ササミにスパイスを振っている途中で出なくなった。
?
覗き込むと、中が空になっている。仕方なく、もう一つのスパイスを取り出す。
「1P ほりにし! 2P 黒瀬!」
思わず笑ってしまう。いくら俺でも一人暮らしのアパートに、似たようなスパイスが二種類あるのは不自然だ。調合済みスパイスは、あることがきっかけで我が家にやってきて、重宝している。
どのくらい便利かというと、洗ったキャベツとマイタケを、手でちぎり、何らかの肉を上に乗せて、スパイスを振る。あとはオーブンで焼くだけで、飯もビールも進む高たんぱく低脂質、しかも野菜が取れる料理の完成である。もちろんうまい。
普段の俺なら、調合済みスパイスには手を出さない。手を出したというか、押し付けられたというのが正解だろう。
去年のお盆終わりのことだ。
「だからさ、行こうぜ」
「えぇ⁉ 飯島さんと二人きりではちょっと……」
社食で飯島さんに絡まれている宇野君を発見。誰もが避けて通るこれに絡んでいくのが俺。
「何してんの?」
「おー! 中谷。いいとこに来たな!」
飯島さんは、二つ上の先輩。筋肉を育てるのが趣味で、短髪で髭。乙女作品で大きいのを当てた経歴の持ち主だ。
「中谷さん、助けてください」
飯島さんの太い腕から宇野君が逃れて、俺の背中に回る。こちらは肩までの長髪で、ひょろひょろしている。
「釣りの企画が通ってさ」
「いいですね。久しぶりにやりたくなります」
釣り竿を持つ素振りに飯島さんが「だろぉ?」と、満足そうにうなずく。
「本格的にキャプチャー入れる前に、宇野君と釣りキャンプ行こうって話してたとこ」
飯島さんの企画に宇野君が参加するのが決まったのはいいが、宇野君は釣りをしたことがないらしい。未経験者が経験するっていうのが企画にとっては一番おいしいわけで、誘っているのだが、断られている。ということらしい。
まぁ、仕方ないね。飯島さん、二人きりで酒が入ると相手が誰かれ構わずキスしてくるから。
大変な問題児である。だがしかし、いい仕事をするわけで、その最たるものが乙女作品なわけで、酒を飲ますな、飲んだら二人きりになるなというのが職場の暗黙の了解である。あのぶっとい腕に捕まったら、どうあがいても無駄だ。ヘブンズキス。
「だから、飲まないって言ってるだろ? 俺だって注意してる!」
「飯島さんを注意して見てるってのも嫌です」
実際、飯島さんは飲まないと決めたら飲まない人だが、中途採用の宇野君には信じてもらえぬらしい。まぁ、誰だって危険はおかしたくない。
「中谷! 一緒に行かないか? したら俺も飲めるし」
「いいですよ」
かくして俺達は、男三人で山梨県道志村に釣りキャンプに行くことになった。
釣ったニジマスと、ササミが網に並べられる。
ニジマスから滴った水滴が炭火で爆ぜ、細い煙が上がる。
「中谷! なんだそれは!」
嫌がる飯島さんを気にせずにスペアリブのブロックを投入!
ジュー! といい音がして、にんまりしてしまう。肉の焼けるいい匂いが漂い始めた。
これだよ! これがBBQの醍醐味‼
「飯島さんはマッスルのためにササミで。俺はこいつを食べます」
親指を突き出して、グッとポーズを決めると飯島さんが嫌そうな顔をして、宇野君が笑った。飯島さんとてスペアリブは嫌いではない。筋肉のために己に課したマイルール。
俺達はそれに付き合いません!
途中の肉屋で、飯島さんに黙ってスペアリブとハラミを買ったときから、俺と宇野君は同士だ。
一本目の缶ビールを片手に、宇野君と勝利のハイタッチ!
「さて、塩コショウはどこかな?」
自宅なら仕込んでから焼くが、ここはキャンプ場。そのあたりは適当。
「まぁ、待て中谷」
「中谷さん待ってください」
飯島さんが尻のポケットから、宇野君がリュックからそれぞれ取り出したのが、
「ほりにしは、何にかけて食べてもうまい」
「黒瀬だって負けていません」
「ほりにしは、肉、魚、野菜、ラーメンに白米、何にかけてもうまい! まさにオールラウンダー!」
「それは黒瀬とて同じこと!」
宇野君、飯島さんに負けてないな。
計画がうまくいったことにほくそ笑んでしまう。同じ飯を食うってこういうことよなぁ。
「1P ほりにし! 2P 黒瀬! 3! 2! 1! Go!」
お馴染みの格闘ゲームのナレーションを入れれば、熱戦の始まりだ。
「右がほりにし、左が黒瀬だ!」
飯島さんが二尾並んだニジマスの右にほりにしをかける。
「受けて立ちます!」
左に黒瀬をかける宇野君。ササミ、スペアリブにもかけられる。
じゅージクジクジク。
脂や肉汁がフツフツと泡を立てて滴り落ちる。焼けた傍から、トングで俺が皿へ盛る。
「第一ラウンドはニジマス! こっちがほりにしで、こっちが黒瀬」
「いざ! 実食!」
二人がかぶりつき、俺はふーふーと息を吹きかけて冷ます。眼鏡が曇った。
「中谷さんどっちがおいしいですか?」
「まだ食べてねー」
「早よ食べんか!」
「猫舌なもので。飯島さんはどっちがおいしいですか?」
「う~む……」
話をふりながら、まずはほりにしからいただく。
鼻にぬけるニンニクの香りと唐辛子の辛さ。ジャンクなうまさだ。
ビールで口をリセットして、今度は黒瀬。
こちらはほりにしと比べると調和がいい。
もりもり食べて、さらにビールを一口。ぷはぁっと口を缶から離す。
「ビールにあう! 第二ラウンドと行きましょう!」
ニジマスとササミしか食べないと言っていた飯島さんさえもスペアリブとハラミ、焼きそばを食べた。三人揃って酔っ払い、腹もいっぱいになる。
「で、勝負はどうだ?」
「う~ん! 甲乙つけがたい!」
二人が揃って「はあぁぁ⁉」と抗議の声をあげる。人差し指を左右に振り、マテを促す。
「待ってください。スパイスっつーのはかけるだけにあらず!」
俺の言葉に、飯島さんが腕を組む。
「たとえば?」
「たとえば、鶏の砂肝をごま油で炒めます。そこにIN!」
二人が苦悶の叫びをあげる。
「ここにないものを言うな!」
「まだあります。スティックきゅうりを用意してマヨネーズにIN!」
夜空に男二人の声が響く。
「まだ戦いはここから! トーストにチーズをのせて」
「「そこにONだ(です)!」」
ぐぬぬぬぬぅ~。と、二人の頭から煙が上がり始める。
「まだまだありますよ?」
「なんだそのバリエーションは!」
「ここにないものでは比べられませんよ」
二人は、呆れたような顔をして俺を見る。
「責任を持って、どちらがよりおいしいのか検討するように!」
かくして俺は、スパイスを二種類いただいたのだ。
「去年のことなのに懐かしいな」
釣り企画はなかなかうまい売り上げを上げ続けている。飯島さんと宇野君がいい仕事をした結果というところか。人間模様もキス魔程度の個性なら、使いようである。
左のササミに振っていた黒瀬のスパイスも空になってしまった。
「勝敗はここでもつかず!」
一人で実況ごっこをするより、またキャンプに行きたい。
ここで俺だけが知っている秘密を明かそう。
ほりにしの黒いキャップと、黒瀬のスパイスのキャップは交換ができる。