中谷秀和の飯テロ生活   作:藍色 紺

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74 犠牲なくして、肉じゃがは成らず(肉じゃが)

 昨日、通勤中に、落葉が頭をかすり、緑色のどんぐりが落ちていた。

 

 何これ、九月になったからって急すぎない?

 

 肌寒く、身体が熱を、カロリーを求めている。

 しかし、胃を殴るようなものではない。

 身体を内側から温める、優しい家庭の味がいい。

 

 目を閉じ、内なる声に耳を澄ます。

 窓に打ち付ける雨が騒がしい。明日はこの中を出社せねばなるまい。

 つまり、戦飯。

 

 静かに目を開けた。

 

「肉じゃがだ」

 

 米を炊きながら、しらたきを茹でる。男爵イモの皮を剥いて、水にさらす。

 しらたきをザルに上げ、同じ雪平で昆布とカツオの出汁を取り、玉ねぎを切る。

 下準備に迷いはない。

 

 鍋に玉ねぎと牛肉を投入。油は敷かない。牛肉から十分脂が出る。

 牛肉の色がおおかた変わったら、大体を取り出す。

 鍋には、玉ねぎから出た水分と透明になり始めた玉ねぎ。

 そこに、じゃがいもとしらたきを入れる。

 出張で増えた地酒と出汁一カップくらい入れたら、蓋をしてしばし放置。

 

 踏み台と兼ねた椅子に座り、買ったばかりの本を開く。

 本をめくる音

 雨の音

 小さく開けた窓から、寒いくらいの風が入って来る。

 

 くつくつと煮える鍋の蓋を開け、時折混ぜて、煮え具合と汁の具合を様子見。

 牛肉は少しだけ鍋に残してある。

 固くなっても構わない。こいつは食感のためじゃない。玉ねぎと一緒に、じゃがいもへ牛のうま味を渡すためだ。

 

 じゃがいもに火が通った頃合いに、汁気が飛ぶ頃合いを測り、火を強めたり、弱めたり。

 そして、また本に戻る。

 

 鼻をひくつかせて、また蓋を開ける。

 

「よし、頃合いだ」

 

 取り出しておいた牛肉を全部、鍋に戻す。

 そこに、砂糖、みりん、しょうゆを入れる。すきやきの要領で、味を決めるわけだ。

 ぐつぐつと煮える中に砂糖の小山が崩れていく。

 みりんをかけて、砂糖がどろりとしたところに、

 しょうゆで、色をさっと変える。

 この具合が、最高にそそる。

 

 野菜と出汁の香りだった台所が、肉としょうゆの香りで満ちる。

 

 ここで終わると思うことなかれ!

 

 火を強くし、しょうゆの風味を立たせてやる。

 焦げるの手前、その瞬間を見極めるのが俺流。

 

 

 炊き立てのご飯に、肉じゃがを居室に運ぶ。

 大雨の中、閉めきった部屋の暖かさに、ほっと一息。

 

 まずはしらたき。

 箸ですくうと、眼鏡が曇った。

 

 ちょっとだけ焦がしたしょうゆの風味に、にやけてしまう。

 

 一呼吸し、深皿を見る。

 色づいたじゃがいもを肉と一緒に口へ運ぶ。

 口の中で、ほろほろのじゃがいもの端がほどける。

 牛肉の濃厚な味が広がり、しょうゆが唾液を誘う。

 慌てて白米を食べれば、じゃがいもが口の中で崩れ、中まで入った玉ねぎと牛肉のうまみが絡む。

 

 はふっ

 

 温かい息をついて、また一口、また一口。

 

 最後に深皿に残ったわずかな汁を、白米にかける。

 行儀が悪いが、何のなんの。

 一人暮らしである、誰も見ていないから許して欲しい。

 

 空になった器を前に、眼鏡をTシャツの裾で拭く。

 身体が内から温かい。

 ぴかぴかになった眼鏡をかける。

 

「よし!」

 

 

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