よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】 作:Mr.ティン
(この期間に、帝も何代か代替わりしているな……)
アマテラス達が戻ってしばらく、俺は都の様子を観察していた。
帝は清和天皇から、陽成天皇、そして光孝天皇へと変わっていったようだ。
その間、国内では大きく目立った事件などは見当たらない。
政治的には、相変わらず藤原氏が権勢を誇っているし、一時立て続けに起きていた天災も、最近は鳴りを潜めている。
勿論、小規模な地震などは起きているけれど、これと言って目立った被害は出ていなかった。
その一因が、人々の強靭さだ。
魔力を日常的に体内へ取り入れている人々の強靭さは、多少の災害ではろくに傷さえ負わない。
兵士や狩人は特に、ダンジョン……彼らが言う所の魔穴に積極的に挑むのが慣例と言うか、当たり前のことになってしまっている。
そこで濃厚な魔力を取り込んだ人々は、ちょっとの事では死ななくなる。
(あとは、魔物の肉が、案外馬鹿にならない効果があるんだよな……)
兵や狩人がダンジョンから持ち帰る魔物の肉は、庶民の食べ物として広く普及している。
特に奈良時代以降、兵役に就く者は、定期的な魔穴探索が義務付けられている程だ。
とはいえ、そこで得られる魔物の肉などは兵達が自由にしてよい為、自分達で食べるかもしくは売りさばくなどで処理している。
このため、魔物の肉は誰でも食べられるほどのありふれたものとなった。
(で、元々魔力から生み出されている魔物の肉だから、豊富に魔力を含んでいるわけだ)
そんな肉を庶民たちが食べているわけで、自然と身体が強靭になって行くのも無理のない事なのだろう。
思えば富士の噴火の際にも、村々から逃げ出す人々の健脚ぶりは見事なものがあった。
それどころか、火山弾を受けても平気そうにしている若者の姿さえあったのだ。
(日本人がドンドン人間を辞めて行っているな……)
そんな風に思わずにはいられなかった。
そんな庶民の強靭さと比べると、公家の様子はまだ理解が出来る。
大きく動くことが余りないせいで、少なくとも表向きは生前の人々とあまり変わらないように思えるのだ。
尤も、例外はある。
「行くでおじゃる」
「参られよ」
それが、蹴鞠だ。
(……何だアレ?)
領域内に映し出した、宮中の一角。
そこでは公家たちが、凄まじい勢いで鞠の蹴り合いを繰り広げていたのだ。
矢継ぎ早に、まるで弾丸の様な勢いで鞠が打ち出され、受け手側はその剛速球を容易く勢いを殺し、軽く打ち上げる。
……おかしい。
蹴鞠とは、もっと穏やかな、雅なものではなかっただろうか?
そんな俺の疑念をよそに、公家たちはイナズマな蹴鞠を終える気配が無い。
余り身体を動かさないはずの公家たちも、最早超人の領域に入っていたのだった。
よく見ると、蹴鞠の興じる貴族たちの体つきも、やけに良い。
(……もう少し、文化人らしさのある公家は居ないのか……?)
そう考えていると、不意に宮中の廊下をスルスルと進む一人の公家の姿が目に留まった。
(……なんだか、雰囲気が他と違うな)
何というか知的な印象で、妙に目立つ人物だ。
……何者だろうか?
気になって調べてみると、表示された名前に、俺は言葉を失った。
菅原道真。
後の日本を代表する大怨霊の一人にして、学問の神。
その生前の姿が、此処にあった。
【菅原道真】
私の才能は、幼い頃から明らかであった。
それは、自惚れではない。
事実として、そうであったのだ。
十一歳の時、私は漢詩を詠んだ。
その詩は、周囲の大人たちを驚かせた。
大人たちは口々に、子供が作ったとは思えぬ出来であると、皆が口を揃えて言った。
「これは……見事なものだ」
「まだ十一歳であろう? この才、恐るべきものがある」
彼らの賞賛の声を聞きながら、私は静かに頷いた。
当然のことだと、私は思っていた。
私には、才能がある。
それを疑ったことは、一度もなかった。
菅原家は、代々学者の家系である。
祖父も父も、学問において名を成した。
だが、私はそれを超える。
私の才能は、彼らをも凌駕するものだと、幼心に確信していた。
そして、その確信は、正しかった。
青年期に入ると、私は大学寮に学んだ。
そこで、私は文章得業生に選ばれた。
これは、優秀者のみが選ばれる名誉ある地位である。
私以外にも優れた者はいたが、私ほどではなかった。
「道真殿の才、まことに見事でございます」
同僚たちが、そう言って頭を下げる。
私は、謙虚に微笑んだ。
だが、内心では当然だと思っていた。
私の才能を認めるのは、彼らの目が確かである証拠だ。
やがて、私は従五位下に叙せられた。
学者官僚として、順調な昇進である。
そして、私はさらに上を目指した。学者としての最高峰、文章博士の地位を。
その地位に就いた時、私は深い満足を感じた。
「遂に、ここまで来たか」
文章博士。
それは、学者として到達し得る頂である。
私は、まだ若い身にてそれを成し遂げたのだ。
周囲は驚嘆したが、私にとっては予定通りの結果であった。
だが、私の野心は、そこで止まらなかった。
学問だけではなく、政治においても力を示したい。
そう考えるようになったのだ。
中年期に差し掛かった頃、私は讃岐守に任じられた。
讃岐国の地方長官である。
「讃岐守……か」
その報せを聞いた時、周囲は複雑な表情をしていた。
都から離れた地方への赴任。
それを、一種の左遷と捉える者は少なからずいるのだ。
「道真殿、これは……」
「何か問題でも?」
私は、平然と答えた。
左遷? そのようなことはない。
これは、順調な任官である。
地方官としての経験を積むことは、私の経歴にとって必要なことだ。
都にいるだけでは、見えないものがあるはずだ。
地方を知ることで、私の視野は広がるだろう。
「いえ、失礼いたしました」
周囲の者たちは、私の自信に満ちた態度に、何も言えなくなった。
かくして、私は讃岐へと赴任した。
讃岐での日々は、充実していた。
地方の実情を知り、民の暮らしを見る。
そして、私は有能な地方官として、その職務を全うしたのだ。
民は私を慕い、私もまた彼らに応えた。
だが、都では大きな変化が起きていたのである。
阿衡の紛議。
それは、朝廷を揺るがす事件であった。
本来は行き違いであったのだ。
今上の帝が、朝廷の実務を取り仕切る藤原氏の基経殿に向け、詔勅を出したのだが、その文中に斯様な分があった。
『宜しく阿衡の任を以て卿の任とせよ』と。
しかし、この阿衡なる役職は、実務に欠けた名誉職であると、基経殿は反発したのだ。
これにより、今上の帝は自らの言葉を取り下げねばならなかった。
そしてそれによって関白の地位を巡る争いの中で、天皇よりも外戚である藤原氏の方が権力を持っていることが、明るみになってしまったのである。
私は、讃岐にいながらその報せを聞いた。
「藤原氏が、天皇を超える力を……」
それは、ゆゆしき事態であるが、同時に可能性の一つであった。
帝こそが、この国の頂点であることは変わらないが、それが崩れかかる。
外戚の力に押されているのだ。
これでは、朝廷の秩序が乱れてしまうだろう。
そして、当事者である宇多天皇は誰よりも、その危機を感じておられたのだろう。
私が讃岐から都に戻った時、帝は私を召された。
「道真、そなたの才を、朕のために使ってもらいたい」
天皇の言葉に、私は深く頭を下げた。
だが、内心では歓喜していた。
遂に、私の才能が認められる時が来た。
天皇自らが、私を必要とされているのだと。
「畏れ多きことでございます。この道真、全力を尽くします」
私は、側近として天皇に仕えることになった。
帝は、才ある者で周囲を固め、藤原氏に対抗しようとされていたのだ。
そして、私こそが、その中心となるべき人物であった。
それからの昇進は、目覚ましいものであった。
参議に任じられ、そこから権中納言へ。さらには、権大納言にまで昇った。
「道真殿の昇進、まことに早いものですな」
公卿たちが、そう囁く。
羨望と、僅かな嫉妬が混じった声だ。
だが、私は気にしなかった。
これは、私の才能に見合った昇進である。遅すぎたくらいであろう。
そして、ある日、私は遣唐大使に任命された。
「遣唐大使……」
それは、名誉ある地位である。
唐との外交を担う、重要な役職だ。
だが、私は考えた。
果たして、今、遣唐使を送る意味があるのだろうか?
唐は、既に衰退している。
かつての栄華は失われ、内乱が続いていると聞く。
そのような国に使者を送ることに、どれほどの価値があるのか?
私は、決断した。
「陛下、遣唐使の廃止を提案いたします」
朝議の場で、私はそう述べた。
一同が息を呑んだ。
遣唐使は、長年続いてきた制度である。
それを廃止するなど、前代未聞のことだ。
「道真殿、それは……」
「唐は、既に衰退しております。内乱が続き、かつての力はありません。そのような国に使者を送ることは、危険であり、かつ無益であると、私は考えます」
私の言葉は、明快であった。
事実を述べているだけだ。
唐の衰退は、誰の目にも明らかである。
それを認めず、ただ慣習に従って使者を送り続けることは、愚かなことだ。
「我が国は、もはや唐に学ぶべきものはありません。独自の文化を育むべき時が来ているのです」
「道真の言う通りだ。遣唐使は、廃止する」
私の主張に、宇多天皇は頷かれた。
その決定は、朝廷に大きな波紋を広げた。
だが、私は確信していた。
これこそが、正しい判断である。
そして、この決定を導いた私こそが、朝廷において不可欠な存在であると。
遣唐使の廃止。
それは、日本の歴史における転換点となった。
そして、その転換を成し遂げたのは、私こと、菅原道真である。
朝廷の政策を左右する力を持つ私は、今や朝廷の中心に立っていた。
「道真殿なくして、朝廷は回らぬ」
そのような声さえ、聞こえてくるようになった。
私は、その評価を当然のものとして受け止める。
私の才能があればこそ、朝廷は正しい方向に進むことができるのだ。
今上の帝の信任は厚く、私の発言力は日に日に増していった。
藤原氏に対抗する勢力の中心として、私は機能していた。
だが、私は知らなかった。
その栄光が、やがて私を破滅へと導くことになるとは。
権力の頂点に立つ者には、常に嫉妬と陰謀がつきまとう。
そして、私の才能を妬む者たちが、暗躍し始めていた。
だが、その時の私は、そのようなことに気づかなかった。
いや、気づこうともしなかった。
私の才能があれば、どのような困難も乗り越えられると、確信していたからだ。
そして、その野心が、やがて私の運命を大きく変えることになるのだが……それはまた、別の物語である。
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