中谷秀和の飯テロ生活   作:藍色 紺

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73 悪魔の永久機関(キャラメルポップコーン)

 駅から、遠くない?

 

 白く照り返す道路と、黒々と落ちる影。

 ここは本当に日本なのか疑わしいほどのコントラストの中、日陰を縫うように歩く。

 汗を拭き、空腹を抱える。

 持ってきたタオルは、絞れるくらい濡れている。もはやハンカチなんてかわいい面積では事足りない。

 仕方ない。俺は年一、体をしぼった状態だ。

 何なら、筋肉量も多い。

 

 ――俺は今、健康診断に向かっている。

 

 健康状態を調べてもらう前に、健康を害しそうである。

 

 こんなところで倒れるわけにはいかない。

 この一週間、どれだけ健康に気を遣ってきたと思っている。

 

 

 酒を控えるは、言うに及ばず。

 野菜ましまし。

 夜食なんてものははなから存在しない。

 エスカレーターに並ばず、華麗に階段を上った。

 食後のスクワット……。

 思いつく限りやり尽くして、望んでしまう。

 

 いや、わかっている。

 年に一週間だけ真面目になって、今さら何が変わるというのか。

 普段から摂生できるなら、している。

 せめて年一くらいは、真面目にやらねば、いつやるというのか。

 人間ドッグにいくらかかると思ってるのぉ!?

 

 

「以上になります。お疲れさまでした」

「ありがとうございました」

 

 頭を下げて、会場を出れば、出所後のような晴れがましい気分。

 

 もう、今日は涼しい部屋でネトフリでも見ながら、静かに過ごそう。

 

 自分を追い込むのも、もう限界だ。

 だからと言って、暴飲暴食がしたい気分でもない。

 ここまで頑張ったのだ。少しでも健康を維持したい。

 

 ポップコーンでも作ろう。

 

 

 

 

 ポップコーン用の豆を買い求めて、直帰する。

 今日は、もう労働することはできません。

 

 

 特別に涼しくした台所で、鉄のフライパンにコーンを入れて、蓋をする。

 油? 入れない。入れるわけがない。

 

 その代わり、丁寧に鉄パンを揺らす。

 ポン。

 ポポン。

 ポンポンポンポン!

 

「今日のポップコーンは活きがいい」

 

 蓋の中で、白いポップコーンが次々と生まれていく。

 それだけで、なんだかニヤけてしまう。

 

 全部が爆ぜるまでフライパンを揺すり続ける。

 蓋を開ける。

 ふわっと香ばしい匂いが立った。

 一個つまむ。

 

「うま」

 

 プレーンでも十分うまい。

 大きく息をつき、ふと壁に目が行った。

 メモが磁石で貼ってある。

 

 「一日の脂質 60gまで」

 自動で脳内計算が始まる。一度の食事なら20gくらいまで平気だけど、ポップコーンには油を入れなかった。

 でも、コーン自体の脂質は?

 そもそも一食何グラムまでなら――。

 

 脳みそばーん!

 頭が割れて、クラッカーのごとく色々吹き出した。

 

「行くぜ、快楽の向こう側へ」

 

 ポップコーンといえば、キャラメルだ。キャラメルなしのポップコーンは色気のない人生と同義語である。

 

 雪平を出した。

 目分量で砂糖を入れて火にかける。

 

 じくじくと縁から溶けていく。

 透明になった砂糖が、縁から黄金色へ変わっていく。

 

 まだ。まだまだ。

 俺のキャラメルは、ここからが勝負!

 あ、ちょっと焦げてますねって匂いがしてきて、次の瞬間にバターを投入!

 

 じゅわわ~。

 

 キャラメルが一気に泡だった。

 

「これがいいのよ」

 

 頬が緩む。目に力が籠る。

 火を止めて、ポップコーンを全投入!

 

 ゆすれゆすれ~!

 木べらで底から返す。

 白かったポップコーンが、一粒、また一粒と飴色をまとって光りだす。

 

 一粒いただく。

 カリッ あまっ

 

 一気にお花畑の中にトリップする。

 今までつらかった。

 暑いし、腹は減るし、筋肉痛にはなるし、一週間って長いし。

 それが全て、報われる気がする。

 

 ぽり、ぽりと台所で鉄パンからキャラメルポップコーンを食する。

 

 うん? 待てよ。

 甘い。間違いなくうまい。

 

 でも、もし、ここに炒ったくるみが入ったら――、どぉ?

 

 眼鏡が光る。

 

 キャラメルポップコーンを一番大きな皿に移し、鉄パンにくるみを入れる。

 ざーりざーりと音をさせながら、炒る。

 そこに、ほんの少しの塩を上からかける。

 

 ふ、ふふふ。

 

 小さく笑いながら、キャラメルポップコーンにくるみを混ぜる。

 ネトフリをつけて、溜めておいたアニメを流す。

 手には、どでかい皿。

 右手でつかめるだけつかんで、大口にいれる。

 

 カリっ

 焦がした砂糖のほろ苦さに、バターのコクが追い打ちをかける。

 うまい。

 

 もう一口。

 カリっ、あま。

 カリカリっ、あま~い。

 

 カリっ、あまい。

 ぽりっ、香ばしさの後から、しょっぱさが来る。舌がリセットされる。

 

「……」

 

 自動初期化された手が、またキャラメルポップコーンに伸びる。

 

 あまい、あまい、あまい、しょっぱい

 あまい、あまい、しょっぱい

 

 悪魔の永久機関、完成である。

 

 映画を見るために作ったはずなのに、映画がまるで頭に入ってこない。

 手だけが、規則正しくボウルと口を往復する。

 

 くふぅ。

 気が付いたときには、遅かった。

 膝の上には、空になったボウル。

 もう今日は、夕食は欲しくない。

 

「う~ん?」

 

 何か大事なことを忘れた気がするが、まぁ、いいだろう。

 

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