『タバサの冒険』から、あの大人気キャラクターが登場!?
二ヶ月半にも及んだ夏休みの最後の週。
実家に帰っていた生徒たちが、ぽつぽつと戻り始めたころ。
学院に人が増えても静かなヴェストリの広場。厨房のゴミ捨て場から拾った
俺は口早に『錬金』を唱え、危険な物質をみんな砂に変えてしまう。制服の汚れをはたき落とし、『ウィンド』の呪文であたりに漂っていた刺激臭を吹き散らす。
それから広場の入り口に振り返り、久しぶりに出会えた青髪の少女に笑いかけた。
「タバサ、おかえり」
タバサは無言で頷き(かわいい)、こちらにてくてくと歩いてくる(超かわいい)。
そうしていつもの無表情を俺に向け、わずかに首を傾げた。
「うん、こっちは変わりないよ。キュルケもずっと暇そうにしてる。タバサは、大丈夫だった?」
「暑かった」
「そっか。夏だもんな。水分は摂れてた? ご飯もしっかり食べてたか?」
タバサは少し考えてから、こくりと頷いた。
「よかった。怪我はしてない?」
「した」
そっけない肯定。
覚悟していたことだけど、はっきり言葉にされると胸が痛む。
タバサに課せられた任務の厳しさを思えば、こうして無事に帰って来ただけでも喜ばなければいけないのに。俺はどうしても暗い表情をしてしまう。
「……そうか。ごめんな、いつもおんなじこと訊いて。痛むところはある? こないだモンモランシーにもらった痛み止めが残ってるんだけど、持ってこようか?」
「もう、いい。いらない」
タバサは不意に視線を俯かせ、俺の足下にある砂山を見つめた。
「忙しい?」
「いや、ちょうど手が空いたところ」
タバサは頷き、学院の正門に向かって歩き出した。
ついてきて、と言われた気がして、俺はその背中を追いかける。
タバサは振り向きもせず、ぽつりと呟く。
「あなたに会いたがってる人がいる」
「……なんだって? 誰が?」
思わず問い返すけれど、タバサはなんにも答えなかった。
正門の前、閑散としたアウストリの広場の隅に立っていたのは、ふたりの女性。
ひとりはすらりとした青髪の女性。纏う雰囲気は高貴だけれど、その表情は子どもっぽくむくれている。
その正体は、
シルフィードだ。
かつて『タバサの冒険』の挿絵で何度も見た、あの美しい風韻竜が人間に化けたときの姿である。
そしてもうひとりは……誰だろう?
年の頃は十七、八。艶のある長い黒髪に、薄い鳶色の瞳。どこかおっとりとした顔つき。杖を腰に下げてるからメイジなのは確かだが、マントはつけていない。足下に置かれた大きな鞄は、あまり貴族らしくない無骨さだ。
この女性が、俺に会いたいという人物なんだろうか。
「クルト」
タバサが俺を指差して呟く。
どうやら、紹介してくれたらしい。
俺はとりあえず一礼して、シルフィードと見知らぬ女性に改めて名乗る。
「シル……イルククゥなのね。おねえさまの親戚なのね」
シルフィードが、いっそ唾でも吐きそうな調子で言った。
竜の姿だと『嫌われてるなぁ』くらいにしか思えなかったし、最近は唾を吐きかける仕草に愛嬌すら感じていたけれど、人間の姿でむき出しの嫌悪を向けられるのは、地味に
もしこれがルイズだったら、たいして気にならなかったのに。
あの可愛くてかっこいいシルフィードがこんな表情を浮かべていると思うと、なおさらダメージが大きいのだった。
しかし黒髪の女性はそんな俺とシルフィードを気に留める様子もなく、瞳を輝かせて名乗り出た。
「クルトさん! わたし、リュリュと申します! タバサさんから、トリステインの魔法学院に『錬金』を使った調理の達人がいらっしゃると聞いて、是非ともお話を伺いたく! わたしの開発した代用肉についても、ご意見をいただきたくてですね!!」
「え」
っていうか、達人って。
そんで手に持ってる茶色のぶよぶよを……おそらくは『代用肉』だ……口に押しつけるのはやめてもらって。
つっこみどころが多すぎて硬直している俺を尻目に、タバサは近くのベンチに腰掛け、本を開いていた。
紹介は済んだから、自分の役目はおしまい、ということか。
そういう
俺はそんな現実逃避的なことを考えながら、ぐいぐいと口に押し込まれていく肉っぽい何かをなんとか咀嚼するのだった。
ひとまずは落ち着いて話をしようとみんなでやってきたアルヴィーズの食堂。
食事の時間以外は社交の場として解放されている広いホールの片隅で、俺はちょっとした感動とともに、対面に座ったリュリュを見る。
リュリュは『タバサの冒険2』の『タバサと極楽鳥』に登場する少女。
『美食』という娯楽を万人のものとするため自ら代用肉を開発した、高潔な貴族である。
『タバサと極楽鳥』では、リュリュは極楽鳥のタマゴを獲るため、ひとり火竜山脈に山ごもりしていた。
極楽鳥のタマゴは世界七大美味のひとつに数えられる高級食材。彼女はこれを味わうことで美食への理解を深め、『肉の出来損ない』と評されていた代用肉の完成度を高めようとしていたのである。
そして彼女は、イザベラからの命令で極楽鳥のタマゴを獲りに来ていたタバサと出会い、行動をともにすることになるのだが……ここにこうして彼女たちがいるということは、無事、タマゴを獲ることができたのだろう。
リュリュという少女について、前世で『タバサの冒険』を読んでいたときは『ゲストキャラクターのひとり』としか思っていなかったけれど、今世での印象は大きく違っている。
裕福なメイジの家に生まれながらも、万人のために杖を振るうべく努力するその姿勢は、まさしく貴族的。『原作』を思い出す前から知っていたルイズやコルベール先生とは違った方向で、俺はリュリュを尊敬していた。
彼女の姿をこの目で見るのは、なんというか、それこそ物語の英雄が本から出てきたかのような非現実感があった。
「ええと、リュリュさん?」
リュリュの自己紹介と『美食』への情熱を聞かせてもらった俺は、おずおずと切り出す。
「あなたの理想には共感しますし、俺に手伝えることがあるなら、協力させていただきたい。でも俺、調理の達人なんてたいそうなものじゃなくてですね」
「ご謙遜なさらず! タバサさんから聞きましたよ! 『錬金』の呪文を使って、とっても美味しいソースやお菓子を作れる方がいらっしゃる、って!」
リュリュは机に身を乗り出して熱弁する。
『タバサと極楽鳥』に描かれていた通り、おっとりした雰囲気のわりに、美食が絡むと押しが強くなる性格のようだ。
そして気になるのは、タバサから聞いたというソースやお菓子について。
夏休みが始まったころ、彼女に振る舞ったハンバーガーとシャーベットのことだろうか。
隣に座ったタバサを見ると、彼女は本から目を離さずにこくりと頷いた(かわいい)。
俺は無性にうれしくなって、いや、そんな、へへへっ……とキモい反応が出てしまう。
好きな相手が知らないところで自分を褒めてくれていた。しかも俺の作ったものを(めったなことでは口を開かないタバサが!)他人に話すほど気に入ってくれていたという事実は、堪えようのない幸福感を引き起こすのだった。
「ふん、だ。ほんとーに美味しいかどうか、怪しいものなのね」
どうしても浮かれてしまう気持ちを落ち着かせてくれたのは、シルフィードだ。
リュリュの隣に座った彼女は拗ねたように唇を尖らせ、タバサを恨めしそうに睨みつける。
「どーせ匂いだけなのね! 魔法で作ったご飯がおいしかったことなんて、いままで一度でもあったかしら!」
この様子からして、あの日、最後にひとつだけ残っていたハンバーガーはタバサのお腹におさまったらしい。
「……あ、リュリュさんのお肉は別なのね」
シルフィードが慌てて付け足したのは、思わぬ流れ弾を食らったリュリュが机につっぷしたからだろう。
リュリュはぷるぷると震えながら、
「い、いえ、シル……イルククゥさんの仰る通りです。魔法で作ったパンやワインなんか、とても食べられたものではないですし。わたしの代用肉も『肉の出来損ない』とか『魂の欠けた肉モドキ』とか『肉屋の流し場で拾ったスポンジ』とか、挙げ句の果てに『肉も買えない貧民に与えられた罰』だとか……!!」
「そ、そこまで言うことないのね。最後に作ってくれたあのお肉、とっても良い匂いだったのね。シルフィ……じゃなくてイルククゥ、思い出すだけで涎がでてきちゃう」
シルフィードが話しているのは、『タバサと極楽鳥』の終盤、リュリュが『錬金』した代用肉のことだろうか。
いまここにいるリュリュも、かつて俺が読んだ『タバサと極楽鳥』と同様、火竜に追い詰められたタバサを代用肉によって救ったのだろうか。
「そう! わたしが悩んでいるのは、まさにそのことなんです!」
そんな俺の思考をよそに、リュリュは勢いよく身を起こした。
「タバサさんの助言のおかげで、より本物に近い代用肉を『錬金』できるようになりました。でも、それだけじゃダメなんです」
「なんでなのね? あんなにおいしそうだったのに」
シルフィードの素朴な問いかけ。
いくらか落ち着きを取り戻したリュリュは、静々と答える。
「精神力を使いすぎちゃうんです。タバサさんたちを助けたときは無我夢中だったから、一度にあれだけの量を作れました。……けど、いまのわたしにはできそうもありません。丸一日呪文を唱えるのに集中しても、十食分くらいがせいぜいです」
「それで十分じゃない? リュリュさん、いくら美食家だからって一日十食も食べたらお腹こわしちゃうのね」
風韻竜の彼女らしい浮世離れした発想に、俺は思わず笑ってしまう。
シルフィードはむっとした表情を浮かべたけれど、見ると、リュリュも苦笑いをこぼしていた。
俺も苦笑しながら、諭すように言う。
「リュリュさんの目標は『誰もが美味しいものを食べられるようになること』だからな。そのためには、まず量を確保しなきゃならない。一日十食っきりじゃ、とても足りないんだよ」
「ええ、ええ、そうなんです、クルトさん。貧しい人でもお肉を食べられるように、って一心で代用肉を開発したのに。あんなに苦労して、本物そっくりのお肉を作れるようになったのに。それが本物のお肉より貴重になっちゃったら意味がありません」
リュリュはがっくりと肩を落とし、せつなく呟いた。
俺はその姿に共感を抱きながら、以前から気になっていたことを訊いてみる。
「その問題、元々の代用肉でも変わらなかったんじゃないですか? 最近作れるようになったっていう『美味しい代用肉』ほどじゃなくても、『錬金』には精神力を使うでしょう? リュリュさんおひとりでは、作れる量に限界がある」
『タバサと極楽鳥』では、代用肉は『美味しくはないけど、肉がない食卓よりはマシ』と受け止められ、それなりに人口に膾炙しているようだった。
でも、そんなふうに市場に流通するほどの量をひとりのメイジの手で作るのは、どう考えても不可能なのだ。
彼女はどうやってこの問題を解決していたのだろう。
「あ、もうお気づきですか。さすがクルトさん」
『調理の達人』とかいう前情報のせいで、リュリュのなかで妙に期待が高まっているのかもしれない。正直、プレッシャーである。
タバサはいったいどんな話をしたんだ。
「市場に出回ってる代用肉のうち、わたしが直接関わってるものは、実は、ほとんどないんです。最初に代用肉を売り始めたのはわたし……だと思うんですけど、気づいたら、いろんなところでマネされてまして」
「……いいんですか? せっかくの発明を無断で使われて」
「もちろん。美味しいものがより多くの人に行き渡るのが、わたしの望みですから」
屈託のない笑顔で言われて、なんだかくらくらする。
この発明、上手く使えばいくらでも儲けられただろうに。
「ただ、どれもこれもあんまりひどい味だったので……そりゃあわたしの代用肉だって褒められた味じゃないですけど、ほんとうに、食べ物と呼ぶのもおこがましいような、最低のものがたくさんあったんです……知り合いの商人さんに頼んで、安く手に入る素材や『錬金』のコツをまとめたレシピを配ってもらったこともありました」
つくづく立派である。
代用肉のレシピだなんて、それこそ金鉱じゃないか。ゴミを売り物に変える技術なのだ。ゲルマニアの目聡い商人相手に売りつけたら、金貨数百枚……交渉次第では千枚以上にもなるかもしれない。
この子、なんでそんなにあっさり手放せるんだ。
『実家が太いから』と言えばそれまでなんだが、その太さを正しい方向に使えるのは、まさしく理想的な貴族の態度だ。眩しすぎる。
「……? クルトさん、どうされましたか?」
「い、いや……
俺は目尻に浮かんだ涙を指で拭い、姿勢を正して、リュリュに言う。
「この『
急にかしこまった台詞を吐いた俺を怪訝に思ったのか、隣で本を読み耽っていたタバサがこちらに目をやり、まばたきした。
ところ変わって、ヴェストリの広場。
面子は変わらず、俺とリュリュ、タバサとシルフィード。
魔法で作った即席の調理台に、リュリュの鞄に入っていた調理器具がいくつも並んでいる。
リュリュの希望で、俺が料理に『錬金』を使うところを見せることになったのである。
作るのは先日タバサに振る舞ったのと同じ、ハンバーガーとシャーベット。
食材は、タバサたちが学院に戻る道中、トリスタニアに降りて調達しておいたのだとか。
「とはいえ、俺なんかの料理が参考になるとは思えないのですが。『錬金』も、ほんの少ししか使いませんし」
俺はリュリュが持っていた包丁を借り、赤身の豚肉が挽肉状になるまで刻みながら……タバサの風魔法に頼れば一瞬で仕上がるのはわかっていたが、任務帰りの彼女に杖を振らせるのは気が咎めた……呟いた。
間近で作業を眺めるリュリュは、真剣そのものといった表情で首を振る。
「それでも、どうか見させてください。なにか手がかりが掴めるかもしれません」
そう言われてしまっては、俺に断ることはできない。彼女の力になれるように、心を籠めて調理するだけである。
俺は刻んで叩いた豚肉を丁寧に捏ね、整形して、熱したフライパンに並べていく。
あくまで調理の様子を見せ、味を確かめるためだから、ひとつひとつは小さめにして。ついでに今度こそシルフィードが食べ損ねることがないように、ちゃんと人数分用意する。
じゅうじゅうと肉の焼ける音がして、ヴェストリの広場に香ばしい匂いが漂い始める。
現状、リュリュを悩ませている問題はふたつ。
ひとつは、新たな代用肉の『錬金』はあまりにも多くの精神力を必要とすること。
そしてもうひとつは、より根本的な問題。この新たな代用肉は、リュリュにしか作れそうにないことである。
話によると、リュリュは『タバサと極楽鳥』と同様に三日三晩の断食によって食への意欲を高めることで、本物そっくりの代用肉を作れるようになったという。
しかしその方法を広く知らせたとしても、リュリュの後追いをしている他のメイジたちも断食してくれるとは思えない。
それに彼女は『自惚れてるようですけど、わたしだから上手くいったと思うんです』と語った。
メイジがお腹をすかせたら誰でもできるようになるわけではなく、いままで積み重ねてきた知識や経験、『美食』への情熱があったからこそ土壇場での『錬金』が成功した。そんな確信があるんです……と、リュリュは恥ずかしそうに話していたけれど、まったくその通りだと俺は思う。
飢えるだけでゴミから肉を作れるようになるなら、俺はとっくに手のひらから魚を出せるようになっていたはずだ。
「ところでクルトさん、これは東方風のサンドイッチとお聞きしましたが」
フライパンに並んだハンバーグの焼き目を確かめていると、リュリュが興味深そうに尋ねてきた。
その鳶色の瞳はフライパンに釘付けで、さっきから俺を肩で押しのけてることにも気づいてない様子である。
邪魔だし危ないので、離れて欲しい。
リュリュの持ってきた調理器具があるので手作業で焼いていたのだが、先日タバサにハンバーガーを作ったときみたいに、『念力』で作業しておけばよかった。
「以前アーハンブラで食べた東方料理とは、だいぶ
どきりとする。
そういえば、ハンバーガーが『東方風サンドイッチ』なんて言うのは大嘘なのだった。
それにハンバーグは、
この世界でもゲルマニアでハンバーグが作られているのか知らないが、ひとめでその連関を発想するあたり、リュリュの『美食』への情熱と知識は並大抵じゃないようだった。
「そう感じるのも、仕方ないかもしれませんね。『東方』と言っても本で読んだだけですし、俺の家は、半分はゲルマニアの血を引いてるものですから」
リュリュは俺の誤魔化しを聞いているのかいないのか。ますます俺に身を寄せながら、うっとりした口調で呟く。
「ふふ、うふふ、楽しみですわ。トリステインやロマリアは旅したことがあるのですが、ゲルマニアには足を運んだことがなくて。ああ……『錬金』について学びにきたはずなのに、『美食家』としても満たされてしまいそうです」
「そ、そうですか」
余人には理解しがたい恍惚を見せるリュリュに引き気味の返事をしていると、反対側から袖をひっぱられた。
「タバサ? どうしたの? もうお腹すいちゃった?」
気配もなく俺の隣に立っていたタバサは、無言で小さな瓶を差し出した。
手を拭いてから受け取ると、それは
「忘れてた」
とタバサが呟く。
その言葉で、俺は思い出した。
先日、タバサにハンバーガーを食べてもらったとき、彼女が気に入ってくれるのかとひどい不安に襲われた俺は、『ピクルス入れ忘れた』なんて言い訳を口走っていた。
タバサはそれを律儀に覚えていて、今回、ハンバーガーの材料として忘れずに買ってきてくれたのだ。
「ありがとう、大好き」
「……。…………ピクルスが?」
「あ、はい。ピクルスが。苦手って人もいるけど、俺はやっぱり入れたほうが好きだなあ。ハンバーガーってどうしても脂っこくなっちゃうからさ、途中で酸味があると嬉しいんだよな。食感にも変化がつくし……」
「おねえさま!」
キモい発言を誤魔化そうとしていっそうキモい早口を並べ立てていた俺を遮ってくれたのは、シルフィード。
彼女は主人の腕を掴んで、無理矢理に俺から引き離す。
「いつまでもそいつと話してないで、わたしのお相手して! ……めんどくさそうな顔しないの! それじゃ、こっちでご本でも読んでるのね!! いいから来るのね!!」
そうして無抵抗に引きずられていくタバサ(かわいい……)を眺めていたら、今度はリュリュに袖を引かれた。
「クルトさん、そろそろお肉が……」
「あっ」
俺は慌てて調理台に向き直る。
フライパンに並んでいたハンバーグは……