中谷秀和の飯テロ生活   作:藍色 紺

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71 曖昧なくらいが、ちょうどいい(赤米ご飯と野沢菜)

 桃がある。

 

 出張先で立ち寄る道の駅で、桃と出会ってしまった。

 

 買いたい。

 でも、買えない。

 

 気温は36度を超えている。車中では、何度になるか。生の桃が無事ではないというのはわかりきっている。

 

 桃は無理か……。

 

 侘しさを抱えて、農産物を見る。

 決して、私利私欲のためではない。

 これは、営業的戦略である。

 

 地方への出張では、道の駅でその土地ならではのものをインプットする。

 さすれば、出張先の人との会話につながる、というわけだ。

 「蜂の子の瓶詰を見ました」だけで、食べてなくとも会話になる。

 好き嫌いも含め、うまくいけばうまい食べ方を教えてもらえる。

 

 そして、見つけてしまった。

 「赤米」の二文字。

 

 手に取る。

 赤というより、赤紫色の米が小分けされている。

 パッケージには、「米一合にカレースプーン一杯を混ぜて炊いてください」とあった。

 思わず、にやっと笑ってしまう。

 親切なんだか、不親切なんだかわからない。

 こんな部分も道の駅の楽しさだ。

 

 米一合は定量だ。対して、カレースプーンは定量ではない。

 大きなスプーンもあれば、小さいのもある。

 でも、なんとなく雰囲気で伝わるだろうというところが、なんというか愛嬌がある。

 「米一合に対し、15g」と書かれるより、秤がない家には親切だ。

 

「買うの一択。それ以外なし」

 

 赤米を手に取り、レジ前の冷蔵庫で引っかかる。

 

「こっ、これは……!」

 

 野沢菜だ。

 脳内に炊き立ての赤米と、野沢菜が並ぶ。

 

 だが、野沢菜は冷蔵品だ。

 さっき、桃を諦めたのと同じ理由で、野沢菜は危険すぎる。

 しかも、野沢菜は近所のスーパーでも買える。

 だが、目の前にあるのは、ここで漬けられた野沢菜だ。

 

 でもなぁ――。

 脳内で、寸劇が始まる。

 出張から、帰る俺。

 暑い中、慣れない場所で仕事をこなし、その上、長距離を運転して帰る。おそらく神経も肉体も疲労の限界を迎えている。

 窓を閉め切っていた部屋は、空気がよどんでいるはずだ。

 なのに、窓を開けても、隣の家の室外機の空気が入るだけ。

 

 そんな生活に、野沢菜があっても、いいんじゃなぁい?

 お水だけじゃなく、塩分をおいしくとっても、いいんじゃなぁい?

 

 あり! これは健康のためのマストアイテムだ!

 

 保冷剤! 野沢菜は君に任せた!!

 

 とやったのが、昨日。

 お約束通り、どろっどろのくたっくたになって中谷帰還。

 

 何よりもまず、リュックを漁って、野沢菜を出す。

 どうにか、まだひんやりしている。

 ほっと胸を撫でおろし、まずは赤米。すぐ赤米。何はなくとも赤米。

 

 米二合にカレースプーンを二杯混ぜて、水を吸わせる間に、風呂。

 米を土鍋で炊く間に、荷解きをし、洗濯機を回す。

 そして、いざ、野沢菜だ。

 

 まな板に大きな野沢菜の漬物を乗せる。

 包丁で、ザクっ、ザクっと切る。

 もう、この音がうまい。

 

 土鍋の火を消して、蒸らす間に、エアコンの効いた居室に入る。

 

「あ~、ビール飲みてぇ……」

 

 いつもなら、既に一杯ひっかけてるところだ。

 しかし、今日は待たねばならぬ。

 薄れていく意識の中で、どうにかスマホを操作した。

 

 

 アラーム音で目が覚める。

 

「んあ?」

 

 どうやら、ベッドに寄りかかり、片手にスマホを持ったまま寝ていたらしい。

 身体を軋ませながら立ち上がり、台所までよろよろ歩く。

 

 盆に、土鍋ごと置く。

 しゃもじに、どんぶり鉢、野沢菜がぐっすら入ったタッパー。そして、麦茶。

 

 土鍋の前に座る。

 カレースプーン二杯の赤米は、白米をどんな色に変えたのか。

 そもそも、ちゃんと炊けているのか。

 

 期待に、少しだけ眠気が引いた。

 

 土鍋の蓋を取った。

 眼鏡が曇る。

 

 慌てて外し、もう一度、土鍋をのぞいた。

 

「おぉ……」

 

 もうもうと立つ湯気の向こうで、白米がピンク色に染まっている。

 白米と赤米のバランスもちょうどいい具合だ。

 

 カレースプーン一杯。

 曖昧な説明で、本当にちょうどいい。

 実のところ、真剣だからこそ曖昧でなければ、ちゃんと表現できない部分っていうのはある。

 

 こういうの好きなんだよな。

 

 低く笑いながら、どんぶりに炊き立て赤米ご飯を入れる。

 さらに、野沢菜をライドオン!

 完璧である。

 

 喉が鳴る。

 まずは、箸で赤米ご飯だけ。

 

 噛んだ瞬間、プチ、と小さく弾けた。

 もう一度噛む。プチ、プチ。

 

「おもしろい」

 

 香りは白米と大きく変わらない。

 味にも癖はないが、しいて言えばピーナッツの皮みたいな渋みがある気がしないでもない。

 それすら、歯ごたえが凌駕する。

 

 あぁ、赤米を食ってる。

 

 その幸せが、疲れ切った身体に満ちる。

 

 そこに、野沢菜をほおばる。

 シャキシャキした歯ごたえに、爽やかな酸味。

 野沢菜一口で、赤米ご飯三口はかたい。

 

 野沢菜、飯、飯、飯。

 野沢菜、飯、飯、飯。

 搔き込むように喰らい、麦茶をガバ飲みする。

 

「ぷはっ」

 

 肩で息をする。

 炊き立てご飯の香りが、もう幸せだ。

 どんぶりに新しく赤米ご飯をよそう。

 

 宮沢賢治は、一日に四合の玄米を食べたというが、わかりすぎる。

 彼はつましい生活を書いたのかもしれない。

 だが、俺にとっては、幸せの時間だ。

 

 あぁ、赤米は、大陸から伝わった古代の米と言われているとか、

 元祖赤米と言われているとか、

 ポリフェノールとビタミンが多いとか、

 いろいろ赤米を大量に食う理由を考えていたが、

 全て間違いである。

 

 赤米を食う理由は、

 うまいから。

 

 腹が満ちれば、しばし休める。

 

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