「んあぁ。腹減った」
時計を見たら十時半、もう何かを食べていい時間ではない。
あと十分、この回だけやったら寝る。
モニターに集まったフレンドに「次ラスト」を告げる。こうせねば、だらだらと続けてしまう。
最後の戦いを、接戦で負けてしまい、椅子の背もたれに倒れこむ。
もう一回やりたい。でも、寝ないと。
ぐっと堪えて、コンティニューボタンを確実に拒否し、トイレへ立った。その瞬間、ニンニクの香りが刺さった。
「くそぉ。今日もか!」
香りの原因は、裏にあるアパートだと見当がついている。決まって深夜、腹が空く時間にうまそうな匂いをさせる。油を低温で熱し、香りを引き出す。うまさの工夫を惜しまない。
絶対うまい。
違いない。
それは、もはや恨みというよりも同志を探す感覚で、窓を開けてしまう。
こんなけしからん料理をする奴は誰だ。
裏のアパートの二階に、洗濯物が揺れる。
夜中だというのに、洗濯物。
悔しい。
洗濯に頓着のない人がいるのは理解している。
干した後に取り込まず、そのまま着る人も少なくない。
だが、こいつは別格だ。
雨の日も、台風の日も、雪の日も、同じものが干されている気がする。
忘れられているのなら、まだいい。
だが、時々、干されている物が変わっている。
生活として、洗濯しているはずだ。
始末に負えない。
そんないい加減な奴が、こんなうまそうな匂いをさせていることが悔しい。
俺が洗濯が好きではないゆえに。
俺は、あんな風に無頓着にはなれない。
日々、面倒くささと戦いながら、洗濯し、高さにもんどりうちながら、クリーニング屋にスーツを取りに行く。
「これは……、やるしかないな」
冷蔵庫から、鶏肉を出す。
無糖ヨーグルト。
カレー粉。
ケチャップ少々。
ニンニク、ショウガ。
塩とコショウを少々。
全部まとめて袋に入れて、鶏肉を放り込む。
手もみ変わりに、袋を揉む。
タンドリーチキンである。
これは、逆襲だ。
袋を冷蔵庫に入れ、灯りを落とす。
部屋に残るのは、スパイスの匂いだけ。
翌日。
今度は、こっちが匂わせる番だ。
オーブンでも焼けるはずのタンドリーチキンを、鉄のフライパンで焼く。
無論、オリーブオイルを低温で熱し、ニンニクとショウガの香りをたっぷりと出す。
そこに、スパイス漬けのチキンを皮から――
じゅ~っ
ふふん
この香り、これこれ。
焼いている傍から涎がたまる。
カレー粉の香りが、ニンニクショウガに混じり始め、もう腹が減って仕方ない。
蓋を開けて、鶏肉をひっくり返す。
鶏肉から出た脂がフライパンに溜まる。
スパイス色に染まった脂が跳ねる、焦げる。
たまらんね。
肉を楽しむべく、付け合わせの野菜はない。
代わりに野菜をこれでもかと入れたみそ汁を温める。
炊き立てご飯の用意はできている。
つまようじで、鶏肉を突き、透明の肉汁が出て来たら完成である。
大皿に盛り、ナイフとフォークで切り分ける。
眼鏡が曇る。
箸に持ち替えて、タンドリーチキンをばぐっ!
スパイスの香り、鶏肉のジューシーさ。
たまりません。
そこを白米で迎え撃つ。
うまさ倍増。
もう一切れ。
大口で迎え入れ、白米もかきこむ。
我に返って、みそ汁をすする。
眼鏡を取って、机に置く。
止まらない。
もう一口、もう一口と食べる内に、皿は空っぽになってしまった。
大変満足。
汗ばむ額をトレーナーの袖で拭う。
今日も平和だ。