よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】   作:Mr.ティン

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ちょっと遅刻しました!
今話と整合性を取るため、前々話を一部修正しています。


菅原道真が没した同年、宮中にて清涼殿落雷が発生した

【菅原道真】

 

地上に戻った私は、一応朝廷へ報告を送った。

魔穴に異常あり。地下に巨大な空間が出現し、火山が噴火している、と。

だが、その報告に対する返答は、極めて冷淡なものであった。

 

「承知した。引き続き観察されたし」

 

それだけだ。

魔穴の異常など、都の者たちにとっては些事に過ぎぬのだろう。

いや、それ以前に、左遷された私の報告など、誰も真剣に取り合わぬのかもしれぬ。

 

(……当然か)

 

私は、苦笑した。もはや私には、何の力もない。

報告したところで、それが重んじられることもない。

そうして、私は再び失意の日々に戻ろうとしたが、心ここにあらずであった。

 

地下に広がる天地に噴煙を吹き上げる火山。そして、その噴煙に紛れて轟く雷鳴。

その光景が、脳裏に焼き付き、離れなかったのだ。

 

(……何故だ? 何故あのような光景に惹かれるのだ……?)

 

私は、自問する。

何故、あの光景が忘れられないのか?

何故、心が惹かれるのか?

 

答えは、すぐに分かった。

 

あの荒々しい光景が、私の無念さと重なるのだ。

激しく噴き出す炎に轟く雷鳴。

それらは、私の心の内に秘めた憤りそのものであった。

 

そして、その日から、私は度々魔穴に潜るようになった。

地下の空間に至り、噴火する火山を眺める。

真っ赤な溶岩が流れ出し、黒煙が立ち上る。

雷鳴が轟き、大地が震える。

 

その光景を見るたびに、私の心の内にある憤りが、より鮮明に自覚されていった。

 

(私は、間違っていなかった)

 

私は、正しいことをしてきた。

朝廷のために、天皇のために、この国のために。

私の才能を存分に発揮し、尽くしてきた。

 

それなのに、何故。

何故、讒言によって貶められねばならぬのか?

何故、家族と引き裂かれねばならぬのか?

何故、この地で朽ち果てねばならぬのか?

 

(藤原時平……)

 

その名を思い浮かべるたびに、私の心に怨念が湧き上がる。

あの男が、全ての元凶であり、あの男がいなければ、私はまだ都にいたはずだ。

 

怨念は、日増しに強くなっていった。

そして、私はそれを抑えようともしなかった。

むしろ、その怨念を心の内に溜め込んでいった。

 

また、魔穴の奥、それも火山がある空間は、濃厚な力に満ちていた。

そこで過ごすうちに、私の身体にその力が蓄積されていくのを感じた。

五行の術が、より強力になっていく。

身体が、より軽くなっていく。

 

最早地の底へ赴くのに、供さえも不要となっていた。

皮肉な事だ。

既に老いているというのに、若き日々よりも身体が軽い。

 

だが、同時に、心が冷たくなっていくのも感じた。

人としての温かさが、失われていくのを。

 

(……構わぬ。どのみち、最早皆には会えぬのだ)

 

私は、そう思った。

もはや、人として生きる意味など、ない。

ならば、この怨念のままに、力のままに、存在すればよい。

 

そうして、日々過ぎていく中、ある日決定的な報せが届いた。

 

「道真様、都より書状が」

 

使用人が、一通の書状を持ってきた。

私は、それを受け取り開く。

誰からだろうか?

もはや、都に私を想う者など……。

 

だが、書状を開いた瞬間、私は息を呑んだ。

それは、一人の女性の死を知らせるものであった。

 

「梅……」

 

私は、その名を呟いた。

梅。

私が愛した女。

 

私は、貴族として、政治家として暮らす中、一人の愛妾を愛でていた。

彼女の名は、梅。

 

親子ほどに年が離れた、若い女性であった。

だが、その心は清らかで、優しく、そして聡明であった。

 

「道真様、今日はどのような詩を詠まれるのですか?」

「そうだな……梅の花について、詠もうか」

 

梅が、そう尋ねてくる中、私は微笑んだ。

 

「まあ、私の名前ですね」

 

梅が、嬉しそうに笑う。

その笑顔が、何よりも美しかった。

私は、度々梅の花について詩を詠んだ。

それは、少なからず彼女のことを指していた。

清らかで美しく、そして儚い、梅の花のように。

 

「道真様の詩は、いつも素晴らしいです。私には、とても真似できません」

「いや、そなたがいるからこそ、私は詩を詠めるのだ。そなたこそが、私の詩心を呼び覚ますのだよ」

 

私の言葉に、梅は顔を赤らめた。

 

「道真様……」

 

その優しい声。

温かな笑顔。

私は、梅といる時だけは、政治の煩わしさを忘れることができた。

才能を誇示する必要もなかった。

ただ、一人の男として、彼女と過ごすことができた。

 

だが、左遷が決まった時、私は梅に告げた。

 

「梅、私は都を離れる。大宰府へと向かう。そなたは、ここに残りなさい」

「いいえ、道真様! 私も、ご一緒します!」

 

梅が、涙を浮かべながら言った。

だが、私は首を振った。

 

「いや、それはできぬ。大宰府は、遠い。そして、私の行く先に、未来はない。そなたまで、道連れにはできぬ」

「ですが……」

「梅、私の最後の願いだ。どうか、都で幸せに暮らしてくれ」

 

私は、そう告げて、梅と別れた。

それが、最後であった。

 

そして、その梅が、死んだ。

 

書状には、こうあった。

梅は、私を追って大宰府へ赴こうとした。

だが、道中で病に倒れ、命を落とした、と。

 

「……ああ」

 

私の中の何かが、ぷつりと断ち切れた。

生きる気力が、失われた。

もはや、何のために生きているのか、分からなくなった。

 

都には戻れぬ。

家族とも引き裂かれた。

そして、梅も失った。

 

私には、もう何もない。

 

だが、無念さと憤りだけが、募っていった。

身体は憔悴していく。

食事も喉を通らぬ。

だが、怨念ばかりが強くなっていく。

 

魔穴で蓄えた魔力が、その怨念と結びついていくのを感じた。

私は、もはや人ではなくなりつつあったのだろう。

何か、別のものへと変わりつつあった。

それが何か、私は確信しつつ、あえてそれを是としたのだ。

 

そして、その日。

 

私は、死期を悟った。

身体が、もう持たぬと判り、確信する。

遠からず、私は死ぬのだと。

 

(……ならば、せめて)

 

私は、一人、魔穴に赴いた。

最後の力を振り絞って、地下の空間へと向かったのだ。

この様な死にかけの身であるにもかかわらず、道中の獣たちは苦にならなかった。

内に秘めた力はそれほどまでに強大で、操る樹の矢は巨木の幹ほどになっていたのだ。

 

そして、そこへ至った。

火山が、噴煙を吹き出し、雷鳴が轟いている。

 

私は、その山へと登り始めた。

死にかけの亡者さながらの身だが、されど最早身体は軽く容易く山頂へ私は至った。

見下ろすと火口には炎が溢れ、見上げれば噴煙の中に雷光が絶えることなく走っている。

 

そして、木行の術を発動した。

 

「木行を以て命じる。雷よ、我に来たれ」

 

雷は、五行の理においては木行に類する。

そして、私は木行の術を得意としていた。

だからこそ、できることがあった。

 

噴煙の中で発生する雷を、自らに引き寄せる。

 

轟音が響いた。

噴煙の中に走る雷光が束ねられ、巨大な光の柱となった。

そして、その雷が私を貫いた。

 

激痛などない。

一瞬でこの身は五体残らず焼き尽くされ、爆散したのだ。

しかし、最後の瞬間まで、私は笑っていた。

 

(これで、良い)

 

溢れる魔力と、無念さと、憤りと、怨念。

それらすべてが、雷と融合していく。

私の存在が、雷と一体化していく。

 

私は、もはや人ではない。

 

私は、雷となった。

怨霊となったのだ。

 

そして、私は誓った。

必ず、都に戻る。

必ず、藤原時平に報いを与える。

必ず、私を貶めた者たちに、天罰を下す。

 

雷鳴が、地下の空間に響き渡っていた。

 

 

【とある公卿】

 

清涼殿にて、会議が行われていた。

春先より続く日照り。

田畑が枯れ、民が苦しんでいる。

その為、雨乞いの儀式について、議論が交わされていた。

 

「早急に、神仏に祈りを捧げるべきです」

「いや、まずは陰陽寮に占わせるべきでしょう」

 

公卿たちが、それぞれの意見を述べる。

私も、その一人であった。

だが、議論の合間に、ある噂が囁かれていた。

 

「……この日照り、菅原道真殿の祟りではないか、という話があるのですが」

 

若い公卿が、恐る恐る言い、一同が、顔を見合わせる。

 

「道真殿は、今年の春に大宰府で亡くなられたと聞いたが……」

「ええ。ですが、その死に様が……尋常ではなかったとか」

「怨念を抱いて死んだ者は、怨霊となる。そのような話もあります」

 

ざわめきが広がる。

そんな中で藤原氏の一人、藤原清貫が不快そうに顔をしかめた。

 

「馬鹿な。道真など、ただの学者に過ぎぬ。祟りなど……」

 

清貫は、かつて藤原時平殿の指示の下、道真を監視する役を担っていたという。

大宰府からの報告によれば、道真は失意のうちに死んだらしい。

だが、その最期の様子は、我らただの公卿には詳しく報告はされていなかった。

 

そして、その時。

 

空気が、変わった。

清涼殿の中に、何かが現れたのだ。

人の形をした、だが人ではない何か。

 

「……!?」

 

私は、息を呑んだ。

それは、見覚えのある顔であった。

 

(……菅原道真殿!?)

 

亡くなったはずの男が、そこに立っていた。

 

「道真……殿……?」

 

誰かが、震える声で呟いた。

他の公卿たちも気づいた。

ざわめきが、恐怖に変わる。

 

「何故、道真殿が……」

「亡霊か……?」

 

何処か朧げな道真殿の姿は、ゆっくりと清涼殿の中を見回していた。

まるで、誰かを探しているかのように。

 

そして、その視線が止まった。

 

藤原時平殿がいた場所を、見つめている。

だが、時平は既にこの世にいない。

前年、病に倒れ、亡くなったのだ。

道真殿の姿が、揺らいだ。

まるで、失望したかのように。

 

そして、その視線が、別の人物に向けられた。

 

藤原清貫。

 

道真殿を監視していた男。

時平の代わりに、道真を見張っていた男。

 

「ひっ……!」

 

清貫が、悲鳴を上げた。

逃げようとする。

だが、遅かった。

 

道真の姿が、膨れ上がった。

人の形を保てなくなり、巨大な何かへと変貌していく。

 

そして、それは起きた。

 

カッ!!

ゴドオォォォッ!!!!

 

閃光と轟音が、清涼殿を貫いたのだ!

 

そして私は見た。

轟音と共に、清涼殿が光に包まれる中、雷が清貫を直撃したのを。

 

清貫の身体が、一瞬で焼け焦げた。

髪が燃え上がり、肌が黒く焦げ、目が焼かれる。

そして、その身体が崩れ落ちた。

ほぼ即死であった。

 

「か、雷……!?」

 

私は呆然と、何が起きたのかを理解した。

だが、雷の被害はそれだけでは止まらなかった。

直撃した清貫以外にも雷は公卿たちを焼いたのだ。

清涼殿に無数の悲鳴が響く。

 

私は、遅ればせながら、必死に身を伏せた。

雷が、すぐ傍を過ぎていく。まるで生きているかのように。

余波たる熱気が、肌を焼き、私は呻いた。

 

やがて、雷が止んだ。

 

私は、恐る恐る顔を上げると、清涼殿は無残にも焼け焦げていた。

多くの公卿が、倒れていた。

皆大なり小なり火傷を負い、また崩れた清涼殿の瓦礫の下敷きになっている者も居る程であった。

そして何より、清貫の遺体。

その無残な姿は、皆の目を引いた。

焼け焦げた肉の臭いが、鼻を突く。

 

「……な、何という事だ」

 

呆然とした誰かの声が聞こえる。

 

「道真殿は……怨霊となり……雷神に、なったのか……」

 

続き零れた言葉が、静まり返った清涼殿に、虚しく響く。

遠く、帝が呆然と座り込む様が見えた気がした。




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