ヴェストリの広場。
俺は調理台の前に立ち、ベンチに並んで腰掛けたタバサとシルフィード、そしてリュリュを順々に見る。
彼女たちはちょうどハンバーガーとデザートのシャーベットを食べ終えたところ。青髪の主従は物足りなさそうに余った食材をちらちらと見やり、一方のリュリュは険しい顔でソースのついた包み紙を見つめて考え込んでいる。
「参考になりそうな部分はありましたか?」
俺はタバサたちの期待に応えるべく残りの食材を確かめつつ、リュリュに問いかけた。
彼女はわずかな間を置いてこちらに振り向き、朗らかに言う。
「はい、とっても。やっぱりこの季節のハシバミ草はいいですねぇ。春に採れるものより色鮮やかで、香りも強いんですよ。安いお肉を選んだから豚の臭みがちょっと気になるかも……と思ってたんですけど、旬のハシバミ草のおかげですっごく爽やかに食べられました。それにあのソース! すりおろしたリンゴが豚肉と相性抜群で! いくらでも食べられちゃいそうです! そうそう、ピクルス入れたのも大正解でしたね! 豚肉に酸味のあるソースをあわせるのは定番ですが、」
「あの、リュリュさん、美食家としての観点ではなく」
その熱量に気圧されながらもなんとか制止すると、リュリュは自分で自分に驚いたように目を丸くして、決まり悪そうに頬を掻いた。
「すみません、体験したことのない味だったもので……、話してるうちに、つい……」
「リュリュさんほどの方に褒めていただけるのは光栄なのですが。代用肉の参考にはなったでしょうか?」
俺がリュリュにハンバーガーを振る舞ったのは、彼女の美食趣味を満たすためではない。代用肉を改良するヒントになるかもしれないからである。
リュリュはまた包み紙に視線を落とし、少し考えてから、呟くように言う。
「やっぱり、クルトさんの『錬金』が気になります。まさか、あんな使い方をするとは思ってなくて」
「すみません、期待外れだったでしょう?」
俺が調理の過程で『錬金』を使ったのは、ソースとシャーベットの味を
人が食べても違和感のない……つまり、それだけ不純物の少ない塩や砂糖を『錬金』できるのは俺のちょっとした特技なのだが、代用肉の開発者であるリュリュからしたら、まったく面白みのない技術だろう。
少しばかりの羞恥とともに言うと、リュリュは大げさに首を振った。
「料理に塩気を足すために魔法を唱えるなんて、わたし、考えたこともなかった。どうしてそんなこと思いついたんですか?」
「この間タバサとハンバーガーを作ったときは野外の作業だったので、仕方なく。厨房で料理してたら、俺も塩を振ってたと思います」
「でも、ずいぶん慣れてるように見えました。以前から、料理に魔法を使ってたんですよね?」
リュリュは食い下がるように質問を重ねた。
なぜだろうか。その瞳には、必死な、切実な光が浮かんでいる。
「まあ、実家が貧乏な田舎だったものですから。狩りの手伝いに着いていって、獲物をその場で
冗談交じりに言うけれど、リュリュは唇の端に愛想笑いを浮かべるばかり。
『達人』に出会えると思って期待していたぶんだけ、落胆も大きかったに違いない。
言いようのない罪悪感に襲われて、息が苦しくなる。
リュリュは沈んだ顔のまま包み紙を握りつぶした。立ち上がり、深々と頭を下げた。
「クルトさん、ありがとうございました。サンドイッチ、とっても美味しかったです」
そうしてリュリュは調理台に並んだフライパンやボウルを片付け始める。
俺は堪えきれず、彼女の背中に声をかけた。
「待ってください、リュリュさん。『錬金』じゃお役に立てなかったけど、代用肉の改良だったら、お手伝いできるかもしれない。もう少しだけ、あなたの時間をいただけませんか」
調理台に並んでいるのは、ふたつの代用肉。
ひとつは以前から作っていたもので、シルフィード曰く『肉の出来損ない』。
もうひとつは断食の末に作れるようになったという、改良版の代用肉。
どちらも見た目は赤身の豚肉そっくりなのだが、軽く焼いて食べ比べてみると、たしかに違う。
「やっぱりこっちのお肉は、お肉じゃないのね。お肉をお肉らしくさせてる
タバサと並んで代用肉をつまみ食いしていたシルフィードがもっともらしく言うが、俺も同意見である。
その成分を特定して再現する方法を見つければ、改良版代用肉の量産にも繋がるはずだ。
ひとまずは改良前の代用肉を分析しようと、俺はポケットからロッキーを取り出し、
「うわ! ばっちいのね!!」
地面に叩きつけられた。
俺が――ちがう、ロッキーが。
シルフィードによって、思いっきりはたき落とされたのだ。
ロッキーが突然その感覚を共有してくるものだから、一瞬間、俺自身が地面に落とされたのかと身構えてしまった。
「シ、……イルククゥさん、いきなりなにを」
そう言いかけた俺の視界が、不自然に歪む。
今度はロッキーじゃない。俺自身の視界だ。気づいたら、俺は涙を流していた。なぜだろう。堪えようもないほど悲しい気持ちが、俺を掴んで離さないのだった。
「く、クルトさん? 大丈夫ですか?」
リュリュが驚きをあらわに、俺の顔を覗き込んでくる。タバサが無言でハンカチを差し出してくれる。俺は言葉もなくそれを受け取り、顔を拭った。
この悲しみは、考えるまでもない。ロッキーのせいだ。
こいつ、シルフィードに『ばっちい』と言われた心の傷を共有しているのだ。虚無に怯えていたときと同じように。
俺はなんとか感情の共有を拒否しようと念じるけれど、できない。悲しさが抑えきれない。いつか感覚共有を拒否されたときとは反対に、ロッキーは無理矢理に心を繋げてくるのだった。
ぽかり、と杖の振るわれる音。
涙に濡れた視界で振り向くと、タバサが長杖で使い魔の頭を殴っていた。
「だ、だってばっちいのね! あの石ころ、なんかイヤなのね! 気持ち悪いのねー!」
シルフィードの叫びに俺はますます悲しくなる。膝から崩れ落ちそうになる……が、寸前で我慢する。ふたたび杖を振り上げたタバサの肩に手を置き、引き留める。
「い、いいんだ、ちょっと、びっくりして……、目にゴミがはいった、だけ、だから」
情けのない涙声で、あからさまな嘘を吐く。
タバサは疑わしげな視線を俺に向けていたが、やがてゆっくりと杖を降ろした。
俺はよろよろと調理台に戻り、地面に落ちたロッキーを拾い上げる。
土を払ってポケットに入れると、気持ちが幾分か落ち着いた。
この使い魔に代用肉の分析を手伝ってもらいたかったけれど、この様子じゃ無理そうだ。
ロッキー、すっかり拗ねてしまった様子で、当面はポケットから出たくないらしい……なんとなく、そんな気配を発している。
リュリュの件が片付いたらロッキーについてシルフィードの意見を聞きたかったんだけど……、うん、うん、わかった。なにも訊かない。あいつにお前を見せたりしないから。だからロッキー、そんな気持ちを押し付けてくるのはやめてくれ。また泣いちまう。
しかし、以前からシルフィードに妙に嫌われていた原因がこんなところで判明するとは思わなかった。
あの風韻竜が嫌っていたのは、俺じゃなくてロッキーだったのだ。
どうりでいくら考えても理由がわからなかったわけだ。
……いや、ちがう、
さすがの俺も、そこまで傲慢にはなれないのだった。
「すみません、結局、こんな方法しか思いつかなくて」
俺は言い訳を呟きながら、料理をよそった皿をリュリュたちの前に並べていく。
代用肉の成分分析を諦めた俺が選んだのは、ある種の反則というか、かなり強引な解決策だった。
量産可能な代用肉には、肉を肉たらしめる
魔法によってそれを補うのが難しいなら、他の方法で余所から持ってくればいい。
つまり、本物の肉を使うのだ。
そんなわけで俺が作ったのは、フライパンに残っていた豚の脂で代用肉を炒めただけの代物に、豚肉と代用肉の
フリットに至ってはもはや肉すら使っていないが、卵と油が『肉らしさ』を補ってくれる、はずだ。
リュリュほどの人物にこんな誤魔化しを提案するのは恐ろしくもあったが、他に思いつかなかったのだから仕方ない。
俺の『錬金』がなんの参考にもならないと知り、彼女はひどく落ち込んでいた……あんな姿を見せられて、このままなにもできずに別れてしまうのは嫌だった。
どんなに稚拙でも、足りなくても、彼女のために何かをしたかったのだ。
なにせ、リュリュは俺が『原作』と『タバサの冒険』を思い出して以来の英雄であり、実際に出会った彼女は物語で読んだ以上に素晴らしい人物だったのだから。
リュリュは真剣な面持ちで一口ずつ料理を味わって……シルフィードが涎を垂らして皿を覗き込んでいたが、珍しく空気を読んだタバサに首根っこを掴まれていた……ため息まじりに言う。
「すごい、クルトさん。どれも美味しいです。ちゃんとお肉みたいで……」
「肉を使ったんだから、そりゃ肉みたいになりますよ」
リュリュは首を振って、ハンバーグを一切れ、口に運んだ。
もぐもぐとゆっくり咀嚼して、時間をかけて飲み込んで、なぜだかますます落ち込んだ様子で呟いた。
「そっかぁ……。お肉、使えばよかったんですね。そのままじゃ美味しくなくても、
リュリュは、今度は肉の脂で炒めた代用肉を食べる。
「これも……うん、お肉です。風味があります。美味しく食べられます。脂だけなら、肉屋に頼めば廃棄される部位を安く買えるから……それで……」
リュリュは
なんとかタバサの手を逃れたシルフィードが、手づかみでフリットを食べながら問いかける。
「どうしてそんな、悲しい顔してるのね? 美味しく食べる方法が見つかったなら、それでいいじゃないの」
「……どうしても、考えちゃって。なんで自分で思いつかなかったのかなあって、それで少し……落ち込んじゃって。ごめんなさい、クルトさん。せっかく作ってくれたのに、こんな」
リュリュは自嘲するような、どこか卑屈な笑みを浮かべていた。
「いえ、それはいいのですが」
俺は答えながらも、リュリュの言葉を意外に思う。
このくらいの誤魔化し、彼女なら当然に辿り着いているものと思っていた。
「きっとわたし、視野が狭くなってたんですね。魔法でなんとかしなきゃいけない。代用肉をもっと美味しくすることで、問題を解決しなきゃいけない、って」
そんな俺の疑問を感じ取ったのか、リュリュは独り言のように言う。
「さっき食堂でお話しましたけど、わたし、何年も前に家を出てるんです。美味しい料理を、自分でも作れるようになりたくて。でも、貴族の娘が厨房に立つなんて、両親はぜったい認めてくれなくて……」
リュリュは無理矢理に笑みを浮かべていたけれど、深い痛みを堪えているのは明らかだった。
タバサは無言で青い瞳をリュリュに向け、ひょいぱくひょいぱくとフリットを食べていたシルフィードも深刻な雰囲気を感じたのか、手を止めてじっと聞き入っている。
「それで喧嘩別れみたいに家を出たんですけど、貴族の娘のひとり旅なんて無茶で、すぐにお金がなくなって、寒くて、汚くて、お腹がすいて、ひどいめに遭いそうになったことも何回もあって……。だけどそのたびに、いろんな人に助けてもらいました。親切にしてもらいました。でも、そんな人たちの誰も、わたしが食べてきたような『美食』を知らないんです。おかしいです、そんなの、間違ってます。おいしいものは、万人の娯楽であるべきです。だからわたしは、代用肉を開発したんです。みんなのために……」
リュリュはこぶしを固く握り……ふっ、と脱力して肩を落とした。
「……そう、思ってたんですよ。さっきまで」
「どういうことなのね? リュリュさんの考え、とっても立派だと思うのね」
シルフィードは無邪気な、素朴な疑問を口にする。
リュリュは力ない笑みとともに彼女に答える。
「嘘だったんですよ、きっと。自分で自分を騙してたんです。貧しい人の食事なんて、本音ではどうでもよかったんです。だって、ほんとにみんなのことを考えてたら、クルトさんが作ってくれた料理くらい、とっくに思いついてるはずですから」
リュリュはふと気がついたように俺に目を向け、「ごめんなさい、あなたを
「でも、こうして話してる間にも、どんどん浮かんでくるんです。代用肉の調理法が、こんなのよりもっともっと美味しくできる方法が、いくらでも……ああ、わたしほんとうは知ってたんだ。知ってたのに、気づかないふりをしてたんだ」
「いままで気づけなかったのは、どうして?」
と、静かに尋ねたのはタバサである。
リュリュは恐れるような目をタバサに向けて、首を振って、しかし結局、諦念の籠もった息を吐く。
震える声で告白する。
「ずっと、魔法にこだわってたから。わたし、魔法で美食を作りたかったんです。魔法だけで一流の料理人にも負けないものを作ることができれば、美食の道も、父さまと母さまに褒めてもらうことも、どっちも諦めないですむから。わたしの夢なんて、結局、ただの言い訳だった。自分のことしか考えてなかったんです」
そうして声もなく泣き出したリュリュに、俺はなんと声をかけたらいいのかわからない。
きゅいきゅいとわけもわからぬまま貰い泣きしてるシルフィードのまっすぐな姿が、耐えがたいほど眩しかった。
「ぅ、ぐ、すびば、ぜん……おみぐるしい、ところを……っ」
「いえ……。俺こそ、申し訳ない。あなたを傷つけるつもりは……」
「い、いいん、です、そんな……むしろ、気づかせてくれて……」
リュリュは手の甲で涙を拭い、ぐずず、と大きな音を立てて鼻をすすった。
「クルトさんの、おかげで、決心……できました。代用肉の改良は……魔法は、もう、いいです、あきらめます。これからは、調理法でおいしくすることを目指します。それで、そのレシピを広めれば、みんながおいしいものを食べられるはず……。そうしないと、わたし、ほんとのうそつきになっちゃう。いままで助けてくれた人たちを、裏切ることになっちゃう、から」
「それは、だめだ。諦めちゃいけない」
考えるより先に、俺はリュリュの手を握っていた。涙に濡れた鳶色の瞳を、じっと、間近に見つめていた。
「ご両親は、ご健在なんでしょう? 完全に縁を切ったわけじゃないんでしょう? だったら、魔法も諦めちゃいけない。わかってもらえる可能性があるなら、続けるべきです。じゃないと、後悔する。あなたの夢も、あなたが作ったものも、素晴らしいものだ。あなたは素晴らしい人だ。だから大丈夫。きっと、いつか伝わる。お父さまに認めてもらえる。お母さまも褒めてくださる。だからリュリュさん、諦めるなんて言わないでください」
「ふぇ、あ、あの、えっと……」
リュリュの顔が困惑に歪んでいることに気づいて、俺は慌てて彼女から身を離した。
「し、失礼。つい熱くなってしまって」
「いえ、その、だいじょぶ……、です、はい」
ぼそぼそ呟かれるフォローの言葉が胸に刺さる。
理想と家との関係で苦悩している彼女に一方的に感情移入して、まるで無責任なことを口走ってしまった。俺なんか、親父のことをとっくに諦めてるのに。人のことを言えた立場じゃないのに。なんて恥ずかしいやつだ。これだから俺はバカで傲慢って叱られるんだ。
「リュリュさん、自分の夢は言い訳だ、なんて
そうして彼女に目も合わせられず、羞恥に頬が染まっていくのを自覚しながら言葉を留めることができない俺は、どうしようもないバカなのだ。
しかもそれをタバサの前でやってるんだから、救いようがない。
せめて好きな子の前では、もっとかっこつけたいのに。
「いま俺が作ったものなんて、ちょっと料理をする人だったら、誰でも思いつきます。リュリュさんの仰る通りです」
「あぅ、すみません、ほんと他意はなくて。味は悪くなかったんですけど、ただちょっと口が滑ったと言いますか」
「いいんですよ、事実です。だけど、だからこそ、よかったと思いませんか?」
俺は羞恥に挫けそうになる心を抑え、リュリュと視線を合わせる。
「代用肉を買ってた人たち、みんなこのくらいの工夫はしてるんですよ。いまリュリュさんが食べたくらいの美食を、みんな、もう食べてるんです。あなたのおかげで」
自分の作ったもんを
あの誘拐事件の翌朝にタルブの村について教えてくれたシエスタの笑顔を思い出しながら、精いっぱい、笑顔のような表情を浮かべてみせた。
そうして、おそらくは反射的に愛想笑いを浮かべたリュリュに向かって、俺は続ける。
「あ、よかった、笑ってくれた。泣き顔より、そっちのほうがずっと素敵だ」
歯が浮くようなキザったらしい台詞。
自分で自分の首を絞めたくなるが、我慢する。
大丈夫、俺はキザで有名なトリステイン貴族。ギーシュの同類。そんでツェルプストーの血も引いてるんだから最強だ。女の子を慰めるためなら、このくらい、平気な顔で言ってみせよう。
「ねえリュリュさん、いま、そうやって笑えたなら、少しでも
……と、俺はここまで言って、青ざめた。
この説得は、リュリュが俺の代用肉料理を少しでも『おいしい』と感じていることが大前提だ。
もし、彼女の言葉はみんなお世辞で、実際は俺の作ったものを『まずい』とか『とても食えたもんじゃない』とか思ってたら……。
俺の言葉は『みんながこんなまずいもんを食ってるのはお前のせいだ』という、最悪の罵倒になりかねない。
俺がひどく落ち着かない気分で「大丈夫、嘘なんかじゃない」「そんなに素敵な笑顔が嘘なわけない、俺にはわかる」「素敵な笑顔だ、薔薇のようだ」「リュリュさんはほんとに素敵な素晴らしい人だ」なんてギーシュみたいな語彙力でぽそぽそ言い足してるなか、リュリュは静かに肩を震わせていた。
やがて彼女は、ふひゅっと息を吐き出して、子どもみたいに顔を歪ませて……ふたたび、泣き出した。
ああダメだやっぱり間違えた、リュリュを傷つけた俺のせいだ俺の料理がヘタクソなばっかりにこんな素晴らしい女の子を泣かせたごめんなさいごめんなさい俺は死ぬ死んだほうがいい死にますいますぐハルケギニアからいなくなります灰になります……と杖に手を伸ばしかけた瞬間、体当たりされた。
ちがう、抱きつかれたのだ。息が詰まるほどの勢いで。
こんな展開まったく予想していなかった俺はよろけて転んでしまうが、リュリュはお構いなしに俺の体を強く掴んで、涙に濡れた顔を押しつけてくる。
「りゅ、リュリュさん、ごめんなさい。無責任なことを言ってしまって。泣かせるつもりはなかったんです」
リュリュは俺のシャツで涙を拭くみたいにして首を振った。
それからなにかもごもごと言ったが、まるで聞き取れない。
どうしよう、どうしたらいいんだろう、これは。
っていうか俺は彼女を慰めるのに成功したのか、それとも余計に傷つけただけなのか。
いや、たぶんきっとリュリュを傷つけたわけではなくて、だからこそ彼女は俺の胸で泣いてるのだろう。そのくらい、頭の鈍い俺にもわかる。だけど、だったらどうすればいいんだ。
謝るのも死ぬのも正解ではなくて、安易な選択肢を封じられた俺はどうすればいいのかわからない。
これがルイズだったら黙ってハンカチでも渡して泣き止むまで空でも眺めて待ってればいいんだが(そして彼女が暴力で苛立ちや悲しみを発散してくれれば、なおさら助かるのだが)。
リュリュが俺を殴ってくれる気配はなく、ハンカチも、いまのところは俺のシャツで間に合っている。
とりあえず、領地で泣いてる子を見つけたときみたいに頭を撫でてみるけれど、そしたらいっそう激しく泣き出してしまった。
俺はいよいよ困り果て、タバサに助けを求めようとするが……いない。
いつの間にか、タバサが姿を消している。
慌ててあたりを見回すと、その青い小さな後ろ姿がヴェストリの広場を出て行くのが見えた。
どうしたのだろう。まさか、もう次の任務が舞い込んできたのかと焦燥に駆られるけれど、シルフィードのほうは広場に残っている。
彼女は俺たちに背を向け、調理台の皿に残った代用肉料理を次々と口に運んでいる。
この風韻竜、なんでこんな状況でつまみ食いできるんだよ。食欲に素直すぎるだろ。
タバサもタバサで黙ってどっか行っちゃうし。なんなんだこの主従は。自由すぎて愛おしいな。でもちょっとくらい手伝って欲しい。助けて欲しい。
そんな俺の視線に気づいたのか、シルフィードがこちらに振り向いてくるけれど、まるで見つけた俺が悪いかのようなしかめっ面で睨んできた。最後に残っていたハンバーグをまるごと口に放り込み、ほっぺたをぱんぱんに膨らませながら、実にイヤそうに、じりじりと俺たちに近づいた。
ロッキーへの嫌悪感とリュリュへの心配で板挟みになっているらしい。
リュリュがシルフィードに向かってくれたら助かるのだが、彼女は俺の服を掴んで離さない。
結局、リュリュが落ち着くまでの間、俺は彼女の頭を撫で続け、シルフィードは体を反らしたまま腕を懸命に伸ばしてリュリュの背中をちょんちょんとつっつくように撫でていた。
きっと傍から見たらおかしな光景に違いなかったけれど、俺たちには、そうする他にどうしようもないのだった。