よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】 作:Mr.ティン
【藤原良房】
富士山の噴火から程なくして。
詳細な報告が都に届き始め、麻呂はようやく事態を正確に把握したのでおじゃる。
実のところ、麻呂はその報告書を読みつつ、密かに驚いておじゃった。
被害は確かに深刻でおじゃる。
溶岩が流れ出し、湖の一部が埋まり、村が消えたのでおじゃるから。
されど……思ったよりも、小さいのでおじゃる。
「これは……如何なることでおじゃろうか?」
麻呂は、報告書を何度も読み返し、首を傾げておじゃった。
死者の数が、予想よりも遥かに少ないのでおじゃる。
何故でおじゃろうか?
すると、側近が、補足の説明を始めたのでおじゃる。
「良房様、現地からの報告によりますと……被害を受けた地域の神社や寺で、噴火の前に神託が下ったとのこと。それに従い、人々は事前に避難していたと」
「神託……でおじゃるか」
神仏の加護。
それが、多くの命を救ったと。
(これは……麻呂の力の及ばぬところでおじゃるな)
麻呂は、複雑な想いを抱いかずにはおられなんだ。
朝廷の力では、噴火を止めることはできぬでおじゃろう。
されど、神仏は人々に警告を与え、命を救ったのでおじゃる。
それは、麻呂にとって、ある種の敗北でおじゃった。
(……不遜でおじゃるな)
同時に、麻呂は麻呂自身の驕りを自覚したのでおじゃる。
何処までも麻呂は神ならぬ人の身。敗北を感じるなど、烏滸がましいにも程があるでおじゃろう。
であるなら、麻呂はただ人として出来る事を成すのみでおじゃる。
「朝廷としても、神仏への感謝を示すべきでおじゃろうな。浅間神社へ使者を送り、鎮火の儀式を依頼せよ。また、被災地の寺社へも支援を忘れてはならぬ」
「承知いたしました」
麻呂の命により、朝廷は動き始めた。
人々は、この災害を通じて神仏への信仰を深め、朝廷もまた、その力を認めざるを得なかったのでおじゃる。
されど、朝廷が浮足立っている最中に、その事件は起きたのでおじゃる。
応天門が、炎上したのでおじゃった。
「何と……!」
報告を受けた麻呂は、即座に現場へと向かい、目を見開かずにおられなんだ。
平安宮の正門である応天門。
それが、激しく燃え上がっていたのでおじゃる。
火柱が高く上がり、煙が空を覆い、火を隠すかのようでおじゃった。
「……何者かの、放火でおじゃるか?」
麻呂は、冷静に状況を分析した。
この時期に、応天門が燃える。
それは、偶然ではおじゃるまい。
誰かが、意図的に火を放ったと見るのが、妥当な所。
勿論、朝廷内は混乱に包まれたのでおじゃる。
応天門は、宮中の顔とも言うべき場所。
そもそも宮中の顔とも言うべき応天門の焼失は、朝廷の威信を下げるものでおじゃる。
それ故、疑心暗鬼が広がり、実行者や首謀者を探す動きが活発化したのは当然のことでおじゃった。
そんな中、大納言である伴善男が、声を上げたのでおじゃる。
「左大臣、源信殿が怪しいと存じます!」
その主張に、朝廷内が騒然となったのは無理なき事。
源信。
そは源氏の有力者であり、左大臣の地位にある御方でおじゃる。
その方が、応天門の放火に関わっているとの主張。
本来ならば通らぬであろうその主張でおじゃるが、主張者が大納言にして未だ勢力を保つ伴氏によるものとなれば、話は違ったのでおじゃる。
結果、源信の屋敷は、一時包囲されたのでおじゃるが、流石にこれは捨て置けぬ。
故に、麻呂は動いたのでおじゃる。
「待たれよ」
麻呂の言葉に、一同が静まり返った。
「源信殿に、そのような真似をする理由があるとでも? 麻呂には、到底思えぬのでおじゃる」
麻呂の弁護に、伴善男が反論しようとした。だが、麻呂は続けた。
「証拠もなく、疑うことは許されぬ。源信殿は無罪でおじゃる」
麻呂の言葉は、絶対的であった。
麻呂は摂政。
他に無い権威が、そこにはあったのでおじゃる。
こうして、源信は政治的窮地を脱したのでおじゃった。
実のところ、麻呂はこの件の全貌を把握しておじゃった。
(放火の主犯は、人ではなく……瘴気でおじゃるとは)
麻呂は呪詛より身を守るため、術師を何人も抱えているのでおじゃるが、その一人より警告を受けたのでおじゃる。
陰の気を持つ火が、都で飛び交う呪詛を取り込み、不審火を起こす怪異と成り果てていたのでおじゃった。
その陰の気を持つ火こそ、瘴気そのもの。
遠く富士の噴火とその被害の噂を聞きつけた都の民の不安。
それが、呪詛に反応し、瘴気による火種が発生したのでおじゃる。
その火種が、応天門に火をつけたのだと、術師達は報告してきたでおじゃる。
しかし、この様な真実は、みだりには明かせぬ。
(これを公表しても、民の不安を煽るだけでおじゃろう。瘴気を濃くするだけでおじゃるな……)
ただでさえ、天災によって民に不安が広がる中、更に不安をあおるような事にもなりかねぬ。
麻呂は、真相を隠すことを選んだ。それが、最善の策であると判断したのでおじゃる。
(……とはいえ、どうしたものでおじゃろうか)
一方で、放火の主犯が不明と言う状況も、拙いのは確かでおじゃる。
これもまた不安を呼んでいるのは事実におじゃる。
このまま放置したならば、今度は宮中そのものにも火を付けられかねぬでおじゃる。
しかし、事態は思わぬ方向に動いたのでおじゃった。
初めは、全くの別の事件でおじゃった、
伴氏の手の者が、大宅鷹取なる下級官吏の娘を暴行し、殺害したのでおじゃる。
「……何たることか」
その報告を聞いた麻呂は、深く眉をひそめた。
そして、大宅鷹取が告発に立ったのでおじゃる。
娘の仇を討つために。
そして、その告発は、応天門の変にも及んだのでおじゃった。
「伴氏が、応天門の放火に関わっていると申すか……」
大宅鷹取の告発は、具体的であった。
伴氏の家来が、不審な動きをしていたと。
証拠もあると。
都に満ちる不安感と疑心暗鬼。
その中で、朝廷は過敏に反応せずにはおられなんだ。
伴氏の家来を捕らえ、尋問し、拷問にかけたのでおじゃる。
遂に自白させたのでおじゃった。
「伴氏が……応天門に火を放ったと……」
その報告を聞いた時、麻呂は静かに目を閉じた。
(これは、冤罪でおじゃろう。だが……)
真実は、瘴気による放火でおじゃる。
されど、伴氏の家来は拷問の末に自白した。してしまったのでおじゃる。
娘を失った大宅鷹取の執念が、この結果を導いたのでおじゃる。
結果、伴氏は捕らえられ、流罪となっておじゃった。
大宅鷹取は、娘の仇も討ち、伴氏をも貶めることに成功したのでおじゃる。
麻呂は、その一連の流れに関わることなく、ただ観察しておった。
そして、ひそかに恐れたのでおじゃる。
(大宅鷹取……その執念、恐ろしいものでおじゃるな)
一人の父親の、娘への愛と復讐心。
それが、一つの氏族を滅ぼした。
麻呂は、その力を、恐れと共に認めたのでおじゃる。
更に麻呂にとっては頭を悩ませる事態が起きたでおじゃる。
今度は奥州で大地震が起きたのでおじゃる。
「地震に、津波とな?」
後にそう呼ばれることになるこの地震は、凄まじいものでおじゃった。
大地が揺れ、そして大津波が沿岸部を襲ったのでおじゃる。
報告を聞く度に、麻呂の心は重くなった。
田畑が流され、村が消え、多くの命が失われた。
自然の猛威の前に、人は無力でおじゃる。
しかし、先の噴火の如く、ここでも神託が下っておったのでおじゃる。
「津波の前に、神仏の警告があったと……」
「はい。多くの人々が、事前に高台に避難していたとのことです」
その報告に、麻呂は深く頭を下げた。
「改めて、神仏に、感謝せねばならぬでおじゃるな……」
人的被害は、思いのほか少なく、それが、神仏の加護によるものであるのは明らかでおじゃる。
麻呂は改めて心から感謝し、この日乃本が神仏の加護篤き地であると確信したのでおじゃる。
無論、人的なもの以外の被害は深刻でおじゃった。
奥州沿岸部の田畑や村落は、壊滅的な被害を受けたのでおじゃる。
「免税を命じよ。そして、救援物資を送れ。できる限りのことを」
麻呂は、次々と命を下した。
朝廷として、できることを全てするのでおじゃる。
それが、麻呂の務めでおじゃった。
数年をかけて、それらの災害の傷は、少しずつ癒えていった。
復興が進み、人々は再び立ち上がり始めたのでおじゃる。
されど、その頃でおじゃる。
遂に麻呂自身が倒れたのは。
「良房様!」
側近たちが、慌てて駆け寄る。
麻呂は、高熱にうなされておった。
流行り病でおじゃる。
ありふれた病でおじゃるが、麻呂も最早高齢にさしかかり、激務にも追われていた為、耐え切れなかったのかもしれぬの。
故にこうして、床に臥せているのでおじゃる。
熱のせいでおじゃろうか?
麻呂の脳裏には、これまでの人生が浮かんでは消えておじゃった。
承和の変。
橘氏と伴氏を排除し、北家の地位を確立した。
文徳天皇の即位。
そして、清和天皇の即位。
人臣として初めて、太政大臣となり、摂政となった。
(政治では、力を出し尽くしたでおじゃろう……)
麻呂は、そう確信しておった。
藤原北家の隆盛。
それは、麻呂が成し遂げたのでおじゃる。
されど、度々の天災には、手も足も出なかったのでおじゃる。
富士山の噴火。
応天門の変。
貞観地震。
それらは、麻呂の力の及ばぬところでおじゃった。
(しかし、神仏の加護があった。麻呂が出来ぬことを、神仏がなしてくださったのでおじゃる……)
それもまた、真実でおじゃる。
麻呂は、人として出来ることを全うしたと自負しておじゃる。
そして、神仏は、人には出来ぬことをなしてくださった。
(これで、良いのでおじゃろう……)
最早麻呂の意識はあやふやになっておじゃった。
藤原北家は、もはや麻呂がいなくとも、隆盛の道を歩むでおじゃろう。
藤原氏の外戚政治は、最早確立された。
後は、次代に託すのみ。
「祖父上……」
清和天皇が、麻呂の枕元にやって来た。
いや、麻呂にとっては孫でおじゃる。
その若き帝が、涙を浮かべておられる。
「帝……麻呂は、もう十分でおじゃる。後は……お任せするで……おじゃる……」
麻呂の声は、か細かった。だが、その言葉には、確信が込められておった。
やがて、麻呂の意識は……。
こうして、藤原良房は他界した。
だが、その口元には僅かに笑みが浮かんでいた。
満足げな、穏やかな笑み。
藤原良房は、人臣としての極みに達し、そして天災の前に人の限界を知り、それでも為すべきことを為し尽くした。
その生涯は、まさに栄光と苦悩の両方に満ちたものであり、その死は、一つの時代の終わりを告げるものでもあったと、人々は噂したのであった。
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