よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】   作:Mr.ティン

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平将門の乱と同時期、藤原純友も瀬戸内にて乱を起こした

【藤原秀郷】

 

某の官軍を待つ日々が続いていた。

無論、唯座して待っているわけではない。

某は、その間に坂東の武者たちを集めていたのだ。

将門に対抗する意思を持つ者を、一人でも多く。

 

「秀郷様、また一人、某の陣営に加わりたいと申す者が」

「よかろう。受け入れよ」

 

集まる者たちの多くは、将門に領地を奪われた者、一族を殺された者、そして単に褒賞に惹かれた者だった。

だが、その中心にいたのは、他でもない。

父を将門との戦で失った、平貞盛だった。

 

「秀郷殿……某は、必ず将門を討つ」

 

貞盛は、そう言って某の陣営に加わった。

その顔は、憔悴しきっていた……幽鬼の如くに。

将門との戦いに敗れ、命からがら逃げ延びた男の顔。

だが、その目には、消えない炎があった。

 

「父の仇。その一念だけが、某を生かしている」

「……貞盛殿」

「某は、弱い。将門に遠く及ばぬ。だが、秀郷殿の武名を借りる形でも構わぬ。将門を倒したい」

 

貞盛の言葉には、切実さがあった。

某は、その想いを否定できぬ。

親の仇への助力。それもまた一つの義であろうからだ。

同時に、某にとっても一度将門の戦を知った貞盛の知見は有用であった。

 

「貞盛殿、一つ聞きたい。将門の影武者について、詳しく教えてくれ」

「影武者……ああ、化生共のことか」

 

貞盛は、苦々しい顔をした。

 

「無数の将門が現れた。どれもこれも、同じ顔、同じ姿。そして、矢も槍も効かぬ」

「それは、本当に将門なのか?」

「いや、違う。恐らく、金属で作られた像だろう。だが、それが将門と同じように動く。刀を振るい、兵を薙ぎ払う」

 

貞盛の話を聞きながら、某は考えた。

 

(やはり、像を操る術か)

 

仏の像が動くことは知られているが、それを戦に使うとなると珍しい。

それも金属……恐らく鉄であろう。

まとまった量の金属となると、やはり魔穴の武具でも潰したか。

だが、強大なれどそれが鉄などであれば、対抗策はある。

某が今まで有り余る力として封じて来た宝物。

龍神から授かった宝が、某にはある。

さらに、その様な物使わずとも、道は在るのだ。

 

「官軍には、術師たちがいるはずだ。彼らの力も借りられれば、戦いやすくなるだろう」

「官軍……音に聞く、陰陽の術者か。それは頼もしい。なれば、早く来てほしいものだ」

 

貞盛が、呟いた。

だが、その時だ。

 

「秀郷様! 都より急報! 急報に御座います!」

 

使者が、駆け込んできた。

その顔は蒼白であり、運んできた報せがただならぬ物と察せられる。

 

「何事か!」

「ば……坂東に向かっていた官軍が……ひ、引き返しました!」

「な! 何……だと?」

「引き返した!? そ、そんな馬鹿な事が!?」

 

某は、耳を疑い、貞盛が悲鳴を上げる。

官軍が、引き返した?

 

「なぜだ! 理由を述べよ!」

「それが……西国で、藤原純友が反乱を起こし、難波の地を占拠したとのこと。都が、直接の脅威にさらされているため、官軍は引き返したのです」

 

使者の言葉に、某は絶句した。

藤原純友。海賊を率いる男。

その名は、某も聞いていた。

だが、まさか難波まで攻め込むとは。

 

「難波……それは、都のすぐ近くではないか!?」

「はい。淀川を遡れば、都まで数日です。朝廷は、純友の脅威を優先したのです」

 

某の隣で、貞盛が震えていた。

 

「そんな……そんなことが……」

「官軍は……来ないのか……」

 

貞盛の声が、絞り出すようだった。

他の兵も、将門の脅威に対抗し得るはずであった援軍の消失に言葉を失っている。

そして、貞盛は崩れ落ちた。

 

「では、某たちは……将門を……どうやって……」

「貞盛殿!」

 

某が駆け寄ると、貞盛は意識を失っていた。

怒りと絶望が、彼の心を折ったのだろう。

意識を失いつつも、魘されたように言葉を漏らす様は、余りに無残であった。

 

「……貞盛殿を、休ませよ」

 

某は、配下に命じ、そして一人考え込んだ。

 

(官軍は、来ない)

 

つまり、坂東の武者だけで、将門と戦わねばならない。

数では、圧倒的に不利。

そして、将門の力は、某が見た限りでも桁違いだ。

 

だが。

 

(某は、決めたのだ。将門と戦うと)

 

武人として、あの男と全力でぶつかる。その約定を、果たす。

官軍がいようがいまいが、関係ない。

 

(某は、某の力で、将門と戦う)

 

某は、覚悟を決めた。坂東武者だけでの決戦を。

 

 

【藤原純友】

 

難波の地を、私は踏みしめていた。

湿地帯が広がるこの地は、船を操る我らにとって、格好の拠点だ。

陸地が点在し、その間を船で自由に移動できる。

 

「純友様、拠点の構築、順調に進んでおります」

 

配下の海賊が、報告する。

 

「よい。引き続き、進めよ」

 

私は、頷いた。

ここから、都は目と鼻の先だ。淀川を遡れば、数日で都に至る。

だが、私はまだ動かない。時を待つ。

 

(忠平……お前を、この手で討つ)

 

藤原忠平。私と同じ、藤原氏の一人。だが、その立場は天と地ほど違う。

私は、早くに父を失った。そのため、藤原北家の主流から外れた。権力争いに敗れ、冷遇された。

そして、地方官吏として、伊予掾に任じられた。

 

(伊予掾……か)

 

その時の屈辱を、私は今でも忘れない。

地方官吏への赴任。それは、都での出世街道から外れた証。

藤原氏の者であれば、本来は都で要職に就くべきなのだ。

参議、中納言、そして大臣へと昇っていくのが当たり前。

だが、私にその道はなかった。

 

「伊予掾として、赴任されよ」

 

その命を受けた時、私は悟った。もう、都での出世は望めないのだと。

伊予は、遠い。都から、遥か遠い。

そして、地方官吏の仕事は、煩雑だ。

税の徴収、民の管理、治安の維持。そして、海賊の取り締まり。

 

「海賊を、取り締まれ……か」

 

その任を受けた時、私は皮肉を感じた。

都で冷遇され、地方に追いやられた私が、海賊を取り締まる。

だが、海賊たちと接するうちに、私は気づいた。

 

(この者らは……私と同じだ)

 

都に見捨てられた者たち。朝廷に認められなかった者たち。だから、海賊となった。

ならば、私も同じではないか。

藤原氏でありながら、都に認められなかった。冷遇され、地方に追いやられた。

 

「ならば……」

 

私は、決めた。海賊を取り締まるのではなく、海賊を率いると。

捕らえた海賊たちを、私は手の内に引き込んだ。

力のある者は、配下に加え、船を持つ者は、私の船団に組み込んだ。

そうして、いつしか私は、千艘規模の船団を率いるようになっていた。

 

(これが、私の力だ)

 

都では評価されなかったが、ここでは違う。

私の才が、正当に評価される。

他の誰が、この様な船団を作り上げられるというのだ?

忠平にも無理だろう。

だからこそ、私の実力は更に知らしめられなければならぬ。

 

そして、私は決めた。

 

(忠平よ。お前を討つ)

 

都で順調に出世し、朝廷の中心にいる忠平。

私を地方に追いやった、あの男を。

 

(見ているがいい。この私が、お前を引きずり下ろすのだ)

 

その想いが、私を動かしていた。

そして今、その機会が訪れたのだ。

 

遥か東、坂東の地にて、将門が新皇を名乗り、朝廷が混乱している。

そして坂東への官軍が編成され、出発した。

 

この隙を突いて、私は動いた。淡路を襲撃し、そして難波を占拠したのだ。

 

「純友様、都からの報告です。将門討伐の官軍が、引き返したとのこと」

「ほう、やはりか」

 

私は微笑んだ。予想通りだ。都の目の前に敵がいれば、遠い坂東よりも優先する。

だが、一度発した軍が戻るにも時が必要であった。

今の都は、まさしく兵力の間隙と言うべきなのだ。

そして、水辺の多い難波の地に、拠点を築くだけの隙を、将門は作り出した。

 

(将門よ。お前は、良い囮になった)

 

私は、西の空を見た。そこに、都がある。

 

(もう少しだ。もう少しで、忠平を討てる)

 

その日を、私は心待ちにしていた。

 

 

【藤原秀郷】

 

貞盛が意識を取り戻したのは、翌日のことだった。

 

「秀郷殿……」

「気がついたか」

「官軍は……やはり、来ないのか……」

 

貞盛の声は、絶望に満ちていた。

 

「ああ。来ない」

 

某は、はっきりと言った。

 

「では……某たちは……どうすれば……」

 

貞盛は、力なく俯いた。その肩が、震えている。

某は、その姿を見て、言葉を選んだ。

 

「貞盛殿」

「……何か」

「父の仇を、取るのではなかったのか」

 

某の言葉に、貞盛はゆっくりと顔を上げた。

 

「官軍が来ようが来まいが、関係ないはずだ。お前の目的は、将門を討つこと。そうではないのか」

「それは……しかし、官軍がいなければ……」

「官軍に頼るつもりだったのか?」

 

某は、厳しく言った。

 

「お前自身の手で、父の仇を討つのではないのか。他人の力を借りて討つだけで、満足なのか」

 

貞盛は、口を閉ざす。唇をかみしめながら。

だが、その目に、僅かに光が戻り始めていた。

 

「某は、お前を責めているのではない。ただ、問うているのだ。お前は、本当に将門を討ちたいのか、と」

「……討ちたい」

 

貞盛が、絞り出すように言った。

 

「何としてでも、討ちたい。父の仇を、取りたい」

「ならば、立て」

 

某は、手を差し伸べた。

 

「官軍がいなくとも、我らだけで戦う。そして、将門を討つ」

 

貞盛は、某の手を取った。そして、立ち上がった。

 

「……だが、官軍無しで勝てるのか?」

「策はある」

「何?」

 

某は、貞盛にある策を告げた。

その内容を聞くうちに、貞盛の瞳に力が取り戻されていく。

 

そして某は、次の日配下を集めた。

 

「皆、聞け。官軍は、来ぬ。我らだけで、将門と戦う」

 

ざわめきが広がった。

不安の色が、配下の者たちの顔に浮かんでいる。

だが、某の隣に立つ貞盛、そして将たる者達には戦意が既に宿っていた。

 

「だが、某には勝算がある」

 

某は、そう言って、ある箱を取り出した。

それは、大百足を討った時、龍神から授かった宝物の一つ。

某は、それを長い間、封印していた。あまりに強い力を持つがゆえに。

だが、今は使う時だ。

 

「これは……龍神の加護が宿る太刀である」

 

箱を開けると、中には一振りの太刀があった。

龍神刀、黄金丸。

その神威に、刀身は金色に光り輝き、兵達の目に焼き付いた。

 

「この太刀には、龍神の力が宿っている。某は、これで将門と戦う」

 

某の言葉に、配下の者たちが息を呑んだ。

某は、太刀を手に取った。

その瞬間、周囲の空気が変わった。太刀から、強大な力が溢れ出す。

 

(これが……龍神の力か)

 

某は、その力を感じながら、決意を新たにした。

だが、某は言わなかった。この太刀の本当の用途を。

そして、もう一つの宝について。

 

(将門の金属の像には、別の策がある)

 

某は、密かに考えていた。龍神から授かった宝は、太刀だけではない。

だが、それは今は言わぬ。

戦場で、見せればいい。

 

(将門よ。待っていろ。某が、お前のもとへ行く)

 

武人として、全力で。

その日を、某は心待ちにしていた。

そして、遂に、その時が来たのだ。




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