よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】 作:Mr.ティン
(……とんでもない事になったな)
俺は、都の清涼殿に降り立った、菅原道真の怨霊の凄まじさに、言葉を失っていた。
彼方此方で公卿が火傷を負い、特に雷の直撃を受けた藤原清貫は、全身焼け焦げた末に皮膚が破裂し、無残な骸を晒している。
清涼殿の建物自体も天井に大穴が開き、そこを中心に天井や屋根が崩れ落ちて下敷きになっている者さえいた。
たった一発の雷が起こしたとは思えないほどの、凄まじい被害だ。
(本当に怨霊が生まれる世界だと、こんな事になるのか)
俺が呆然とする理由はいくつもある。
一つは、この落雷事件が起きた年だ。
俺の生前では、清涼殿に雷が落ち、藤原清貫が命を落としたのは、930年の事。
しかしこの世界では、菅原道真が没した910年に発生している。
つまり、20年も前倒しして発生したことになるのだ。
(それだけ、道真の怨霊が強い力を持ってしまったという事だろうな)
もしかすると、本来発生する930年にも、清涼殿に落雷があるのかもしれないが、それは先の話。
その影響は、恐らく無視できないレベルの筈だ。
少なくとも、藤原時平亡き後の藤原家の重鎮として動くはずの藤原清貫が、早々に死したというのは無視できないだろう。
その上、今上の帝たる醍醐天皇は、この落雷によって強いショックを受けていた。
俺の生前の歴史において、醍醐天皇は清涼殿の落雷以後体調を崩し、そのまま同年に崩御している。
このままだと、醍醐天皇の治世の終わりも、20年前倒しになりかねない。
(それは、流石に拙いな)
俺は流石に眉をひそめた。
何故ならこの20年の期間は、在位中の政治改革と文化振興が『延喜の治』と称されるほど安定した期間なのだ。
その後に、有名な地方反乱が控えている以上、この安定期に朝廷は力を蓄えておく必要がある。
その為には、此処で醍醐天皇が崩御するのは大いに拙い。
何しろ、本来の次の帝である朱雀天皇は、まだ生まれてもいないのだ。
(……まあ、その分醍醐天皇自身もまだ若いから、立ち直る可能性もある、か?)
それに、この世界には術師やダンジョン産の薬もある。
病に関しては、魔力で病原菌そのものが強化されることもあって、致死率はあまり変わらない傾向があるが、傷や活力の減少に対してはかなり対応が利く。
帝である以上、優先的にそれらの処置が為されると考えると、早々に崩御する可能性は低いかもしれない。
(……いずれにせよ、俺が介入するにはまだ早いな。それよりも……)
俺は他の気になる点を思い起こす。
(……菅原道真の怨霊は、どうしてあんなにも強力になったんだ?)
この点が、俺を驚かせた要素になる。
今までの怨霊と、菅原道真の怨霊は、明らかに質が違った。
これまでの怨霊は、広域に広がって瘴気を取り込むことで、現世世界に様々な干渉をしてきた。
疫病を瘴気によって強化し、広く蔓延させる。
広がった瘴気で天候不順にしたり、逆に雲を払う事で日照りを続かせる。
もしくは、それら瘴気を凝縮して怪異に入り込み、大怪異に変じる。
実例としてはこんな所だろう。
ただ、これらは元々存在していた瘴気などを、核となる怨霊が取り込むなどして力を得た結果だ。
その過程は相応に時間がかかり、実際に効果として現れるのも時間がかかった。
その上、殆どの場合、怨霊そのものは都の霊的な守りに阻まれ、間接的な被害しか及ぼせなかったのだ。
例外は、かの大仏が撃退した大怪異位だろう。
それも元は実体のある怪異に宿った結果なのだから、怨霊そのものが都に入り込むというのはやはり難しいのだ。
京の都の霊的防衛力は、それほどに堅く万全……の、筈だった。
(だが、菅原道真の怨霊は、直接乗り込んで来た。それも、もっとも守りが硬い筈の、宮中に)
本来なら、あり得ない話だ。
宮中の、特に帝の周りは特に強力な守りが幾重にも施されている。
そこを抜けるなど、どうすれば可能なのか?
その答えは、道真の在り様そのものだ。
(……あの身体、瘴気と言うより木行の気そのものなのか)
俺は、コアの機能で道真の怨霊の状態を確認し、その答えを得た。
道真は生前貯め込んだ魔力を、今際に落雷を浴びる事で木行にその性質を塗りつぶしていたのだ。
本来なら怨念に染まった魔力は、負の気を帯びた瘴気になる。それが怨霊だ。
だが、道真は何を思ったのか、意図的に自分を木行の気に置き換えた。
そこが、鍵だ。
(……都の厳重な霊的守りは、基本的に対怨霊を主眼として組まれている。つまり瘴気特化なんだ)
瘴気を防ぐのを目的とした幾重もの結界は、木行の気を防がなかったと見ていいだろう。
無理もない。木行の気とは、あくまで自然の一形態に過ぎない。
その気を阻むとなると、京の都の中では樹木がろくに育たないなどと言った悪影響が出るだろうし、最悪の場合そこに住む人々の体内の気のバランスも崩す。
到底防いでいいものじゃない。
(とんだセキュリティホールだな)
その為、木行の気そのものとなった道真の怨霊は、都の中枢たる清涼殿の中にまで入り込めたのだろう。
(そして、恐らく……道真の怨霊は、意図的に干ばつを起こした)
五行の理において、木行は火行を生み出す。
木は火の源と考えられているのだ。
その為、一定の地域を火の気で覆い、自然のバランスを崩したのだろう。
(それは恐らく、災害の対策を話し合わせ、主要な公卿を一堂に集める為だ)
道真の怨霊の目論見通り、公卿たちはその日清涼殿に集い干ばつ対策を話し合っていた。
そしてそこならば、道真を貶めた上位の公卿を集められると考えたのだろう。
(そんな無差別な方法を取るほどに、あの道真の怨霊は、負の念に囚われていたな……)
生前からその智を評価されていた道真らしい策であり、同時に干ばつで人々に被害が出ても、それを気にしないほどに怨霊に成り果てていた。
だが、彼にも想定外だった点がある。
(……皮肉だな。自分を貶めた藤原時平が、自分よりも先に死んでいたとは)
これは、俺の生前の歴史でも同じだ。
讒言により大宰府に菅原道真を追放した藤原時平が、左遷した相手よりも先に都で命を落としていた。
政治がどう動こうと、人の命とはままならないことの表れのようだ。
(怨みの矛先として探していた時平が、既にこの世のものでは無いと知った時、一気に力が抜けていたな)
清涼殿で顕現した道真は、時平が居るべき場所が空席と知った時、何とも拍子抜けしていた。
一番恨みを晴らしたい相手が、既に死んでいたのならそうもなるだろう。
場合によっては、その時点で恨みは晴らされていたかもしれない。
(だが、そうはならなかった。格好の八つ当たり先があったからだ)
それが、藤原清貫。
藤原時平の命に従い、道真を監視していたという清貫は、道真の怨霊にとって都合のいい標的だったことだろう。
清貫からの報告は、時平の判断に少なからず影響を与えていた。道真がそう考えてもおかしくない。
その結果が、木行の気の発露たる、落雷だ。
(……正確には、落ちてはいないんだけどな)
実のところ、この件での雷は、天からではなく地上で発生している。
地上から天空に伸びる雷。所謂『逆雷』で、学術的には『上向き雷放電』と呼ばれる現象だ。
本来なら地上側で高く尖った場所……例えば鉄塔や山頂などで発生する現象だが、木行の気そのものの道真が起こした今回のものは、清涼殿の中で発生している。
だからこそ、直撃した藤原清貫のみならず、他の公卿にも多数被害が出たのだ。
(もっとも……もうこれ以上暴れそうにないか)
恐らく、道真の怨霊がため込んでいた鬱憤は、時平の不在で気が削がれ、清貫への一撃で残った怨念も晴れたのだろう。
恨みを晴らす相手として、左遷を命じた醍醐天皇もまたあの場に同席していたが、そちらに視線を向けることなく道真の怨霊は姿を消している。
(もっともこの先暫くは、道真の怨霊の存在が囁かれるのだろうな)
道真の怨霊は、直接姿を現したことで、多くの公卿に目撃されていたようだった。
その為、都で何か問題が発生すると、道真の怨霊の関りが噂されることになる筈だ。
(……天満宮の建立が早まりそうだな)
都の北と大宰府に建立される二つの天満宮。
俺の生前の歴史でも存在するそれは、菅原道真の怨霊を祀り、その慰撫を目的として建立される。
これ程の力を示してしまったこの世界なら、建立しない理由が無い。
(そういう意味でも、歴史は変わってくるんだな……)
俺はひとしきり清涼殿の惨状を確認した後、ため息をついた。
今回の一件は、想定以上に歴史が変わっている。
一応、醍醐天皇が当面存命するならば、誤差の範疇と言っていい変化かもしれないが……。
(元をたどれば、九州地下の火山空間への侵入を見過ごしていたのは、ミスだったかな)
俺は改めて、自分のミスについて考える。
菅原道真の怨霊があれ程力を得たのは、俺が設置した九州地下の火山空間に、生前の道真が度々過ごしていたからだ。
地下の火山空間は、常に溢れる噴煙や溶岩を魔力に変換し続けているので、必然として内部魔力の濃度が高い。
大元の魔力の奔流ほどではないが、そこで過ごすことで魔力を体内に取り込む効率は、かなり高いのだ。
つまり、度々火山空間で過ごしていた道真は、生前からしてかなりの魔力を取り込んでいた事になる。
そして、その最期だ。
そんな濃厚な魔力に満ちた空間で発生した雷をその身に浴びた道真は、その雷そのものと同一化を果たした。
その結果生まれたのが、雷神となった怨霊だ。
それらすべてが、地下の火山空間への侵入を見過ごした結果なのだから……今回の歴史の変化の責任は、俺にも一端があることになる。
(とはいえ、流石に想像できないだろう。こんなのは)
俺は天を仰いだ。
菅原道真というキーパーソンの動向を見過ごしていた結果が、これだ。
いや、一応火山の様子を見ている事は把握していたが、それが此処まで大事になるとは想定していなかったのだ。
(当面は、都の様子を見落とせないな)
清涼殿の落雷事件が、前倒しされてしまったのは、もう変えようがない。
となれば、しばらくの間政治状況を見つつ、致命的な変容が起きたら介入することも考える必要があった。
(……とりあえずは、醍醐天皇の体調と動向か)
領域内に映し出された、腰を抜かしている醍醐天皇の姿や治療を受ける公卿たちを見ながら、この事件の影響を想うのだった。
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