よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】   作:Mr.ティン

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朝廷は将門討伐軍編成と並行して、その首に褒章をかけた

【藤原秀郷】

 

都からの報せが届いた。

将門討伐の勅が出された、と。

 

「遂に、か」

 

某は、その報せを聞いて頷いた。

予想通りではあった。

新皇を名乗った将門を、朝廷が放置するはずがない。

だが、問題があった。

 

「官軍の編成に、時間がかかっているとのこと」

 

使者が、困った顔で告げる。

 

「どれほどか?」

「早くとも、数ヶ月は」

 

某は、眉をひそめた。数ヶ月。その間に、将門の勢力はさらに拡大するだろう。

 

「都で軍を編成し、こちらに向かうとなると、どうしても時間がかかります。兵の召集、武具の準備、食糧の確保……」

 

使者の説明は、もっともだ。

大軍を動かすには、それだけの準備が要る。

 

(だが、その間に将門は何をする?)

 

某は、考え込んだ。将門は、ただ待っているような男ではない。

必ずや、動くだろう。

だが朝廷もそれを許す程甘くはない。

事実、もう一つの報せが俺のもとにも届いていた。

 

「朝廷は、将門の首に褒章を出したように御座います」

「褒章……?」

「はい。将門を討った者には、官位と領地が与えられると」

 

某は、その意味を理解した。

これは、窮余の策だ。

官軍が間に合わないから、坂東の武者たちに将門を討たせようとしている。

仮に討てずとも、将門の戦力を削る事が出来る、その様な思惑であると思われた。

 

「恐らく、坂東中に触れが回っているでしょう。将門に従わぬ者たちが、一斉に動き出すかと」

 

使者の言葉通り、褒章は強力な誘因だ。

功名心や欲に駆られた武者たちが、将門に挑むだろう。

 

(それは、それでいいのやもしれぬ)

 

某も将門と戦うつもりであるが、それは褒章のためではない。

武人として、あの男と全力でぶつかりたいからだ。

だが、新皇の宣言をした将門のもとには相応の兵力が集まっている。

こちらも兵を集めるのに、その様な触れは都合がよい。

 

「郎党を集めよ。某も、軍を起こす」

 

某は、配下に命じた。

将門と交わした約定を果たす時が来たのだ。

 

だが、その準備を進めている最中、凶報が入った。

 

「秀郷様! 平貞盛殿が、将門の軍と衝突したとのこと!」

「何……!?」

 

某は、驚いた。

貞盛は、国香の子だ。

父の仇として、将門を討とうとするのは理解できる。

だが、まさかこれほど早く動くとは。

 

「結果は?」

「完膚なきまでに、敗れたと……」

 

使者の声が震えている。

 

「貞盛は?」

「辛うじて生き残りましたが、兵は四散し、主な将は悉く討ち取られたとのこと」

 

某の配下の者たちがざわめいた。

恐怖の色が、その顔に浮かんでいる。

 

「やはり噂通りに、将門は化け物なのでは……?」

「そのような相手と、どう戦えば……」

 

坂東の武者の間では、既にこれまでの将門の戦ぶりが広く広まっていた。

如何なる攻撃もその肌は弾き、矢をも通さぬと。

更には、槍を振るえば人々が軽く吹き飛ぶとも。

 

だが、某は冷静だった。

 

「詳しい経緯を聞きたい。貞盛の生き残った兵を、ここに呼べ」

 

貞盛とて、一度は将門と戦った身だ。

その力を知った上で挑んだのであれば、幾らかの対策はしていた筈。

その上で敗れたというのであれば、何かある。

 

数日後、貞盛の配下だった武者が、某のもとに来た。

その男は、未だに戦場の様子が浮かぶのか、絶えず震えていた。

 

「あれは……あれは、戦ではありませんでした……」

「落ち着け。何があった?」

 

某が問うと、男は絞り出すように語り始めた。

 

「無数の……無数の将門が、現れたのです……」

「無数の、将門?」

「はい。どれもこれも、同じ顔、同じ姿。そして、その全てが、弓矢や槍をものともせず、押し寄せてきました」

 

男の言葉に、某は眉をひそめた。

 

「矢が、効かなかった?」

「はい。いくら射ても、弾かれました。槍で突いても、刃が欠けました。そして、奴らは……奴らは、まるで嵐のように我らを蹂躙したのです……」

 

男は、そこで言葉を失った。

恐怖で、声が出ないのだろう。

某の配下の者たちがざわめく。

 

「妖術だ……将門は、妖術を使っている……」

「無数の将門だと? そんなもの、どうやって戦えというのだ……」

 

だが、某は違うと思った。

 

(妖術ではない。何か、からくりがある)

 

無数の将門。

矢も槍も効かぬ身体。

それらは、何らかの術によるものだろう。

だが、妖術などという曖昧なものではない。

では、一体?

その様に悩んだ某の脳裏に、ふと浮かぶものがあった。

 

(仏像を動かす術、か?)

 

某は、ある可能性に思い至った。

この国では、仏像が動くことがある。

かの大和の国の大仏がよい例だ。

ならば人の形を模した像を作り、それを動かすことも可能だろう。

 

(それなら、矢が効かぬのも納得がいく)

 

金属や石で作られた像ならば、矢は弾かれるだろう。

だが、問題はその数だ。

無数の像を、同時に動かすには、相応の術師が必要だ。

そして、某には幾らかの心当たりもあった。

怪異退治の折に耳にした、仏像を操り怪異に対抗する一門が居るとの噂。

 

(将門に、そのような術師一門が付いているのか)

 

あり得る話ではある。

新皇の宣言により、そこに与するべきと判断した者が居たとして不思議ではない。

 

某は、考え込んだ。

そして、一つの結論に至った。

 

(今、単独で挑むのは得策ではないな)

 

某は、将門と戦いたい。

武人として、全力でぶつかりたい。だが、それは無謀な突撃とは違う。

いち早く兵を起こした平貞盛が破れた以上、他の坂東武者には迷いも広がる筈。

となれば、まとまった兵は集められるか怪しい。

 

「官軍の到着を待つ。それまでは、動かぬ」

 

某の言葉に、配下の者たちが驚いた。

 

「しかし、秀郷様。将門との約定は……」

「約定は果たす。だが、それは勝てる状況で、だ。某が死ねば、約定も何もない」

 

某は、官軍が到着するまで待つことにしたのだ。

 

(将門よ。お前との戦いは、必ず果たす。だが、それは某が選ぶ時にだ)

 

勿論ただ待つつもりはない。

某は配下に他の指示を出しつつ、戦の準備に取り掛かった。

 

 

【平将門】

 

俺の前に、平貞盛の軍が布陣していた。

数百の兵。

その中心には、魔穴で鍛えられたであろう武者たちが控えている。

武具も、一般の兵とは明らかに違う。強力なものだ。

 

「将門! 父の仇、ここで討つ!」

 

貞盛の叫びが、俺のもとに届く。

その目には、憎悪が宿っている。

 

(父の仇、か)

 

俺は、国香を討った。

それは、変えようのない事実だ。

ならば、貞盛が俺を討とうとするのも、道理だろう。

だが、俺は負けるつもりはない。

 

「貞盛。お前の気持ちは分かる。だが、俺は負けん」

 

俺が言うと、背後から声がした。

 

「将門様、拙僧らにここはお任せくださいませ」

 

振り返ると、そこには一人の法師がいた。

道元を名乗る、俺に協力する術師の一人だ。

道元は老人であるが、その目には欲が色濃く宿っていた。

金、名声、権力。

そういった世俗の欲に塗れた目だ。

新皇を宣言してから、この様な者達も俺のもとに集うようになっていた。

 

「拙僧の術、お見せいたしましょう」

 

道元が、そう言って手を掲げた。

すると、俺の軍の後方から、何かが現れた。

それは、俺だった。

むろん俺そのものではない。

俺に似せた、金属の像だ。

一体、二体、三体……十体、二十体。

次々と、俺の姿をした金属の像が現れる。

 

「これは……何とも言い難いな」

 

俺自身も、驚いた。

道元の術は聞いていたし、何やら準備をしているとも。

しかしこうして、実際に見るのは初めてだ。

 

「祈りにより仏像が動くのと、同じ理屈でございます。将門様のお姿に似せた像を作り、法力を込めますれば、このように動くのです」

 

道元が、得意げに説明する。

この法師とその一門が得意とする、操像の術。

こうして目の当たりにすると、異様さが際立った。

 

「そして、この像は、将門様の力の一部を再現できます。もちろん、本物には遠く及びませんが」

 

金属の像が、俺と同じように刀を構えた。

 

「さらに、金属の像ですから、矢や槍を受けても怯みませぬ」

 

道元の言葉通り、貞盛の軍が矢を放った。

だが、金属の像に矢が当たっても、弾かれるだけだ。

 

「では、この力のほどを、とくと御覧じろ……行けい!」

 

道元が命じると、金属の像たちが一斉に走り出した。

貞盛の軍が、慌てふためく。

 

「なんだ、あれは!?」

「将門が……将門が無数に!?」

 

金属の像たちが、貞盛の軍に突撃した。刀を振るい、兵を薙ぎ払う。

貞盛の兵たちが、必死に抵抗する。

だが、金属の像は倒れない。矢を受けても、槍で突かれても、立ち上がって戦い続ける。

生身ではないのだ。

そも痛みなど感じない俺の像は、相手にとって悪夢のような相手であろう。

 

「ひっ……化け物だ!」

「逃げろ!」

 

貞盛の軍が、崩れ始めた。兵たちが、我先にと逃げ出す。

 

「待て! 逃げるな!」

 

貞盛が叫ぶが、兵たちは聞かなかった。

恐怖が、全てを支配していた。

やがて、貞盛の軍は完全に崩壊した。主な将は討ち取られ、兵は四散した。

貞盛自身は、辛うじて逃げ延びたようだが、その姿は無残だった。

 

「……完勝、ですな」

 

道元が、満足そうに言った。

だが、俺は複雑な気持ちだった。

 

(これが、戦か)

 

金属の像による、一方的な蹂躙。それは、確かに勝利だ。だが、俺が望んだ戦ではない。

俺が望んだのは、武人としての戦いだ。全力でぶつかり合い、力を競う。そういう戦いだ。

 

「将門様、如何なされました?」

 

道元が、俺の顔を覗き込む。

 

「……いや、何でもない」

 

俺は、首を振った。

望んだ形ではないが、これも勝利だ。

今は、なにより勝利を優先すべきであり、これはその始まりにすぎない。

だが、同時に思う。

 

(秀郷殿には、この手は通じまい)

 

あの男は、俺の力を見抜いた。ならば、この金属の像のからくりも、見抜くだろう。

そもそもあの男ならば、この様な像でさえ打ち倒しかねぬ。

かつて秀郷が対峙したという大百足は、この像の比ではあるまい。

 

(秀郷殿が動いてからが、本番だ)

 

俺は、西の空を見た。そこから、官軍が来る。そして、秀郷も来る。

 

(待っているぞ、秀郷殿。俺と、全力で戦おう)

 

俺は、心の中でそう呟いた。武人として、魂を燃やす戦いを。

その日を、俺は心待ちにしていた。




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