ついに他のなまはげから来訪の儀式の
途中で帰らされてしまうが…。
「泣く子はいねえか!?」
ある雪国の、冬の日。
なまはげ達が、里に降りて家々を回っていた。
その姿や大声があまりにも恐ろしいものだから、
来訪された家にいた子どもたちは怯え、
大声で泣き出してしまう。
「悪い子は……」
一人のなまはげは、泣く子供を見て
それ以上声を荒げるのを躊躇した。
「…ああ、悪かった、悪かった、
大声出したらおっかねえもんなあ。
泣くのは仕方ねえなあ」
あろうことかなんと、なまはげが
子供に謝り、あやし始めたではないか。
それを見て他のなまはげが頭を抱える。
これでは子供を戒めるなまはげの役目を果たせない。
「おめえなまはげ向いてねえなあ……先、帰れ」
「あいぃ…………」
仲間たちに事実上の戦力外通告を受けてしまった
そのなまはげは一人、肩をすぼめて
トボトボと雪の野を歩き始めた。
─だども、わらし(子供)怒鳴るのはなあ。
お役目ではあるけんども………。
子供の泣き声は、こちらも悲しくなる。
時には叱らねばならぬのはわかる。
だが、そのために大声を出すのは
やはり彼は苦手だった。
─泣く子はいねえかって言ってもなあ
大声で怒鳴ればおっかねぐでそらあ泣いてしまうべ。
昼からしんしんと降っていた雪は止んでいた。
時折ひゅうと吹く冷たい風に
粉雪が舞い上げられ、月明かりに輝いている。
その風の音に混じって、何か別の音が聞こえた。
なまはげの耳は大変良い。
─なんだべ、鹿か?猿か?いや─
それは彼があまり聞きたくない声だった。
だがその声だと分かった途端、彼は声のする方に
雪を蹴散らしながら猛然と駆け出す。
─なしてこっただ(こんな)晩に!?
こっただ山ん中に!!!
夜更けの、雪の山野にいていい存在ではない。
どれだけ駈けたことか。
山の木々の隙間、少し窪地になった場所にある
小さな塚の前に
雪が掘られた穴に埋もれた、
薄汚れたボロ布と藁の筵が
固まったような塊があった。
声はその塊から漏れている。
「うぅ……」
小さく途切れ途切れにしゃくりあげ、
すすり泣く声がする。
─子供だ。
やはり、子供の泣き声だった。
2人の幼い子供がボロ布と筵で
寒さを凌ぎながら
しっかりと抱き合って震えていたのである。
声をかける前になまはげは
自分が纏うケデ(藁蓑)で2人をしっかり包んだ。
「…ひっ」
少し体の大きい方の男児が怯えながらも
小さい女児をなまはげから庇う。
二人はもはや立ち上がり
逃げる気力も体力もないようだ。
「ああ、悪いかったな。大丈夫だ、怖がらなくていいぞ」
なるべく優しい声色で話しかけながら、
なまはげは二人を冷たい地面から抱き上げ、
膝に乗せ温めた。
「誰…?」
「俺は、なまはげだ」
「…おら達悪い子だから、なまはげ様が叱りに来たの?」
「そんたらことはねえから安心しろ」
子どもたちは手足の凍傷もひどく、随分と、軽い。
「花は、妹はどうなってますか。
寝てはだめだって言ってるのに、
返事をしてくれねくて………」
妹は既に、事切れていた。
兄の方も両の目が焼けただれ、潰れている。
なまはげは二人を大事に抱え上げ、
あまり揺らさぬよう慎重に、駆け出した。
「里に行くぞ。医者に見てもらわねば。
まま(飯)も食ねばな。腹減ったべ」
「……だども、おら達、悪いことして……」
「なまはげ様はお見通しだ」
なまはげの目は子供の嘘をあっさりと見抜く。
なまはげには見えたのだ。
「えらしくねえ(可愛げがない)ワラシだ。
前のお父に似てんのか」
そう言いながら兄に手を上げる継父。
「おめえたちなんて産むんでねがった。
おめえたちがいなければあの人も優しいのに」
そう恨みがましく兄妹に言い続ける母親。
何日も食事が与えられず、
耐えきれなくなった妹が、
残飯とも言えぬわずかな、鍋の残りを漁った。
「この泥棒め。その手をたたき切ってやろうか
片手でも女郎にはなれるしては」
「やめてけれ!」
妹にナタを振り上げる継父に兄は必死でしがみつく。
小さく、痩せた兄は簡単に投げ飛ばされた。
「親に逆らうかあ!!」
それでも収まらぬのか、酒を飲んでいるのもあってか
継父は家の中のものに当たり散らす。
「ああもう!この子は余計な真似を!」
母は子どもたちを憎らしげに怒鳴る。
「ごめんなさい、ゆるしてけれ……」
それでも兄は、母に救いを求める。
母は囲炉裏に刺してあった火箸をそんな兄の目に向けた。
「ああ、太助、その目が憎たらしい。
おめえがそんなにあの人に似てなければ…!」
目の火傷の痛みと寒さに耐えながら歩かされ、
妹と共にここに放り出された。
酒臭い息を吐きながら、継父は下卑た笑いを見せた。
「本当のお父のそばがいいべ?まあ、明日迎えに来てやる」
兄妹の本当の父親は山で行方知れずになった。
この小さな塚は、兄妹の本当の父親の墓だ。
「あんちゃん、おらのせいで。ごめん」
「平気だ、それよか花、寝てはだめだぞ。
さびいと外で寝たら死んじまうって、
本当のお父が言ってたもの」
「そうだ、お父は冬に外で過ごさねばならねえときは
雪に穴掘ってそん中いろって言ってた。
おらが掘るから、あんちゃん休んでれ」
妹は小さな手で、手袋もしていない手で雪を掘った。
─だども、寝てしまってもいいかなあ。
じくじくと痛む闇の中で兄は思った。
明日、継父が迎えに来ても
新たな地獄の日々が始まるに過ぎないからだ。
だが妹は生きるために雪を掘り始めた。
妹が望むなら、生きよう。
─目が見えねから、検校さんなるべか。
按摩さんなるべか─。
雪洞とも言えぬ浅い穴に二人で寄り添い
温め合いながら、眠らぬように
話し続けていたが、数刻前から、
妹は返事をしなくなった─
子どもたちを通して見えた、残酷な仕打ち。
─何が親だ、何が躾だ。
畜生にも劣るでねえか。
ぎりり、と牙を噛み締める。
「……おら達、悪い子でねえ?」
「ああ、おめだぢ(お前たち)
なーんにも悪いことしてねえぞ。
太助、おめえは妹を庇ったいいあんちゃんだ。
花はあんちゃんを助けたいい妹だ。
二人ともいい子だぞ。なまはげ様が言うんだから
間違いはねえぞ」
「いがった(良かった)……」
「おう、寝るなよ、里に着くまで」
なまはげは今にも意識の途切れそうな
太助に声をかけ続ける。
「寝てはならねえぞ。眠ってはだめだ」
刺すような寒さから子どもたちを守りながら
なまはげは夜の森を風のように駆け抜ける。
あっという間に里の灯りが木の間から
チラチラと見えてきた。
「ああ、もうすぐだぞ、もうすぐ………」
腕に抱えた子供の息が浅い。
その焼かれた目から、一筋、涙がこぼれた。
「おとう、花、ゆるしてけれ……」
何を謝る。
この子たちが何を謝らねばならぬのか。
「だめだ、だめだ。死んではだめだぞ」
太助の手が花の頭に触れる。
その手が力を失って、下がった。
「だめだ、起きろ、返事をしろ、
返事をしてけれ、頼む…………!!」
雪を蹴散らしながらなまはげは里への道を降る。
あと少し。
あとほんの少しだった。
「…うおおおおおおおおおおおおお!!!」
なまはげの咆哮は木々の枝を震わせ、
積もったばかりの雪を舞い上げる。
その声は遠くまで轟いた。
なまはげは、なまはげになってから
初めて腹の底から怒った。
悪い子より泣く子より、
こんな目に合わせる悪い親の方が許せない。
子供は親が守らねば誰が守るのだ。
許せなかった。
この子らをこんな目に合わせた者が。
そして、間に合わなかった自分が。
怒って、怒って、怒って………。
涙が出てきた。
二人を抱きしめたまま、
雪に崩れ落ちるようになまはげはひざをつく。
─ああ、やっぱり俺はなまはげ失格だ。
泣くなまはげなんて、いねえもの。
なまはげの大きな目から涙がとめどなく溢れる。
幼子の顔を見る。
夜目のきくなまはげには
その顔がはっきりと見える。
やせ細った苦しそうな顔を
ごつごつとした指で慎重に撫でてやった。
─この子らはこんな目に合うために
生まれて、死んでいったのか。
せめて、二人が穏やかに眠れるように。
寒さに晒されぬように、大事に抱えながら、
なまはげは子守唄を歌い始めた。
「ねんねんころころ、ねんころり……」
二人を大事に大事に、
ゆうらりゆらりと揺らす。
なまはげらしくない、優しい歌声で
泣きながらなまはげは子守唄を歌う。
─自分はいつこの子守唄を覚えたのだろう。
いつか、誰かに歌ってもらったような。
いつか、誰かに歌ったような。
歌ううちに少しずつ、少しずつ、
誰かの記憶が伝わってきた。
おっかなびっくり、
初めて我が子を抱いた日のこと。
日に日に息子が自分に似てきたこと。
下の子が女の子で、生まれたばかりなのに
嫁に行くことを考えて、周りに笑われたこと。
家族のため、糧を得に山に入り、そして─
涙の筋がやがて、なまはげの面にヒビを入れた。
徐々に、角も牙も崩れ落ちていく。
涙とともに、砕けた面の欠片が光の粒子となり、
兄妹の上に降り注いだ。
光の雨が触れるたび、
兄妹の痛々しい火傷も、
体中にあった傷や痣も消えていく。
頬には赤みがさし、痩せて木の枝のようだった
手足もふくふくと子供らしい丸みを帯びる。
顔が崩れるのも構わず、ただただ
なまはげは歌い続けた。
飢えも痛みも子どもたちから消し去りたかった。
夜が、明けた。
雪の積もった野はキラキラと朝日に輝いている。
「あいぃ、角も牙もねえなあ」
なまはげは片手で自分の顔をペタペタ触る。
自分の顔は今どうなってるのだろう。
目は見えているし口もきけるし、
耳も聞こえるようだが。
「うーん……」
なまはげの腕の中で兄妹がもちもちと動く。
「!!太助、花!!!」
二人は名を呼ばれ、寝ぼけ眼のまま見上げる。
その目がぱっちりと開いた
三人とも、自然と笑顔になった。
「……お父!」
面が崩れ落ちて出てきた顔は、
兄妹に良く似た目をした男の顔だった。
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さて。
なまはげが戒めるのは子供だけではない。
大人も戒めの対象になる。
親の役目を放棄した親も、無論、戒める対象だ。
「んがっぱらよお…」
その夜、なまはげ達がいつもと違う様子で、
静かにこう言いながら来訪した家があったという。
明け方、その家は雪崩に巻き込まれ
近くの川にまで押し流され、
住んでいた夫婦が行方知れずとなったが、
それはなまはげだった男と
彼の子供たちが知らなくて良いことだ。
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数年後の冬。
「悪い子はいねえかあああ!!」
ある家に、なまはげ達が来訪した。
「いねえ!!」
はっきりとその家の父親は断言する。
「なんつっても上の子らは下の面倒よく見るし、
下の子らは手伝いをやるし、みんな勉強もな…」
「分かった分かった、長えんだおめえの子自慢は」
なまはげは呆れてかつての仲間の話を制しながら、
家の中を見回した。
この家の主の言う通り子どもたちなのが
なまはげから見てもよくわかった。
「……おめんどはまだわらしだ増えて
(お前の所はまた子供が増えて)」
なまはげたちに言われたそこの家のお父は
困ったように、そして
少しだけ寂しそうに、言った。
「口癖が治らねしては(口癖が治らないから)」
彼は人間になっても、里に行くたびに
こう、聞いて回ってしまうのだという。
「泣く子はいねえか?」
「んがっぱら」は標準語だと「てめえら」が
一番近いニュアンスですが、
秋田弁だと「んが」は最上級の侮蔑的二人称です。
秋田は比較的穏やかで我慢強い県民性ですが
「んが」と言ったらほぼ間違いなく喧嘩沙汰になります。
なまはげ様たちもブチギレ案件だったわけです。