開拓地でスローライフを送りたい。   作:ごすろじ

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高評価、感想、謝字報告に毎度の感謝を申し上げます。


第一四話。胃痛のレオナルドお兄様

 

 

ヴァンディミオン公爵家の静かな廊下に、こつ、こつ、と軽やかな足音が響いていた。

夜会から帰宅したスカーレットは、父への挨拶もそこそこに、一直線にある部屋へと向かっていた。

兄、レオナルド・エル・ヴァンディミオンの私室である。

 

 

(お兄様にご報告しなければ。私が、どれほど素晴らしい出会いを果たしたのかを)

 

 

スカーレットの心は、いまだかつてない高揚感で満たされていた。

軽く扉をノックすると、中から「入りたまえ」という、少し疲れたような兄の声が聞こえる。

 

 

「失礼いたします、レオお兄様」

 

 

扉を開けると、そこには机に向かい、山積みの書類に目を通していたレオナルドの姿があった。

 

公爵家の跡取りであり、スカーレットの武とは違い、文に優れたレオナルドは、齢十一にして領地経営などの様々な知識を学ばされていた。

彼はスカーレットの姿を認めると、安堵したように息を吐き、ペンを置く。

 

 

「スカーレットか。お帰り。夜会、お疲れだったね。…その顔を見る限り、何事もなく、無事に終わったようで何よりだ」

 

 

レオナルドは、妹が満面の笑みを浮かべているのを見て、心底ほっとした。

あのスカーレットが、社交の場でこれほど上機嫌でいられるとは。きっと、淑女として振る舞うという約束を、きちんと守ってくれたのだろう。

 

 

「ええ、お兄様。ただいま戻りました。はい、それはもう、素晴らしい夜会でございましたわ。私の人生において、最も記念すべき一日となりました」

 

「そ、そうか。それは良かった。君が社交を楽しんでくれるのなら、兄としてこれほど嬉しいことはないよ」

 

 

予想以上の好反応に、レオナルドの表情も自然と和らぐ。

しかし、その安堵は、次の妹の言葉によって木っ端微塵に粉砕されることになる。

 

 

「ええ。…カイル・フォン・パリスタン王子という、私の生涯の伴侶にふさわしい、最高の殿方と出会うことができましたもの」

 

「……ん?」

 

 

レオナルドの顔から、笑顔が消えた。

今、妹は何と言った? カイル王子? あの、素行の悪さで有名な『馬鹿王子』が、最高の殿方?

 

 

「す、スカーレット。妹よ、疲れているんじゃないのか? あのカイル王子だぞ? 何か、失礼なことをされはしなかったかい? 例えば、殴りかかられたりとか…」

 

「いいえ、逆ですわ」

 

 

スカーレットは、うっとりとした表情で、にこやかに答えた。

 

 

「私が、殴らせていただきました」

 

「…………は?」

 

 

レオナルドの思考が、完全に停止した。

部屋に、暖炉の薪がぱちりと爆ぜる音だけが、やけに大きく響き渡る。

 

 

「い、今…君は…」

 

「ですから、カイル様の御顔を、一発、殴らせていただきましたの。とても素晴らしい殴り心地でしたわ」

 

「なーーーーーーーーーっ!?」

 

 

レオナルドの絶叫が、静かな部屋に木霊した。彼は椅子から転げ落ちそうになるのを必死でこらえ、わなわなと震える指で妹を指差した。

 

 

「な、ななな、殴ったのか!? あの王子を!? 約束を! レオお兄様との約束を破ったのか君はッ!」

 

「まあ、お兄様。落ち着いてくださいまし。ご安心ください、カイル様は大変お喜びでしたわ。むしろ、もっと強く殴られたがっているご様子でしたもの」

 

「喜んだ!? 殴られて喜ぶ人間がどこにいるんだ! いいかいスカーレット、人は殴られると痛いし、腹が立つものなんだよ! それが普通なんだ!」

 

「あら、でもあの方、ご自分のことを『超弩級のマゾヒスト』だとおっしゃっていましたわ」

 

「まぞひすと…?」

 

 

聞き慣れない単語に、レオナルドの動きが止まる。

スカーレットは兄の混乱などお構いなしに、キラキラと瞳を輝かせながら続けた。

 

 

「ええ。ですから、明日から私がカイル様の『付き人』を務めさせていただくことになりましたの。『奴隷扱いしてやる』とまでおっしゃってくださって…ふふっ、照れ屋さんですこと。あれはもう、情熱的なプロポーズと受け取って相違ありませんわね」

 

「つ、付き人…? ど、奴隷…? ぷ、プロポーズ…!?」

 

 

レオナルドの頭の中で、単語が意味をなさずに乱反射する。

ダメだ、全く話が見えない。妹の言っていることが、一から十まで理解できない。

 

 

キリリ、と左腹部に鋭い痛みが走った。いつものやつだ。

レオナルドは机の引き出しに手を伸ばし、慣れた手つきで小瓶を取り出す。

 

 

「それだけではございませんの。カイル様は、私の拳を『弱い』『軟弱だ』と、厳しくご指導までしてくださいました。私の成長を、心から願ってくださっている証拠ですわ。期待に応えねばなりません。私のこの拳で、あの方を満足させてみせます」

 

 

(弱い…? このスカーレットが…? 第二王子は、一体何を言っているんだ…? いや、そもそも殴られておきながら、なぜ説教をしているんだ…? わからない、何もわからない…!)

 

 

胃薬を数錠、水もなく口の中に放り込み、がりがりと噛み砕く。苦い味が口の中に広がった。

 

 

スカーレットは、兄の心労など全く気づいていない様子で、夢見るような表情で締めくくった。

 

 

「カイル様は、私のことを『星の白金』とお呼びになりました。きっと、私という原石が、あの方を殴り続けることで磨かれ、星のように輝くことを期待していらっしゃるのですわ。…ああ、明日からが、本当に楽しみです」

 

 

そう言ってうっとりと微笑む妹の顔は、恋する乙女そのものだった。

だが、その恋のベクトルは、明らかに常軌を逸している。

 

 

レオナルドは、もう何も言う気が起きなかった。

妹が王子を殴った。

 

 

王子は喜んだ(らしい)。

結果、二人は婚約者として絆を深めた(らしい)。

そして明日から、妹は王子を殴るために付き人になる(らしい)。

 

 

(スカーレットの主観が狂っているのか…それとも事実なのか……も、もう、いい)

 

 

考えるのを、やめた。

どうせ、妹に関わることは、常に自分の常識を超えてくるのだ。

 

 

「…そうか。良かったな、スカーレット。…くれぐれも、殺さない程度にな」

 

 

絞り出した兄の言葉に、スカーレットは満面の笑みで頷いた。

 

 

「はい、レオ兄様。分かっておりますわ、夜分失礼しました、それではごきげんよう」

 

 

晴れやかな顔で部屋を去っていく妹の後ろ姿を、レオナルドは力なく見送る。

一人残された部屋で、彼は静かに、もう一錠、胃薬を口に放り込むのだった。

 

 

(私はまだ十一だいうのに、何故ここまで胃を痛めないといけないのだ…スカーレット、お願いだから、少しはお兄様の胃を労ってあげてくれ)

 

 

その夜、ヴァンディミオン公爵家の長子の部屋からは、夜が更ける深夜まで、深いため息が途切れることはなかったという。

 

 

 





カイル「……え―――何故平然とバラしているッッッ!!!」(勝手に性癖開示される第二王子

レオナルド「スカーレットォォォオォォ!!!?」(王子殴りました発言された挙げ句、王子の性癖を報告されるお兄様


▼二人は新手のスタンド攻撃を受けている!
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