中谷秀和の飯テロ生活   作:藍色 紺

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36 歳末の候、益々ご馳走にて(ステーキ)

 お歳暮を目の前にして、しばし佇む。

 社会人になって長いが、お歳暮もお中元も贈ったことがないし、頂いたこともない。礼儀知らずと言われても仕方がないが、中年に入った俺でさえこうなのだから、世の中のお歳暮お中元率は減ってきているのではないだろうか。

 

 ことの発端は、クリスマス二日前のことだ。

 一人暮らしのアパートに実家からお歳暮が届いた。

 

 お歳暮とは「日頃お世話になっている人に感謝の気持ちを込めて贈るもの」ではないだろうか。

 そこから俺のもやもやが始まっている。

 

「あんた、ちゃんと会社の上司にお歳暮してるでしょうね?」

 

 母からの無言の圧を感じる。これで電話でもしようものなら、お歳暮ってないことを白状して十分コース×十年ほどのお説教が待っているはずだ。

 

 ここはいっそのこと、お歳暮ってることにしてはどうだろう。

 そうすれば、説教は回避できる。

 

 脳内シミュレーションが始まる。

 

「あぁ、お歳暮? ちゃんと贈ったよ」

 

「誰に何を贈ったの?」

 

「えっと……」

 

 ここらで嘘がばれるに違いない。

 

「あぁ~、面倒くせ」

 

 どうでもよくなり、とりあえずもらったもんを見ることにする。新しい戦略が浮かぶやもしれぬ。

 

 雑にパッケージを破ると、中から出てきたのは飛騨牛ステーキ二枚を冷蔵したものだった。さすがお歳暮の品、細かい霜降りは見事。赤身が多いのは俺好みだ。

 親からこんな高級なものを贈られるのも初めてだ。

 

 何かあったのだろうか?

 年に一度しか会わないおふくろさんを思い出す。親父を早くに亡くしてるから、おふくろの一人暮らしは長い。免許を返納して欲しい気持ちと、足のない田舎でどう暮らすのかをぼんやり考えるくらいだったが、もしかしたら、――、……。

 

 病気だろうか、俺にステーキを食わせたいと思うような。

 もし、怪我なら?

 俺が田舎に帰るのか、それとも、都会に呼び寄せるのか。

 

 気が付いたら、おふくろへ電話をしていた。

 

「届いた?」

 

「あぁ、いい肉をありがとう」

 

 あっけらかんとした口調に、安堵しつつ、お歳暮ってるかどうかの話題にならぬように気を付ける。

 

「あんたのことだから、自分で焼けるでしょ? こっち帰って来ても、絵里(えり)の旦那さんに気を使って食べないんだから、そっちで美味しいお肉でも食べなさい」

 

 さすがおふくろ様。

 

 絵里は、妹だ。

 絵里が結婚してから、年末年始に実家に帰ると、旦那と会うハメになる。妹が幸せそうなのは大変結構だが、俺にとって妹の旦那というのは、はっきり言えば他人である。それも縁が切れず、ほどよい距離を保たねばならぬやつ。

 三年前まで実家に帰れば、俺と絵里の好物ばかり作っていたおふくろだが、そこに絵里の旦那が加われば、勢力図は変わる。

 絵里と俺の両方が好きなきんぴらごぼうは、やや多めに食っても文句一つ聞き逃せばよいだけだったが、今はそうではない。

 一人前しか食べず、コタツで居眠りしていた俺が、リビングに居つかなくなった。

 帰省に理由があるとすれば、うまいもんを遠慮なく食べることだったが、今となっては、俺にできる親孝行の一つだけになっている。

 それを俺がどう感じているのか、おふくろだからわかるのだろう。

 

 俺が食いしん坊なのは、おふくろがソレだからである。

 おふくろは、俺が美味いものを食っていれば幸せなのを熟知している。

 

「二枚入りだから、美味しい肉があるって誘ってみたらどうかと思って! 誰か連れ込むめそうな人はいないの? あんたもいい歳なんだから、絵里を見習って――」

 

 ……。無言で通話を切った。

 余計なお世話だ。

 

 ステーキは俺の好物である。

 焼けばいいというシンプルさ。

 焼くだけなのに、火加減によって味わいが変わる奥深いところも好きだ。

 

 一枚二百グラム、二枚で四百グラム。

 無論二枚一度に頂く。二百グラムでは肉を食ったとは言えぬ。

 

 そんなわけで、今日のお昼はステーキ丼だった。

 満足し、夕飯は深夜となったわけだ。

 

 クリスマスイブと当日には、出社の仕事を入れてある。幼い子供がいる家庭持ちや、若い連中はこの日を休みたがるが、俺はそうではない。

 その代休として、平日に休みを取れた。そして、ステーキなぞ食べたのだ。

 

 

 オンラインゲームで、年末年始に仲間内でするミッションスケジュール打ち合わせが終わり、本日もロビー前階段で佇む。

 吹き出しに出る絵文字には「素敵ステーキ」と出した。

 

 台所に立ち、フライパンを火にかける。

 昼間に食べなかった牛の脂身と、牛脂をそこに投入すると、しばらくして透明になり、フライパンの中央に向かって、溶けた牛脂が集まる。

 

 オーブンレンジに、昼の残り飯を入れて温める。

 その間に、ニンニクとネギを刻み、フライパンへ。

 弱火にして、ニンニクの香りを脂に移す。

 

 オーブンレンジで温まったごはんを、投入したら強火にする。

 焦げ付かぬように気を付けながら、ごはんをほぐしながら炒める。

 今宵は、ステーキ用牛の脂身で作るチャーハンだ。

 

 ほぐれれば、塩コショウをして、さらに炒める。

 溶き卵を用意して、全体的に絡めて、さらに炒める。

 昼間に残しておいた、醬油と赤ワインベースのステーキソースを、フライパンの縁から投入。

 じゅわわぁっ!

 煙が立ち、部屋の中が、ステーキ臭で満ちる。

 混ぜて、味がいきわたれば完成だ!

 

 大きな皿に移して、麦茶片手にモニターの前へ座る。

 スマホでパシャり、ゲームのSNSと、もう一つに投稿。

 大きな木のスプーンで、もりもりにすくって、頬張る。

 眼鏡が曇る。

 

 口の中で、米粒からじゅわりと香るステーキ臭。

 肉はなくとも、米のボリュームだけで満足できる。

 はぐはぐっと、何も考えずにかきこむ。

 うまみ、ほどよいしょっぱさ、時々感じる卵のまろやかさ。ネギの歯ざわりがいいアクセントになる。

 ステーキの脂身で満足できる俺、大変リーズナブル。

 

 

 完食し、腹をさすりながら、SNSを確かめる。

 

「これ何チャーハン?」

「ステーキの脂身チャーハン」

「はぁぁ!?」

 

 この反応よ。ほくそ笑んでしまう。

 

「ステーキ食べたの!?」

「二枚ね」

 

 昼間に撮っておいたステーキ丼の写真も追加で投下する。

 

「ステーキの二段重ねとかありえない!!」

「うなぎかよ!」

 

 はっはっはっ

 

 実家に帰れば家族が増え、気を使う。しかし、このネットの友達というのはそれを乗り越えたものがある。

 おそらくそれは、実生活が伴わないからこそ見ないで済むものがあるのだろう。

 コップを洗い桶に漬けずに放置したとか、靴下が裏返しのまま洗濯籠に入っていたとか、洗うと名乗り出た食器を忘れて居眠りが本格寝になったとか、そういうものがネット友達相手だとない。

 これは幸いなことか、そうではないのか。

 一緒に飯食う相手がいれば、もっとうまいのか。

 妹の幸せそうな顔と、一年目から結婚相手の家のコタツで居眠りできる旦那の顔を思い浮かべる。

 

 あーぁ。実家にいる年末年始はゲームもできないしなぁ。

 

 自分の居場所といえば、この世界だ。

 

 今年は、ゲーム機持って帰ろうかな。

 

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