中谷秀和の飯テロ生活   作:藍色 紺

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33 罪を贖う(パネトーネ)

 シュトーレンが作りたい。

 

 クリスマスを前に、毎年感じる願望である。

 洋酒漬けフルーツとナッツをたっぷり入れたイースト生地を焼いて、バターの海で泳がせる。最後に粉砂糖をたっぷりと!!

 

 何でも作る俺だが、どうしてもシュトーレンだけは躊躇してしまう。

 

「こんなカロリー爆弾、作っちまっていいのか?」

 

 年末といえば、忘年会で意に反する飲食が増える。その上に、せっかく年末なんだからと食べる物も多い。そこにシュトーレンである。

 家族や友達と食べるならいいだろう。

 だが、俺は一人。

 一本焼いたら、それをちびちび全部食べることになる。

 

 それはまずい。

 ちびっこいのを買って誤魔化したこともある。

 

「うま~い。作りたい」

 

 作るとしたら……。

 レーズンに、オレンジピールは、九月頃から酒に漬けたい。それに、紅玉は秋に作ったコンポートを入れる。干しいちじくはねっちりプチプチした食感の上に、上品な酸味が出るからマスト。追加するのは、スライスアーモンドかくるみか。両方入れたっていい。アーモンドプードル(アーモンドの粉)が入っているが、スライスは噛んだときの風味が違う。

 洋酒もラム酒かブランデーか悩ましいところだし、バターはカルピスバターを奮発してもいいのでは?

 

 妄想がはかどる。

 ちびシュトーレンを食べて、さらに一本追加で作るわけにいくまい!

 だもんで、買うわけにはいかぬ。

 

 食べるなら、作らねば!!

 

「作りたい……。でも、カロリーが……」

 

「年に一回のチャンスなのに逃しちゃっていいのぉ?」

 

「年末だからこそ引き締めろ!」

 

「シュトレーンって、ちびちび食べるもんなんだから、いいじゃない」

 

「うまいもんをちびちび食べられる自信がねぇ」

 

 SNSには、日々シュトレーンのポストが流れてくる。

 おかしい、皆こんなにシュトレーンが好きだったか?

 俺がいいねを押しているせいか?

 

 どうにか堪えて、スーパーにいけば、おやつコーナーでシュトレーン、パンコーナーでシュトレーン、催事コーナーでシュトレーン。

 

「ぐぬぬ……」

 

 とうとうあきらめて、レシピを検討してしまう。

 普段食べたいもんは作っているというのに、シュトレーンに二の足踏むのはなぜだろう?

 

 その一、山とかかっている粉砂糖が気になる。

 血糖値スパイクと戦うのは、いつか負けるに違いない。

 

 その二、バターの海が怖い。

 バターに砂糖、うまくないわけがない。ちょっと入っているとか、それで焼いたとかではない。バターが染みこんでいる。これは、バターのカロリーがまんま体内に入ることを意味している。

 血糖値スパイクに、バターの血管詰まらせと揃えば、怖くて仕方ない。

 

「なら、粉砂糖とバター染みをなくしてはどうだろう?」

 

 それができるのが手作りのよいところである。

 

 残暑のひどいときから漬け込んだレーズンにオレンジピールは、ふっくらつやつや。

 紅玉のコンポートもまだ在庫がある。

 ドライいちじくをつまみながら、ブリオッシュ生地に練り込んでいく。

 

 ブリオッシュ生地ってとこがミソね。

 普通のパンならバター染み染みにせねばならないし、バターケーキもバターが多い。ブリオッシュ生地ならバターを入れすぎないですむ。

 ほぼパネトーネだが、パネトーネよりももっとふんだんにフルーツを入れているところが、シュトレーンに近い。

 

「パンがなければケーキを食べればってわけにいかぬのよ」

 

 うまいこと言った感に浸りながら、焼けるのを待つ。

 

 我が相棒の優秀なオーブンレンジだが、ついこの間、壊れてしまった。優勝セールで、新しいオーブンレンジが来たところ。

 新しいバディとの初仕事である。

 

 

 オーブンレンジを開ける。

 眼鏡が曇る。

 バター多めのパン生地が焼けた香りが充満した部屋に、洋酒の香りが混ざる。

 

 一週間少しずつ食べる予定のパン生地を、真ン中から両手で引き裂くと、湯気が立ち上がった。

 その様子を動画でSNSに投稿する。

 映えのために、真ん中で裂くのはやむをえぬ。

 なに、シュトーレンみたいにちびちび食べて、真ん中で合体すれば乾かないはずだ。

 

「シュトレーン?」

「それもいいけど、パネトーネにしてみた。イタリアのクリスマス伝統菓子」

「へぇ!」

 

 やりとりを想像してにやついてしまう。

 

「フルーツたっぷりで贅沢!」

「まぁ、年末だからね。独身彼女なし三十路男がこんなもん作って食べてるなんて気持ち悪いだろうけど、俺としては満足」

 

 ふふふ。

 日が落ちた部屋で、パネトーネを頬張りながら、眼鏡が光る。

 

 俺が求めていた十二月ってこれよ。

 それにしても、なかなかいい出来だ。

 

 粉砂糖なし、バターは半分以下。

 いいじゃないか。

 来年からは、シュトレーンに悩まずに済む。

 

「うまさと健康の両立、それは自炊にある」

 

 格言めいたことを言いながら、一週間食べるつもりの、最後の一切れに手を伸ばした。

 

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