よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】   作:Mr.ティン

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小野小町には、百夜通いと言う逸話が残されている

俺達、小野家に仕える下人一同は、篁様を見送っていた。

隠岐への流刑。

それが、今日からの篁様の運命だった。

しかし篁様の様子に陰りは無い。

まるで、ちょっとした政務に向かうかのように、普段のまま旅立とうとしていた。

屋敷の門前で、篁様は最後の言葉を俺に告げる。

 

「下人頭、小町のことを頼む」

「承知しております」

 

俺は、深く頭を下げた。

篁様の養女である小町様……その正体は、俺の知るアマテラスだ。

 

思い返せば、あれは何年前のことだったか……アマテラスは、坂上田村麻呂の妻として、現世で仮初の身体を作って活動していた。

田村麻呂の奥州東征を支え、共に戦い、共に過ごした日々。

その後、田村麻呂は俺達と同じダンジョンコアに宿る意思となり、アマテラスも後を追う形で仮初の身体を捨てた。

魔力の中に、意思を戻したんだ。

 

だが、アマテラスは知らなかったことだが、弟であるツクヨミが、姉に会うために仮初の身体を作り、赤ん坊として現世に降り立っていた。

しかしその時、アマテラスは田村麻呂と共に都を離れていて、不在。

 

こうして、すれ違いになったツクヨミは、小野家に拾われ育てられた。

篁という名を授けられ、立派な貴族として成長したのだ。

そして、すれ違った事を知ったアマテラスが、再び仮初の身体を作って会いに来たのだが……この時、篁様ことツクヨミは、彼女を養女として迎え入れた。

どうにも、傍にいるのならば、関係性はどちらが親であるかは、関係なかったらしい。

このような経緯で、アマテラスは小野小町として、この小野家で暮らすことになったのだ。

 

そんな経緯を思い出しながら、俺は篁様の言葉に頷いた。

 

「小町様のことは、私共がしかとお守ります。ご安心ください」

「うむ。頼んだぞ。くれぐれも、悪い虫など付けぬようにな?」

「……はあ」

 

生返事する俺を無視し、篁様は屋敷を振り返った。

そこには、目が覚めるほどに美しい一人の女性が、篁様を見送っていた。

その美しさは尋常ではなく、神々しさまで伴っている。

その姿を見るだけで、心が洗われるような気がする者さえいるだろう。

彼女が、今のアマテラスの写し身である、小野小町その人だ。

彼女は、義父であり、魂としては弟にあたる篁様を、心配そうに見つめている。

 

「父上、お気をつけて」

「何、すぐに戻る。嵯峨上皇は、私の能力を買っておられる。遠からず、都に呼び戻されるだろう。二、三年だ」

 

篁様は、そう言って笑った。

自信に満ちた笑みだ。

実際、俺も生前の知識から、篁様の予想が当たることを知っていた。

二年後、篁様はその才を惜しんだ嵯峨上皇に都に呼び戻される。

だからだろうか?

小野家他の者たちも、さほど動揺した様子が無い。

 

(本来、隠岐への流刑とか、都の貴族としては死罪に等しいものなのだけどなあ)

 

そんな事も思うが、篁様の様な何事にも動じない主を長に持つ家は、こんなものなのかもしれない。

ただ、当の篁様は、小町様と離れがたいのか、何度も振り返りながら牛車に乗り込んでいた。

 

(ツクヨミ的には、流刑そのものより、アマテラスと引き離されることそのものが罰になっているな)

 

こうして篁様は、隠岐へと向かって行った。

 

 

それから、日々は静かに過ぎていった。

小野家は、篁様不在でも滞りなく回っている。

俺は下人頭として、屋敷の管理を続けていたし、小町様は、詩を詠み、書を読み、穏やかな日々を送っていた。

 

だが、ある日、変化が訪れた。

小町様を訪ねる貴族が現れたのだ。

 

「一目、御家の姫に御目通りかなわぬだろうか?」

 

その貴族の名は、深草少将と言った。

彼は、熱心に恋文を送ってきたうえに、屋敷にも何度も足を運んできた。

 

これについてだが、小町様について、都の貴族の間では既に噂になっていたという事情がある。

貴族間で名の知れた篁様が、目に入れても痛くないほど溺愛しているという娘。

家族以外の誰にも見せたくないほどの箱入り娘。

そして、何より、その美しさ。

極稀に行事に参加した際、その姿を見た貴族が、一目で恋に落ちたという話も広がっていて、関係を求める恋文が、ひっきりなしに小野の屋敷に届くようになったのだ。

深草少将も、その一人だった。

 

だが、当の小町様は、その求めに応じるつもりはなかった。

ある日小町様は、内々に俺へこう語った。

 

「田村麻呂様に出会う前であったなら、深草少将の求めにも応じていたかもしれません。だけれど……私の愛する御方は、田村麻呂様だけなのです」

 

その言葉には、深い想いが込められていた。

かつて、小町様……アマテラスは、長らく恋に恋するような乙女だった。

しかし、坂上田村麻呂に出会い、本当の意味で恋に落ち、結ばれたのだ。

その恋は、今も小町様の心に生き続けている。

他の男を、恋愛対象として見ることは、もうできないだろう。

だからこそ、深草少将の想いは、叶わない。

それは判っていた。

 

とはいえ、あまり貴族を袖にし続けるというのも、悪評の元になる。

俺は、静かに尋ねた。

 

「小町様、それでよろしいのですか?」

「ええ。これで良いのです」

 

小町様は、微笑んだ。

その微笑みは、穏やかで、そしてどこか寂しげにも見えた。

 

しかし、深草少将は諦めなかった。

 

「百夜続けて通うので、せめて一目会ってくれないか?」

 

そのような文を送ってきたのだ。

小町様は、悩んだ末に、こう返事をした。

 

「会うだけならば」

 

こうして、深草少将の百夜通いが始まったのだ。

 

毎晩、深草少将は小野家の門前にやって来た。

俺は下人頭として、毎度彼に応対した。

初めて会った時、深草少将は緊張した面持ちで言った。

 

「今宵も、小町様にお会いしたく参りました」

「はい、承知しております。ですが、小町様は今宵もお会いになられません」

 

俺は丁寧に告げた。

仮にも他家とはいえ貴族だ。

強く出るわけにはいかない。

 

「そうですか……では、また明日」

 

深草少将は、がっかりした様子で頭を下げた。

だが、その目には諦めない意志が宿っているように見える。

若く、生真面目で、そしてひたむきだ。

 

そんなやり取りが、毎晩続いた。

十夜目、二十夜目、三十夜目。

俺は、深草少将と言葉を交わすうちに、彼の人となりが分かってきた。

真剣で純粋で、だが同時に恋に恋しているところがある。

そんな青年だった。

 

五十夜目の夜、深草少将がこう言った。

 

「小町様は、まるで月のようです。美しく、遠く、手が届かない。だが、だからこそ、この想いは高まるのです」

 

その言葉に、俺は少し眉をひそめた。

 

「深草様、恐れながら……」

「何でしょうか?」

「小町様を、月に例えるのは結構ですが、それは本当に小町様を見ての言葉でしょうか」

 

俺の言葉に、深草少将が目を見開いた。

 

「どういう意味ですか?」

「深草様は、恋というものに恋をしておられるのではないですか? 小町様その人ではなく、手の届かない美しい女性に恋をする、という物語に」

 

俺は、慎重に言葉を選びながら告げた。

他家の貴族を諌めるなど、本来なら許されないことだ。

だが、このままでは深草少将も、小町様も、不幸になる。

 

深草少将は、しばらく黙っていたが、やがて、ゆっくりと口を開いた。

 

「……確かに、私は小町様のお顔を、まだ見ていません。ですが、この想いは本物です」

「では、何故小町様なのですか? 他にも美しい方は、都に大勢おられるでしょう」

「それは……」

 

深草少将が、言葉に詰まる。

俺は、続けた。

 

「深草様、私が申し上げたいのは、小町様を一人の人として見てくださいということです。月でも、物語でもなく、一人の女性として」

 

深草少将は、しばらく考え込むように俯き……やがて、小さく頷いた。

 

「……分かりました。考えてみます」

 

それから、深草少将の態度が、少し変わった。

文の内容も、少しずつ現実的なものになっていく。

小町様の好みや、日々の暮らしについて尋ねるようになったのだ。

俺はそれらを。答えられる範囲で答えることにした。

 

そうするうちに、九十九夜目。

季節は、既に冬。

酷く冷え込み、雪が降り、風も強い夜だった。

そんな冬でも、深草少将の通いは続いていたのだが……今夜は、普段よりも、深草少将が来るのが遅い。

 

(……なにか、有ったのか?)

 

俺は、ある種の予感を感じた。

何か、良くないことが起きているんじゃないか。

 

(出過ぎた真似かもしれないが……)

 

俺は、深草少将が通ってくるであろう道を、逆に辿り始めた。

雪が積もり、足元が滑るが、俺は進み……そして、見つけた。

雪に凍え、倒れている深草少将を。

 

「これは……!」

「ぅ……あ……」

 

俺は、慌てて彼の元に駆け寄った。

息はある。

だが、体は冷え切っている。

このままでは、命に関わるだろう。

 

「……緊急時だ、仕方ない」

 

俺は、彼を抱え上げ、小野家の屋敷へと運びこんだ。

 

屋敷に戻り、深草少将を暖かい部屋に寝かせる。

他の下人に湯を沸かさせ、彼の体を温めた。

そんな中、ハルカも手伝ってくれていたのだが、その途中、こう囁いて来た。

 

「アナタ……深草少将の百夜通いの逸話は知ってる?」

「逸話?」

「あのね、この九十九夜目に、深草少将は雪で命を落としていたの」

 

その言葉に、俺は息を呑む。

詳しく聞くと、俺の生前の歴史において、小野小町には有名な恋の逸話があり、それが深草少将の百夜通いなのだと。

絶世の美女である小野小町に恋い焦がれた深町少将は、約束の成就の直前に九十九夜目に、命を落とす。

恋の厳しさや無情さなどを示す逸話として、有名であるらしい。

正直、俺は恋愛が絡む逸話に疎いのだが、こういう方面はハルカが普段から調べているらしく、この様に詳しく解説してくれる。

 

なるほど、そういう逸話だったのか。

つまり俺は、歴史を改変してしまったようだ。

だが……正直な所、後悔していなかった。

 

「……報われない恋にしても、会うところまでは叶っていいじゃないか」

「ふふっ……そうね。アナタらしいわ」

 

俺は、そう呟き、ハルカが、優しく微笑んだ。

 

その後、治療の甲斐があり、深草少将は一命を取り留めた。

そして百夜目。

 

「お約束を、果たしにまいりました」

 

結局日中も治療されたために、通うのではなく小野邸に一日滞在していた深草少将の元へ、その夜、一人の女性がやって来た。

それは、彼が求め続けた、小野小町その人だ。

 

「あ、貴女が……」

 

深草少将は、ようやく小町様を目の当たりにした。

だが、その瞬間、彼は悟ったようだった。

小町様の目は、明確に恋する人の目だ。

そして、その恋の先が、自分ではないことを、聡明な深草少将は判ってしまったのだろう。

さらに、神職などじゃない深草少将でさえ分かるほどに、小町様は只ならない神気を漂わせていた。

元より、小町様は自分じゃ届かない存在だと、あえて深草少将に理解させるように。

小町様が、静かに語り始めた。

 

「深草様……私では、貴方様の想いに応えることはできません。ですが、せめて祝福を」

 

そう言って、小町様は深草少将に手を差し伸べた。

その手から、温かな光が溢れる。

恐らくは、何らかの加護。

小野小町としてではなく、神たるアマテラスの加護が、深草少将に授けられていた。

その意味を悟ったのだろうか?

深草少将は、静かに一筋の涙をこぼしていた。

 

 

次の日、完全に復調した深草少将は、小野家を去った。

その去り際、門前で彼は俺に言葉をかけてくれた。

思えば百夜。長い付き合いになったものだ。

 

「下人頭でありましたな、色々と世話になった」

「いえ、私などは……」

「いや、貴殿の言葉がなければ、私はもっと愚かなままだったでしょう」

 

深草少将は、深く頭を下げた。

その顔には、ぬぐい切れない名残惜しさがあった。

だが、同時に、前を向いていた。

恋に身を焦がした百夜は、届かなかったものの、意味がある物だったと。

そう、受け止めているようだった。

 

俺は、深草少将を乗せた牛車を見えなくなるまで見送った。

逸話じゃ、失恋した上に命まで失った彼が、こうして前向きに生きる姿を見せている。

それに、感慨を抱かずにはいられなかった。

 

そして、ふと思う。

 

「篁様不在の時で良かったな……居たら、何が起きていたか」

 

もし篁様がいたら、深草少将を門前払いしていただろう。

そもそも百夜通いなんて、させなかっただろうし、それ以上に何かしでかしていた可能性が高い。

そうならなくてよかったと思うべきか……

そんな事を考えながら、俺は、屋敷に戻った。

 

また、しばらくは穏やかな日々が続くだろう。

それは篁様が都に呼び戻されるまで。

 

その時がさほど遠くない事を知りつつ、俺は下人頭として務めを続けるのだった。




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