よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】   作:Mr.ティン

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奥州霊異譚 終幕 そして……

【阿弖流為】

 

田村麻呂殿が、魔穴へと走り去る姿を、おれは見送った。

何処までも仲睦まじい夫婦だ。

あの二人を見ていると、心が温かくなる。

オレとて独り身ではないが、この戦に赴いてから、顔を合わせていない。

その為、あのような夫婦としての姿を見せられると、思うところが無いでもないが……。

 

(……未練だな)

 

この先を思えば、妻子の存在を明らかにすべきではない。

そう、オレは、今後の事を考え始めていた。

 

奥州の危機は、これで去った。

怪異に荒らされた村々も、少しずつ復興している。

そして、蝦夷が力を示したことで、朝廷もかつてのような横暴な国司を送り込むことはないだろう。

であるならば、これより先、戦の責を問われるようになる。

 

 

「母禮」

 

オレは、傍らに立つ母禮を呼んだ。

 

「阿弖流為殿、どうした?」

「オレは、都に行く」

 

母禮が、目を見開いた。

 

「何を言っている。田村麻呂殿と共闘したとはいえ、朝廷は乱を起こした蝦夷を許しはしないぞ」

「判っている……判っているから、行くのだ」

 

オレは、頷いた。

如何なる理由があろうとも、オレ達が朝廷に刃を向けたのは変わらない。

そして朝廷の長は、奥州から朝廷を追いやった俺達を決して忘れてはいないだろう。

オレの名は、朝廷の長まで届いたとも聞いている。

だからこそ、オレが行くのだ。

 

「乱を起こした以上、誰かが責を背負う必要がある。そして、それが長たる者一人の首で済むのなら、安いものだ」

 

オレは、そう告げた。

覚悟は、決まっている。

オレの首一つで、蝦夷の民が救われるのなら、それでいい。

 

「阿弖流為……」

 

母禮が、言葉を失った。

副将たちも、オレたちのやり取りを聞いていたのだろう。

その場が、静まり返る。

だが、その時。

 

「その必要は、無いかもしれんぞ」

 

田村麻呂殿の声が、響いた。

オレは、振り返った。

そこには、高子殿と、そして何故か、試練の鬼を引き連れた田村麻呂殿の姿があった。

 

「田村麻呂殿……?」

 

オレが訝しむ中、試練の鬼が、オレたちの前に何かを転がした。

それは――ほぼ人と変わらない大きさの、全身を縄で縛られた、怪異だった。

 

「これは……!」

「悪路王、だそうだ」

「何!?」

「あの巨体を操っていたのは、この者だったのですよ。もっとも、力を全て使い果たしたせいで、この様な姿になってしまったようですけれど」

 

田村麻呂殿と高子殿の言葉に、オレは驚愕した。

この様な者が、あの巨体を操っていたのだというのか?

更には、その卑小さだ。

かつて相対した怪異の長に比べ、明らかに小柄な姿。

瘴気を失えば、あれらもこの様な姿になったのだろうかと、そんな考えさえ浮かぶ。

 

「どうやら、あの巨体を盾に本体たるこやつは逃げ出そうとしていたようでな。そこを……まあ、おれの師が捕縛してくださったというわけだ」

「……先も思ったが、そこなる鬼が師とはどういう事なのだ?」

「何、阿弖流為殿なら、魔穴に挑むうちに指導を受けられるやもしれぬな」

「そ、そうか……」

 

この鬼は、そういう存在だというのか?

良く解らぬ話に首を傾げようとするも……気を取り直す。

今、鬼の存在はどうでもよい事だ。

俺の様子を見て取ったのか、田村麻呂殿が、静かに言う。

 

「……話を戻そう。恐らく、阿弖流為殿はその様な事を言い出すだろうと、予想していた」

「その通りだ。如何に共闘しようとも、かつてオレ達が朝廷に弓を引いたのは変わらぬ。誰かが首を差し出さねば、治まるものも治まらぬであろう」

「確かに、その通り。しかし、首が必要なら……丁度ここに丁度いいものがある」

 

田村麻呂殿は、悪路王を見ながら、そう告げたのだ。

転がりながら、怯えと憎悪の色を浮かべる悪路王。

猿ぐつわもされているため、口は聞けないようだが、無ければどれほど罵詈雑言が溢れただろうか。

しかしそれに構わず田村麻呂殿は続ける。

 

「何より、阿弖流為殿は今後も奥州の人々の中心として必要になる。だから、おれは何度も朝廷に使いを送り、助命を願ったのだ」

 

確かに、田村麻呂殿は戦況を知らせる為か、度々都へと使者を送っていた。

多くの村々を復興しつつの進軍だ。

時間もかかったために、朝廷とやり取りする事も当然増えるのだろうと思っていたが、その際にそのような事までしていたとは。

その言葉に、オレは胸が熱くなった。

田村麻呂殿は、オレのために、そこまでしてくれていたのか。

だが……。

 

「しかし……それで、朝廷が納得するのか?」

 

オレは、疑念を口にした。

朝廷も、広き領地を治めるには、威を示す必要もあるだろう。

如何に使いやすい首があるとはいえ、それで治まるものであろうか?

だが、高子殿が、確信的に頷くのを見て、オレは察した。

実際に、その通りになるのだろうと。

これまでも先の事を見通す様であった彼女だ。

高子殿が頷くのなら、間違いない。

理解した瞬間、どっと安堵が押し寄せてきた。

 

「……あ、ああ……そうか。オレは、生きられるのだな」

 

オレは、その場に座り込んでしまった。

気が抜けて、立っていられなかったのだ。

同時に、ふと妻子に会いたくなった。

いつか責を負う時、妻子にまで累が及ばないようにと、あえて遠ざけていた妻と子らに。

再び会えるのだと思うと、こみ上げるものを抑えきれぬ。

 

そこへ、田村麻呂殿が手を差し伸べてくれた。

 

「立てるか、阿弖流為殿」

「……ああ」

 

オレは、その手をしっかりと握った。

温かい手だった。

オレは、奥州のみならず、己自身も救われたのだという実感に、満たされていた。

 

(ありがとう、田村麻呂殿……)

 

オレは、心の中で、何度もその言葉を繰り返した。

その時だ。

試練の鬼が、ゆっくりと頷いたのだ。

田村麻呂殿とオレを見つめ、そして高子殿にも視線を向ける。

その目には、確かな満足の色があった。

まるで、弟子の成長を見届けた師のように。

そして、静かに、鬼の姿が薄れていく。

風に溶けるように、その巨体は光の粒子となって消えていった。

 

「師匠……」

 

田村麻呂殿の小さな呟きが、オレの耳に届いた。

オレも、消えていく鬼の姿を見送る。

あの鬼が認めてくれたのだ。

オレたちの、この戦いを。

そして……。

 

(……田村麻呂殿の師、か。オレも魔穴に挑めば、巡り合えるのであろうか?)

 

そんな事を、ふと思うのだった。

 

【アキト】

 

その後の様子を、俺はハルカやアマタ、スサノオと共に見守っていた。

田村麻呂は、それでも都には行くと言ってきかない阿弖流為と、捕縛した悪路王を連れて、都へと帰還した。

そして、都で下されたのは、悪路王の公開処刑。

阿弖流為は、今後赴任する新たな国司に仕える役に任じられている。

その国司とは、田村麻呂を支えていたあの副将だ。

彼ならば、奥州の事を想って働く事だろう。

 

(アナタ、これって、アナタの知る歴史とは違うのでしょう?)

(ああ、全くの別物だな)

 

ハルカの問いに、俺は頷いた。

(本来の歴史では、阿弖流為は処刑されていた。田村麻呂が助命を願ったが、桓武天皇に却下されてな)

(そうなのね。でも、どうして変わってしまったのかしら?)

 

ハルカの疑問だが、実はそう難しい話では無い。

 

(東北での戦いが、俺の知る歴史以上に長くなっていたからだな)

 

俺は、説明を始めた。

 

(生前の歴史とは違い、東北全域から朝廷は撤退していた。だから、そこを盛り返すのに時間がかかった。恐らく、倍以上はかかっているし、村々の復興も行ったから、数年の時が追加でかかってしまったんだ)

 

生前の歴史においても田村麻呂は各地に拠点を築きながら、慎重に進軍していた。

この歴史においては、その拠点の数も増え、更に村々の復興まで行っている。

また怪異の群れの勢力も多く、そういう意味でも時間がかかる。

結果的にその進軍は、数年がかりの大規模なものになってしまった。

 

(それが結果が変わった理由……?)

 

アマタが首を傾げ、俺は決定的な理由を告げる。

 

(ああ、そのせいで、田村麻呂たちが悪路王を討伐したほぼ同時期に、桓武天皇が崩御してしまったんだ)

 

そう、おれ達が東北方面に意識を向けている間に、朝廷では大きな動きがあった。

蝦夷を脅威に感じ続けた、桓武天皇が崩御したのだ。

 

(天皇崩御に揺れる朝廷には、遠い奥州の事情は後回しにされた。どうしたって朝廷内の継承問題でそれどころではなくなるからな。結果、阿弖流為は赦免され、田村麻呂の言うように責を悪路王に取らせることで、丸く収めたんだ)

(どおりで、何だかごたごたしてると思ったぜ!)

 

スサノオが、腕を組んで頷く。

如何にも機嫌が良いのは、見どころがあると踏んだ戦士である阿弖流為が、処刑されずに済んだことを喜んでいるせいだろうか?

この分だと、阿弖流為が故郷に戻ったらちょっかいをかけに行くのだろう。

阿弖流為の無事をひそかに祈りつつ、俺は続ける。

 

(ともあれ、長く続いた田村麻呂の東征は、これで終わったわけだ)

 

俺は、そう締めくくる。

その時だ。

ハルカが都での田村麻呂の様子を見ていて、突然クスクスと笑い出した。

 

(……ハルカ、どうした?)

(見てください、アナタ。あの二人ったら……)

 

ハルカが映し出し、指差す先。

そこには、長く都を離れていたために、実の子供たちから顔を忘れられ、

 

「おじさん、おばさんは誰?」

「なっ!?」

「そ、そんな……!」

 

と告げられて崩れ落ちる田村麻呂と高子の姿。

そして、そんな戦場とは全く別の姿を見せる田村麻呂たちに、思わず爆笑している阿弖流為の姿も。

 

(ははは……まあ、そういう事もあるな)

 

まるで、海外赴任で子と離れていた親の姿だ。

俺も、つられて思わず笑ってしまった。

いや、当人たちにとっては笑い事ではないのだろうが……。

 

(ははは……まあ、親子仲は、これから修復していけばいいさ)

 

俺は、そう言いながら、それでも気を取り直して子供達を抱きしめる田村麻呂と高子たちを目にしつつ、今後の歴史に思いを馳せた。

この先、平安時代は続いていく。

そして、その中で田村麻呂たちは、どのような役割を果たしていくのだろうか。

 

(まあ、見守っていくとしよう)

 

俺は、そう心に決めて、ハルカ達と共に再び時の流れを見つめるのだった。

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