中谷秀和の飯テロ生活   作:藍色 紺

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76 一年分のリンゴと戦う男(アップルパイ)

 世間は3連休

 俺は、台所で12個のリンゴと格闘している。

 

「いけね。最後の一瓶だ」

 

 自家製リンゴのコンポートの瓶を空にして、スプーンをねぶりながら、何か月で食べ切ったのか数えたのは9月だ。

 

「うまい」

 

 香りがいい、それにとろりとした蜜に酸味。

 自分好みに仕上げたコンポートだからこそ、無くなるのは寂しい。

 去年8個で、11か月しかもたなかった。

 なら、今年はもう少し多く仕込めばいいんじゃね?

 

 自家製リンゴのコンポートは、秋に作って一年かけて楽しむ保存食だ。

 ヨーグルトにかけたり、自家製パンに塗ったり、ロールケーキにしたり、アップルリングにしたりと、欠かせない。

 何しろリンゴが赤くなると医者が青くなるというらしい。リンゴは健康食のはずである。

 しかし、花粉症な俺は、リンゴを加熱せねば食えない。

 だからの、コンポートであり、煮詰め具合やら形の残り具合やらの面倒なこだわりのために、自分で作り始めたら、今度はリンゴの品種にまでこだわりができた。

 紅玉でなければならぬ。

 

 かくして、最後の一瓶を食い終わった9月の半ばから、ずっとリンゴが出回るのを待っていた。

 最初に見つけたのは、サンつがる、とジャズアップル。

 そう言えば、紅玉が出るのは遅めだったな。

 ネットで検索し、スーパーに行けば、リンゴを探す日々。

 リンゴの出荷の順を覚えたころ、ようやく紅玉に出会えた。

 

 俺は今、台所で12個の紅玉と格闘している。

 

 12個のリンゴを、変色しないように剥くのは至難の業である。

 皮を剥いたのを塩水につけておく、ただそれだけのことが、案外大変だ。

 まず、リンゴはほぼ球体だ。

 ボウルに入れるとして、半球体に球体を入れると、これが量入らない。

 去年8個で入らなかったのだから、12個なんて入るわけがない。

 

 したがって、ボウルを2つ用意し、皮を剥くだけでなく、1/4にカットして芯を取ったのを入れていく。

 1個、2個……。

 6個目くらいで、皮剥き器が欲しくなる。

 

 

 次にりんごを扇型にカットしていく。

 1/4のリンゴをさらに半分にして、ダダダダダと包丁を入れるだけ。

 ダダダダダダ すいーっと包丁でまな板から下に置いてある鍋に入れる。

 ダダダダダ すいーっ

 これが、12個×4等分続く。48回。

 

 あかん。

 早々に疲労を感じて、首をふる。

 

 これは、一度には混ざらんな。

 使う砂糖は1kg

 休憩も兼ねて、飽きたころに砂糖をまぶして混ぜる。

 

 腕をさすりながら、パスタ鍋いっぱいの砂糖まみれリンゴを火にかける。

 

「まだ、まだ休憩できぬ」

 

 もう片方のコンロで、フライパンいっぱいに湯を沸かす。

 コンポートを保存するための瓶を煮沸消毒し始める。

 が、この瓶も一度に入りきらない。

 仕方なく、3回に分ける。

 

「あち、あち」

 布巾を総動員して、消毒の終わった瓶を自然乾燥させながら、コンポートを煮る。

 眼鏡が曇る。

 

 

 煮沸した瓶に、煮詰まったコンポートを入れていく。

 これほど苦労したのだから、一欠ほども落としたくない。

 神経を張って、お玉を瓶へと傾ける。

 

 で、6個詰め終わったら、また煮沸。

 今度は、瓶の中の空気を追い出すためだ。

 空気を追い出さなければ、1年間は日持ちしない。

 今度は15分を3ターンだ。

 

 瓶に詰めながら、45分煮沸する。

 窓からは涼しい風が入ってくるが、額にはじんわり汗をかいている。

 ボウルには、ザルにあげられたコンポートがこんもり残っている。

 わざとだ。

 

 三連休、リンゴのコンポートを一年分作りました。

 それだけで終わらせるわけがない。

 できたてのコンポートを、できるだけ最高の形で、楽しまねばならぬ!

 

「アップーパーイィィィ!!」

 

 リンゴを楽しむとなれば、何?

 タルトタタン、アップルリングと多々あるが、12個のリンゴと格闘した後なら、簡単で確実にうまいもの、アップルパイである。

 

 コンポートの瓶が20瓶積み上がった作業台に、パティスリーボードを置く。

 パイシートを広げ、できたてのコンポートを乗せる。

 ふぅ、と一息入れて、踏み台を兼ねた椅子を引き寄せた。

 

 これから、パイシートを編む。

 きしめんほどの太さに均一にカットしたパイシートを、まずは縦においていく。

 んで、横を格子状に編んでいく。

 1本目は表、2本目は裏に、3本目は表に、と、交互に横のシートをくぐらせていく。

 

「まったくよぉ、どーしてこんな面倒なことやりたいんだか」

 

 全ては己のためである。

 

 簡単にすましたいなら、ナイフで切れ目を入れるだけでいい。

 なのに、編みたい。

 去年のリンゴのコンポートを食べ切ったのが9月ってのがいけなかった。

 あと1ヶ月で今年のを作れると思ってからが、案外長かった。

 「今年は多めに作ろう」が「今年は1.5倍作ろう」になり、「その日の内にアップルパイ作ろう」「こんだけ待ったんだから、分厚くて、アミアミのがいい。絶対その方がおいしい」

 リンゴへの熱が熱い。

 

 ようやく編み終わったパイを200度のオーブンに入れる。

 焼いている間に、コンポートの煮沸が全部終わった。

 火を落とした台所で、茫然と外を見る。

 

 雲一つない、いいお天気

 脱力して、戦い終わった俺は立ち上がるのも億劫だ。

 

 味?

 明日の俺が楽しむ。

 

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