よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】 作:Mr.ティン
富士の噴火や奥州の地震が起きた貞観の時代から、いくらかの時が流れた。
既に都では、新たな帝の代替わりが起き、それに伴って藤原氏の勢力は増すばかりだった。
とはいえ、政治的には安定期に入っていると言っていいだろう。
大きな動乱などはなく、平穏な時代が続いていた。
とはいえ、変化がないわけではない。
俺たちに遅れて、小野小町としての生を全うしたアマテラスと、最後まで彼女付きの下人として仕えたアマタが、ようやくコアに意識を戻したのだ。
(よくぞ戻った、高子)
(ええ、お待たせしてしまいました、田村麻呂様)
(アマタ、現世は堪能できたか?)
(はい! 生きるということを、たくさん学べました!)
(それは良かったわ。でも、一度おじいさんになったのにアマタは元気ねえ)
アマテラスは夫である田村麻呂に出迎えられ、アマタの話に俺とハルカが耳を傾けた。
なお、ツクヨミはアマテラスの帰還だというのに飛んでこなかった。
一応、暴走した時のためにスサノオも控えていたのだが、無駄になった形だ。
(……ツクヨミも成長したのか?)
(違うぜ師匠。兄上はちょっと精神に負荷がかかりすぎてるんだぜ!)
(負荷?)
(なんでも、九相図というものを調べたらしいんだ)
(……?)
正直なところ、俺の知識量はそう自慢できるレベルのものじゃない。
専門的な知識の分野ともなると、さっぱりだ。
だから、そういう場合、俺の生前の歴史とリンクしたデータベース頼りになる。
(九相図は……人間の死体が腐敗していく九段階を描いた仏教的観想図、なのか)
調べてみると、なかなかに刺激的な内容だ。
仏教の教えとして、無常観や肉体の脆さ、美の儚さなどを伝えるための概念図のようなものらしい。
それぞれの段階を鮮明な絵として描いて、文字が読めない人々にも分かりやすく伝えるためのものだったようだ。
そして、その絵は生々しく、凄惨だ。
生前の姿(生相)から、死後直後の姿(死相)へ。本来ならそれで終わってもいいように思えるが、九相図はここからが始まりだ。
次は、死体が腐敗し、膨張した姿(脹相)で、皮膚が張り裂けそうに膨れているようだ。
そこから、皮膚が破れ血まみれの姿(血塗相)に。血の匂いが呼び寄せるのか、この際虫なども集まり始めるようになる。
さらに待つのは、全身から膿が垂れ流された姿(膿爛相)だ。この頃には、もう肌は黒ずみ、生前の面影は見る影もない。
そしてもはや骸とすら言えなくなるのが、完全に腐り果てて原形をとどめなくなった姿(壊相)。
その次は、もはや肉すらなく骨だけ(骨相)となり、最後は焼かれ(焼相)などして灰や砂のように砕けて風に散らされていく。
(……無情さを示すにしても、インパクトが強すぎないか?)
参考に呼び出した画像データの、鮮明かつ凄惨な描写に、流石の俺も閉口する。
同時に、ツクヨミが精神的なダメージを受けたという理由もわかった。
(題材が、小野小町とはね……)
そう、俺が見た参考のデータの題材は、小野小町が死した後の滅びの様を描いたものだった。
元々九相図は、単なる死体描写ではなく、美や若さ、肉体への執着を断ち、悟りへ向かうための観想のためのものだ。
それだけに元々の生者は、美で名高い者の方が都合がいい。
となると、才色兼備で恋の歌で名高い小野小町は、美の無情さや儚さを示すための格好の題材であったわけだ。
(有名税とでも言うべきかな、これは)
鮮明に描かれた小野小町の死体の変遷は、あまりにインパクトがある。
それを、小町を娘として可愛がっていたツクヨミが見たならば、深刻なダメージを受けるのも無理はなかった。
(一応、この時代の直後にそういう扱いはされていないようだが……)
平安時代では、小野小町に関しての話は、その恋の歌や美しさの方が主であったようだ。
しかし、鎌倉時代あたりから、様子が変わってくる。
乞食同然に落ちぶれたり、老衰して誰にも顧みられなかったり。
さらに骨と皮だけとなり、過去の美貌を悔いるなどといった説話が見られるようになってくる。
若き日の美貌よりも、老年になってその美しさが失われる悲惨さを題材にされていくのだ。
(遂には、そういった姿が能の題材にもなって行くのか)
能の演目の中でも有名なものに、『卒塔婆小町』というものがある。
老いた小町が卒塔婆に腰掛け、過去の恋を語りながら、老衰や無常、肉体の崩壊や罪障と救済を通じての悟りが描かれる内容だ。
この『卒塔婆小町』を含めた小野小町を題材とした有名な能は他にもあり、それらの総称として小町三番能と呼ばれているらしい。
そして、そこに登場する小町は、いずれも老境を迎えた老婆としての姿だ。
(……皮肉なものだな。美しい姿での演目よりも、その美が失われた姿でのものが多いなんて)
そして、そんな無情な姿を、ツクヨミは調べてしまったわけだ。
あれだけ小町を大切にしていたツクヨミなら、寝込みもするだろう。
俺がそんな風に考えていると、スサノオがさらに続ける。
(姉上自身は、気にしてないみたいだけどな!)
(……そうなのか?)
(ああ! 本当に自分の身体が九相図みたいになるのか、観察したかったみたいだぜ?)
(……なんて?)
話に聞くと、アマテラス自身、小野小町については色々調べていたらしく、後の世の評判や、九相図などの題材にされることも知っていたらしい。
その上で、意思が抜けた写し身を鳥辺野に放置することも考えたそうだ。
(いや、小野家は健在だし葬式も普通にできるだろ?)
(ああ、それはそうだぜ! 普通に火葬にされたな)
(当たり前だ)
そもそも、小野小町は宮中に出仕もした女官だ。
小野家自体も古くから続く家格であり、上級貴族に分類される。
となると、遺体をそのまま野に打ち捨てられるはずがないのだ。
この頃の平安貴族、それも女性の場合の葬儀となると、次のような流れになる。
まず、死が確認されると、貴族邸の一室に遺体を安置した後に、僧による読経が行われる。
その後は輿などで遺体を鳥辺野に運び、遺体を処理するのだが、小野家のような文人系の貴族の場合、火葬されることが多かったらしい。
そして荼毘に付された後は、遺骨を骨壺に入れ、各家の菩提寺などで埋葬されるのだ。
その後は、七日ごとの法要や、一周忌・三回忌などで供養する形になる。
実際、アマテラスの写し身たる小町の場合もそうだったし、そもそも小野篁も同様の流れで埋葬されている。
つまり、九相図のようなことには、そもそもならないわけだ。
(まあ、実際に野に死体を晒せば、九相図みたいになるのは、確かだけどな……)
政治的に安定した時代と言っても、身寄りのない平民などは、野に躯を打ち捨てられることもあり得る。
そうした死体は確かに九相図のような変遷をたどるのだろう。
(……いや、この世界なら、怨念が宿ったり、瘴気のせいで動きだしたりする可能性はあるか)
元々人の意志が宿っていた骸というのは、魔力や瘴気の影響を受けやすい。
事実、戦場で打ち捨てられていた骸が、戦場に溢れていた瘴気を取り込み、動き出して人を襲うようになるという事例は過去に存在していた。
そういった者の対策として仏教が広まった面もある。
(アマテラスが宿っていた骸とか、下手に妙なものが憑いたらとんでもない事になりかねないな……)
(そいつは流石に兄上や田村麻呂も、頭を抱えると思うぜ……)
いかん、想像もしたくない案件だ。
もっとも、今後注意するに越したことはない。
今までの写し身は、使用後に魔力に変換するなりしていた。
直近の俺やハルカの身体も、郷里に帰ったという名目でありつつ、その実魔力に変換していたのだ。
しかし、これからの時代は、死後も人の目にさらされる機会が増える。
現世で過ごした後、安易に使っていた写し身を消したりするのは拙くなるだろうし、その際にはきっちり埋葬されるまで確認する必要があるだろう。
(……埋葬と言えば、なんだが)
(?)
(俺の生前では、小野小町の墓は、何故か十数カ所で伝えられていたらしい)
(出鱈目だな!?)
データベースで調べた結果得られた情報に、俺とスサノオはあきれ果てる。
(いや、何か乞食同然に各地を放浪して、色んな所で行き倒れになった話が残っているらしくてな)
(何で公家の女が、そんなに元気よく各地を放浪した事になってるんだ!?)
いや、スサノオの言いたいことは分かるが、事実としてそういう伝承が各地に残っていたのだ。
大体が、ここで行き倒れたとか、ここに墓があるとか。
あとは、朽ち果てた骨からススキが生えたなんてパターンもある。
小野小町の墓の代表例は、京都の随心院。小野家の氏寺であるここは、現実的にも実際に弔われた可能性が高いだろう。
しかし、同じ京都でも、行き倒れの地として補陀洛寺が有名であったりする。骨からススキが生えたという伝承も、ここだ。
そして、何故か京都から遠く離れた地で伝承が残っているのが、秋田や岩手、福島といった東北地方だ。
(……何でそんな遠くで行き倒れてるんだ!?)
(都を追われたって設定らしいが……)
(老いた公家の女が行ける距離なのか!?)
とはいえ、そんな話が複数残っているというのも、不思議な話だ。
そこでふと、俺の脳裏に嫌な想像が浮かぶ。
(……もしかして、自称小野小町な老婆が無数にいた可能性もあるかもしれないな)
(その方が俺は恐ろしいぜ……)
(いやほら、『そうか、私って○○に似てるんだ……』って言いだすタイプがだな……)
(師匠の生前の女達はどうなってるんだよ!?)
スサノオが叫ぶが、そんな事は俺にもわからん。
ただ、そういうフレーズが存在したことを覚えていただけだ。
(まあ、実のところ、話題づくりや観光資源的なアピールの題材にされただけだとは思うがな)
(そうであってくれた方がいいぜ。自称小野小町がいっぱいいるよりはマシだからな!)
疲れたように呟くスサノオに、俺は同意した。
ふと視線を向けると、俺たちが小町伝説を語らう間にも、ずっと田村麻呂と寄り添っているアマテラスの姿がある。
その名が司る太陽のように、田村麻呂の横で輝かんばかりの彼女。
(……どうしたって、行き倒れるようには見えないな)
俺と同じように考えたのか、スサノオが横で頷くのを感じる。
伝承と実像の乖離とは、こういうことなのかと、俺は思わずにはいられなかった。
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