オリ主なのでギーシュと決闘する(実績解除)
「諸君! 決闘だ!」
夕焼けに染まりつつあるアウストリの広場に、ギーシュの叫びがこだまする。
薔薇の杖を掲げてポーズを決めるギーシュには歓声が聞こえてるのかもしれないが、観客は彼の使い魔ヴェルダンデと、恋人のモンモランシーだけである。
俺としては早くコルベール先生の研究室に向かいたいのだが、ギーシュをなんとかしないことには、解放されそうにないのだった。
俺とモンモランシーが学院に帰ってきたのは、水の精霊と対話した翌日。
話が終わってすぐ帰路につけば夜には学院に戻れるはずだったのだが、モンモランシーが『疲れた』としきりに訴えるので、湖畔の村に一泊していたのである。
そうして翌日の夕方、モンモランシーの希望でゆっくりと学院に戻ってきた俺たちを、なにやら真剣な顔をしたギーシュが待ち構えていた。
ギーシュは『あの手紙はどういうことだ』『いったいどこに行ってたんだね?』『ふたりでなにをしてたのかい?』『そもそもきみたち、いつの間に仲良くなったんだ』と矢継ぎ早に問いかけてきたが、モンモランシーはつんと澄ました態度で『置き手紙に書いた通りよ。わたしたち、ふたりでラドグリアン湖に行ってきたの。
明らかに誤解している様子のギーシュに、俺からも弁解しようとしたのだが、彼はまるで聞く耳を持たなかった。血走った目で俺に杖を突きつけて、『け、け、決闘だ! 決闘!』と騒ぎ出したのだった。
「なあギーシュ、ほんとにやるの?」
「なんだね、クルト。いまさら
怖じ気づくっていうか……、と俺はぼやいたのだが、ギーシュの耳には届かない。
この無意味な決闘を止めるべき立場のモンモランシーに目をやるけれど、彼女はうっとりと頬を染め、『恋人が自分のために決闘を挑む』というシチュエーションに浸りきっているようだった。
その色ボケた様子に、俺はようやく、彼女がたびたび呟いていた『報復』とやらの真意を理解する。
ようするにモンモランシーは、恋人が他の異性に近づく気分を、ギーシュにも味わわせてやろうとしていたのである。
まあ、恋人があんなバカだったら仕返ししたくなる気持ちもわかるが……。
巻き込まれる側としては、たまったものじゃない。
「あのな、ギーシュ。俺がモンモランシーと出かけてたのには事情があるんだ。ラドグリアン湖の……」
「ちょっとクルト!
モンモランシーの甲高い声。
昨晩のこと、俺は『モンモランシーがラドグリアン湖で水の精霊を呼んでくれたことは、けっして誰にも話さない』と誓わされている。
曰く『わたしに頼めばいつでも水の精霊と交渉できる、なんて噂になったら困るじゃないの』と。
そのときは俺も納得していたのだが、こいつの目的は恋人の嫉妬を掻き立てることにあったらしい。
こんなあからさまな企みにもまったく気づけなかったなんて、俺はやっぱり頭が
そんでモンモランシーは実に楽しそうだ。羨ましい。
「ああうん、そうだな。俺たちと、コルベール先生の秘密な」
誓いを立てる際、水の精霊との対話を提案してくれたコルベール先生に相談することだけは、なんとか認めさせたのである。
俺は諦め半分に訂正するけれど、やはりギーシュには届かない。
彼は整った顔を憎々しげに歪ませて、歯ぎしりまでして薔薇の杖を握りしめている。
なんというか、もう説得は無理そうだ。
決闘でもなんでも付き合って、頭を冷やしてもらうしかない。
「……わかったよ。お前らのお望み通り踊ってやる。でも、やるからにはこっちも本気だかんな。あとで泣きを見ても知らねえぞ」
俺はため息を吐いて杖を握り、ギーシュに
「コールス家が三男、『
瞳を輝かせたモンモランシーが決闘の始まりの合図を告げて、ギーシュが薔薇の杖を振る。深紅の花びらが宙を舞い、地面に触れた端から
俺はポケットからロッキーを出して、ギーシュに向かって投げつける――が、戦乙女の一体に弾かれる。
「なんだい、石なんか投げて。メイジの決闘を侮辱しているのか」
ギーシュが憮然とした表情を見せる。
素直にロッキーを地面に転がしたら警戒されると思い、攻撃のフリをしてロッキーを落としたのだが、余計に怒らせてしまった。
というか、よく考えたらこんな小細工は要らなかったかもしれない。ギーシュだし。アホだし。
「どうした、クルト。きみも呪文を唱えたまえよ」
そしてこれだけ頭に血が昇っていてもこんな台詞が出てくるあたり、彼は根っから良いやつなんだろう。
どうせなら負けてやろうかな、なんて一瞬だけ思う。
けれどもそれこそギーシュに対する侮辱になるし、俺自身の気持ちとしても、やはり納得いかないのである。
モンモランシーに良いように使われて、俺も相応にムカついているのだ。恋人のギーシュで発散させてもらおう。
ついでに近接戦の実践練習だ。
「俺の準備はこれで十分。いいから、かかってこいよ」
「ぼくはグラモン家の息子だ。恋人の前で、手加減はできない。その意味がわかっているのかね? 謝るなら今のうちだぞ」
「謝る? 誰が? 俺は別に、謝るようなことは何もしてない。だから絶対、謝らない。下げたくない頭は下げられない、ってやつだ」
かつての才人の台詞で挑発すると、ギーシュの目の色が変わった。
観衆の前で恥をかかされた記憶が蘇ったらしい。
「そこまでぼくを怒らせたいなら、いいだろう――ワルキューレっ!!」
ギーシュが指揮棒のように杖を振る。七体の青銅の鎧が一斉に襲いかかってくる。戦乙女たちは先を争うように俺に詰め寄り、拳を振り上げる。
怒りが魔法の威力を底上げしているのか、その動きは才人との決闘を演じたときより数段速い。速いが……『風』には劣る。俺はロッキーと感覚を繋げ、余裕を持って青銅の拳を回避する。
カリーヌやワルドから『風を読む才能がある』なんて褒められた俺だが、本職はあくまで『土』なのだ。
ロッキーの感覚を借りることができれば、地に足をつけたゴーレムの動きを読むのは簡単だ。
そして、以前は感覚共有したまま動き回るとすぐ気持ち悪くなっていたのだが、カリーヌの稽古を経て完全に慣れてしまった。
毎日一時間近くも続けられた稽古の間、一瞬でも感覚共有を解いたらたちまち烈風にぶちのめされる環境にいたのだ。人ならざる感覚への違和感も二重の感覚による酔いも、いつの間にか気にならなくなっていた――気にする余裕も失っていた、というのが正確なところだが。
俺はワルキューレに囲まれないよう注意を払いながら、短く詠唱。杖に『ブレイド』を纏わせる。背後から振り下ろされた拳を躱しつつ、目の前に立つ鎧の腕を切り落とす。
青銅の塊を剣で切るなんて、それこそガンダールヴでもなければできない芸当なのだが、魔力を帯びた『ブレイド』の切れ味は生半可なものではない。上手く扱えば鎧を両断することだってできるだろう。
「っ、くそ……! ワルキューレ!」
そのままもう一体のワルキューレの腕を落とすと、ギーシュは不利を悟ったのか、ワルキューレを下がらせる。
自身を守るように隊列を組ませたまま杖を振り、残りの花弁で切り落とされた腕を修復し、さらにはそれぞれのワルキューレに槍や盾、長剣といった武器を与えていく。
一度にこれだけの武器を造り出して、しかも七体のゴーレムに同時に使わせるだなんて。相変わらず器用だ。いったいどうしてこいつがドットに留まってるのか……あるいは、もうライン・クラスになってるのかもしれない。アホだから自覚してないだけで。
「もう手加減しないぞ、クルト。多少の怪我では済まないからな」
ギーシュは酷薄な笑みを浮かべるが、槍も剣も刃が潰されている。やっぱり良いやつだ、こいつ。
「こっちの台詞だよ。恋人の前で負けさせるのは忍びないが……俺もわざわざ負けてやるほど優しくないからな」
俺は『ブレイド』を構え直してギーシュに言う。
この決闘は、ミョズニトニルン戦の練習と思おう。
あらゆる
複数のゴーレムを同時に操るギーシュは、仮想ミョズニトニルンとしてちょうど良い。
もちろん本物のミョズニトニルンのほうが遙かに強いのだろうが……だからこそ、ギーシュくらい『ブレイド』ひとつで倒せなければ話にならない。
それぞれに武器を構えた七体のワルキューレに杖を向け、今度は俺のほうから切りかかる。
「待ちたまえ、クルト! いまの決闘は無効だ! 再戦を要求する!!」
腕や足を切り落とされ、あるいはまっぷたつに両断されて動けなくなったワルキューレの残骸を前に、ギーシュは唾を飛ばして喚き散らす。
そんな彼の手に握られていたのは、直径八サントほどの扁平な石ころ。表面にはルーン文字が刻まれている。
決闘が終わった直後、モグラのヴェルダンデが地面に落ちていたロッキーを拾い上げ、ギーシュに差し出したのである。
「きみ、使い魔の手を借りていただろう! この石ころになにができるのかは知らないが……卑怯だぞ!」
「メイジと使い魔は一心同体。卑怯っていうなら、お前もヴェルダンデと戦えばよかったじゃないか」
「バカ言うな! ぼくの大事な毛むくじゃらちゃんが怪我したらどーするね!? だいたいね、使い魔を持ち出すなら先に宣言したまえよ!」
「いまさら言われても……」
助けを求めてモンモランシーを見るが、彼女は悔しそうにワルキューレの残骸を睨みつけるばかり。
こいつ、俺たちの決闘を煽っておきながら、ギーシュが負ける展開を想像してなかったらしい。どうせ俺が手ぇ抜いて負けると思ってたのか、なんだかんだで恋人を信頼してたのか、それとも単純に頭が足りてないだけなのか……。
「わかったわかった。じゃあ、もう一回やろうか」
「よし来た! きみ、やっぱり話せばわかる男だな!」
ギーシュはやる気に満ちた表情で杖を構えた。薔薇の花弁はひとつも残ってないが、気迫だけは十分だ。
この調子じゃ、もう一回こいつを倒しても『今のはナシ! 精神力が切れてたから!』とか文句をつけられそうだ。
「……そうだ。そんなら今度こそきっちり決着がつくように、立会人を決めないか」
「モンモランシーがいるじゃないか」
「モンモンはお前の味方だろ。頼むなら、もっと公正で公平な人じゃないと。っていうかお前、いつまでも触ってんじゃねえよ」
俺はギーシュの手からロッキーをひったくり、アウストリの広場を後にする。
ギーシュとモンモランシーを連れてやってきたのは、火の塔の近くの掘っ立て小屋。
扉をノックすると、額に汗をかいたコルベール先生が出迎えてくれる。
「ミスタ・コールス! 使い魔の件はどうなったかね?」
「ええ、興味深い話ができましたよ。今日はその報告をしたかったのですが……」
「ミスタ・コルベール! お願いがあります!」
ギーシュが俺を押しのけ、先生に詰め寄った。
「決闘の立会人を務めていただきたいのです! ぼくと、クルトの! モンモランシーの愛を賭けた決闘の!!」
先生は困ったように首を振った。
「すまないが、ミスタ・グラモン。それはできない。決闘は校則で禁止されているからね」
「……だ、そうだ。残念だったな、ギーシュ。そういやそもそも、決闘は禁止だったな。先生に見つかっちまったんじゃ、再戦も無理だな。諦めよう」
「き、きみ!
ギーシュが愕然とした表情で叫ぶが、もう手遅れである。
「いや、まさか。俺も残念だよ。お前とは決着つけたかったんだが。校則じゃ仕方ない。そうですよね、先生?」
「まあ、私も多少の校則違反でとやかく言うつもりはないが、目の前で決闘と言われてしまっては……」
「なぁに? 決闘? 女の取り合い? 面白そうじゃないの!」
そう言って研究室の奥から出てきたのは、燃えるような赤髪の少女。
「……キュルケ? なんでお前が先生んとこにいるの?」
「だって退屈なんだもの。タバサは帰ってこないし、あんたも昨日からどっか行っちゃってるし」
だからってキュルケがこの研究室に来るとは意外だったけれど、彼女は昔から
そんなキュルケのことだから、ひとりで暇してるより、先生の研究室で遊んでるほうが刺激的だと思ったのかもしれない。
……と、そんな俺の思考にはお構いなしに、キュルケは俺とギーシュ、それから後ろでつまらなそうにしているモンモランシーを見比べる。
「あんたとギーシュが、モンモランシーを取り合ってんの? なんでそんな面白いことになってるワケ?」
「取り合いなんかするかよ。俺はハメられたんだ」
俺はため息交じりに説明する。
「夏休みのうちに、ロッキーについて調べようと思ってさ。コルベール先生の提案で、モンモランシーとラドグリアン湖に行ってたんだ。でも、なんでモンモランシーと一緒だったのかは言えない」
「はぁ? どういうことよ? あの湖に
「それでも、言えない。そういう約束なんだよ。この件はふたりの秘密だって。だからギーシュにも理由を言えないんだ」
キュルケは訝しそうに俺たちを眺めていたが、やがて納得したように、ぽんと手を打った。そうしてにたりと意地悪そうに唇を歪め、モンモランシーに言う。
「モテない女って大変ねぇ。男に取り合いさせるにも、陰謀を働かせなきゃいけないなんて」
「なっ……! ち、ちがうわよ! 陰謀なんか知らない!」
モンモランシーは顔をまっかにして叫んだ。
「っていうかクルト! 余計なこと言わないでよ! 秘密って約束したでしょ!?」
「秘密は秘密にしてるじゃないか」
「そういう問題じゃなくて!」
モンモランシーは金切り声をあげた。あっさりと企みを暴かれた羞恥からか、体がわなわなと震え、目尻には涙まで浮かんでいる。完全に自業自得である。
その様子に、さすがのギーシュもなにかがおかしいと気づいたらしい。
気遣わしげに恋人の肩に手を置いて、
「どうしたんだい、ぼくのモンモ……んぶっ!?」
顔面を殴られた。
可哀想に、やつあたりだ。
「あんたが! あんたが悪いのよ!! よそ見ばっかりしてるから!!」
「へえ、あなた、それでクルトに手ぇ出したの? ま、たしかにこいつなら安全だものね。どーせあんたには見向きもしないし」
「それはそれでムカつくのよ! なんなのよ、この男は!! あんなに思わせぶりなこと言っといて!!」
モンモランシーはそう言いながら、なぜかギーシュを執拗に踏みつけている。
さすがにやつあたりが過ぎる。
というか、そんな思わせぶりなことなんて言った覚えはないのだが。
彼女はいったい、なにをどう誤解したんだろう。
「そうよねぇ。こいつ、鈍いくせに妙に素直なところあるから……」
モンモランシーが恋愛脳すぎるのかと思ったけれど、キュルケもそんなことを呟いてるあたり、やっぱり俺が悪いのかもしれない。
さんざんに痛めつけられ気絶したギーシュを引きずっていくモンモランシーを見送り、俺はようやく、本題に入ることができる。
「お待たせしました、先生。水の精霊の話なのですが……」
研究室の入り口に立っていたコルベール先生に振り向くと、なぜか、彼はくすくすと笑っている。
俺たちはただただ騒いでただけなのだが、それが先生には愉快だったらしい。
「いや、すまん。歳のせいかな、年々こういう光景に弱くなってきてね」
「あら、ミスタはまだお若いじゃありませんの」
キュルケがどこか面白そうに先生に言う。
「私など、もう四十過ぎだ。年寄りだよ。……さ、ふたりとも上がってくれたまえ。ワインでも飲みながら、ミスタ・コールスの話をじっくり聞かせてもらおうじゃないか」
俺とキュルケは揃って先生に返事をして、研究室に入ってゆく。
けれどもキュルケがグラスを並べながら「あんたの使い魔もいいけど、ギーシュとモンモランシーの話も聞かせなさいよ。大丈夫よ、タバサには、内緒にしといてあげるから!」なんてとびきりの笑顔で尋ねてくるものだから、コルベール先生に水の精霊との話を語り終えたときには、夜もすっかり更けているのだった。
【ギーシュ】
○原作との主な違い
アルビオンへの任務以来、クルトとは友人関係になった。
周囲を見下してはばからず、露骨に壁を作っていたクルトと屈託のない友情を築けるのは、ギーシュだからである。
モンモランシーの陰謀で一時は友情が壊れかけたが、ギーシュなので後に尾を引くことはなかった。
○性格
良かれ悪しかれ、生粋のグリフィンドール。
いざというとき、恐れを抱きながらも「かっこいいこと」ができるのは紛れもない美徳である。
勇敢で善良だが短慮であり、プライドや体面を保つために他者を傷つけることを厭わない酷薄さも併せ持っている。
※あくまでも『筆者の解釈』であり、クルトやその他視点人物の認識とは異なることがあります。