中谷秀和の飯テロ生活   作:藍色 紺

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31 水いらず(鶏鍋)

「お疲れぇ!」

 

 カチンと安物のグラスが鳴る。

 どでかい土鍋に鶏鍋が音を立てて煮えている前で、本日の一杯目に口をつける。

 

 ゴキュっゴキュっ! プハッ!

 

「くぅ~、効く」

「この味、香り!」

 

 間髪入れずビールの缶に手が伸びてきた。

 

「よなよなエール、パンチありますね」

「これぞIPAって感じ」

 

 空き缶となったオレンジ色に輝く缶が、隣の奴に奪われる。

 

「何々? おや、この香りは? っかー! えぇとこで切りよるわ。できる会社はPOPもえらい違うな」

 

 仕事の愚痴が始まりそうな奴に、どんぶりを渡す。愚痴が吐き出される代わりに、熱々の鶏鍋が入っていく、と、――。

 

「うまっ」

 

 どんぶりの半分ほどを一気に食い、熱かったのかビールに手が伸びる。またも喉を鳴らした。

 

 ぷはっ

 

 再び、どんぶりをかきこむのを見て、やっと俺も鶏鍋を食べ始める。

 

 

 

 

 今日は、土曜日。

 本来なら、俺たちの会社は休みのはずだが、十一月の土曜は毎年、全社員をあげての創立記念式典がある。

 外部の人を招いて、盛大に行われるそれに、俺の部署は全力で挑むことになる。

 各部署へコメントを依頼する打診から始まり、どの順番で発表すればご機嫌を損なわないのかの話し合いに、お伺い、音響に座席に、お土産の品。

 無論、昨年とかぶってはならない。

 毎年同じ人が担当しているのに、かぶってはならないのは苦行といえる。

 

 そんなこんなで、俺たちは普段の休日出勤よりもはるかに疲労感にどっぷりとつかっているわけだ。

 

「最近寒くなってきましたね」

 

「秋はどこに行った?」

 

「いきなり寒うなるんつらいわ。特に朝はかなわへんわ」

 

 同じ部署の、実動隊がパイプ椅子を運びながら、皆がくっちゃべる。こうでもしないとやっていられない。部署にはもっと人数がいるはずなのに、地味でしんどい仕事になると、同じ顔ぶれしか残らない。要領がいいやつというのは、目立つおいしいところだけを頑張れるのだ。俺は陰ひなたなく働き、功績は目立たずに疲れだけが残るタイプ。

 

「私、家が遠いじゃないですか」

 

 会話に加わったのは、会社で一番遠くから来ている女性だ。

 

「朝、家を出たらまだ日の出前なんですよね」

 

 誰ともなしに、残念な同意の声が出た。

 

「それで、帰りも、まぁ、お日様出てることってないんですよ」

 

「つらいやつだ」

 

「ほんと、冬になると、ちょっと鬱気味になるっていうか」

 

「そこに土曜出勤なわけね」

 

 重苦しい雰囲気になって、息を吸い込んだ。

 

「秋? あぁ、あいつなら、ここ数年見てないな」

 

「秋ってええやつやったよな」

 

 関西出身の奴が、破顔して続いてくれる。

 よし、とどめ、さそうか。

 

「今日、鶏鍋にしなーい?」

 

「いいっすね!」

 

「中谷さん家で!?」

 

「ならビール買おうよ!」

 

「いやいや、そこは日本酒でしょ!」

 

「ほな、各自おすすめの酒を持ち寄りにしたらええんちゃう?」

 

「鶏鍋に合わせるあなたのおすすめ、お待ちしてます」

 

 歓声が沸いた。

 無事にとどめはさせたようである。

 交流は広い方ではないが、実働隊のみんなとなら、まぁ労苦だけでなく、うまいもんも分かち合ってもいいかなと思うのだ。

 

 

 

 

「それで、中谷さんの鶏鍋ってどんなやつなの?」

 

 台所で、わいのわいのと大根やら白菜を切りながら質問が飛んできた。

 

「鶏肉と、鶏団子が入る」

 

「団子!?」

 

「まぁ、見てなよ」

 

 鶏ひき肉に、しょうが、片栗粉、刻んだネギ、日本酒のおいしいのん、醤油、そして、水を大匙二杯ほど入れて練るだけ。

 

「水?」

 

「そー、水。あとは煮込むだけ」

 

 ぐつぐつ煮えている鍋に、スプーンでぼちゃぼちゃ入れるだけだ。

 

 居室に移動して、土鍋の蓋を開ける。

 眼鏡が曇る。

 

「あ、コラ。鶏団子取りすぎだろ」

 

「えぇねん、えぇねん。まだあるやん」

 

 鶏団子の争奪戦が始まって、慌てて食べてない人が口にする。

 

「えっ、肉汁じゅわっで、ふわふわ~」

 

 ニヤッと一人で笑う。

 秘訣は水と片栗粉だ。

 いつだったか、どうやったら鶏団子を好みに仕上げられるか試したことがある。卵にパン粉、豆腐にチーズと、いろんなもんを混ぜてみた結果、俺にとってのベストは水と片栗粉であるとわかったわけだ。

 仕事で役に立たないけれど、己を幸せにする方法を知っている。

 

「次は、私のペアリング! じゃーん!」

 

 出てきたのは、さわやかな夜空にトナカイの缶デザイン。

 

「懐かし! 銀河高原ビールやん」

 

「あぁ、これこれ、このまろやかさ、革新的だったよね」

 

「鶏鍋の出汁の味が引き立つわ」

 

「なるほど、これがペアリング!?」

 

 わぁわぁ言いながら、一つの鍋から取り合い、酒を酌み交わす。

 

「じゃあ、俺からはこいつを」

 

 冷蔵庫から出してきたのは、日本酒の瓶。

 

「生酒!」

 

「じゅんまぁい!」

 

「たれ口って何?」

 

 いい感じに酔ったメンツに講釈を垂れる俺ではない。

 小さめのコップに、先週買ったばかりのとっておきを注ぐ。

 

 口をつけるなり、皆が「かーっ」と言うのを見るのが好きである。

 ましてや、日本酒は、今頃出るのが新酒の一番乗り。

 

 熱々の鶏鍋に、冷えたビールに日本酒。

 いいでしょう?

 

 一人で好きなもんを食べるのもいいけど、人が増えると思いがけないうまいものに出会えることもある。

 たまにはそんなのもいいよね。

 

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