ふたりの足跡   作:sayama/

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「告解」のとは別の世界線の話です。いわゆる現パロ。2部構成の前篇です。

「現パロ」「学生」

この辺りのキーワードがNGの方はお気を付けください。


Another world line
高嶺の花


 

 

/001

 

 

 二人が初めて互いの存在を認識したのは、小学5年生の時だった。

 

 

 東京都内のとある区立小学校。

 少女は下駄箱の前で立ち尽くしていた。

 今朝、家を出て登校し、ここで上履きに履き替えた。当然、その時にしまったはずのお気に入りのスニーカーは、何度見返してもあるべき場所に見当たらない。

 

「はーあ」

 

 可憐な少女だった。美しい少女だった。

 肩口より少し長めに揃えられ、よく手入れされていて艶のある紫がかった髪。

 触り心地の良さそうな、まるで新雪を連想させるシミひとつない白肌。

 華奢なのに健康的と矛盾した魅力を感じさせる、スラリと伸びた手足と腰回り。

 シンプルながらセンスの良さを窺わせる、統一感のある上品な服の着こなし。

 特筆すべきは、翠緑の輝き。一目見て純粋な日本人ではないことが分かる、翡翠の如く輝く瞳。

 しかし今、少女は自身を彩る全てを台無しにするほど気だるげにため息を吐き、天を仰いでいた。

 

「お気に入りの靴だったのになぁ」

 

 少女は靴を隠されていた。いじめではなく、単発の嫌がらせであると少女は推理した。

 心当たりはある。つい先日、学年で一番のモテ男から愛の告白を受けた際、目の前の男子と『いわゆる男女のお付き合い』を頭の中でシミュレーションした結果、全く自身の琴線に触れなかったので丁重にお断りをしたばかりだ。

 クラスの女子の半分以上がその男子を好いているような状況であり、その男子は常に注目の的であった。

 当然、少女への告白と成就しなかった悲劇は瞬く間に校内に知れ渡り、上手くいっても妬ましいが、上手くいかなくても気に入らないという厄介な女子が犯行に及んだ、というのが今回の事の顛末であろうと少女は思った。

 

「うーん……」

 

 どうしたものかとその場で少し迷っていると、くすんだ金髪の少年が廊下を歩いてきた。反射的に顔を上げ、一瞬だけ目が合う。

 知り合いではなかったことに安堵するのも束の間、友人に見つかってまたあれやこれやと噂話の種になるのも億劫だと思い、少女は上履きのまま昇降口から外へ出た。こんなことをする頭の悪い女子が靴を隠す、もしくは捨てる場所など知れている。どこにあるかも分からない靴を必死に探し回って犯人を喜ばせるのも癪に触ので、頭に浮かんだ複数の候補地だけ探して、なければすっぱり諦めようと思い校舎裏のゴミ捨て場やニワトリ小屋を覗いたが、運悪く不発に終わった。これで見つからなければ諦めようと思いながら、最後に学校の敷地に沿って流れるドブ川を覗き込むと、ゴミ留めの柵に引っ掛かったまま揺られている見慣れた靴が目に入った。

 

「……うわぁ」

 

 ゴミ留めの柵には愛用のスニーカーをはじめ、空のペットボトルやお菓子の袋、よく分からないドロドロした何かが引っ掛かかって揺れている。

 仮にあの靴を拾い上げて綺麗に洗っても、もう履く気にはなれないな、と思いつつ、自分が拾わなければ靴はずっと揺られ続けることになるというのも忍びない。

 さてどうしたものかと思案していると、後ろから突然、声をかけられた。

 

「アレ、お前の靴?」

「え?」

 

 振り向けば、すぐ後ろには、先ほど靴箱の前で一瞬だけ目が合った金髪の少年が立っていて、ドブ川に落ちた自分の靴を指差していた。

 

「あ、うん。なんだろうね、学校に迷い込んだ野良犬がたまたま私の靴を咥えて、ここに落としていっちゃったのかな」

 

 背格好からして同年代と思われるが、目の前の少年に心当たりはない。

 こうなった原因を簡潔に説明することも面倒で、少女は適当に答えた。

 

「ふーん」

「そこら辺に落ちてる木の棒でもあれば拾えるから」

 

 私のことは気にしないで、と言おうとしたが、少年が次に起こした行動に驚いたため、結局その言葉は出てこなかった。

 少年は何の躊躇もなくドブ川に足を踏み入れたかと思ったら、川の流れを掻き分けてながら靴をめがけて進んでいく。

 

「ちょ、ちょっと!汚いよ!」

「べつに、へーきだよ」

 

 少年はひょいと靴を拾い上げると、今度は川の流れに逆らいながら戻ってくる。

 

「ん」

 

 少年は少女の前に靴を差し出す。時間にすれば、僅か10秒程の出来事だっただろう。

 

「…………」

「……?あ、そっか。ついてこいよ」

 

 少女が目の前で起きた出来事を消化できずに固まっていると、少年は靴が汚いままなので受け取れないのだと勘違いし、そのまま学校に向かって歩いていく。

 靴は少年が持ったままなので、少女も慌てて後を追う。心臓がなぜかドクンドクンと音を立てている。初めての感覚に、何の言葉も出てこない。 

 

「ちょっと待ってな」

「う、うん」

 

 少年は水飲み場まで来ると、自らが濡れるのもお構いなしに勢いよく蛇口を捻り、荒々しい水流で靴の汚れを洗い流し始めた。

 弾ける水が夕焼けに反射して、キラキラと光を散らしている。

 

「…………」

 

 その光景は、なぜか少女の心を打った。

 

「こんなもんか、なっ」

 

 少年はあらかたの汚れを流し終え、靴をぐるぐると回して水を切る。

 

「ほら、まだ濡れてるから履けはしないだろうけど」

「……あ、ありがとう」

「べつにいーよ。じゃあな」

「あ……ちょっと待って!」

「あァ?なに?」

「えっと、その……」

「なんだよ」

「どうして私の靴、自分が汚れてまで取ってくれたの?私たち、お話したことないよね?」

「俺ァ今日初めてこの学校きたから、話したことはないな」

「じゃあ、どうして?」

「別に……どうしても何もねーよ」

「教えて。知りたいの」

 

 見ず知らずの相手のために、自身が汚れることを厭わない彼の行動。

 なぜかは分からないが、少女はどうしても少年が自分を助けた理由が知りたかった。

 

「綺麗だったから」

「え?」

「お前が、綺麗だったから。綺麗なもんがドブん中入って、汚れるのがなんかイヤだったんだよ」

「でも、キミが代わりに汚れちゃったよ?」

「俺はもともと汚れてるから。綺麗なもんが汚れるとなんかイヤだけど、汚れたモンがもっと汚れても、誰も気にしねーだろ」

「キミは、汚れてなんか……」

 

 言いかけて、しかしよく見れば、少年はドブ川に入ったことを除いても、元々身なりは良くなかった。

 襟元の伸びたヨレヨレのTシャツ。ズボンはところどころ破れており、裾はボロボロだった。

 言い淀んだ少女の視線は、肯定の意を示す形で少年に伝わった。

 

「な?」

「あっ、ご、ゴメン!」

「……クク、ごめんって……普通は、汚れてなんかないよ、とか、そんなことないよ、って言うもんじゃねーの?」

 

 とっさに謝ったことでかえって少年の言葉を強く肯定しまい、少女は意図せず自分を助けた相手を侮辱したことに気付いて、改めて謝罪する。

 

「ち、違くて!……あの、ホントにごめんなさい。そんなつもりはなかったの」

「いーよ。ジジツだし」

 

 少年は拗ねているわけでも、不貞腐れているわけでもなく、ただ本当に事実であると受け入れているように笑った。

 

「あの、もうひとつ聞いていい?」

「なんだよ」

「さっき私のこと綺麗って言ってたけど……私のどこを見て、そう思ったの?」

「め」

「め?」

「目ん玉だよ。お前のその緑色の目ん玉。そんな色の目ん玉、見たことねェ」

 

 瞳を褒められることは初めてではない。初めてではないのに、特別な言葉を贈られたような、そんな不思議な感覚がした。

 

「ママがロシア人で、パパが日本人なの。私はそのハーフなんだ。だからたぶん、ママの方の血が濃く出たのかな」

「ふーん」

 

 少年は『ロシア』のことが良く分からなかったので、少し素っ気ない返事をした。

 

「また、会える?」

「俺、明日からこの学校に通うことになったんだ。だから、運が良ければ会えるかもな」

「転校生だったんだ。……私の名前、レゼ。5年生。キミは?」

「……」

「ねえ、名前、教えてよ」

「……フロウシャって、呼ばれてる」

「フローシャ?キミ、外国人?」

「もういいだろ。またな」

「あ、ちょっと!」

 

 フロウシャと名乗った少年は、ピチャピチャと濡れた靴を鳴らしながら走って行ってしまった。

 少女——レゼは、その場に立ち尽くし、その背中をしばらく見つめていた。

 

 

 

 

 

 レゼは裕福な家庭に生まれた一人娘だった。

 両親はスマートフォン向けのアプリ開発を行う会社を経営していた。母が学生時代に起業、設立した会社だった。才媛であり起業家でもあった母はその才能を遺憾なく発揮し、会社を立ち上げてわずか数年で経営を軌道に乗せた。それに加え、とあるコミュニケーション系のアプリが大当たりしたことで巨額の資金を手に入れ、優良企業の仲間入りを果たした。ちょうどその頃に母親はレゼを身籠り、子育てしやすいようにと有り余る資金をもとに都内に庭付き一戸建ての家を購入。レゼが一歳になる頃には、経営者としても開発者としても能力の高かった母が金を稼ぎ、父が主夫として家事を行う生活スタイルが確立していた。もっとも、母親は外出が必要な時以外は基本的に自宅勤務をしていたので、両親はいつも家にいる、というのがレゼにとっての日常だった。

 レゼの母はロシア人だった。

 ロシアに生まれながら寒いのが苦手という理由で気候が穏やかな日本に留学してきた際、留学先の大学で父親に出会って恋に落ちた。今度は父親と一緒にいたいという理由でそのまま日本の大学に編入。2人は母の大学卒業を機に結婚した。

 レゼの父は日本人で、良くも悪くも普通の男だった。

 特別見た目がいいわけでもなければ、母の仕事のサポートができるわけでもない。しかし、そんな父に対する母の愛情は、娘であるレゼが見ても異様なほど途轍もなく大きいものだった。もちろん夫婦の愛情は双方向に向き合っており、自他共に認める最高のパートナーであることにレゼの目にも間違いはなかったが、もし愛情が目に見えるものならば、母は父の3倍くらいの大きさだろうとレゼは思っていた。この両親を最も身近な例として見てきたため、お付き合いをして結婚するということはこういうことなんだと理解していた。

 レゼはというと、これはまた母親の血を濃く受け継いだ才女であった。定期考査では常に学年1位であり、全国規模の学力テストを受ければ上位2桁台の成績を修めていた。両親の育児方針から、小学校は地元の公立校に通い、中学からは公立でも私立でもレゼが決めて良いことになっていた。勉強は嫌いではなかった。知識が増えることで世界の法則を覗くような、そんな悪戯心が原動力になっていた。効率よく勉強するためには健全な肉体と十分な休息が必要であること、自身の能力をひけらかすようなことをすれば反感を買い何のメリットもないことを正しく理解しており、結果として『頭も良くて運動もできる。それでいて謙虚であり、いつもハキハキしている感じの良い子』が出来上がっていた。

 恋愛には、両親の影響で少しだけ興味があった。凄い母とそれを支える父、という構図ではあったが、母の方が父にベタ惚れしているのは明白だった。母は容姿も美しく、選び放題の相手の中から父……普通の男を選んだ理由が知りたかった。レゼは恋愛に関して、同級生と比べても特筆して大人びた考えを持っている訳ではなかった。かけっこが早い男子やドッジボールやサッカーで活躍する男子はそれなりにカッコよく見えたし、テストで高得点を取る男子はそれだけで好感が持てた。小学生ながらに、たまに告白されることもあった。安売りするわけではないが、相手によっては興味の一環として別に付き合ってみてもいいかなとも思っていた。しかし、これに関して、母からひとつだけルールを課されていた。

 

『お付き合いするなら、運命の相手だと思える人にしなさい』

 

 そういうルールだった。これだけは絶対に破ってはいけないと小さい頃から言われていた。

 今まで自分に告白してきた人間に、運命を感じたことはなかった。

 母は、この異国の地で父という運命の相手に出会ったのだ。レゼは、自分もそういう相手に出会ってみたいと思っていた。

 

 

 

 

 

 翌日、レゼの教室に昨日出会った『フローシャ』と名乗った少年が転校生としてやってきた。

 まるでドラマのような再会だ、とレゼは思った。

 目が合った瞬間、少年は少しだけイヤそうな顔をした。

 そんな反応をされたことがなかったレゼは、ますます少年に興味がわいた。

 

「また会えたね。運が良かったみたい」

「あァ……ま、よろしくな」

 

 朝の会が終わり、1時間目が始まる少し前。レゼは少年に話しかけた。

 先生の紹介から、少年は『デンジ』という名前だということが分かった。昨日名乗った『フローシャ』は何だったんだと問い詰めたら、前に通っていた小学校でのあだ名だったらしい。

 デンジは、昨日と同じTシャツとズボンを着ていた。髪の毛もボサボサで、靴下は履いていなかった。ランドセルは傷だらけで、かなり年季が入っていた。確認しなくとも『フローシャ』は『浮浪者』のことであり、少なくとも良い意味でつけられたあだ名ではないことはすぐに分かった。

 

「デンジ……デンジ君って呼んでいい?」

「好きにしろよ。あと、あんま話しかけんな」

「え、なんで?」

「別に、何でもだよ。ほら、みんな見てるし、もう授業始まんぞ」

 

 レゼが視線だけで周囲を確認すれば、明らかにみすぼらしい身なりのデンジに話しかける自分を、皆が不気味そうに眺めていた。

 なぜかは分からないが、周囲のその様子はレゼを気持ちよくさせた。

 この人は、誰かのために自分が汚れることができる人。

 そうやって遠巻きに眺めているだけでは、この人のことを理解することなんてできない。

 この教室でそれを知っているのが自分だけだと思うと、レゼは自身の心臓が跳ねる音を再び聞いた気がした。

 

 

 

 

 

/002

 

 

「デンジ君、宿題やってきた?え、やってないの?もう、私の見せてあげるから、写していいよ」

「次は音楽室に移動だよ。場所分かる?一緒に行こうよ」

「分度器持ってないの?私2個持ってるから、1個貸してあげるよ」

「私、牛乳ってちょっと苦手なんだよね。デンジ君、私の分、内緒で飲んでくれない?」

 

 レゼはことあるごとにデンジに話しかけた。

 最初のころはデンジの返事も「ああ」とか「おう」ばかりだったが、段々とそれ以外の会話も増えた。

 ただ、放課後に学校以外の場所で遊ぶことだけは絶対に了承してもらえなかった。レゼはデンジがどんな家に住んでいるのか、どんな生活を送っているのかが気になって仕方がなかった。それとなく担任の先生に聞いてみたが、さすがに個人情報だからと教えてはもらえなかった。いっそのこと尾行してしまおうかとも思ったが、その一線を越えるとデンジとの関係に決定的なヒビが入る気がして、なんとか耐えていた。

 しかし、レゼが知りたがっていたデンジの境遇、家庭環境については、ある日の給食の時間にクラスの男子が暴露することで公となった。

 

「おいホームレス」

「あァ?んだよおめェ」

 

 ホームレスというのは、デンジが転校してきてからしばらくして、クラスの男子が面白がってつけたデンジのあだ名であった。

 言いだした男子をクラスの中心人物であったレゼが制裁し、表だってそれを言う人間はいなくなったはずだが、今でも陰ではそう呼ばれていた。

 

「オマエ、両親いなくて施設に住んでんだってな。だからいつも同じ服着てんだろ。汚ねえし、くせーんだよ!オマエがいると給食がマズくなっちまう!」

「え、なんで、知って」

「俺の母ちゃんがそういう施設を巡回する仕事やっててさ、オマエのこと聞いたぜ。母親は死んで、父親はお前のこと捨てたって。お前のこと、可哀そうな子供だってよ」

「……テメーには、かんけーねーだろ」

「おまえ、虐待されてたんだろ。今も施設暮らしなら給食費も払ってねーんじゃね?そんな奴が給食食っていいのかよ!」

 

 ぎゃははとその男子が笑うと、何人かの男子も同調して笑い声をあげる。

 男子の大声は教室中に響き渡り、レゼの耳にも届いていた。

 担任は所用で不在にしていた。止めるべき大人がこの場にいなかった。

 レゼは自分が止めなければいけないと思った。デンジを守らなければいけないと思った。

 しかし、初めて知った彼の境遇。もしかしてと予想はしていたが、デンジの反応を見ると男子の言っていることは事実であるようだった。

 教室内はデンジを笑うものと、遠巻きにそれを眺めるだけの者で異様な雰囲気に包まれている。

 どうやって収めるのがデンジにとって一番良いのか、この時のレゼはすぐに判断ができなかった。

 

「……ッ」

 

 唇を噛んで俯いていたデンジが、一瞬だけ顔を上げてレゼを見た。縋るように贈られたデンジからのSOSの視線が、レゼの翠緑の瞳に確かに届いた。

 レゼはカッと頭の中が沸騰したような感覚を覚えた。

 怒り。そう、これは怒りだ。

 

 私の大切な人が、他者に貶されている。奪われようとしている。笑い者にされようとしている。

 許せない、許せない、許せない。

 それは、私だけが触れていいものだ!

 

 レゼは相変わらず馬鹿みたいに笑い続けている男子に近づき「ねえ」と声をかけ、振り向いた瞬間、その顔面を思い切り殴りつけた。

 初めて人を殴った。人を、というか、殴るという行為自体が人生で初めての経験だった。何かを殴ると、殴った自分の手も痛いのだということを初めて知った。

 男子は間抜けな声をあげて、机を巻き込み、食べかけの給食を撒き散らしながら後方へ倒れこんだ。数秒もすると、両の鼻の穴からボタボタと血があふれ出す。

 

「笑ってるってことは、面白かったってことだよね?何が面白かったのかな。私にも教えてよ」

 

 レゼは倒れた男子の顔面を、さらに足で踏みつけた。クラスにいる何人かの女子が悲鳴をあげ、先生を呼んできてと誰かが叫んでいる。

 

「お母さんやお父さんがいることも、帰る家があるのも、ご飯が食べられるのも、服を買ってもらえるのも。何一つ、アンタが自分で勝ち取ったもんじゃないでしょ。たまたま運が良かったからアンタにはお母さんとお父さんがいて、たまたま運が良かったからその人たちは働いててお金に困ってないだけ。そもそも給食って今は無償化になったからアンタの家だってお金払ってないよ。そんなことも知らないの?」

 

 レゼは男子に馬乗りになり、顔面を何度も殴りつけた。一度言葉が、行動が溢れ出てしまったレゼは、もう自分を止められない。

 

「オマエが、オマエなんかがっ!わたしの、大切な人にっ!宝物にっ!さわるな!二度と!近づくな!」

 

 ひときわ大きく振り上げた拳を振り下ろそうとしたその時。誰ががレゼに向かって飛び出してきて、その腕を掴んだ。

 

「レゼ!」

「え……あ、デンジ、くん」

「もういい、もういいよ。レゼん手、血が出てるよ」

「あ……」

 

 デンジはレゼの手を優しく包む。

 男子の歯でも当たったのか、初めて人を殴ったレゼの手は傷つき、小指に至っては変な方向に曲がっていた。

 

「……お前、勉強できんのに、馬鹿じゃねーの」

「ば、馬鹿って……」

「バカはバカだよ。言ったろ。俺はいいんだよ。もう汚いから、どんだけ汚れても、もういいんだ。でも、お前は違うじゃん。手も、こんなに綺麗だったのに」

 

 デンジはレゼの右手と左手を優しく持ち上げた。

 何度も人を殴りつけてボロボロになった右手。

 爪の先まで手入れの行き届いたきれいな左手。

 同じ人間の手とは思えない。

 

「……う、うぅぅ」

「手、い、痛いのか?」

 

 気付けば、レゼは涙を流していた。

 徐々に冷静になってきたことで麻痺していた手の痛みを感じ始めたからでも、初めて人を殴り傷付けてしまったことに恐怖したからでもなかった。

 

「は、初めて……デンジ君が、私の名前を呼んでくれて……私に触ってくれたから……嬉しくて……」

「……ハァ?そんなことで泣いてんの?」

 

 廊下から慌ただしい足音が大きく響いてくる。生徒に呼ばれた担任の先生だろう。

 レゼが視線を下ろせば、自分がボコボコにした生徒は白目を剥いて、鼻から口からそこそこの量の出血をしている。見間違いでなければ、たぶん歯も折れていた。

 これから始まるであろう事情聴取を思うと気が滅入る。しかし同時に、自分のなかの大切な何かを守り抜けたと、内心で誇らしくも思うのであった。

 

 

 

 

 

 結論から言えば、事態はレゼが想定していたより大事にはならなかった。

 男子は鼻骨骨折に歯牙骨折、顔面は青タンだらけと重傷だった。当初、事情説明のために関係者全員が集められた校長室に乗り込んできた男子の母親は、我が子の様変わりした顔面を見て怒り狂っていたが『男子の母親は自身が福祉に関する職務から知り得た個人情報を家族に漏洩させ、その情報が本人及び多数の第三者に知れ渡る結果となった。男子の行為は極めて悪意に満ちており、いじめ問題にも発展しかねない。担任不在であり未成年者である生徒しかいなかったが、その大多数が男子の言動を認めている』という事の経緯を聞くと、借りてきた猫のように大人しくなり、顔面を真っ青にした。

 男子の母親は、区役所の福祉課に勤務するパート職員だった。パートとはいえ、当然のことながら守秘義務はある。ましてや今回は虐待などのセンシティブな内容であり『職員という立場で知りえた情報を使って、その息子がいじめ行為を働いていた』などマスコミの恰好の餌食であり、全国ニュースにすらなりえる事態だ。

 それらの状況に、レゼが普段から品行方正で学業優秀な模範生であったことを加味すると、男子はいじめ加害者、レゼは正義のヒーロー、という構図が成立してしまっている。事実、大多数のクラスメイトがレゼを罰することに反対の意を示していた。

 レゼの行為も明らかに過剰な対応だったが、男子の母親は『治療費を請求すること』『後遺症が残った場合は改めて話し合いの場を設けること』のみを条件にその場で和解が成立した。

 

 

 

 

 

「パパ、ママ……迷惑かけて、ごめんなさい」

 

 右手を怪我しているので、結局この日はレゼも学校を早退して病院に行くことになった。今はレゼの父親が車を運転し、母は後部座席でレゼと並んで座っている。

 両親は学校から連絡を受けてからすぐに駆けつけてくれた。

 事情を聞いた後、『暴力を振るったこと』に関してはその場でレゼを厳しく叱責し、男子とその母親に深く陳謝していたが、和解交渉に進んだ際は『正義は我にあり』とばかりに相手方を言葉でボコボコにしていた。

 

「まあ確かにやりすぎではあったけど、パパはレゼのしたことは間違ってないと思うよ。やりすぎではあったけど」

「ママもそう思うよ。手、痛いでしょう。小指、たぶん折れてるわよ」

「うん……痛くて泣きそう」

 

 校長室からそのまま病院へ向かったため、あの後デンジには会っていない。

 午後の授業はさぞ気まずいだろうに、当事者の内、唯一あの場に残してきてしまったデンジを思うと、申し訳ない気持ちになってくる。

 

「あの男子、たぶんレゼのことが好きだったのね」

「……え?そうかな」

「ママの予想だけど、たぶんあの男子のお母さんは、本当にデンジ君のことを心配して、気にかけてやってほしい、友達になってあげてほしいっていうつもりで、息子さんにデンジ君の家の事情を話したんだと思う。だけどその子はあなたがデンジ君のことばっかり構うから、元々それが気に入らなかったんじゃないかしら」

 

 レゼは既に、両親にデンジの存在を打ち明けていた。

 一度打ち明けると、気になる男の子がいるなどと可愛いことを言ってきた娘に構いたいレゼの母は毎日のようにデンジのことを聞いてきたので、両親も自然とデンジについて詳しくなってきていた。

 

「もし、そうだとしても……」

「そうね。だからと言って彼も、彼の母親がしたことも許されることではないわね」

「なんか、色々、難しいね」

「まだ小学校だっていうのに、人間関係が複雑ねぇ。貴女はこれからどんどん大人になっていくから、今よりもっと難しくなるわよ」

「えー、もっと単純に生きていきたいなぁ」

 

 しばらくすると、目的地である病院に到着した。

 医者曰く、母親の予想通りレゼの右手は小指の骨折と軽い手首の捻挫、細かい擦り傷があり、ギプスとテーピングで治療を受け、全治2か月と診断された。

 なんだかんだで病院を出ることには夜の6時を回っており、夕飯はスーパーに寄ってお弁当を買って帰ることになった。

 行き付けのスーパーに到着する。弁当は父親が買いに行くことになり、レゼはスプーンだけで食べられるようにカレーを頼んだ。

 窓越しに暗くなってきた空をぼうっと見ていると、母親から話しかけられた。

 

「ねえ、レゼ」

「なに?」

「単純に生きる方法を教えてあげようか?」

「え……知りたい!知りたい!」

「それはね、運命の人を見つけること」

「うんめいのひと」

「そう。運命の人を見つければ、その人が世界の中心になる。私にとってのパパみたいにね」

「せかいの、ちゅうしん」

「そうしたら、今度はその世界の中心を守るために生きるの。美味しいご飯を一緒に食べられるように、温かい布団で一緒に眠れるように。……ね?単純でしょ?」

「じゃあもし、その世界が誰かに壊されそうになったらどうする……?」

「そうね、まずはとても怒るでしょうね。怒りで頭がカッとなって、壊そうとする相手を殺しちゃうかも」

「怒り……」

 

 レゼは今日の昼を思い出す。あの時、デンジを害そうとする相手に対して覚えた感覚。 

 母の言う通りならば、その感覚を抱く原因となったデンジは、自分の運命の人なのかもしれない。

 

「……ママ、お願いがあるの」

「うん。言ってみて」

「帰る前に、学校に寄ってほしいの」

「うん。それは、どうして?」

「……どうしても、会いたい人がいるの」

「うん。その人と、お約束はしているの?」

「ううん。してない。でも……」

 

 レゼはいったん言葉を切り、俯いた。母の言う通り、約束なんてしていない。

 頭ではわかっている。当然、居るはずはない。ない、はずなのに。

  

「私のことを、待っている気がするの」

 

 レゼの心が、なぜかそう信じていた。

 

 

 

 

 

 レゼは両親に頼み込んで学校に寄ってもらった。

 時刻は夜の7時。季節は秋に差し掛かる頃であり、既に辺りは暗くなっている。

 公立の学校には守衛などおらず、校門も形式上の閂で閉じられているが、柵の隙間から手を伸ばせば外からでも外せる仕様になっていた。

 両親には車で待っていてもらい、学校にはレゼだけで入った。

 もしも、もしもだ。

 レゼの予感が当っていれば。

 運命とやらが本当にあるとするならば。

 彼はいるはず。私を待っているはず。

 約束なんてしていないけれど、たぶん、きっと。

 

 

 キィ……キィ……

 

 

 遊具の金具がこすれる音が響いていた。

 夜のグラウンド。その片隅にあるブランコに、1人の少年が座っている。

 少年は力なく俯き、漕いでいるというよりかは、ただ揺られているといった様子だった。

 その姿を見つけた時のレゼの歓喜は、もはや言葉では表現できないほどだった。

 

「デンジ君」

「……レゼ?え、ホントにレゼ?」

「うん。レゼだよ。ごめんね、おまたせ」

「え……え?なんで?約束なんてしてないのに」

「うん、そうだね。でも……なんでかな。デンジ君が、ここで待ってる気がして」

 

 待ち合わせなどしていなかったが、デンジはレゼを待っていた。

 待ち合わせなどしていなかったが、レゼはデンジに会いに来た。

 

「……おれのせいで、オマエを傷付けたと思って、謝りたくて……でも、家とか知らねーし……そんで、会えるわけねーのに、ここで待ってたんだ」

「……ちゃんと会えたね、私たち」

 

 あの時、ひどいケガを負ったのは明らかにデンジを揶揄いレゼに殴られた男子の方だったが、デンジは男子には目もくれずに傷ついたレゼの手だけを心配していた。

 今もそうだ。そしてその事実が、またレゼを嬉しくさせる。

 

「別に気にしなくていいのに。私が勝手にムカついて、勝手にぶん殴っただけだから」

「でも」

「ねえデンジ君。お腹空いてない?カレー好き?」

「あ、ああ。カレー、好き」

「分かった。ちょっと待っててね!」

 

 レゼは両親の待つ車に向かって走った。

 走ったことで折れている右手の小指がジンジンと痛むが、構うものかと駆けていく。

 

「ママ!パパ!ごめん、もうちょっとだけ!」

 

 レゼはそう言うと、スーパーで買ったカレーをがさっと手に持ち、ポカンとしている両親を残して再びデンジの元へ向かった。

 

「デンジ君、一緒にカレー食べよ」

「あ、ああ」

 

 上機嫌なレゼとは対照的に、デンジはこの状況が上手く掴めていないようだった。

 レゼはデンジを大きめの埋め込みタイヤに座らせると、自身もその隣に腰掛ける。

 

「あーん」

「いや、自分で食べれるし」

「あーん、して?」

「そもそも、おれ金持ってねェよ。カレー代払えねェ」

 

 ぶつくさと煮え切らないデンジの口に、レゼはカレーを乗せたスプーンを突っ込んだ。

 

「フゴッ」

「おいし?」

「……まあ、ふつう」

「よく考えたら、温めてないからあんまり美味しくないかも」

「べつに、そういうの慣れてるから……ふつうに美味いよ」

「良かった。……あ、スプーン一個しかないや。私も食べていい?」

「もともと俺ンじゃねェし。好きにしろよ」

「いえーい!間接キスだ」

「……お前がイヤじゃないなら、イイんじゃね?」

「おいしー!スーパーのカレー、デンジ君風味」

「変なこと言うな!」

「でもやっぱり、お家で作ったカレーが一番美味しいよ。今度、私が作ったカレーをごちそうするね」

「おまえ料理できんの?すげェ」

「したことないけど、たぶん作れると思う」

「ハハッ、なんだそりゃ」

 

 デンジが笑った。眩しくて、暖かくて、心がポカポカする顔だとレゼは思った。

 学校では常に周りに壁を作っているデンジ。レゼ以外に話しかける生徒はいない。

 そのデンジが自分には心を許し始めている。

 テストで全科目100点を取って学年1位になった時より、50メートル走で校内記録を更新した時より、今が1番嬉しい。

 運命の人が世界の中心になるという母の言葉。この気持ちがきっとそうだと思った。

 

 

 

 

 

 カレーを食べ終えた2人は、色々な話をした。

 この日は普段とは逆で、デンジが話し手となり、レゼが聞き手となった。

 今日の午後の授業は葬式みたいに静まり返っていたこと、相変わらず担任の先生の話がつまらなくて長いこと、実はデンジは勉強は苦手だが嫌いではないということ、昔ポチタという変わった顔の犬を拾って父親に内緒で飼っていたこと、寒い日はポチタを抱き締めて眠っていたこと、そしてある日ポチタは父親に見つかり捨てられてしまったこと。

 デンジは少しの沈黙の後、ボソリと呟いた。

 

「……俺の母親、俺のせいで死んだんだ」

「デンジ君のせいで?」

「元々心臓が弱かったみてェなんだけどさ、俺を産んですぐにもっと悪くなって、そのまま入院して、結局一回も退院しないで死んじまったってさ」

「……それ、デンジ君のせいじゃなくない?」

「俺もそう思うよ。別に俺が産んでくれって頼んだわけでもねーしな」

 

 顔には出さなかったが、デンジのその言い回しにレゼは強烈な不快感を覚えた。

 デンジがこの世に産まれず、存在しない世界を想像したからだ。

 

「けど、親父がそう言うんだ。酒飲むと、いつもそう言うんだよ。酔うと、母さんと出会ってから結婚して、俺が産まれるまでの思い出を俺に聞かせるんだ。そして最後は必ず『オマエを産んでいなければ、母さんはまだ生きていた』で終わる。怒鳴ったりはしねェ。テレビでニュースを読むアナウンサーみたいに『こういうことがありました』って事実だけ伝えるように言うんだよ。ずーっと言われてきたから、だんだん、ホントにそうなんだって思うようになっちまったんだ」

 

 デンジの話では、デンジが1歳になる頃に母親は死去。その後、父親は全てに対してやる気を失ってしまったそうだ。

 父親は暴力を振るったり怒鳴りつけたりといった類のことは一切しないが、デンジとのコミュニケーションや、生活するために必要な食事や洗濯等の家事もほとんどしなくなってしまったという。

 酒に溺れ、定職にも就けず、日雇いの仕事でその日暮らしの生活を続けていた。

 児童相談所や地域の民生委員に見つかる度に、父とデンジは転々と住む場所を変え、気付いたらデンジは10歳になっていた。

 聞けば聞くほど、この年までデンジが生き延びたこと自体が奇跡にすら思える話だった。

 

「嘘みたいな話だけど、俺、10歳になってから初めて学校通ってんだぜ。年齢としては小学5年生って言われたけど、一回も行ったことないから、ホントは1年生なんだ。笑えるだろ?」

「……そんな、全然笑えない」

「まあ、こんな話されても困るよな。この町に来てすぐ、夜にコンビニをうろついてたらあっさり警察に見つかってホゴされて、色んな人に会って今までの話をネホリハホリ聞かれて、気付いたら養護施設で似たような境遇の奴らと住むことになってた。フロウシャってのは、そこでの俺のあだ名。別にいじめられてるわけじゃないぜ。そこではみんな『フロウシャ』とか『キョゲンヘキ』みたいなあだ名で呼び合うんだ。職員に聞かれると怒られっから、隠れて呼んでんだけどな。普段は門限があんだけどよ、今日は『チョンマゲ』っていう養護施設のセンパイに頼んで、一緒に夜間外出してることになってる。いつも俺ンこと怒ってくるイヤ~なセンパイだけど、こういう時は助けてくれんだ」

 

 デンジは埋め込みタイヤから降り、空を見上げた。

 

「親父は今はどっかの病院に入院してるみてェ。テキトーな食事と酒の飲みすぎで、自分も体がボロボロだったんだとよ。俺に会いたいとかも特に言ってないみたいだし、捨てられたってのは間違いじゃねェんだ」

 

 空を見上げたまま、決して届かない月に向かって手を伸ばす。

 

「……まるで、この世界で、ひとりぼっちみてェだ」

 

 月明かりに照らされながら寂しそうにそう呟くデンジに、レゼは溢れる涙を止めることができなかった。

 デンジはレゼが泣いていることに気付くと、可笑しそうに笑った。

 

「泣き虫だな。今日も学校で泣いてた」

「うん……ごめん……」

「なんで、お前が泣くんだよ」

「私にも、分かんないよ。だけど、好きな人が辛い目に遭ってたって思うと、寂しい思いをしてたんだって思うと、悲しくて」

「好きな人って……」

「デンジ君のことだよ。私、デンジ君のこと、好きなんだ」

「デンジ君?デンジ君って……俺のことじゃん」

「バカ!キミ以外にいないでしょ!」

「えっと、その……ゴメン」

「え……そのゴメンって、私の事好きじゃないって意味のゴメン?」

「あ!い、いや違くて……えっと、たぶん、ありがとうの、ゴメン」

「ありがとうのゴメンって、なんじゃそりゃ」

「……ハハ、確かに、ゴメンは変だよな。じゃあ、ありがとう、だ。レゼみたいな綺麗な人にそう言ってもらえると、なんか俺まで綺麗になった気分だ」

 

 デンジの言う『綺麗な人』は『好き』とか『可愛い』という意味ではなく『自分とは違う真っ当な人間』という意味であることをレゼは理解していた。

 想定外とはいえ愛の告白してしまったデンジへの自分の気持ちも、正確には伝わってはいないことも分かっている。

 

「好きって、初めて言われたぜ。金はねェから何もプレゼントとかできねェけど、お礼に俺にできることがあったら言えよ」

「……じゃあ、責任とってよ。私を泣かせた責任。今じゃなくて、未来に」

「未来に、セキニン?」

「デンジ君、知ってる?私たちは10歳でまだ二人とも子供だけど、大きくなって大人になったら何でもできるんだよ」

「お、オウ」

「そうだな……うん、まずは計画を立てよう」

 

 レゼも埋め込みタイヤから降りて、デンジの隣に立った。

 二人は並び合い、向かい合い、顔を見合わせた。

 ずっと見つからなかった探し物が見つかった時のような、とっておきの悪戯を思いついた時のような、そんな顔でレゼは笑った。

 

「5年後、15歳になったら、私たちは恋人になろう。10年後、20歳になったら、私たちは一緒に暮らそう。15年後、25歳になったら……その時は、私たち、結婚しよ」

「恋人ンなって、一緒に暮らして……結婚ン!?」

「私、物事を計画的に進めるのが得意なの。だから、この計画も絶対に叶えてみせるね」

「え、え、えェ?」

「それに、2人でずっと一緒にいれば、ひとりぼっちじゃなくて、ふたりぼっちだよ。そしたら、もうきっと寂しくないよ」

「ふたりぼっち……」

「素敵でしょ?」

「……あぁ。それなら、寂しくねェかも。すげェな、小学校ってそんなことも教えてくれるんだ」

「アハハ!こんなこと、学校じゃ教えてくれないよ!」

 

 少し的外れなデンジの言葉に、今度は大口を開けてレゼは笑った。

 

「デンジ君、これから放課後は、私と一緒に勉強しよう。デンジ君の知らない事、できないこと、私が全部教えてあげる」

「……オウ。じゃあ、よろしく頼んます」

 

 レゼは運命の人に出会った。

 私の世界は、この人を中心に回り、進んでいく。

 二人の明るい未来を思い、レゼは花が咲いたような顔でデンジを見つめていた。

 

 

 

 

 

/003

 

 

 俺は、綺麗なものが好きだ。まるで自分も綺麗なものになったように錯覚できるから、ずっと見ていたいと思うんだ。

 綺麗な人が、俺を好きだって言ってくれた。

 嬉しい。嬉しい。嬉しい。

 綺麗な人が俺を好きってことは、俺も綺麗な人の仲間入りをしたように思える。

 普通の、いっぱしの、真っ当な人間になれたみたいに勘違いできる。

 でも、ふとした時に気付くんだ。

 やっぱり俺は、俺のまま。残飯を漁り、泥水を啜り、地べたを這いずるドブネズミ。

 汚れた俺がさらに汚れても、誰も気にしない。

 ただ、お前みたいな綺麗なやつが、ドブ川に生きる俺みたいな奴に触れられて、汚れていくのは嫌だった。

 

 

 俺にとって、お前は———レゼは。

 遥か遠くの山のてっぺんに咲く、背伸びしてもジャンプしても決して届くことのない、高嶺の花なんだ。

 

 

 

 

 

後篇へ続く




後篇を投稿したら、その後は「告解」の世界線の続きに戻ります。
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