雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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9.「おでれーた」「おでれーた」

 

 

 ウルの月、ヘイムダルの週、ユルの曜日。

 一時は開催が危ぶまれたフリッグの舞踏会は、しかし『土くれ』のフーケ捕縛の報を受け、例年より盛大に開かれた。

 ホールでは浮かれて着飾った教師や生徒たちが歓談し、豪華な料理やダンスに興じている。

 そんな楽しげなパーティを他人事のように眺めながら、俺はひとりバルコニーでワインを飲んでいた。

 

「おでれーた」

「うん、おでれーたねぇ」

 

 ……いや、正確にはひとりと一本か。

 バルコニーの枠に立てかけられたデルフリンガーが(つば)をがちゃがちゃさせて、主人のダンスの相手をつとめる使い魔に感嘆の声をあげている。

 ほんの数分前までその使い魔もここにいたのだが、主人に連れて行かれてしまった。

 

 ルイズのやつ、隣に俺がいるのを完全に無視して、才人をダンスに誘いやがった。

 俺が才人と飲んでれば人目を気にして誘えないんじゃないかと目論んでたのに。

 『タバサメインヒロイン計画』ルイズルート妨害編、見事に失敗である。

 

「石の(あん)ちゃんは、あんまり楽しそうじゃないやね。フーケにやられたっていう傷が痛むのか?」

「石じゃなくて砂ね。そんで怪我は先生方に『治癒』してもらったから、もうすっかり元気さ。水の秘薬も学院持ちなんで、ついでにささくれ(・・・・)と口内炎も治させてやったよ。得したね」

 

 デルフにつられて砕けた口調で返事すると、金属の擦れたような笑い声が返ってきた。

 

「それじゃ、なんでこんなところで飲んでるんだい? お前さんは泥棒を捕まえた、今日の主役なんだ。娘っ子なんて選び放題じゃねえか」

 

 この剣の言うことは正しくて、いま舞踏会のホールに戻ったら、俺は幾人ものお嬢様がたからダンスの相手を頼まれるだろう。

 『土くれ』を捕まえて、しかも騎士(シュヴァリエ)の爵位に推薦される(後にアルビオン戦役のごたごたで却下されるが、そんなことはまだ誰も知らない)というのは、それだけ大きなことなのだ。

 実際、このバルコニーに来るまでの間に、いままで話したこともない女の子が何人も声をかけてきた。

 

「そしたらデルフ、お前がひとりになっちまうだろ」

「おお、おお、泣けるね。相棒は俺を置いてっちまったっていうのに」

 

 さびた刀身ががたがた震える。

 泣き真似をしているんだろう。たぶん。

 

「ま、冗談は置いといて、兄ちゃんもさっさと行ったらどうだい。さっきからちらっちらホールを見てよ、気になるやつがいるんだろ? 剣なんか言い訳にしてるんじゃねえや」

 

 俺は思わずまばたきした。

 剣のくせに、こいつ人間の機微に妙に鋭いのである。

 

「そんなわかりやすかったかね、俺は」

「俺が何年、野郎どもに……野郎ばっかりでもねえか……? ともかく人間どもに振られてきたと思ってんだ。おめえみてえな小僧っ子の考えてることくらい、見りゃわからあね」

 

 

「よ、タバサ。楽しんでるか?」

 

 俺はバルコニーからホールに戻り、テーブルに積まれた料理と格闘しているタバサに声をかけた。

 タバサはハシバミ草のサラダで頬を膨らませたまま俺に振り向き、こくりと頷いた(超かわいい)。

 黒い清楚なドレスに身をつつんだ彼女はいつにもまして魅力的で、俺はまたしても見蕩れてしまう。

 

 ここに来たのはデルフリンガーに促されたから……ではない。

 あの剣は俺が誰かに懸想してると勘違いしていたけれど、俺はタバサに惚れているのではなく、ただ単純にタバサが好きで、こいつの幸せを何より願い、初恋を叶えてやりたいだけなのだ。

 

 俺がパーティの様子を伺っていたのは、才人がルイズとのダンスを終えたあと、もしかしたらタバサと踊るかも……という希望にかけていたからだ。

 しかし初心(うぶ)な主従は頬を染めて見つめ合い、もうお互いしか眼中にない雰囲気。

 まあ、順当と言えば順当だ。

 

 そもそもこの段階で才人とタバサに踊ってもらおうってのは高望みだ。

 『原作』と比べてふたりの絡みが増えたとはいえ、ダンスに誘うほど仲が深まったとは思えない。

 だが、焦ることはない。まだ『原作』の序盤も序盤。これからヒロインレースを追い上げればいいだけなのだから。

 ひとまず、今夜は雑談がてら才人への好感度調査でもして、今後の参考にするとしよう。

 

「ありがとう」

 

 不意に、パーティの喧噪にかき消えそうな囁き声が耳をくすぐる。

 (ドレス姿があまりに眩しくて逸らしていた)視線を戻すと、タバサは料理を食べる手を止め、じっと俺を見上げていた。

 それでようやく、いまの声はタバサが発したのだと確信した。

 この優秀な風メイジは、みんながみんな自分みたいに耳がいいと思ってるのかもしれない。

 

「ありがとうって、こっちの台詞だよ。タバサがいなかったら、俺はゴーレムに踏んづけられてた。結局フーケを捕まえたのもタバサだったし……」

 

 タバサは首を振った。

 

「シルフィード」

 

 また呟くように言って、皿に取った山盛りのサラダを食べ始める。

 話はこれでおしまい、ということらしい。

 タバサは無口だが、けっして口下手ではない。頭の回転も速いし、他人に無関心なようで気が回る。

 必要と思えば、言葉を尽くしてくれるはずだ。

 つまり、彼女はこのひとことで俺に感謝の意図が伝わると判断した、ということだ。

 その事実はぞくぞくするほど嬉しくて、しかし恐ろしいプレッシャーだった。

 

「唾かけられたこと……じゃないよな」

 

 ワインで唇を湿らせ、考える。

 あの風韻竜のことで、タバサにお礼を言われること。

 そんな特別なことをしたなら、覚えていそうなものだけれど……。

 俺はワインをもう一口飲んで、

 

「……もしかして、囮になったとき?」

 

 ルイズを抱えてゴーレムの前に飛び降りたとき、俺はシルフィードに、安全な場所で待っているよう指示していた。

 俺がシルフィードと関わったことと言えば、(唾を吐きかけられたこと、一方的に命を助けられたことを除けば)それくらいしか記憶にない。

 

 ふと思いついた答えは、果たして正解だった。

 タバサは黙々と口に運んでいたハシバミ草を飲み込み、俺に頷いた。

 

「そんな、わざわざお礼言うことか?」

「戦わせなかった」

 

 淡々とした声で言われて、俺は初めてその選択肢に気がついた。

 そうだ、あいつも立派な戦力だった。

 時間稼ぎが必要なら、あの風竜を囮にすればよかったのだ。

 あのときは妙に熱くなって、自分が安全圏にいることに耐えらず、考えなしに飛び出してしまった。それだけだ。感謝されることじゃない。

 我ながら、無謀としか言いようがない。自分らしくないことをしたと思う。

 どう考えても、才人とルイズの影響だ。

 あいつらがあんまりかっこいいから、それこそイーヴァルディの勇者みたいに強敵に挑んでみせるから、つられて俺も無茶をした。

 そう思うと無性に恥ずかしくなって、俺は無理矢理話題を変える。

 

「そういやあのとき……フーケが『破壊の杖』向けてきたとき、タバサはどうして反撃できたんだ? ルイズもキュルケも諦めてたのに」

 

 ずっと気になっていた『原作』との相違点。

 才人に『破壊の杖』を届けるのがタバサになっただけで、こんなに展開が変わってくるとは思わなかった。

 

「才人から、あの杖が単発……一発しか撃てないって聞いてたのか?」

 

 タバサは首を振った。

 

「あなたが」

 

 と、タバサはホールの中心で踊る主従をちらりと見た。

 

「あなたと使い魔の彼が、諦めていなかったから」

 

 俺がうまく飲み込めずにいるのを察したのか、タバサは青い双眸を俺に向けて、

 

「あなたたちは『破壊の杖』について知っていた」

「えっと、つまり……『破壊の杖』の知識を持ってる俺たちが、杖を向けられても平気そうにしてたから、なんとかなるだろって思ったってこと?」

 

 タバサは頷いた。

 そうか、と俺は言い、それから数秒の後……ぞわぞわする、胸の奥からなにかあたたかなもので満たされていくような、どうしようもない歓喜に襲われた。

 頬が勝手にゆるんでいくのを、一生懸命に我慢した。

 

 タバサが、俺を信じてくれた。

 

 それは友情とか信頼とかそういうあたたかいものではく、戦士としての判断、北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールパルテル)としての冷徹な判断かもしれないけれど。

 『俺を』ではなく、『俺と才人を(・・・)』信じてくれたことにこそ価値があると、わかってはいるけれど。

 

 俺はなんだかタバサを見ていることに耐えられなくなって、ふいと顔を背けた。

 グラスのワインをひと息に飲み干し、ホールに視線を彷徨わせる。

 華やかな舞踏会でひときわ目立っているのは、やはりキュルケだった。彼女は胸を強調するようなドレスで男をはべらし、蠱惑的に笑っていた。

 その向こうでは派手なスーツを着たギーシュが下級生らしい女の子を口説いて薔薇を差し出し、モンモランシーにひっぱたかれている。

 ホールの奥には教師が集まり、オールド・オスマンを囲っていた。優秀な秘書に裏切られた学院長を慰めているらしい。もっとも、慰められている当人はギトーやコルベール先生より着飾った婦女子に興味があるようで、気もそぞろに舞踏会をちらちら眺めている。

 

 それぞれがパーティを満喫している様子だったが、俺の意識を引きつけるのは、ホールのまんなかで踊る『主人公』の主従。

 さっきまでぎくしゃくしていた才人だったが、いまは楽しげに踊っている。

 これは彼が上達したというより、ルイズのリードが上手いのだろう。公爵家のご令嬢ともなれば、ダンスの教師も一流どころを雇っていたはずだ。魔法の才がなかったルイズは、せめて社交の場では恥をかかないようにと、特に厳しく仕込まれたと聞いている。

 楽士たちの奏でる音楽がアップテンポに変調し、才人たちはくるくる踊る。

 ステップは夢見るように軽く、しかし時折しかめっつらを浮かべ、それでも才人から目を離さないルイズは……そんな彼女と視線を合わせ、楽しげな笑みを浮かべる才人は、いったい何を話しているのか。

 風メイジではない俺には、ここから聞き取れるはずもない。

 俺は『原作』でふたりがどんな会話をしていたか思い出そうとして、首を振った。それはふたりの間で留め置かれるべき秘密だった。

 眺めるだけにしておこうと思い直した。

 この秘密は侵すべきじゃない。少なくとも、ふたりが踊っている間は。

 

「興味があるの?」

「ないと言ったら、嘘になるかな」

 

 ふと投げかけられた問いに、俺はまったく素直に答えた。

 答えてから、軽い驚きとともに振り向いた。

 

 二度もタバサから話しかけてくるなんて、珍しい。

 何が彼女の琴線に触れたのか……と眺めていると、タバサは空になった皿をテーブルに置いた。

 ナプキンで口元を拭いて俺に向き直り、ドレスの裾を両手でつまんで、一礼した。

 青の少女が優雅に演じる、それはダンスの誘いだった。

 

「……おでれーた」

 

 呆けた台詞が口からこぼれる。

 タバサはちらりと俺を見上げ、首を傾げた。

 暴力的なかわいさだった。

 

 

 タバサと並んでホールを歩いている間、俺は混乱していた。

 どうしてこうなった。

 才人と踊ってもらうんじゃなかったのか。

 俺がでしゃばってどうする。

 いやでも仕方ないだろ。あんなん断れるわけないし。かわいすぎるし。というかそもそもどうしてタバサは誘ってきたんだ? 俺が踊りたそうにしてたから? だからって自分が相手になる? シルフィードの件のお礼? この「借り」をはやく精算したかったとか? でもだからって踊るか? そもそも俺は踊っていいのか? いまからでも断る? 断れる?

 

 立ち止まって、タバサを見る。

 タバサは無表情に俺を見返し、手を握ってきた。

 白く、ちいさな、想像よりずっと熱い手のひらの温度。

 いや無理。

 断るとか、ぜったい無理。

 

 まあ……いいんじゃないか。

 同じ年頃の男子と踊って、自分の魅力に自信を持ってもらうのも『タバサルート』には必要な気がする。

 じゃなきゃ積極的に才人にアピールできないわけで。

 タバサがヒロインレースに出遅れる理由のひとつに、この『女の子としての自信』の有無もあるはずだ。

 キュルケもシエスタもアンリエッタも自分の魅力に自覚的で、才人を女として誘惑する。タバサにもこの積極性があったなら、才人をあっさり落とせていたはず。極論、全裸誘拐した先が食堂じゃなくてベッドだったら勝ってたのだ。

 もちろんこれは言い訳である。

 

「じゃ、じゃあ、一曲、踊ろう……いや、踊って、くれますか?」

 

 あまりにも拙い俺の言葉に、しかしタバサは頷いてくれた。

 手と手を繋ぎ、音楽にあわせてステップを踏む。

 緊張しきった体は、しかし幼い頃から何度も躾けられた通りに動いてくれた。

 公爵家に出入りするかもしれないから、と徹底的に貴族の所作を仕込んだ親父の教育方針を、俺は初めてありがたく思った。

 一方のタバサは顔色ひとつ変えずに俺を見上げ、踊っていて、ものすごく、かわいい。

 かわいすぎる。

 かわいすぎるし、近すぎる。

 

「かわいい……じゃなくてタバサ、ドレス、そのドレス……似合ってる。すごく綺麗だ」

 

 混乱の極致に達した俺は、見たままのことを口にした。

 

「母さまのお下がり」

「そ、そっか……」

 

 そういや『タバサの冒険』でそんな話があったような。

 

「似合ってる、うん、似合ってるぞ、似合ってて綺麗だ、すごく……かわいい……」

 

 語彙なさすぎだろ。

 ギーシュのこと笑えないぞ。

 

 俺は軽い自己嫌悪に陥ったけれどタバサが気にするわけもなく、青い少女は軽やかにステップを踏んでいる。

 その足運びは彼女が本来持つ王族の高貴さ、そしてガリアの暗部に鍛えられ研ぎ澄まされたタバサの技が見事に調和しているようで、惚れ惚れするほど美しかった。

 そのちいさな手は年相応の柔らかさ。しかし節くれ立った長杖をずっと握っているせいか、手のひらに硬いマメがあった。両の手でタバサの手を感じることは、何にも代えがたい幸福だった。

 

 この時間がいつまでも続けばいいと俺は思い――叶わなかった。

 覚悟していたよりずっと早くに、終わりが訪れた。

 

 優雅に踊っていたタバサが、不意に足を止めた。

 海の深さを湛えた青い瞳から柔らかさが消え、その二つ名を体現するような、冷たい光が宿る。

 その変化に、ああ、タバサも少しは楽しんでくれていたのだと、俺はいまさら理解した。

 

 彼女の視線の先を追うと、誰もいないバルコニーの欄干に、一羽の伝書フクロウが止まっていた。

 なんてことはない、いつもの通りの日常。

 タバサに北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールパルテル)の任務が舞い込んできたのだ。

 

「はなして」

「え? ……あ、すまん」

 

 冷たい声で言われて、俺は無意識に強く握っていた手を離した。

 タバサは無言で俺に背を向け、バルコニーに出ていった。フクロウから手紙を受け取り、無造作に開く。その後ろ姿はいつも以上に小さくて、厚い氷のような拒絶のオーラを纏っていた。

 俺はバルコニーへと彼女を追いかけ、(すが)る思いでその背中に呼びかける。

 

「た、タバサっ」

 

 タバサは振り向いてくれた。

 でも……俺はなんと言うべきだろう? いったい何を言えるだろう?

 一緒に行くことなんてできないし、仮に行っても足手まといになるだけだ。

 彼女の苦難を取り除く力は、俺にはない。それができるのは才人だけ。

 才人だけが、いつか彼女を救う勇者になれるのだ。

 

 それでも俺はタバサになにかしてあげたくて、用がないなら、とばかりに歩き出そうとした彼女に向かって、絞り出すように言った。

 

「気をつけろよ。学院で待ってる」

 

 タバサは無言で俺を見つめ、まばたきして、頷き、そして俺に背を向けた。

 口笛を短く吹いて欄干を飛び越え、夜の闇へと軽やかに舞い降りた。

 後に残されたのは、風竜の羽ばたく音ばかり。

 

 やがてその羽音さえ遠く(かす)かになったころ、俺は欄干にもたれかかり、タバサが消えていった夜空を見上げた。

 彼女と繋いでいた手を虚空に伸ばし、月明かりに透かした。

 そこに残った彼女の熱を思い、俺はこの変化が……俺の引き起こした『原作』との乖離が、タバサにとって良いものだと信じる。

 キュルケの他に誰とも関わろうとしなかったタバサが、自ら踊りに誘ってくれた。

 きっと、いいことだ。

 たとえ相手が才人じゃなくても。

 

 これはタバサの幸福に……タバサが彼女だけの勇者と結ばれる未来に繋がる一歩だ。

 

 俺はそう強く信じて、タバサが無事に帰ってくることを双月に祈った。

 今はまだ、祈ることしかできなかった。

 

 




いったん止まります。
令和にゼロ魔のオリ主SSを読んでくれるみなさまに感謝です。
次はアルビオン編をまとめて投稿する予定です。

評価感想などなどモチベになりますので気が向いたらよろしくお願いします。
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