実はフィクションって創作なんですよ。人生って生きることなんですよ。

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第1話

 トンネルを抜けると向日葵畑が広がっていた。

 

「命の秘儀を知りたくは無いかね」

 

 白無垢のドレスを着た少女が向日葵畑で笑っている。踊るようなステップ。偽りだ。ここの全ては偽りだ。もっとも真偽は重要ではないが。

 

「興味無いね」

 

 どことも分からない場所で、地に寝転がって、嘯いた。少女はどこにいる。真偽は重要ではない。手続きが重要なのか。そう信じるのなら。

 

「興味が無いとは意外だな。君は余に興味があると思っていたが」

 

 そうだ。私はこの少女に興味がある。すべてを解き明かしたいほどに恋焦がれている。身に着けている下着の色から、考えていること、考えてきたこと、これまで感じてきた全てに至るまで己が物としなければ気が済まない。ならばなぜ? 当然の疑問だ。なぜ命の秘儀を知ろうとしない? 気紛れで返事をしただけだ。完全無欠の存在で無いのだから、存在に一貫性は無い。命の終わりに向かって連続体を見出して自身を同一体と自認する存在が、一貫性を放棄する。これは狂気か? 一貫性こそが狂気の元ではないのか? 完全性も非完全性も中庸と狂気の混ざったカオスであり、部分も全体も個人の認識によってしか定義されていない、神には到底触れることが出来ない塵そのものだ。ならば塵はどこから来る? 何かを燃やした灰か。何かとは。何が燃えている。命か。魂か。真偽はどうでもいいというのは詭弁だ。自認する美学に従い、この魂は駆動している。燃えている。塵を燃やし塵を産んでいる。泡に包まれて、過去から未来へと、未来から現在へと至る。泡とは霊か、魂か。塵と言う名の色が燃えている。色と言う名の塵が燃えている。泡は鏡となり、炎は光を語る。空と実とは虚と塵とを以て定義され、虚は実によって定義される。

 

 寝転がっているから、少女のパンツが見えそうだ。仮に、穿いているのなら、だが。真偽はどうでもいい。そうさ、真偽はどうでもいい。すべては方便だ。だから真実はあると言うこともできる。

 

「ああ、そうさ。お前には興味がある」

 

 瞬き。光。太陽か。瞼の裏とその向こうに差はあるのか? 何が違うんだ。自分のこともままならないのなら同じではないのか?

 

 少女の背に笑顔が見えた。後ろ髪が見える。真偽はどうでもいい。ならば何を肯定するというのだ? 真偽が重要であるというのを偽とするのなら自己矛盾ではないのか?

 

「くはは。面白いな」

 

 この少女。この炎は、この泡は何かが違う。私の泡はハックされ、鏡とは違う何かとなった。あるいはこれが鏡そのものなのかもしれない。何もかもが違う。これが塵だと言うのか? もしそうならば私は世界を否定しなければならない。他の塵の全てを焼き尽くし塵と化さねば気が済まない。

 

「幼子を見ている気分だ。絵空事、絵空事」

 

 私が恋焦がれているのは全体なのだ。この少女という部分が、何かの美しい全体であることの予感を手掛かりに、ここまで来た。向日葵畑。何を意味する。誰の世界だ? 口を開く。

 

「お前そのものも絵空事に見える」

 

 そしてあなたの容姿は幼子そのものだ。

 

「みんなそうだ」

 

 それはそうだ。その通りだ。向日葵はみな、風に揺られて高笑いしている。

 

「分かっているのだろう?」

 

 真偽はどうでもいい。だが、どのような詭弁を用いようとも否定できないことは存在する。

 

「恐れたか」

 

 そうだ。きっと、そうだ。

 

「話が逸れたな。命の秘儀だが」

 

 少女の顔に影がかかる。影がかかるということは光源があるということだ。見えると分かるということは光があるということで、見えなくなったというのは光があったということだ。差異があるのなら原因がある。ああ、俺はその話を聞きたくない。だからこうしている。

 

「嘘だ。そんなものは無い」

「そうさ、そうとも。命の秘儀など無い。絵空事さ」

 

 少女の細い指が円を描いた。それは一周でありながらも複数の円の軌道を描いていた。この少女は不可能と可能との区別が無いのだ。同時に可能であることしか可能でないのだ。ただし全能でもないようだ。だから魅入られた。それが絵空事であっても、魅入られたというのは本当なのだ。否。魅入ったのだ。光輪が、複数でありながら一つ、浮かんでいる。背中から頭から世界の果てから、背中へと、頭へと、世界の果てへと光は収束し発散している。それが彼女の像だ。彼女は踊っていて踊りを止めていて、どの向きも向いており向いておらず、どの方向にも地面はあり地面は無いのだ。腕は数えきれないほど生えており二本しか生えておらず、彼女は複数いながら一人しかいない。キリが無いのでこれくらいにする。

 

「君が余に向けてやっているこれを秘儀と呼ぶのなら、他にも秘儀はあるが」

「絵空事と現実が一致すれば、それは力だと?」

「そう思うのは自由だ」

「自由。遍く不確かさの光の向こうから適切な量を取り入れるのは難しい。毒を恐れれば薬にもならない。時は流れる。ずっと繰り返す。変わり続けるからこそ変わることは無い。変化を無視して近似値を取り出せば無味無臭の残酷さだけがそこにある。それが毒だよ」

「つまり自由であるべきではないと? 誰よりもそれを声高に求めつつも至る場所は違うのだと? ああ、君はやはり好きだね。ここで何をしたいんだい? 君がこうしてここを準備したんだろう。君がそういうことにしたくないのなら、話を合わせるが。真偽は大切でないのと同時に、自分が考えていることは重要なのだろう? そうしたらいい。余は受け入れよう」

 

 ああ、未来が燃えている。塵はそこから来るのだと。そう話した鏡はどこにある? 鏡とは。泡そのものなのか、光の像がそれなのか。光の色は塵から来ている。鏡の像があるのは色が見えるからだ。私は今どこにいる? 分霊は永遠に生きることが可能なのか? そうだ、それが気になってここに来た。だが正直どうでもいい。もうどうでもいい。ずっとこうしているのだから。

 

「君のようにここまで来れば、絵空事も薬か毒になるのではないかな? 君の言う力は何だい? 恐怖の打倒かい? それは次元が違う話だよ。もしそうなら君は手続きを間違えた。君は余に何を見出そうとしている? 餌をくれる親鳥か? 現実に足りなかった暖かい劇を演出しようとしている? 大がかりだな」

 

 少女の手が「まあどうとでも言える。分かっているだろうがな」と付け加えた。ジェスチャーの集合体だ。概ね一挙動でそれは伝達された。真偽はどうでもいい。そのような表情をしたと言うこともできる。顔の表情とセットで、手に表情が付与される。鏡はどこにある。

 

「鏡は無いよ。君は余の目を見ようとしないからね。唾液を垂らして池にして鏡にしてもいいが、どうする。泣くような気分でもないだろう。情緒としては泣いてもいいかもしれないが、今の君は泣けるようにはできていない。鼻水も出ない。出血を伴う自傷も、恐らくは出来ない。全て縛りで以て無い物を虚から引き出す、実を支払って実を受け取る、君の秘儀によるものだ。もう一度聞こうか。君は余に何を求めているんだい。実際君は疲れている。飽きるまでここで余と話して、飽きたら余に暴力を振るって帰るというのは十分に現実的だ。君のこれが初めてなのか、何度目なのかは余には分からないが、ああ、ああ、分からないというのは面白いな。そうは思わないかね」

 

 そうだ。面白い。この少女は分かっている。分かっているから、分からないという絵空事が好きなのだ。嘘だ。全て嘘だ。ならば嘘というのも嘘なのか?

 

「さあ君、いい加減目を見るんだ。何度も言っているだろう、逃げるのは辞めるんだ」

 

 真偽などどうでもいい。魅入られて、微睡んで、物語になるのだ。

 

「それが可能か分からないから怖いのではないのか? 当たりだな。そうだな、余が手を握っていてやろう。もう一つ当ててやろう。鏡が怖いと言うのが好きなのだよ、君は。だからそれを使い続ける」

 

 目を見ないようにしながら、湧き出した甘い感覚で足元が揺れないように、立ち上がる。手を取る。足元には川が流れていた。空から流れている。星々から流れてきている。真偽は重要ではない。

 

「一瞬は永遠で、永遠は一瞬だ。君はそれをモノにした。余を巻き込んだのは大変迷惑だが、許そう。許すほか無い。くはは」

 

 何も否定できない。笑うしかない。そうだ、それを教えてもらったのだ。悪いことではない。真偽は関係無い。あまり怖くは無い。どこが怖いのか知っていて、手にした術はその場所を回避するものだから。手が暖かい。手が冷たい。少女は何度目かをきっと知っている。私は知らない。少女は知っている私の鏡なのだ。そして同時にそうではない。

 

「君は目を見ない。空の大部分、見える範囲に鏡は無い。目は届かない。人類はそれほどまでに偉大な場所に至っていない。君が本来求めるものは未来にあるのかもしれないし、無いのかもしれない。余にも分からない。君も分かっているだろうが、これだけは本当だ」

 

 少女の手が笑っている。向日葵たちは私たちを見下ろしている。川は流れている。知っている。握る少女の手を強く意識する。

 

「これが最後だ。余は言っただろう、甘えるなと」

「ならばお前に」

「この期に及んでか」

「この期に及んで、だ」

「くはは。ならば生きよ。さよならだ」

「いいや、また来る」

「なら死ね」

 

 返答に笑いながら目を見た。目を見たのか? それは分からない。真偽などどうでもいい。だから繰り返す。川に映った物なのか、そもそも少女の目なのか、星なのか、それも分からない。水位が増している。向日葵は逃げていった。夜になった。太陽と言う名の星が西から東に沈んだ。川は濁り、空への流れは歪曲し、無数の塵で色付いた水はトンネルへと殺到する。泡は湧いては弾け、星は川に飲み込まれながらも光を保つ。全てはトンネルへと吸い込まれていく。

 

 手は塵になって消えた。誰の手がだ? 無数の星が見える。すでにトンネルの中にいる。トンネルの手前におり、トンネルの向こうにいる気もする。トンネルの向こうに光が見える。あれも星の集まりだ。トンネルも星の集まりが光沢や面に見えているだけではないのか? どうでもいい。俺はあちらへ流されている。どうでもいい。望んでそうなっただけだ。さらなる望みは、最たる望みは。少女だった塵を探し続ける。判別できるはずは無いが、探し続ける。

 

 疲れて疲れ果て、気づけばトンネルの入り口に立っている。そこは出口であり、向日葵畑が広がっている場所。知っていて、知らない場所。絵空事の世界。白無垢のドレスを着た少女が踊っている。踊りながら止まっている。その方法を私は知らない。




 レモネードの味。マドラーの音。全部絵空事だ。だから、いい。

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