よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】 作:Mr.ティン
【菅原道真】
実の所を言えば、私は魔穴に潜った事がある。
大学寮は、陰陽寮とも関係が深い。
陰陽寮にて勤める陰陽師達は、時折己の身を高める為として、魔穴に良く潜っていたのだ。
かの者達は、魔穴に潜る度に、その知性までも磨かれているようであった。
その様を見た為であろう。
大学寮の者の中にも、下人などを護衛に魔穴に潜り、知恵を磨く者も居たのだ。
そもそも簡易的な術であれば、多少の学びの機会があれば身に付けることは容易である。
特に既に過去たる術の体系として磨かれた五行の術などは、多少の向き不向きは有れど誰でも習得できた。
もちろん、私の才はそのような術の面でも発揮された。
「木行を以て命じる。樹の槍よ、かの者を貫け」
ズン!
袖より取り出した木片が、私の命じるままに丸太の如き槍と化し、魔穴の奥深くより現れた獣を貫いたのだ。
「おおっ!?」
「なんと……」
いや、最早貫いたというよりも、丸太に押しつぶされたと言うのが相応しい様に、同行していた防人や大宰府詰めの兵達から驚きの声が上がる。
私はそれらを聞き流しながら、魔穴の奥を見やった。
「……確かに、奇妙な音が響いているようだが」
獣が現れた先、魔穴の奥から、極僅かな響きの様なものが伝わってくる。
まるで、嵐の前に聞こえる遠雷であるかのような、低く空を震わす様な音。
私に知らされた魔穴の異常とは、この事であろう。
この音は、ごく最近聞こえるようになったらしく、防人などは武人であるというのに何処か怯えた風であった。
「道真様、この音で御座います。どうにも薄気味悪く、皆奥に行きたがらぬのです」
「ふむ……この獣の様なものが、群れで動いているのやも知れぬぞ?」
「それならば、どうとでもなりますが、違っていたら恐ろしいではないですか」
防人と言えば、大宰府の北、海を渡った先の半島にて戦を担う者達でもある。
その様な者達は、勇猛果敢ではあるのだが、生き死にに関わる戦場に立つ為か験を担ぐところがあり、怪しげなものを妙に警戒する所があると、文献にあった。
この怯えようも、その様なものであるのかもしれぬ。
故に、誰も奥に行って音の源を確かめようとせず、結果この私に泣きついて来たのだった。
とはいえ、私が調べるために魔穴の奥に赴くと決めると、こうして怯えながらも付いてくるのだから、結局のところは切っ掛け次第だったのかもしれぬな。
「ほれ、行くぞ。話に聞く限り、この音の源は下層から聞こえてくるのであろう?」
「はい。何やら地揺れがあった後に、聞こえるようになったとか」
そもそも、この音が聞こえるようになった直前に、地揺れがあったのだという。
さほど大きいものでは無かったようで、大宰府の者達は気にも留めて居なかったのを覚えている。
無理もない。
大宰府より南、肥後の地にあるは、阿蘇という火山だ。
火山と地揺れとは、縁深いものであると古い文献にも記されている。
つまりこの地は地揺れが元々多いのだ。
その為、地滑り等が起きるような規模の大きなものでない限り、皆気にも留めぬ。
しかし、この場合は、魔穴の変容と関りがあると考えるのが妥当であろう。
(揺れで、魔穴が何処かの洞穴と繋がったのやも知れぬな)
私は、この音の原因をそのように考えていた。
もともと、地の底に洞穴があるというのは、珍しい話でもない。
かつて赴任した讃岐の地。
かの地がある南海道は伊予の島には、鍾乳洞と言う魔穴では無い自然な洞穴も知られていた。
かの高野山を開いた空海が見つけたものもあると聞いている。
その様な洞穴と、魔穴が地揺れによって繋がったのではないか?
そして、その洞穴にて僅かな音が響き、この様な音になっているのではないかと。
しかし、こうして魔穴に直接赴いた今、その予想は外れたのだと確信していた。
(……余りに、音が大きすぎる。まるで、地の底で雷鳴が鳴り響いているかの様ではないか)
何かが弾けるような音や、まさしく雷鳴そのものが、何かに遮られて弱まって響いているような、そんな音なのだ。
たしかに、こんな音を聞けば歴戦の防人でさえ怯えるやも知れぬ。
しかし、私は気にならなかった。
元より、都落ちした身だ。
最早都に戻ることは叶わず、何の力もない。
都の帝や藤原時平は、この地で私が朽ち果てる事を望んでいることだろう。
この音の源で、命を落としたとて、最早同じ事。
であれば何を恐れる事があろうか。
故に私は、怯える防人たちを引き連れ、魔穴の奥へ奥へと進んでいったのだ。
しかし、私の目に飛び込んできたのは、想像をはるかに越える光景であった。
「なんだ、此処は……!?」
魔穴の奥底。
そこに至る階段の途中に、亀裂が走っていた。
人一人容易に通れるその割れ目の先に広がっていたのは、天地そのものであった。
「空!? 空があるぞ!?」
「あれを見ろ! あれはまるで阿蘇の山だ!? それも、噴火している!?」
私と共にやって来た防人たちが、地の底に広がる天地に目を丸くし、彼方此方を指差し叫ぶ。
そして、此処に至り、私は音の源を知った。
そう、ここには空があった。
しかし青空ではない。
広大な平原の先に聳える、巨大な山より濛々と吹き出す噴煙により、昏く覆われていたのだ。
そう、噴煙だ。
この地の底にある天地。そこに聳える火山は、今まさに噴火し、轟音を響かせているのだった。
【アキト】
先の富士山の大噴火を通じて、俺は壷中天の術の有用性を改めて確認した形になった。
俺の生前の歴史における貞観大噴火に比べて、噴出した溶岩量や上空に舞い上がった火山灰は、半分以下にまで抑えられたのだ。
その為俺は、この壷中天の術を日本国内の火山でも設置することにしたのだ。
そして、そのモデルケースとしたのは、阿蘇だ。
俺の意思が初めに宿ったダンジョンコアの地であり、かつて破局噴火を実際に起こしたことがある因縁の地。
今後国内で破局噴火を起こすとしたら、やはりここが最有力候補だろう。
その為、おれはこの地で大規模な実験を行う事にした。
それが、この空間だ。
(よしよし、順調に噴火しているな)
今できる最大限に拡大し、実際の阿蘇を模した広大なカルデラを再現したここでは、実際に噴火が発生していた。
あの噴火は、実際の阿蘇の地下のマグマ溜まりから引き揚げた溶岩によるものだ。
噴煙も、実際に起きるであろう噴火を、規模を縮小しつつも摸擬している。
(要は、貯め込んでから爆発するから被害が大きくなるんだ。常時噴火させて、圧を下げてやれば規模は小さくなる)
俺が狙っているのはそこだ。
この仮想的な空間で噴火をさせて、実際の火山では噴火をさせない。
最悪噴火に至っても、破局噴火と言うには届かない程度の規模に押さえる。
それは、こうして実験している限り、上手く行っているように思えた。
(噴煙も溶岩も、適宜魔力に変換して、その分をまた溶岩を引き込むために利用して……うまく回りそうだな)
今までは、地下の底で溶岩を魔力に変換するなどしていたが、変換した魔力をコアが利用する為には、地の底から魔力を引き上げる必要もあり、実のところ効率が悪かった。
しかし、この空間で変換した場合、魔力はすぐにコアが利用できるようになる。
溶岩を引き込む経路を先に造る分、初期投資としてかなりの魔力が必要になるが、一度稼働し始めれば効率は遥かにこの方式の方が上だった。
(ただ、音はどうにもならないな……)
勿論、この方式にも欠点はある。
一つは、音だ。
常時噴火するため、爆発音が継続的に発生してしまう。
また、もう一つ音の原因になるものがあった。
それが、火山雷だ。
(噴煙の中での雷が凄いな……)
火山雷とは、一言でいえば火山噴火に伴って発生する雷だ。
噴煙柱の中で、火山灰・岩片・ガスの粒子が激しくこすれ合い、静電気が発生した結果、放電して雷になる。
俺の生前を元にしたデータベースによると、噴火が頻繁に起きる桜島やアイスランドのエイヤフィヤトラヨークトル火山などで頻繁に観測されるらしい。
勿論、火山である以上雷鳴が辺りに鳴り響き、騒音はとんでもない事になっていた。
(あとは、噴火である以上揺れも起きるか……)
もう一つが、振動だ。
噴火である以上、規模が小さいとはいえ、火山性の地震が頻発する。
その為、この空間の周辺の地盤にも揺れが伝播し、地上でも規模が小さいながら地震となって伝わっているようであった。
(一応、分散させているんだけどな)
これらの欠点はこの空間を作る前から予想出来ていた。
その為俺は、この様な地下空間を幾つも作り、一個一個の規模を抑えつつ溶岩の処理を行っている。
阿蘇の直下だけでは無く、九州各地にこの火山型壷中天の術を設置したのだ。
九州のコアは、その成立経緯からして、特に古く成長したものが多い。
その為、壷中天の術も容易に設定できたし、稼働も問題なく行えていた。
しかし、ここで想定外の事が起きた。
(どうやら、誰か迷い込んで来たようだな)
揺れのせいだろう。
いつの間にか壷中天の術を取り巻く岩盤に亀裂が発生し、人が通れるほどの道が出来ていたらしい。
コアの警告で、北九州の空間の映像を呼び出した俺は、地の底の火山に驚愕する人々の姿を見た。
(……驚くのも、無理は無いか。壷中天の術は、一般的なダンジョンにはまだ設置していないからな)
今まで壷中天の術が発見された事は有るが、何れも海外でのことであり、また偶発的な事故に近いものだった。
国内で設置したのも、田村麻呂に乞われて作ったあの階層と、富士の噴火対策の場所と、この九州の地下のもの位。
田村麻呂と阿弖流為の戦いで用意したあの場所は、まだ一般に晒すのは早いと封印したし、富士と阿蘇の噴火対策はそもそも人を想定していない。
その為、人に発見されてしまったのは、これが初めてになるだろう。
(とはいえ、人が寄り付くような場所でもないけどな)
何しろ、傍目から見れば地獄と見まごうような光景だ。
噴煙が上がり、真っ赤な溶岩が流れる様子は、どう見ても人を拒む光景だろう。
そしてここには動植物も居ない。
元から噴火させるための場所なので、訓練や狩りの対象になる存在も居ないのだ。
だから、発見されても大きな問題はない。
俺はそう結論付けた。
実際、発見した者達も、早々に空間から立ち去っている。
しかし、ふと俺は脳裏に引っかかるものを覚えていた。
(……どこかで、見覚えが……?)
驚いていた人々の中で、見た事があるような人物が居たような気がしたのだ。
その引っ掛かりが何かを思い出すのは、しばらく後の話になるのだった。
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