世間は3連休
俺は、台所で12個のリンゴと格闘している。
「いけね。最後の一瓶だ」
自家製リンゴのコンポートの瓶を空にして、スプーンをねぶりながら、何か月で食べ切ったのか数えたのは9月だ。
「うまい」
香りがいい、それにとろりとした蜜に酸味。
自分好みに仕上げたコンポートだからこそ、無くなるのは寂しい。
去年8個で、11か月しかもたなかった。
なら、今年はもう少し多く仕込めばいいんじゃね?
自家製リンゴのコンポートは、秋に作って一年かけて楽しむ保存食だ。
ヨーグルトにかけたり、自家製パンに塗ったり、ロールケーキにしたり、アップルリングにしたりと、欠かせない。
何しろリンゴが赤くなると医者が青くなるというらしい。リンゴは健康食のはずである。
しかし、花粉症な俺は、リンゴを加熱せねば食えない。
だからの、コンポートであり、煮詰め具合やら形の残り具合やらの面倒なこだわりのために、自分で作り始めたら、今度はリンゴの品種にまでこだわりができた。
紅玉でなければならぬ。
かくして、最後の一瓶を食い終わった9月の半ばから、ずっとリンゴが出回るのを待っていた。
最初に見つけたのは、サンつがる、とジャズアップル。
そう言えば、紅玉が出るのは遅めだったな。
ネットで検索し、スーパーに行けば、リンゴを探す日々。
リンゴの出荷の順を覚えたころ、ようやく紅玉に出会えた。
俺は今、台所で12個の紅玉と格闘している。
12個のリンゴを、変色しないように剥くのは至難の業である。
皮を剥いたのを塩水につけておく、ただそれだけのことが、案外大変だ。
まず、リンゴはほぼ球体だ。
ボウルに入れるとして、半球体に球体を入れると、これが量入らない。
去年8個で入らなかったのだから、12個なんて入るわけがない。
したがって、ボウルを2つ用意し、皮を剥くだけでなく、1/4にカットして芯を取ったのを入れていく。
1個、2個……。
6個目くらいで、皮剥き器が欲しくなる。
次にりんごを扇型にカットしていく。
1/4のリンゴをさらに半分にして、ダダダダダと包丁を入れるだけ。
ダダダダダダ すいーっと包丁でまな板から下に置いてある鍋に入れる。
ダダダダダ すいーっ
これが、12個×4等分続く。48回。
あかん。
早々に疲労を感じて、首をふる。
これは、一度には混ざらんな。
使う砂糖は1kg
休憩も兼ねて、飽きたころに砂糖をまぶして混ぜる。
腕をさすりながら、パスタ鍋いっぱいの砂糖まみれリンゴを火にかける。
「まだ、まだ休憩できぬ」
もう片方のコンロで、フライパンいっぱいに湯を沸かす。
コンポートを保存するための瓶を煮沸消毒し始める。
が、この瓶も一度に入りきらない。
仕方なく、3回に分ける。
「あち、あち」
布巾を総動員して、消毒の終わった瓶を自然乾燥させながら、コンポートを煮る。
眼鏡が曇る。
煮沸した瓶に、煮詰まったコンポートを入れていく。
これほど苦労したのだから、一欠ほども落としたくない。
神経を張って、お玉を瓶へと傾ける。
で、6個詰め終わったら、また煮沸。
今度は、瓶の中の空気を追い出すためだ。
空気を追い出さなければ、1年間は日持ちしない。
今度は15分を3ターンだ。
瓶に詰めながら、45分煮沸する。
窓からは涼しい風が入ってくるが、額にはじんわり汗をかいている。
ボウルには、ザルにあげられたコンポートがこんもり残っている。
わざとだ。
三連休、リンゴのコンポートを一年分作りました。
それだけで終わらせるわけがない。
できたてのコンポートを、できるだけ最高の形で、楽しまねばならぬ!
「アップーパーイィィィ!!」
リンゴを楽しむとなれば、何?
タルトタタン、アップルリングと多々あるが、12個のリンゴと格闘した後なら、簡単で確実にうまいもの、アップルパイである。
コンポートの瓶が20瓶積み上がった作業台に、パティスリーボードを置く。
パイシートを広げ、できたてのコンポートを乗せる。
ふぅ、と一息入れて、踏み台を兼ねた椅子を引き寄せた。
これから、パイシートを編む。
きしめんほどの太さに均一にカットしたパイシートを、まずは縦においていく。
んで、横を格子状に編んでいく。
1本目は表、2本目は裏に、3本目は表に、と、交互に横のシートをくぐらせていく。
「まったくよぉ、どーしてこんな面倒なことやりたいんだか」
全ては己のためである。
簡単にすましたいなら、ナイフで切れ目を入れるだけでいい。
なのに、編みたい。
去年のリンゴのコンポートを食べ切ったのが9月ってのがいけなかった。
あと1ヶ月で今年のを作れると思ってからが、案外長かった。
「今年は多めに作ろう」が「今年は1.5倍作ろう」になり、「その日の内にアップルパイ作ろう」「こんだけ待ったんだから、分厚くて、アミアミのがいい。絶対その方がおいしい」
リンゴへの熱が熱い。
ようやく編み終わったパイを200度のオーブンに入れる。
焼いている間に、コンポートの煮沸が全部終わった。
火を落とした台所で、茫然と外を見る。
雲一つない、いいお天気
脱力して、戦い終わった俺は立ち上がるのも億劫だ。
味?
明日の俺が楽しむ。