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「ライトオに会うの久しぶりだな。修行の旅に出てたらしいし土産話を聞くのが楽しみだ」
1人の男性が、ゆこま旅館に歩いていく。
彼は直線最高速ウマ娘、カルストンライトオを担当していたトレーナーだ。
ライトオは身体能力の下降による最高速更新が不可能になったことを理由にレースを完全引退した。トレーナーは今教官としてトレセンで働いている。
ライトオが引退してからもちょくちょくお出かけはしていたが、1ヶ月前突然ライトオが修行の旅に出ると言い出し、連絡も取っていなかった。
そしてトレーナーが旅館につくと。
元担当のライトオが着物姿で待っていた。
「ようこそゆこま旅館へトレーナー。トレーナーを一番よく知るのは私。よってトレーナーを一番おもてなしできるのも私。
お風呂の温度は39度、カレーは中辛布団は羽毛。あなたの好みは完璧バッチシ記憶しています。私からのファンサービスをとくと味わってください」
開口一番、マシンガントークと90度のお辞儀が飛んできた。
てっきり2人で温泉旅行を楽しむものだと思っていたトレーナーは驚いたが、伊達にライトオと長く付き合っていない。
落ち着いて、ライトオに詳細を聞く。
「さすがライトオ、見事な直角90度のお辞儀だ……おもてなしって?」
「はい、いつもトレーナーとして頑張っているあなたを私が癒してあげます。あなたの担当ウマ娘だったときは常に私優先でしたが、今なら私があなたを優先してもいいでしょう。いいですよね。いいと言ってください」
「ライトオ……? いや、わかった。嬉しいよ」
トレーナーは頷く。しかし違和感も覚えた。
ライトオが早口で有無を言わせぬ最高速なのはいつものことなのだが、今のライトオはなんだか焦っているような気もした。
トレーナーとして見るならレース前に緊張してナーバスになったウマ娘のようだ。
尤も、ライトオがそうなっているのをトレーナーは見たことはなかったわけだが。
「それで、まずはどうするんだ?」
「温泉旅館に来て最初にやることなど決まっています。まずはひとっ風呂浴びてきてください。ちなみに私は既に髪先からつま先までピカピカです。伊達に1ヶ月ここで過ごしていません」
「修行の旅っていうのはここに来てたのか……じゃあまずは温泉だな」
トレーナーも日々忙しく疲れている身だ。
心置きなく温泉に浸かることにする。
ライトオがまだ現役時代も来たことがあったが、やはり素晴らしいお湯だった。
ライトオがここでなんの修行をしていたのかわからないが、とにかく元担当が温泉でのんびりしていたのなら喜ばしいことだ。
「温泉で修行……なんだろうな? まさか卓球……? いや、そんなわけないか。卓球は速度が大事なスポーツではあるけど、ピンポン玉は直線じゃないし」
頭に浮かぶのは直線と最高速が何よりも好きな元担当のこと。
新人トレーナーだった自分と契約し、レースに勝つことよりも己の直線最高速を求め続けた、この先自分がどんなウマ娘を担当したとしてもライトオは唯一無二無三なる一条の光だ。
「ライトオは……これからどんな人生を生きていくつもりなんだろうな」
肉体の最盛期、極限まで極めた最高速の更新はもはやストップウォッチで計測できるようなものではなかった。
スタートからゴールまでの時間をマイクロ秒単位で計測可能な機械を導入し、肉体のピークアウトが確定するまで限界まで最高速を追求し終えたのだ。
「引退したライトオの人生は、トレーナーの俺が口出しすることじゃないけど……もしかしたら、話してくれるかな」
そんな想いを胸に、トレーナーは温泉から上がり浴衣に着替える。ほかほかのごくらく気分で男湯から出ると、若女将のユノハナブルームがいた。
「あら……ちょうど良いところに。あなた、ライトオさんのトレーナーさんですよね?」
「はい、ライトオも1ヶ月ここでお世話になったみたいで。ありがとうございます」
若女将は、冷たいコーヒー牛乳を渡してくれる。偶然のように言っているが、自分を待っていたとトレーナーは直感した。
「ライトオさん、とっても頑張ってましたよ。私もそうでしたけどアスリートってレース一筋ですから。お料理も着付けもお花飾りも、初めての事を一生懸命覚えて……」
「ライトオがそんな修行を?」
意外だった。まさか接客業で働くつもりだったとは。最高速でキビキビ動く彼女が人に合わせるイメージはあまりないが、とはいえその選択は尊重するべきだと思う。
「ふふ……これ以上は言わぬが花ですね。さぁ、美味しい美味しい夕ごはんが待っていますよ」
若女将は丁寧に部屋への戻りかたを教えてくれた。お礼を言ってトレーナーが部屋に戻るとライトオが着物姿の正座で微動だにせず待っていた。
「湯加減はいかがでしたかトレーナー。ええ最高だったでしょう。そしてお風呂の後はご飯と相場が決まってはいますが、温泉卓球と洒落混むのもありですね。
私もこの1ヶ月ですっかりピンポン玉とお友達になれました。今なら温泉の中ですら卓球ができそうです」
「へえ、卓球もしてたのか。……でもお腹が空いたしご飯にしてもいいかな?」
やはりライトオは、いつもより少し早口で掛かり気味だ。卓球よりも、ご飯でのんびりさせた方がいいと言うトレーナーとしての職業病のような思考でそう返す。
「はい、わかりました! すぐにお持ちします。あなたがのんびり温泉に入ってくれたおかげで最高の料理はすでに完成しています」
「……もしかして、ライトオが作ったのか?」
さっきの若女将の話でライトオが料理の修行をしていたとは聞いた。
それを自分に振る舞うことで美味しいと褒めて欲しいのかもしれない。だとすればライトオの違和感も説明がつく。……そう思っていた。
「トレーナー、どうですかこのお刺身。まさしく正方形で一直線でしょう。生きているのを最速で捌いたのでもはや刺身として生きているといっても過言ではありません」
「過言じゃないかなぁ」
ライトオが持ってきた料理はまさしく旅館らしい和食だった。出会い頭にカレーがどうとか言っていたがまぁいつもの勢いと気にしないことにしてトレーナーは食べ始める。
「お粗末様でした。美味しかったですかトレーナー」
「早い早い。まだ一口」
「はっ、ついいつもの癖で。これからはあなたといられる時間ばかりではないのだから置き去りにしないよう気を付けないといけないのに」
「……ああ、そうだな」
ライトオもトレーナーとの契約関係が終わったことは意識している。
そして、何か新しい一歩を走り出すためにここで修行をしていたのだろう。
トレーナーが食事をしている間、ライトオはお茶やご飯のおかわりを渡しつつじっとトレーナーの側に控えていた。
料理を食べ終え、お膳をライトオが下げて戻ってきてからトレーナーは元担当のおもてなしにお礼を言う。
「美味しかったよ、ご馳走さま。これなら料理人にもなれるかもな」
「今度こそお粗末様でしたが料理人を舐めないでください。女将さんや板前さんの腕はこんなものじゃありません」
「そうかな。なんだかすごく俺好みの味だからつい。ずっと毎日でも食べていたくなるくらいで……」
「……本当ですか? 本音ですか? それは元担当へのリップサービスではありませんか?」
その言葉は。いつもの立て板に水を流すものとは違い。
ひどく、不安そうに聞こえた。
「……ライトオ。どうした? おもてなししてくれるのは嬉しいけど、今日はいつもの君らしくない。確かに俺はもう君の担当トレーナーじゃないけれど……何か相談したいことがあったら遠慮なく言ってくれ」
トレーナーは、着物姿のライトオをしっかり見る。浴衣とは違い、きっちりした着物はウマ娘の速度を大きく制限するものだ。それを大人しく、若女将の言によれば着付けまで覚えて着ているというのは彼女の心境の変化が伺える。
ライトオは少し目を伏せて。
慎重に、話し始めた。
「トレーナー。私はシニア期からあなたと過ごす一生を想像するようになりました」
「……ああ、バレンタインの時に言ってくれたね」
「覚えてましたね。花丸です。そしてURAファイナルズを優勝してうまぴょいした後両親にも紹介しましたよね」
「あのときは驚いたよ、本当に」
海外遠征の話を持ちかけたらあれよあれよという間にご両親へ直接挨拶することになったりもした。
すごく緊張したが、ライトオの親御さんらしく変わっているが真っ直ぐな夫婦で自分とライトオの関係を褒めてくれたのを覚えている。
「……でもそれは、私が最速であなたの担当ウマ娘だったからです。体が衰え引退すればいくら私があなたと一生を駆け抜けるつもりでも、あなたにその気がなければなんの意味もない」
「ライトオ……君は、もしかして……」
トレーナーの中でライトオの違和感が結び付く。
しかしそれを口にする前にライトオは続けた。
「わかっていました。そんなこと。バレンタインの時もファン感謝祭のときもクリスマスだってわかっていたはずなのに。
いざ引退して、あなたとの人生の距離が離れることがこんなに怖いなんて、想像もつきませんでした」
カルストンライトオの声は、震えている。普段のハキハキした声はもちろん歌うときですら直線的な彼女の声が、まるで霧の中をさ迷うように頼りなく、右往左往して戸惑っていた。
「私はあなたと一生を共に走りたい。あなたが最速のトレーナーとして生きられるように支えてあげたい。あなたの子供がまっすぐ生きていけるように育ててあげたい。
……でも、あなたの心をねじ曲げることは私には出来ません。愛する人を私の独りよがりで不幸にしたくはありません。
だから、正直に答えてください。
あなたにとって私は……引退して最速でなくなっても、一生一緒に過ごしたいと思えるウマ娘でしょうか?」
それは紛れもない、ライトオの一直線な愛の告白だった。
一気に言い終えて、ライトオは息を切らした。肩が上下して、目はうっすら滲んでいる。
トレーナーは元担当の真剣に思い詰める姿に心を打たれながら……それでも元指導者として、1つ確認した。
「ライトオ。君がこの1ヶ月修行の旅に出ていたというのはもしかして……」
「はい、花嫁修行です。私だって引退した以上、あなたを支えてあげると口に出すなら相応の資格が必要です。母さんに光の研究が出来るのは博士の資格があるから。父さんが法廷に立てるのは検事としての資格があるから。あなたが私を最速にできたのはトレーナーの資格があるからでしょう」
「それで1ヶ月、俺に連絡もせずにここでひたすら修行していたのか?」
ビクッ、とライトオの肩が震えた。顔が青ざめ、失望されたのではないかと不安になっているのがはっきりわかる。こんな彼女は今まで見たことがない。
もうこれ以上は精神が限界だ。
トレーナーは着物姿のライトオを、自分の腕でぎゅっと抱き締めた。
「……君はやっぱり、最高速のウマ娘だ。引退しても変わらない、俺の愛バだよ」
「トレー、ナー……」
「実は君と連絡がとれない1ヶ月、似たようなことを考えていた。引退した君の人生に俺は口出しできない、けどこれからも、ずっと一緒にいられる選択ができたらと……ああ、速すぎるライトオが俺の手の届かないところに行ったんじゃないかと不安だったよ。
大好きだ、愛してる、一生、俺の側で最速の君を見せてほしい」
かけがえのない絆で結ばれたウマ娘の告白に、トレーナーの心ももう気持ちが抑えられなかった。
お互い一直線な告白のぶつけ合いの末━━ライトオは、泣いていた。
「……嬉しい、嬉しい。嬉しい! 言葉がそれしか出てきません。けどすごく嬉しい。ずっとずっと、死が2人を分かつまで私たちは一緒です。私はあなたのためならいつまでも最速であれます。約束ですよ」
「ああ、約束だ。ライトオがそこまで真剣に俺の事を考えてくれたことが……何より嬉しいんだ。いっぱい慣れないことも頑張ったんだな」
「ええ。頑張りました。あなたを支えてあげたいと言ったところで私にはなんの資格もない。ならば花嫁修行をするしかないと思いきりましたが、お料理も着付けもお花もすごく難しいものでした」
きっとライトオは1ヶ月前に思い至ったのだ。自分にトレーナーを支える資格がないと。そのために最速で行動した結果が旅館で1ヶ月の花嫁修行だった。
2人はしばらく抱き締めあった後、お互いの顔を見る。ライトオの涙の後は一直線だったが、顔はトレーナーでも見たことがないほど真っ赤になっていた。
「それで、お願いがあるんだが……今日は、隣で寝てくれないか?
こんな風に泣いて声が震えている君の姿なんてこの先いつ見られるかわかったものじゃないし……何より、他の人に見せたくないな」
「一瞬えっちすけっちわんたっちかと思いましたがそういう理由なら喜んで。ちなみに私の予定では結婚初夜と子供が生まれたときと子供が結婚したときもこれくらい泣いて喜ぶ予定です」
「それは楽しみだ。……うん、やっぱりそんな姿は俺だけのものにしたいな」
「あなたが独占力のスキル持ちだったとは。でも、悪い気はしませんね。これも愛」
まだライトオは声も体も震えている。落ち着くまで、トレーナーは着物姿の彼女をしっかりと抱き締めていた。
「大好きですよ、あなた。愛しています」
「俺もさ」
「でも好きになるのは私の方が速かった」
「そうかな、バイクを捕まえた君を見たときから俺は君が好きだったけど」
「……むむ。そう言われると反論できません。あの時のあなたは雑草のようにどこにでもいる男性でしかなかった」
「はは、でも今は最高速のウマ娘を育てたトレーナーだ。それは、君が体も心も最速だからだよ」
「……引退しても? この足がなまくらになっても?」
「もちろん。君が最速なのはただ速く動くだけじゃなくて苦手なことにも真剣に取り組めるからなのはトレーナーの俺が一番良くわかってる」
デビュー前のライトオは、コーナリングを初め苦手なことが多かった。直線を走るのも、少し左によれるクセもあった。
それがスプリンターズステークスを制するウマ娘にまでなったのは、彼女の生真面目さがあってのことだ。
そうして出会ってからの話をしていると、ライトオも落ち着いてきて抱き締める力も弛緩してきた。
緊張の糸が切れたのだろう。安心しきった顔で体重を預けているライトオをトレーナーは愛おしく感じた。
「もう夜も遅くなってきたな。そろそろ寝ようか?」
「はい、もうすっかりおねむです。1ヶ月慣れないことをしてきたツケが回ってきました。ですが、今日はあなたをおもてなしすると決めたのです。すぐにお布団を敷きましょう」
ライトオは真面目に有言実行しようとする。
すっと体を離して襖を開けると、そこには2人分の布団が用意されていた。
そこでライトオはなにかを見つけたのか、布団の上に置かれた何かを手に取ると。
プルプル震えて、再び顔を真っ赤にした。
「……どうした? やっぱり俺が敷こうか?」
「いえ、なんでも。なんでもありません。若女将からの書き置きでライトオちゃんならきっと告白も上手くいく。でも旅館でえっちなことはダメ絶対。ちゃんと2人分のお布団で寝てくださいねと書いてあったなんて口が裂けても言えません」
「言ってる言ってる」
なかなかいたずら心のある若女将のようだが、ライトオのことを真剣に応援してくれたのは間違いないようだ。明日改めてお礼を言っておこうと心に決めるトレーナー。
「今他の女のこと考えませんでしたかあなた」
「そうだけどそうじゃない」
「冗談です。言ってみたかっただけ」
ライトオは畳の目にそうようにピシッと直線的に2人分の布団を敷いた。
若女将はライトオの寝巻き用の浴衣も用意してくれていたらしく。30分後には2人とも浴衣姿で寝床についていた。
「明日はどうするのか決めてあるのか?」
「告白が上手くいってもいかなくても、あなたへのおもてなしは継続するつもりでした。単純に現役時代のお礼も兼ねていますので」
律儀なライトオらしい答えだった。
「じゃあ、明日は久しぶりに2人でおでかけしよう。1ヶ月ぶりで楽しみにしてたんだ」
「あなたがそうしたいならそうしましょう。私も楽しみです。これからあなたと走る人生が」
しばらく見つめあった後、ライトオが瞳を閉じる。一度眠ったライトオは翌朝6時まで目覚めない。
トレーナーが寝顔を飽きずに見ていると、ライトオの口から寝言が漏れた。
「……ヒメ。ここがお父さんがお母さんに愛のプロポーズをしてくれた旅館ですよ。突然のことでお母さんはビックリしました」
「夢の中で娘相手に過去を捏造している……未来に生きてるな……」
でも、将来子供相手にそんな会話をするのもきっと楽しいだろう。ライトオと過ごしていると、今過去未来もすべてのことが楽しく思えるから不思議なものだ。
愛するウマ娘との未来を想像しながら、トレーナーはライトオと結ばれた今日を噛み締めて眠りについたのだった。
ライトオの勢い任せな台詞は考えてて楽しいです。