駅から、遠くない?
白く照り返す道路と、黒々と落ちる影。
ここは本当に日本なのか疑わしいほどのコントラストの中、日陰を縫うように歩く。
汗を拭き、空腹を抱える。
持ってきたタオルは、絞れるくらい濡れている。もはやハンカチなんてかわいい面積では事足りない。
仕方ない。俺は年一、体をしぼった状態だ。
何なら、筋肉量も多い。
――俺は今、健康診断に向かっている。
健康状態を調べてもらう前に、健康を害しそうである。
こんなところで倒れるわけにはいかない。
この一週間、どれだけ健康に気を遣ってきたと思っている。
酒を控えるは、言うに及ばず。
野菜ましまし。
夜食なんてものははなから存在しない。
エスカレーターに並ばず、華麗に階段を上った。
食後のスクワット……。
思いつく限りやり尽くして、望んでしまう。
いや、わかっている。
年に一週間だけ真面目になって、今さら何が変わるというのか。
普段から摂生できるなら、している。
せめて年一くらいは、真面目にやらねば、いつやるというのか。
人間ドッグにいくらかかると思ってるのぉ!?
「以上になります。お疲れさまでした」
「ありがとうございました」
頭を下げて、会場を出れば、出所後のような晴れがましい気分。
もう、今日は涼しい部屋でネトフリでも見ながら、静かに過ごそう。
自分を追い込むのも、もう限界だ。
だからと言って、暴飲暴食がしたい気分でもない。
ここまで頑張ったのだ。少しでも健康を維持したい。
ポップコーンでも作ろう。
ポップコーン用の豆を買い求めて、直帰する。
今日は、もう労働することはできません。
特別に涼しくした台所で、鉄のフライパンにコーンを入れて、蓋をする。
油? 入れない。入れるわけがない。
その代わり、丁寧に鉄パンを揺らす。
ポン。
ポポン。
ポンポンポンポン!
「今日のポップコーンは活きがいい」
蓋の中で、白いポップコーンが次々と生まれていく。
それだけで、なんだかニヤけてしまう。
全部が爆ぜるまでフライパンを揺すり続ける。
蓋を開ける。
ふわっと香ばしい匂いが立った。
一個つまむ。
「うま」
プレーンでも十分うまい。
大きく息をつき、ふと壁に目が行った。
メモが磁石で貼ってある。
「一日の脂質 60gまで」
自動で脳内計算が始まる。一度の食事なら20gくらいまで平気だけど、ポップコーンには油を入れなかった。
でも、コーン自体の脂質は?
そもそも一食何グラムまでなら――。
脳みそばーん!
頭が割れて、クラッカーのごとく色々吹き出した。
「行くぜ、快楽の向こう側へ」
ポップコーンといえば、キャラメルだ。キャラメルなしのポップコーンは色気のない人生と同義語である。
雪平を出した。
目分量で砂糖を入れて火にかける。
じくじくと縁から溶けていく。
透明になった砂糖が、縁から黄金色へ変わっていく。
まだ。まだまだ。
俺のキャラメルは、ここからが勝負!
あ、ちょっと焦げてますねって匂いがしてきて、次の瞬間にバターを投入!
じゅわわ~。
キャラメルが一気に泡だった。
「これがいいのよ」
頬が緩む。目に力が籠る。
火を止めて、ポップコーンを全投入!
ゆすれゆすれ~!
木べらで底から返す。
白かったポップコーンが、一粒、また一粒と飴色をまとって光りだす。
一粒いただく。
カリッ あまっ
一気にお花畑の中にトリップする。
今までつらかった。
暑いし、腹は減るし、筋肉痛にはなるし、一週間って長いし。
それが全て、報われる気がする。
ぽり、ぽりと台所で鉄パンからキャラメルポップコーンを食する。
うん? 待てよ。
甘い。間違いなくうまい。
でも、もし、ここに炒ったくるみが入ったら――、どぉ?
眼鏡が光る。
キャラメルポップコーンを一番大きな皿に移し、鉄パンにくるみを入れる。
ざーりざーりと音をさせながら、炒る。
そこに、ほんの少しの塩を上からかける。
ふ、ふふふ。
小さく笑いながら、キャラメルポップコーンにくるみを混ぜる。
ネトフリをつけて、溜めておいたアニメを流す。
手には、どでかい皿。
右手でつかめるだけつかんで、大口にいれる。
カリっ
焦がした砂糖のほろ苦さに、バターのコクが追い打ちをかける。
うまい。
もう一口。
カリっ、あま。
カリカリっ、あま~い。
カリっ、あまい。
ぽりっ、香ばしさの後から、しょっぱさが来る。舌がリセットされる。
「……」
自動初期化された手が、またキャラメルポップコーンに伸びる。
あまい、あまい、あまい、しょっぱい
あまい、あまい、しょっぱい
悪魔の永久機関、完成である。
映画を見るために作ったはずなのに、映画がまるで頭に入ってこない。
手だけが、規則正しくボウルと口を往復する。
くふぅ。
気が付いたときには、遅かった。
膝の上には、空になったボウル。
もう今日は、夕食は欲しくない。
「う~ん?」
何か大事なことを忘れた気がするが、まぁ、いいだろう。