中谷秀和の飯テロ生活   作:藍色 紺

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64 深夜の逆襲(タンドリーチキン)

「んあぁ。腹減った」

 

 時計を見たら十時半、もう何かを食べていい時間ではない。

 

 あと十分、この回だけやったら寝る。

 

 モニターに集まったフレンドに「次ラスト」を告げる。こうせねば、だらだらと続けてしまう。

 最後の戦いを、接戦で負けてしまい、椅子の背もたれに倒れこむ。

 

 もう一回やりたい。でも、寝ないと。

 

 ぐっと堪えて、コンティニューボタンを確実に拒否し、トイレへ立った。その瞬間、ニンニクの香りが刺さった。

 

「くそぉ。今日もか!」

 

 香りの原因は、裏にあるアパートだと見当がついている。決まって深夜、腹が空く時間にうまそうな匂いをさせる。油を低温で熱し、香りを引き出す。うまさの工夫を惜しまない。

 絶対うまい。

 違いない。

 

 それは、もはや恨みというよりも同志を探す感覚で、窓を開けてしまう。

 こんなけしからん料理をする奴は誰だ。

 

 裏のアパートの二階に、洗濯物が揺れる。

 夜中だというのに、洗濯物。

 

 悔しい。

 洗濯に頓着のない人がいるのは理解している。

 干した後に取り込まず、そのまま着る人も少なくない。

 だが、こいつは別格だ。

 雨の日も、台風の日も、雪の日も、同じものが干されている気がする。

 忘れられているのなら、まだいい。

 だが、時々、干されている物が変わっている。

 

 生活として、洗濯しているはずだ。

 始末に負えない。

 

 そんないい加減な奴が、こんなうまそうな匂いをさせていることが悔しい。

 俺が洗濯が好きではないゆえに。

 俺は、あんな風に無頓着にはなれない。

 日々、面倒くささと戦いながら、洗濯し、高さにもんどりうちながら、クリーニング屋にスーツを取りに行く。

 

「これは……、やるしかないな」

 

 冷蔵庫から、鶏肉を出す。

 無糖ヨーグルト。

 カレー粉。

 ケチャップ少々。

 ニンニク、ショウガ。

 塩とコショウを少々。

 

 全部まとめて袋に入れて、鶏肉を放り込む。

 手もみ変わりに、袋を揉む。

 

 タンドリーチキンである。

 これは、逆襲だ。

 

 袋を冷蔵庫に入れ、灯りを落とす。

 部屋に残るのは、スパイスの匂いだけ。

 

 

 翌日。

 今度は、こっちが匂わせる番だ。

 

 オーブンでも焼けるはずのタンドリーチキンを、鉄のフライパンで焼く。

 無論、オリーブオイルを低温で熱し、ニンニクとショウガの香りをたっぷりと出す。

 そこに、スパイス漬けのチキンを皮から――

 じゅ~っ

 

 ふふん

 この香り、これこれ。

 

 焼いている傍から涎がたまる。

 

 カレー粉の香りが、ニンニクショウガに混じり始め、もう腹が減って仕方ない。

 蓋を開けて、鶏肉をひっくり返す。

 鶏肉から出た脂がフライパンに溜まる。

 スパイス色に染まった脂が跳ねる、焦げる。

 

 たまらんね。

 

 肉を楽しむべく、付け合わせの野菜はない。

 代わりに野菜をこれでもかと入れたみそ汁を温める。

 炊き立てご飯の用意はできている。

 

 つまようじで、鶏肉を突き、透明の肉汁が出て来たら完成である。

 

 大皿に盛り、ナイフとフォークで切り分ける。

 眼鏡が曇る。

 箸に持ち替えて、タンドリーチキンをばぐっ!

 

 スパイスの香り、鶏肉のジューシーさ。

 たまりません。

 そこを白米で迎え撃つ。

 うまさ倍増。

 

 もう一切れ。

 大口で迎え入れ、白米もかきこむ。

 

 我に返って、みそ汁をすする。

 眼鏡を取って、机に置く。

 

 止まらない。

 もう一口、もう一口と食べる内に、皿は空っぽになってしまった。

 大変満足。

 汗ばむ額をトレーナーの袖で拭う。

 

 今日も平和だ。

 

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