中谷秀和の飯テロ生活   作:藍色 紺

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20 刺激の波状攻撃(麻婆豆腐)

 るんるん気分で昼飯に会社を出る。

 お盆休みの火曜日、朝から電話で起こされた。

 

「中谷さん、ご都合よかったら休み代わっていただけませんか? 下の子が急な発熱で」

 

 中堅おひとり様なので、こんなときは最初に声がかかる。

 たいていの場合快諾するようにしている。

 なぜかって?

 行列のできるお店に、行列なしで入れる!!

 世間様がお休みのときに働く意義って、そこしかない!!(俺主観)

 

 何にしよう?

 ちょっと豪勢に天ぷら定食?

 でもな、檜のカウンターで出される肉豆腐も捨てがたい。

 

 鰻重はどうだろう。

 何しろこの暑さの中、わざわざ出社しているのだ。鰻くらい食べてもバチはあたるまい。

 

 外で食べるときは素人では到底できないものを欲してしまう。

 が、何かが違う。

 俺が求めているのは、平日に行列ができる店に、楽して入ることである。

 

 こうなったら、一択だ。

 トリダブにしよう!

 ニンニク醤油で炒めた肉とスクランブルエッグ。

 無限飯なオカズの上、おひつから自分で好きなだけごはんをよそえる店だ。

 

 メニューは、ダブダブとトリプル、トリダブの呪文系。

 ダブダブは肉が倍で卵が倍、トリプルは肉が三倍で卵が一個、トリダブは肉が三倍ちょっとに卵が二倍。

 

 ちょっと何言ってるのかわからない。

 そんなときはダフダブにしよう。

 

 何しろ、ノーマルを頼んでいる奴を見たことがない。

 メニューにノーマルがあるのかもわからない。

 

 一度食べたら忘れられない。

 ガツンと胃を持っていかれる。

 

 中毒気味になるから、いつだって行列。

 サラリーマンが中心で、さくさく入れ替わるのに、行列。

 

 行列のできるお店に、行列なしで入る。

 何とも優雅だ。

 

 鼻歌交じりで、人気のないオフィス街を歩く。

 

 今日は照り付ける太陽も気にならない。

 行列なしで~、だぶだぶ♪ トリダブ♪

 大盛りのもりり~ん♪

 

 あとちょっと、そこの角を曲がれば――――。

 

 いやぁぁぁ! シャッターが下りてるぅぅ!

 しかも何あれ、張り紙ぃぃ!

 まさかの閉店!?

 シャッターにかけよる。

 

 『8/13~16お盆休み』

 あぁ、休みか、良かった。

 

 よくねぇぇぇぇ!!

 一人でシャッターの前で悶絶する。

 

 後ろから来た孤独なサラリーマンが、店の前でのたうつ俺を見て、露骨に回避する。

 

 あ゛ぁぁ!

 世間様がお休みのとき、飲食店もお休みだよぉ!

 どうして、そんな単純なこともわからなかったのか!

 

 きっと、前に営業してくれている店にあたっておいしい思いをしたことがあるのだ。

 それをいつまで~も覚えている己が恨めしい。

 

 ショックを引きずったまま、がらがらのコンビニで野菜ジュースを買う。

 社に戻っても、俺の勘違いを笑ってくれる同僚もいない。

 

 孤独だし、腹は減ったし、寂しいし、ハラヘッタ……。

 

 

 

 

 それが、昨日のこと。

 今日は麻婆豆腐を腹いっぱい食べます。

 そこは、ニンニク醤油肉じゃないのかって思うだろうけど、あれは、お店だけで食べられる特別なメニュー。

 あんな危険なうまさを家で再現しようものなら、家から一歩も出たくなくなってしまう。

 考えるだけでおそろしい。

 作って提供するお店の人って神!

 

 

 あ、麻婆豆腐の話だった。

 不要な調味料は買わないが、麻婆豆腐に使う調味料は常備してある。

 案ずるな、どれも近所のスーパーで入手可能だ。

 

 必要な調味料は、豆板醬(とうばんじゃん)山椒(さんしょう)甜麵醬(てんめんじゃん)、XO醤、オイスターソース、味噌、中華スープの素、醤油、酒、片栗粉。

 

 多い?

 多いよね。

 これを、冷蔵庫から出したり入れたりするのが、面倒だよね。

 

 うん、だからさ、俺は麻婆セットの豆板醬(とうばんじゃん)山椒(さんしょう)甜麵醬(てんめんじゃん)、XO醤、オイスターソースを、小さなプラ籠に入れてひとまとめにしている。

 麻婆を作るときは、これを冷蔵庫からがさっと一度に出して、使い終わったら、一度に片づける。

 

 うん?

 麻婆セットを作るのが面倒?

 俺がどれほどの頻度で麻婆豆腐を作っているのかお分かりいただけただろうか?

 

 豆腐をさいの目に切り、湯がく。

 ザルに上げておけば、余分な水分が抜ける。

 

 豆腐を湯がくので温まった鍋に、みじん切りしたニンニク、ショウガ、ネギを入れる。

 特にニンニク!

 ()()だから、好きなだけIN!

 低温でみじん切りーズの香りを油に移す。

 おっと、忘れるところだった。この段階で豆板醤も入れる。辛さを油に移したい。

 

 焦げ付かないように木しゃくしで混ぜ混ぜしつつ、調味料を用意する。

 甜面醤(テンメンジャン)にXO醤でしょ、オイスターソースに中華スープ。

 甜面醤(テンメンジャン)にXO醤はチューブタイプが酸化もしにくく、使いやすい。

 中華スープの素は、豚骨だったり鶏ガラだったり、気分で変えている。

 

 味噌と醤油を入れてしまうのはなぜだろうか?

 入れると入れないでは、入れた方が断然にうまい。

 俺の中の和の心が、二つを欲してしまうのだ。

 ほら、ダブダブも醤油味だしね。

 

 それら調味料を、酒でねりねりしておく。

 この酒が、また気分によって違う。

 

 本日は、日本酒。

 たまに紹興酒にする。香りが断然あがるからおすすめだが、紹興酒は使いまわしの問題がある。

 一般家庭で紹興酒の需要はどれほどあるだろう。

 俺基準で心苦しいが、あまり使わない。

 150mlくらいの小分けがあったら、絶対に買う。

 基本的に普段使わない調味料は買わなのは、余らせた挙句、捨てるのが嫌だから。

 腐らなくても基本は同じ。

 だもんで、「よーし! 買っちゃうゾ☆」と買うときもある。

 買ったら買ったで、使い終わっていることをご報告します。(麻婆セットがあることをご参照ください)

 

 みじん切りーズの香りが出た鍋に、豚肉を投入!

 まだ薄いピンクが残っている状態で、練りあわした調味液を一気に入れる。

 

 ジュー ジクジク

 

 香味野菜と豆板醤、それに肉が焼ける甘い匂いに調味液が混ざって焦げる匂いが充満する。

 早くも脳汁が出る。

 腹が減って仕方ない。

 

 だんだん肉に火が通ると、油が出てくる。

 一度ひき肉が調味料と混ざって色が濁るのに、にじみ出る油が透明になっていく、この過程が好きだ。

 

 油は、豆板醤色に赤く染まり透明。

 まるでラー油のよう。

 ウマイに違いない。

 

 水を加えて、フツフツと湧いたら、湯切りした豆腐を優しく投入。

 ここへ山椒をふる。

 少量の水で濃い目にといた水溶き片栗粉をイン!

 トロミがついたら、仕上がりである!

 

 

 丼へご飯を盛り、上からフツフツを沸いている麻婆豆腐をかける。

 最近、丼の出番が多い。もはやこれは、俺の茶碗。

 いくら筋トレをしても成果が出ないのは……。

 胃が大きくなっている感もある……。

 

 いくばくか心配しながら、本日もSNSへ投稿する。

 眼鏡ばかりかスマホのカメラも曇る。

 

 熱いのをハフハフと頬張る。

 ひき肉のジューシーさに、スパイスの香り。後から豆板醬の辛さが舌の奥を焼き、山椒のピリリとしたのが鼻に抜ける。

 

 正直、あれらの香辛料全てが必要かどうかはわからないが、この複雑な味がいい。

 満足感が高く、さらに腹持ちもよい。

 軽く二食分はあるので、明日の昼にも食べられるところもよい。

 しかも飽きない。

 山椒を花椒(ホアジャオ)にするもよし。

 

 皆様、よきお盆休みをお過ごしください。

 オフィス街の飲食店は、たぶん休みです。

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