中谷秀和の飯テロ生活   作:藍色 紺

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65 遠きにありて思うもの(わかめご飯)

 眼鏡にマスク姿で、スーパーをうろつく。

 決して怪しい人ではない、油断すると鼻がムズムズ。

 くしゃみを連発する気の毒な人になってしまう。

 

 インフルエンザの波を乗り越え、年末年始の業務をどうにか回した。

 だが、その先に待っていたのは、風邪だった。

 

 喉が痛く、鼻水が出て、高い熱が四日も続いた。

 ようやく出社したら、枯れた声しか出せずに、同僚がそっとマスクを押えて、後退る。

 

 そんな目に遭った先、花粉の季節がやってきた。

 

 アレルギーの薬で頭はよく動かず、とりあえず食指が向く物を籠に放り込む。

 

 うぅぅ。なんかうまいもんが食べたい。

 できれば、滋養に良さそうなもんがいい。

 

 何も決まらないまま野菜コーナー、鮮魚コーナーを通り過ぎる。

 危険な兆候だ。

 

 鮮魚コーナーの隅で、ふと目に留まった。

 塩蔵わかめ

 

 あぁ、これだ。

 

 瞬で、献立が決まった。

 

 わかめご飯にしよう。

 給食でよく出て来たアレである。

 白いご飯にみじん切りになったわかめとごまが混ざっている。地味に好きなやつだ。

 

 塩蔵わかめを前に迷ってしまう。

 右は瀬戸内の我が地元産。

 左は三陸産である。

 

 なぜ迷うか。

 産地によってわかめには特徴がある。

 温暖な瀬戸内のわかめは、やや薄めでやわらかい。風味がよい。

 寒い三陸のわかめは、肉厚で歯ごたえがよく、風味がよい。

 

 どちらも捨てがたい。

 そのときの気分で使い分けるのがよいのだろうが、おひとり様な俺にとって、塩蔵わかめは、ひとたび買うと長い間減らぬ相棒となる。よって使い分けは不可だ。

 

 身体が弱っているのもあって、地元産を選んだ。

 

 

 

 

 アパートのドアの前で、全身をはたく。

 玄関に入り、服を全部脱いで洗濯機へ。シャワーをしてから人心地つく。

 

「さて、やりますか」

 

 お米を洗って、みりんに日本酒を足してご飯を炊く。

 少し迷ったが、お米は二合にした。食べきれなかったら、おにぎりにして弁当にすればいい。

 

 その間に、塩蔵わかめを水で戻す。

 しわしわのくちゃくちゃになっているわかめだが、水で戻す量が問題である。

 こいつは、とんでもなく増える。

 

 いつもなら、握りこぶし程度の大きさだが、今回はわかめを楽しみたい。

 思い切って、掌サイズのわかめを水でざっくり洗う。

 その後、水で戻す。

 二回くらい水を変えると塩のえぐみが取れる。

 

 でもなぁ。わかめご飯って、ちょっとしょっぱいのがうまいよな。

 悩む。

 

 きっとこの塩も、地元産だ。

 俺の身体によいだろう。

 しばし悩み、多めに塩抜きをする。

 

 我が家の塩は、地元産だってのを忘れていた。

 頭が働いていない証拠だ。

 

 増えに増えたわかめを、これでもかと刻む。

 炊きあがったご飯に、わかめとごまを放り込み、混ぜる。

 これだけだ。

 シンプルである。

 

 

 どんぶり鉢に、わかめごはんをよそい、机に着く。

 まずは一口。

 

 どんぶりを近づけると、眼鏡が曇った。

 磯の香に、口の中によだれが溜まる。

 

 我慢がならない。

 行儀が悪いと知りつつも、わかめご飯を掻き込む。

 

 ほっとする。

 炊き立てでも、わかめを混ぜ込んだ分、温度が下がっている。

 暑すぎもなく、冷たくもなく、暖かい。

 

 塩味に食欲がそそられ、シャキシャキとした食感が嬉しい。

 

 いいぞいいぞ。ごまもよきよき。

 

 あっという間に、一杯目を食べ終わる。

 躊躇なく、二杯目。

 

 ふと思いついて、釜揚げしらすをわしづかみで乗せた。

 しょっぱさに釣られて、どんどん進む。

 

 肉とはまた違う満足感。

 こういうのが根底で俺を支えてくれている。そんな気がする。

 

 気が付けば、炊いたわかめご飯は空になっていた。

 

 また、明日から、頑張ろう。

 

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