中谷秀和の飯テロ生活   作:藍色 紺

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46 かまどのかまえ(釜戸ご飯)

 出張とは、食いしん坊にとってまたとないチャンスである。少なくとも俺はそうだ。

 夕べはご当地グルメを検索し、スマホ片手に寝てしまった。俺のいうグルメはややこしい。その地方だけにあって、風土や云われのある食い物。これがよい。

 

 越後妙高には、かんずりがあるらしい。特産の肉厚唐辛子を雪でさらした後、糀、柚子、塩と混ぜて3年間熟成させた調味料。これはぜひいただきたい。タケノコも大好きだし、海藻をねりこんだというへぎそばも笹寿司も期待してしまう。これらを一気にいただく、そのための夜なべ検索である。

 

 すなわち、今回において、それは夕食と朝食をホテルでいただくことに相違なく、出張旅費に自腹で追加して、柄にもなくグレードの高いホテルを予約した。絨毯は踏み心地が違い、チェックインするカウンターも席がある。

 

「チェックインのお客様でしょうか」

 

 混雑しているカウンターに並んでいると、すぐさま従業員さんが飛んできた。

 

「どうぞお座りになってお待ちください」

 

 優雅に教えてもらった先には、ソファーが点在している。

 

 場所の無駄遣い……。脳内で、ソファーによるテトリスが展開されそうになるのを食い止める。ここはリゾートホテル。出張なぞで宿泊する俺とは違う目的で作られているのだ。せめて宿泊中は、ゆったり気分に切り替えよう。

 そう気づくと、チェックインを立って並んだことも不適切なのだろう。

 

「中谷様、お待たせ致しました」

 

 諸手続きが説明され、高級そうな金属のボールペンを渡される。サインをしようとして手が止まった。

 

 全部えーごやんけ。

 

 英語はネイティブではない。うん。読めなくもない。読めなくはないが、日本語モードになっているのを切り替えなければ頭に入らない。

 

 えぇい、日本のホテルでなぜに日本語が書かれていないのか。電車といい、不便でかなわん。

 

 高級に適応すべく努力を要しながら部屋に入ったが、露天風呂から出るころにはすっかりリラックスしていた。お土産売り場で、ご当地でしか手に入らない食材を買い込む。夕食はかんずりにへぎ蕎麦、笹寿司にカニと贅沢を味わう。何より味が好みだ。

 

 わかってる。顧客が何を求めているのかわかってらっしゃる。

 部屋は広いし、エアコンは涼しいし、こうなると朝食への期待が高まる。

 

 翌朝、ビュッフェ会場のあちこちで列ができていた。

 さもあらん。人とはうまいもんには並ぶものよ。

 何に並んでいるのやら。

 確かめてみたら、釜戸焚き用の羽釜があった。一抱えはありそうな羽釜に木の蓋が存在感がある。行列は嫌いだが、これはやはり並んでしまう。

 

 俺は、自分が作る飯が一番好きだが、自分の好みに合わせて、長年研究を重ねているのだから、当たり前である。

 コストや効率と折り合いをつけて、手間をかけたうまい料理はそうそう出会えない。だからこそ、手間をかけたうまい外食を見つけたら、めちゃくちゃハマる。

 釜戸飯は、好みにジャストミートしている。

 

 釜戸飯の行列が散会し、はてと思いながら近づくと、飯椀が切れていた。釜の中には飯はある。

 

 諦めませんよ。

 飯椀の代わりを探せば、みそ汁用のお椀があった。

 眼鏡が光る。

 

 釜戸飯を汁椀に盛って、これを一番おいしくいただけるおかずを探す。納豆に野沢菜、明太子に海苔で準備は整った。

 

 一口分を箸でつまむ。

 おや?

 口に入れて、疑いは確信に変わる。

 

 これ、電気釜で炊いたやつだわ。

 うまい、うまいのだが、違いはわかる。なにせ、土鍋で飯を炊く輩である。

 

 うぅむ。経営とは難しいものよのう。

 ホテルのホームページにも、朝食会場にも、どこにも釜戸焚きご飯とは書かれていない。暖められた羽釜に入った飯を、こっちが誤解しただけだ。

 ゆったりした時間を、清潔で広い部屋で過ごさせてもらい、お土産のチョイスもよく、サービスもいい。飯もうまい。金が許すなら、また来たい。釜戸飯の誤解なんて微々たるものであった。

 

 それでも、なんだか口寂しいのが俺だ。

 仕事を終えて、帰る直前にもう一度のチャンスにかけてみる。帰りの地名+釜戸飯で検索してしまう。

 

「あったじゃーん」

 

 道の駅小谷(おたり)には、釜戸ご飯があるらしい。しかも、釜戸飯がメインディッシュらしい。SNSでも好評で、ホームページには釜戸飯特有のおねばの話まである。

 

 当然行く。ここまで来て、釜戸飯を食べずに帰ることがあろうか。

 

 釜戸定食を注文し、わくわくと調理場を見てしまう。客の需要をよくわかっていらっしゃるらしく、客席からすぐに釜戸が4つほど並んでいて、火がついているのも見える。本当に炊いているのだ。

 

「日替わりかまど定食を1つ」

 

 注文する声がうわずってしまう。「日替わりいっちょー」「日替わりー」の確認が頼もしく聞こえる。

 手際よく皿におかずが盛られる隣で、鬼の角に見えるという木の蓋を開け、片手には、どんぶり。

どんぶりキタぁ!

 そうよ。だって釜戸飯がメインなのだから、お椀ではなくどんぶり。

 釜戸飯をパンチクリーンになるまで食べたい!

 

「お待たせしました」

 

 お盆に、ご飯がどぉん! さらに、刺身に煮物、豚汁に野沢菜。どれもこれもが飯のお供に最強である。

 どんぶりを持つ。眼鏡が曇る。

 

 あ、うま。

 

 飯がちゃんと甘い。香りが強い。粒が立っている。粘り気も最高。

 煮物を一口、これが出汁が効いてて、すぐにご飯が欲しくなる。

 

 わかってるねぇ。

 

 がぶりがぶりと食べれば、あっという間に飯がなくなる。

 

 が、安心してほしい。

 道の駅小谷の釜戸飯は、なんとおかわりができる。

 

 おかわりをお願いすると、どんぶりに先程の2倍ほどの飯をついでくれた。

 

 わかってらっしゃる。

 

 そろそろ、行っとくぅ?

 刺身である。刺身につける醤油が、小谷醤油。

 悶絶してしまう。

 

 えー、なになに。

 小谷醤油は、信州産大豆と信州産小麦で造った濃口醤油。 丸大豆ならではのまろやかな旨味と甘みが生きている濃口醤油です。なるほど。

 こんなのつけないわけがない。

 

 したらば、また飯がすすむ。

 今度は2倍よそってもらっているので、心強い。

 

 調子に乗って、豚汁もすする。

 

「くわぁ」

 

 気の抜けた声で、もう降参を示すしかない。だってあれよ、ここは信州。信州の醤油と味噌がまずいわけがない。刺身に熱々の飯、そこに豚汁のコクが襲う。

 

 箸休めに野沢菜を噛んだら、天国である。

 

「すいません。もう一杯だけ」

 

 さすがに恥ずかしがって、どんぶりを持っていくと、やはり大盛りにしてくれた。さらに、野沢菜のおかわりまでもらえる。

 おいしいの波状攻撃、自分で用意せずともおいしいオブおいしいがいただける。

 

「あー、満足、幸せすぎる」

 

 下膳は自分で、自然と「ごっそさーん」の声が出る。

 

 ちなみに、道の駅小谷には、温泉がついている。そう、まさに天国だ。

 

 

 帰社して車からスーツケースを出す。

 出張って、帰りがヘビーよな。

 スーツケースの中で、酒瓶5つがコロコロ笑った。

 

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