よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】   作:Mr.ティン

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悪路王とは、陸奥の国にて朝廷に反抗した者の名として伝えられている

(……見事だ、阿弖流為。お前は神弓に認められたぞ)

 

俺は、大猛丸が消滅した瞬間を、魔力の領域の中で見届けていた。

 

地から天へと貫く光の奔流。

天之麻迦古弓が解き放った、その一撃。

凄まじい閃光が収まった後に残ったのは、晴れ渡った青空と、浄化された大地だけだった。

分裂したアマタの一人が、阿弖流為の一撃に。興奮で目を輝かせながら俺の周りを飛び回る。

 

(あのオジちゃん、すごかったねぇ!)

(そうね、本当にすごい。あの弓の力を、ちゃんと引き出せていたわ)

(ああ。あれほど素直に神器の力を受け入れる器を持つ者は、そうそういない)

 

ハルカも、感嘆の色を浮かべている。

俺も頷き、阿弖流為の心身を称えた。

天之麻迦古弓は、扱い手の意志と力量を問う。

 

俺の生前の神話において、あの弓は天若日子と言う神が扱ったとされている。

地上の統治と言う役目を忘れ、それを咎めようとした使者を射殺した……そんな由来を持つ弓だ。

さらに、その射殺した矢は天照大神の元にまで届いた。

その矢を見た天照大神は、『この矢に心当たりがある者に当たれ』と告げると、矢は天若日子のもとへ戻り、彼自身を射抜いて殺してしまう。

天之麻迦古弓が持つ、当たるべき相手に必ず当たるという特性は、此処から来ているのだろう。

 

そして、信念の薄い者が手にすれば、その反動が使い手に返ってくる。

阿弖流為は、その試練を見事に突破してみせたのだ。

 

(……さすがに、目利きは正確だったな、アマテラス)

 

俺は、高子に対して密かに感服した。

その時だ。

 

(師匠、今戻った)

 

 

一陣の風と共に、スサノオが戻ってきた。

 

(お疲れ様ね、スサノオちゃん。向こうの方はもう大丈夫なの?)

 

ハルカが、明るく声をかけるが、スサノオの顔を見た俺は、すぐに異変を察した。

憮然、という言葉がこれほど似合う表情も珍しい。

 

(スサノオ。何があった)

 

俺が問うと、スサノオは腕を組みながら、忌々しそうに答えた。

 

(……してやられた)

(何?)

(あの鬼、大武丸のやつだ。出羽の国に向かったのは確かだったんだが……神域には、結局近づかなかったんだよ)

 

スサノオが、顛末を語り始めた。

 

大武丸は、出羽の国に向かった後、ただ広い範囲で雨を降らせ続けるだけだったという。

神域のダンジョンには近寄らず、ひたすら豪雨を周囲に叩きつけるばかり。

 

(俺はてっきり、ダンジョンへの陽動かと思って待ち構えていたんだが……結局、やってこなかった)

(それで、どこに消えた)

(それが……気付いた時には、姿を消していたんだ)

 

スサノオの声に、珍しく悔しさの色がある。

 

(だから、機能をつかって、出羽の国を広く調べてみたんだがな……一つ、分かった事がある)

(……何が分かった?)

 

俺が促すと、スサノオは重い口調で続けた。

 

(大武丸は、豪雨で周囲の視界を塞ぎながら、各地に残っていた瘴気の沼を……その身に取り込んでいた)

(っ!? なんだと!?)

 

俺は、思わず声を上げた。

 

(瘴気の沼の取り込み?)

(それって、どういう事……?)

 

ハルカとアマタが、困惑した声を出す。

 

(瘴気とは、負の感情に染まり切った魔力だ。その沼を取り込むという事は……膨大な魔力を、直接体内に蓄える事に等しい)

 

俺は、二人に説明しながら、急速に嫌な予感が膨らんでいくのを感じていた。

 

(大武丸は、その身体を肥大化させながら……姿を消したんだ)

 

スサノオの言葉を聞き終える前に、俺はすでに魔力の領域を広げ始めていた。

 

(……どこだ。どこに向かった)

 

奥州全体の魔力の流れを、俺は素早く辿る。

豪雨を伴いながら移動するその痕跡を追っていく。その行方は……。

 

(北だ。ずっと、北へ向かっている)

 

そして、その流れの行き着く先に、俺は気づいた。

 

(……まずい)

(どうした、師匠)

 

スサノオが、俺の様子を察して問う。

 

(大武丸は、恐山に至った)

(恐山……悪路王がいる場所に?)

(合流したんだ、あの二匹は)

 

俺の言葉に、この場の空気が一変した。

だが、それだけではなかった。

 

ほぼ同時刻、恐山から、異常な魔力の波動が発生したのだ。

 

(!?)

 

俺は、慌てて恐山を魔力の領域内に表示した。

 

(……恐山が、揺れている)

 

山全体が、低く振動している。

地の底から湧き上がるような、重い揺れ。

地震とも異なる、その異様な振動の原因を、俺はコアの機能を使って調べ始めた。

 

そして……。

 

(なん……だと)

 

俺は、驚愕した。

 

(アキト、どうしたの!?)

(師匠、何が起きているんだ!?)

 

ハルカとスサノオが、俺に詰め寄る。

 

(悪路王は……動いていなかったわけではなかった)

 

俺は、震える声で言った。

 

(あいつは、恐山に居座りながら、ひたすらその身に宿した瘴気を地下へと送り続けていたのだ)

(瘴気を……地下に?)

(負の感情に染まった魔力で、地脈そのものを汚染し……恐山を、自分の意のままに操ろうとしている!)

 

ハルカが、息を呑む。

スサノオも絶句し、映し出される恐山を凝視する。

俺が焦りを感じたのは、そこから先だ。

 

(そして……時間をかけた結果、あいつはそれを実現させてしまった)

 

その瞬間、魔力の領域に映し出された恐山で地鳴りが響き、山が割れた。

 

ゴォォォォォン……

 

ゆっくりと、だが確実に。

地面が裂け、その中から、巨大な何かが立ち上がる。

 

(あれは……!)

(なんて大きさ……)

(大きい……すごく大きい……)

 

岩石で出来た、巨大な人型だった。

かつての大怪異を思わせる、圧倒的な巨体。

その全てが火山岩で出来ていて、蠢くたびに岩が軋み、地面が揺れる。

 

(こ、こわいよ……)

 

アマタが、怯えた声で言う。

 

俺も、その威容に言葉を失いかけた。

だが、それ以上に俺の目を引いたのは、その巨体の中心にある、漆黒の岩だった。

 

脈動するように蠢く、漆黒の岩塊。

 

(……あれは)

 

俺は、コアとしての感覚でそれを分析した。

 

(……あれは、疑似的なダンジョンコアだ)

(え? ど、どういう事、アナタ!?)

(大武丸が集めた瘴気の沼だ。その負の魔力を凝縮させて、大武丸が直接コアとなったんだ。よく見ろ、あの表面に……)

 

漆黒の岩の表面に、鬼の顔が浮かび上がっている。

苦悶するような、あるいは嘲笑するような、禍々しい顔が。

スサノオが、低く呻いた。

 

(まちがいない、アイツだ。大武丸は……自らがコアになったのか)

(……コアに似せているが、ダンジョンの運営機能は持たないようだ。だが、その代わりに……一番基本的能力だけは持ち合わせてるな。地脈から魔力を引き出す力を)

(そ、そんな事って!?)

 

余りの事におれ達が動揺する中、コアとなった大武丸から、負の魔力が溢れ始めた。

負の魔力は、瘴気の泥と化して、岩石の巨体の全身を覆い始める。

 

赤黒い火山岩が、漆黒の泥に包まれていく。

その姿は、もはや怪異という言葉では足りない。

かつての大怪異に匹敵する、あるいはそれを上回りかねない脅威。

泥と岩の巨人、そう呼ぶべき大異形が、ここに出現したのだ。

 

(悪路王の策略が、ここまで周到だったとはな……)

 

俺たち四人は、誰も言葉を発せなかった。

しばらくの沈黙の後、最初に口を開いたのはスサノオだった。

その声には、しかし絶望したものでは無い。

 

(……ただ、師匠。あれには弱点もある)

(気づいたか)

(ああ。巨体故に、魔力の供給が途絶えれば、直ぐに瓦解する。つまり……)

(その通りだ。奴は恐らく恐山から離れられん。火山の直上からまだ離れられんのだ)

 

俺は、頷いた。

それは、確かな事実だ。

あの巨体を維持するには、地脈から絶え間なく魔力を引き出し続けなければならない。

俺達だからこそ解る。コアを作るというのは、膨大な魔力を注ぎこむ必要があるのだ。

大武丸がかき集めた瘴気の沼程度では、完全なコアなど作れず、限定的な機能を持った出来損ないのみ。

生み出せる負の魔力も、多くは無いだろう。

その為、恐山の地から離れた瞬間、その全てが崩れ去る。

恐山に居座っているからこそ、あの巨体も維持できていると言っていい筈。

 

しかし……それでも、田村麻呂たちの目的……東北の平定の為には深刻な脅威だ。

スサノオが、静かに言う。

 

(田村麻呂や姉上があれを倒さなければ、この奥州に真の平和はやってこないよな……)

(それに、出来るだけ早く倒さなければならんだろう。不完全なコアも、魔力を注ぎ続ければ機能を強化できる)

 

俺は、泥岩の巨人を見つめながら言った。

その全身から瘴気が滲み出し、周囲の山野を黒く染め始めている。

放置すれば、恐山を中心に奥州全体が瘴気に飲み込まれるだろう。

更には、コアが強化されれば生み出される負の魔力は増え、別の火山にたどり着くまで巨体を維持できるようになるかもしれない。

そうなれば、日本全体が脅威にさらされるだろう。

大怪異が復活したも同然の災厄となるのは必至だ。

 

(田村麻呂たちは、これとどう戦うつもりか……)

(アマテラスおねえちゃんたちなら、やれるよ! きっと!)

 

アマタが、泣きそうな顔で、それでも力強く言う。

その言葉に、俺は少し心が和らいだ。

 

(……そうだな。あいつらならば)

 

田村麻呂と高子と阿弖流為。

神器を手にした彼らは、ここまで確実に強敵を倒してきた。

だが、これは次元が違う。

 

(場合によっては……俺が力を振るう必要があるかもしれない)

 

普段、現世への直接介入を控えている俺だが、あの脅威を前にしては、それも考えなければならなかった。

 

(アナタ……)

(大丈夫だ。まずは、彼らの戦いを見守る。それが先だ)

 

ハルカが、心配そうに俺の名を呼ぶ。

俺は、そう答えながら、泥岩の巨人へと視線を戻した。

大武丸が吸収した瘴気が今も地脈から引き出した魔力と混ざり合い、泥岩の巨人はその威容を増し続けている。

 

(……悪路王よ。お前はよく考えた)

 

俺は、率直に認めた。

恐山に居座り、ただ待っているように見せかけて、その実ひたすら準備を重ねていた。

大武丸を使って瘴気を集め、自らは地脈を掌握し、そしてその全てが整った時に一気に動いた。

 

田村麻呂たちが、次々と怪異の長を倒していく間も、悪路王は揺るがなかった。

 

(……だが、人は強いぞ。お前でさえ、きっと乗り越える)

 

俺はそう呟き、泥岩の巨人の動向の監視を続けつつ、田村麻呂たち勇士を信じるのだった。

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