、俺はロッキーをゼロ戦に触れさせる。
隙を見ては繰り返し唱えてきた『固定化』のおかげか、風雨と日光に晒されているはずの機体には、ほとんど劣化が見られない。
その劣化も、『錬金』で手早く直せる程度のわずかなものだ。機体の合金もハルケギニアには見られない特殊なものだが、慣れてしまえば多少の修復は行えた。
そしてある意味で機体の整備以上に重要なのが、ゼロ戦の両翼にひとつずつ取り付けられた鉄の筒。
コルベール先生の発明品、『空飛ぶヘビくん』である。
前方に『
コルベール先生らしからぬ殺意に満ちたこの兵器は、すでに『原作』に描かれていた通りの性能を持っている。
あとはこれを複製し、両翼に五発分ずつ取り付ければ、『原作』と違わぬ働きをしてくれるだろう。
さっきまで内燃機関の再現について議論していたのは、この『空飛ぶヘビくん』作成作業の息抜きだ。
争いごとを嫌うコルベール先生は、いずれアルビオンとの戦争で使われるだろうゼロ戦に兵器を取り付けることを望んでいない。
ただ、それに自分の生徒が……才人とルイズが乗り込んでいくから、彼らが生きて帰ってくる確率を少しでもあげるために、仕方なしに『空飛ぶヘビくん』なんか作っているのだ。
この作業は、先生にとって相当のストレスに違いない。
だから俺は作業の合間を縫って、先生がほんとうに望んでいることを、すなわち東方への探索旅行に役立てるための飛行機械の分析を話題に出していたのである。
『原作』の筋書きからしたら、これは無意味で、無駄なことに違いない。コルベール先生の役割は……少なくとも、俺の読んだ範囲では……学院を襲撃するメンヌヴィルたちを撃退すること、そしてゼロ戦に発明品を取り付けることなのだから。
でも……、と俺は思い、近くの木陰に座って本を開いているタバサを見る。
自分の世界に入って長広舌を繰り広げるコルベール先生と、いかにも興味なさそうに爪をいじり始めたキュルケを見る。
この時間には意味があるのだ。
少なくとも、コルベール先生にとっては。
先生が未来に希望を持つことは、きっと、とても大切なことなのだ。
なぜって、俺は知っている。
コルベール先生は、近いうちに死ぬかもしれない。
トリステイン・ゲルマニア連合軍によるアルビオンへの侵攻が始まると同時に、この魔法学院は『白炎』のメンヌヴィル率いる傭兵たちによる襲撃を受ける。
その襲撃は銃士隊とコルベール先生の活躍によって
コルベール先生は、銃士隊隊長のアニエスにとって、故郷を焼き滅ぼした仇敵なのだ。
メンヌヴィルの発言によって先生が復讐すべき『魔法実験小隊の隊長』だと理解したアニエスは、傭兵たちを退けた後、先生を殺そうとする。
先生もまた自らの罪を認め、アニエスの刃を逃れようとはしない。
先生が死なずにすんだのは、彼が重傷を負い、キュルケの機転によって『コルベールは死んだ』とアニエスに思い込ませることができたからだ。
俺はこの未来を、どう扱えばいいのかわからない。
ただ、ひとつ確かなのは、この未来をコルベール先生に伝えてはいけない、ということだ。
先生は自分の罪を受け入れている。けっして許されないと知っている。
もし先生が『自分は近い未来にアニエスを騙し、彼女の復讐から逃れる』のだと知ってしまったら。
先生は、自ら死を選ぶかもしれない。アニエスが確実に自分を殺せるように、場を整えてしまうかもしれない。
もしそうなってしまったら、俺は、いやだ。
まったく身勝手だが、俺はコルベール先生に死んで欲しくない。学院に入って以来、俺はずっと先生の世話になってきた。彼は恩師なのだ。友人なのだ。たとえ先生が罪に苦しみ続けていても、失いたくなかった。生きていて欲しかった。
生きたいと望んで欲しかった。
そして、この事件で重要な役割を演じるもうひとりの人物……キュルケにも、俺はこの未来を伝えかねていた。
キュルケはコルベール先生によってメンヌヴィルの炎から救われ、恋をする。運命の恋だ。キュルケが己の『微熱』の行く先を見つけた、決定的な恋なのだ。
俺はすでに多くのものを壊しているけれど、それでもなお、キュルケにとっての『運命』を壊していいものか、決めかねていた。
まともな価値観で考えれば、恋なんかより命のほうが大切だ。
俺はキュルケに協力を仰ぎ、コルベール先生が確実に生き延びられるよう備えるべきだ。
あるいはルイズを通してアンリエッタやアニエス、オールド・オスマンに警戒を促し、襲撃自体を未然に防げるように動くべきだろう。『原作』では、あの襲撃で銃士隊の隊員も犠牲になっていたのだから。
けれどもキュルケにとっての恋は、情熱は、命よりずっと大切なものだ。
なにがあっても、彼女の『運命の恋』を、コルベール先生との『運命の出会い』を守るべきだという不合理な思考を、俺は捨てられないのだった。
そして都合の良いことに、俺はキュルケの恋を守る理由を見つけてしまった。
タバサの呟きのおかげで、気づいてしまったのだ。
『タバサの冒険3』の『タバサと軍港』では、キュルケがコルベール先生をツェルプストーの屋敷に連れ帰ったことが描かれている。
もしかしたら、それが大切なのかもしれない。
ツェルプストーが属するゲルマニアは、ハルケギニアでもっとも冶金技術に優れた国だ。
ヨアナがシュペー卿の技術を持ち出したおかげでトリステインの冶金技術は十年進んだと言われてるらしいが、それでもなお、ゲルマニアには遠く及ばない。
コルベール先生の夢を形にする際ネックになっている冶金の問題を、ゲルマニアならば解決できる可能性があるのだ。
しかもツェルプストーはゲルマニアでも屈指の大富豪。先生に恋したキュルケであれば、家に有り余っている金を先生のために使うことに、なんのためらいもないだろう。
おそらく、コルベール先生はキュルケとともにゲルマニアに行き、そこでなんらかの発明をする。とても重要な、なにかを。
それが『原作』の流れなんじゃないか。
我ながら荒唐無稽にも感じるその思いつきは、しかし、俺の頭を捉えて放さなかった。
キュルケの恋を壊したら、それこそとんでもない『原作崩壊』に繋がるんじゃないかと、奇妙な恐れさえ感じていた。
「なーに考え込んでるのよ、クルト」
キュルケに肩を叩かれ、ロッキーを落としそうになる。
「そんな暗い顔しちゃって。また占いに夢中になってたんでしょ」
「まあ、そんな感じ」
意味もなく続けていたロッキーとの感覚共有を切り、ポケットにしまう。
気がついたら、コルベール先生はゼロ戦の尾翼にくっついてなにやら作業しているようだった。
それでキュルケは退屈を持て余し、俺に話しかけてきたらしい。
「戦争も近いからな、考えることが山積みだ。そりゃ暗くもなるさ」
「そうねえ、やーねぇ、戦争って。はやく平和にならないかしら」
キュルケらしくもない弱気な呟きに俺は笑い……、ふと、背筋がぞわぞわする気配に気がついた。
なにか近づいてくる。これは、ポケットから……いや、空からだ。
顔を上げると、一羽のカラスが黒々とした翼を広げ、こちらに降りてくる姿が見えた。カラスは宝石のような
俺はゼロ戦に意識を戻すフリをしながら、ポケットのロッキーを地面に落とした。使い魔と感覚を繋げ、
案の定、ただのカラスではない。ガーゴイルだ。先日の誘拐事件でも暗躍していたミョズニトニルンからの使いだろうか。
だが、ガーゴイルとしても奇妙である。
水の力を感じるのだ。先日ロッキーがラドグリアン湖の水の精霊から渡されたのと同じ、水の力を。
本来、ガーゴイルの製造に必要なのは『土石』だけ。このカラスのように空を飛ぶ機能をつける場合は『風石』も必要となるが、『水石』や『水精霊の涙』を使うガーゴイルなんて聞いたことがない。
嫌な胸騒ぎに身を硬くしているなか、カラスはタバサのもとを飛び立ち、空の向こうに消えていく。ロッキーの感覚では、空に飛んだ相手を追いかけることはできない。精霊の気配が遠ざかっていくのをうっすらと感じるだけだ。
あのカラス、捕まえるべきだったろうか……いや、そんなことをしてもタバサに迷惑をかけるだけだ。いま、この場では見逃すしかなかった。
「タバサ、もう行くの?」
キュルケの心配そうな声。
振り向くと、手紙を握りしめたタバサが立ち上がっていた。
「ねえ、あたしも……」
「だめ」
「いいじゃないの。あたしたち、どうせ学院で暇してるのよ」
タバサは無表情に俺たちに歩み寄り、呟く。
「暇してて」
「イヤよ、そんなの」
「帰る場所が必要。あなたたちは、ここにいて。待ってて」
タバサはそれだけ言うと、俺たちに背を向けて歩き出す。
俺はその後ろ姿を見送ろうとして……、キュルケに足を踏まれた。『あんたもなにか言ってやりなさい』ということだろう。明るく送り出すような言葉なんか言える気がしなくて黙っていたのだけれど、キュルケは何度も俺を蹴る。
背後で俺たちが騒いでることに気づいたのか、タバサが足を止めた。
俺はキモくなりすぎないように言葉を選び、しかし結局、キモくて重たい言葉を吐く。
「タバサ、その、気をつけて。お願いだから、帰って来てくれよ。俺にも……俺たちにも、タバサが必要なんだから」
タバサは答えず、振り向きもせず、また歩き始めた。
夕暮れ時。
ふたたび、研究室。
『あの子がいないんじゃしょーがないわ』とキュルケも姿を消したので、俺とコルベール先生のふたりきりである。
「さて、ミスタ・コールス。今日はどんな話をしようか」
図鑑やらメモやら実験器具やらが乱雑に積まれた机の対面に座ったコルベール先生は、にこにこと機嫌良さそうに問いかける。
学院に戻って以来、俺は毎晩のように先生に質問をぶつける時間を作ってもらっていた(もちろん、それでゼロ戦に取り付ける『空飛ぶヘビくん』や
質問の内容はさまざまで、たんに授業で理解しきれなかったことを訊く日もあれば、『錬金』で再現できそうな(催涙剤のような、あまり殺傷力のない)化学兵器の作成についてであったり、火の呪文の扱いについて、あるいは『エルフと戦うことになったら、先生だったらどうしますか?』なんて尋ねたこともあった。
俺が『錬金』で再現した『爆炎』についても意見を聞かせて欲しかったのだが、さすがに
純粋に強くなること、戦う力をつけることだけを目指すのであれば、こんな遠慮をしている場合ではない。それに、かつて実験小隊の隊長を務めていたという先生から学ぶべき技術は『爆炎』以外にもいくらでもあるはずだ。俺は先生から学ぶことで、きっと、ずっと強くなれる。そのくらい、よくわかっている。
それでも俺は、先生の暗い過去に触れることができずにいたのだった。
とはいえ、戦いや殺しの技術を抜きにしても、先生に訊きたいことは山ほどあった。
そう、例えば……、
「俺の使い魔について、先生の意見を伺いたいのですが」
ロッキーの正体を突き止めるのも、俺がやるべきことのひとつ。
俺の使い魔は、とんでもなく有用だ。感覚共有を上手く使えば人捜しや成分分析だってできるし、カリーヌの暴風から生き延びたときみたいに戦闘に役立てることもできる。
さっきだって、ロッキーは精霊の力を感知することでガーゴイルの接近を捉え、感覚共有を切っていたはずの俺に警告を発してくれた。
けれどもこいつがルイズを殺そうとしたことは紛れもない事実であり、完全に信じ切ることもできないのだった。
「あの小石の使い魔のことだね? そういえば、そろそろ
コルベール先生の言葉に、俺は一瞬きょとんとして……、思い出す。
使い魔召喚の儀式のとき、石ころにしか見えないロッキーを使い魔として認めてもらうために『これは幻獣の卵なんです!』と俺は強弁していたのだった。
まだあれから半年も経ってないのに、ずいぶん昔のことに感じる。
「ええと、先生、実はこいつ卵じゃなくて……でもただの石ころってわけでもなくてですね……」
興味深そうに耳を傾けてくれるコルベール先生に少しばかりの羞恥と申し訳なさを抱きながら、俺は自分の使い魔について語り始めた。
「ふむ……。高精度、広範囲の感覚共有に、精霊の力に対する鋭敏さ。ラドグリアン湖の精霊との対話。そして『虚無』系統への恐怖心、か……」
コルベール先生は、俺から受け取ったロッキーをランプの灯りに透かすようにして眺めながら、思考に耽る。
俺はなんとなく落ち着かない気分で、手を伸ばして先生から使い魔を返してもらう。
ロッキーについて知り得たことをひとつ残らず……そう、ひとつ残らず、だ。虚無への恐怖についても、俺は先生に教えてしまった。独力で『ガンダールヴ』に辿り着いた先生ならば、いつルイズの系統に気づいてもおかしくないし、先生がこの知識を悪用するとは思えない……語った俺は、黙って先生の答えを待つ。
「君の使い魔が精霊と関係する存在なのは確実だが……。そうだな、まず、『土石』ではないのだね?」
『土石』とは、土の力が結晶した精霊石。ガーゴイルを作るには欠かせない秘薬である。
「はい、まったく違う物質です。夏休みに入る前、ミセス・シュヴルーズに教材の『土石』を触らせていただいたのですが、ロッキーと同じには見えませんでした」
「ふむ、やはりそうか。ミセスはなにか言っていたかね?」
俺はロッキーを指先で叩き、あの人の
「そうですね……、ロッキーは、ただの石のようにしか見えない、と。成分は河原に転がっている石となんら変わらないし、精霊石のような魔力も感じられない、と仰っていました。俺も同じ意見です」
「そうか。君たちの意見が一致するのなら、そこは間違いないのだろうね」
コルベール先生は一段と難しい顔で頷いた。
「ラドグリアン湖の水の精霊のような、いわば『土の精霊』なのかと思ったが、どうもそうではない。さりとて、見た目通りの石ころではないことも明らかだ……と、すれば」
俺は期待に身を乗り出して、先生の答えを待ち構えた。
「この問題……、私には扱いきれませんな」
ずっこけそうになった。
思わず机に手をついてしまった俺を、コルベール先生はどこか愉快そうに見やりながら、
「すまないね、ミスタ・コールス。精霊に関しては、私の専門を超えているものだから」
「い、いえ、そりゃあそうですよね」
「しかし、いくつか助言は差し上げられますぞ」
「え、ほんとですか!?」
俺はふたたび、期待に満ちた目で先生を見る。
先生は「君ならば、すでに思いついているかもしれぬが」と前置きして、楽しげな……教科書には載らないちょっとした応用問題を授業に取り上げたときのような、朗々とした口調で言った。
「可能ならば、
「しかし、ミセス・シュヴルーズにもわからないと……」
「いや、いや、確かにミセスは優れた『土』の使い手だが、君の使い魔の問題は系統ではないだろう」
その言葉で、ようやく俺の理解が追いついた。
「精霊魔法の行使者、ということですか」
「そうだ。以前、君が話していたエルフや吸血鬼、コボルト・シャーマンのような先住の使い手……。そのなかでも、例えば翼人のような温厚な種族と連絡をつけることができれば、対話できるかもしれぬ」
「なるほど……」
と、頷く俺の頭に浮かんでいたのは、先生の挙げた種族のどれでもなく、一匹の青い竜の姿。
シルフィード。
言語感覚に優れ、精霊魔法を行使する韻竜の彼女であれば、ロッキーの正体を探る手がかりをくれるかもしれない。
問題は、俺がシルフィードの正体を知っているはずがない、ということだが……素直にロッキーの事情を話せば、タバサなら力を貸してくれそうな気がする。
そういえば、俺が
最近は任務に
キュルケから事情を聞かされたと思ってるんだろうか?
でも、キュルケがオルレアンの屋敷を訪ねる以前から、俺はタバサへの心配を堪えきれなくなっていた。
だとしたら、タバサはどうして……、
「しかし、対話可能な先住の使い手など、そうそう出会えるものではない」
明後日の方向に行きかけていた俺の思考を、コルベール先生の言葉が引き戻す。
「であれば、君の使い魔の同類に話を聞けばよい」
一瞬間、俺はシルフィードのことを言われてるのかと思う。そんなはずはない。
先生ならばシルフィードが韻竜の幼生だと気づいていてもおかしくないが、他の生徒が隠している事情を、先生がそう簡単に話すわけがないのだ。
「同類っていうと……、デルフリンガーですか?」
あの
それでなくとも、デルフリンガーは始祖ブリミルの時代から存在している伝説の剣だ。ロッキーの正体を掴む手がかりを知っているかもしれない。
そう納得しかけた俺に、しかしコルベール先生は首を振る。
「サイトくんの剣かね? 彼の意見を聞くのも面白そうだが、この件ではもっとふさわしい相手がいるではないか」
先生はメガネの奥の理知的な瞳を光らせ、俺に言う。
「そうだな、ミスタ・コールス。せっかくの夏期休暇なのだ。私などと研究室に籠もっていてはいかん。もっと夏を楽しみたまえ」
「コルベール先生……? 意図がよくわからないのですが」
俺が首を傾げると、コルベール先生は悪戯っぽく微笑んだ。
「君も学生らしく、遠乗りでもしてきたらどうかと言っているのだよ。ちょうど
【コルベール】
○原作との主な違い
クルトから聞き出した『東方の知識』によって、原作より知識と発想の幅が大きく広がっている。
『愉快なヘビくん』を初めとする発明品の数々は原作より遙かに早い段階で完成し、いまもさらなる発展を遂げている模様。
年少ながらに思いもよらない知識と発想を持ち、ほとんど理解されることのなかった『魔法を万人に役立てる技術にする』という理想に共感するクルトを、コルベールは良き生徒であり、かけがえのない友人だと思っている。
その一方で、入学以来、周囲に壁を作り、自分の研究室にばかり通っていたクルトのことを、年長者として気にかけていた。
入学から半年ほどでクルトがキュルケという友人を得て、彼が研究室を訪れる機会が減ったことを、コルベールは嘆きつつも心底から喜んでいた。
春の使い魔召喚の儀式以降、クルトが才人やギーシュ、タバサという新たな友人と仲良くやってる様子を見てはひそかに微笑んでいる。
○性格
あえて組み分けするならレイブンクロー。
どの寮の資質も高い水準で備えたハットストール。
※あくまでも『筆者の解釈』であり、クルトやその他視点人物の認識とは異なることがあります。