よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】 作:Mr.ティン
【藤原純友】
難波の拠点で、私は優位を感じていた。
「朝廷の動きは、鈍いな」
配下の海賊が、報告に来た。
「都からの軍勢は、難波の周辺を固めるのみ。積極的には攻めてきません」
「ふん、当然だろう」
私は、笑った。
朝廷は、二正面作戦を強いられている。
坂東の将門と、西国の私。
どちらにも戦力を割かねばならず、身動きが取れないのだ。
(所詮、朝廷など、その程度よ)
そう思う私に、坂東から報せが入った。
「純友様、坂東より報せが」
「何だ?」
「平将門が、平貞盛の軍を撃破したとのこと。更に、坂東の土豪たちを次々と従えているとのこと」
「ほう……」
私は、頷いた。
(将門め、なかなかやるではないか)
将門が坂東で暴れ続ければ、朝廷はいずれ坂東に兵を送らざるを得ない。
そして、その時こそが、私の好機だ。
(朝廷が坂東に兵を送った時……その隙に、都へ攻め入る)
私は、そう画策していた。
難波から都へは、目と鼻の先だ。
朝廷の守りが薄くなれば、一気に攻め上がれる。
(もう少しだ……もう少し、将門に粘ってもらえば)
私は、その時を待っていた。
そんな時だ。
「純友様、都より使者が」
「使者?」
配下が、一人の男を連れてきた。
私も見た事がある。
この男は、朝廷の役人だ。
「藤原純友殿。朝廷より、お伝えしたいことがあります」
役人が、恭しく言った。
「何だ?」
「朝廷は、純友殿の功績を認めております。これまでの海賊退治の功、誠に見事でした」
「……」
「そこで、朝廷は純友殿に、冠位を授けたいと考えております。従四位下、いかがでしょうか」
役人の言葉に、私は吹き出した。
「はははは! 冠位だと?」
「はい。純友殿の才を、朝廷は高く評価しております」
「笑わせるな」
私は、冷たく言った。
「今更、冠位で釣ろうというのか。私を、そんな安い餌で懐柔できると思っているのか」
「それは……」
「帰れ。朝廷に伝えろ。藤原純友は、冠位など要らぬとな」
私は、使者を追い返した。
配下の海賊たちが、歓声を上げた。
「流石は純友様!」
「朝廷など、恐るるに足らず!」
私は、得意げに笑った。
冠位で懐柔しようとする。それは、朝廷が私を恐れている証拠だ。
(見たか、忠平。私は、もうお前たちの手の内には収まらぬ)
優越感が、私の心を満たしていた。
私は、海賊の王だ。千艘の船団を率い、西国を支配している。
朝廷など、もはや敵ではない。
(私は、もう朝廷を超えたのだ。そして、将門が坂東で暴れ続ければ、いずれ朝廷は崩壊する。その時、私が新たな秩序を築く)
私は、そう夢想していた。
だが、その夢は、突然に砕かれた。
「純友様! 坂東より、急報!」
使者が、駆け込んできた。その顔は、蒼白だった。
「何だ?」
「平将門が……敗れました!」
「何……だと?」
私は、耳を疑った。
「藤原秀郷に討たれ、捕らえられたとのこと。都へ連行されたと……」
その言葉に、私は愕然とした。
「将門が……敗れた?」
「はい。そして……」
使者が、震える声で続けた。
私の心に、焦燥が走る。
「朝廷の軍が、こちらに向かっているとのこと。坂東の戦力を、全てこちらに向けると」
(まずい……!)
将門の乱が終わったということは、朝廷の全戦力がこちらに向けられるということだ。
さらに別の配下達が、わたしの元へ駆けこんで来る。
「純友様、難波への圧力が急激に増しております!」
「朝廷の軍が、四方から押し寄せてきております。このままでは……」
私は、歯噛みした。
(将門め……もっと粘れなかったのか)
だが、今は愚痴を言っている場合ではない。
「難波を、放棄する」
「何ですと!?」
「ここに留まっても、勝ち目はない。西へ戻る」
私は、そう命じた。
難波の拠点を維持するには、兵力が足りない。朝廷の全戦力を相手にするのは、無謀だ。
(ならば、西へ戻り、体勢を立て直す)
私は、船団を率いて、西へと向かった。
その後、私は大宰府を目指した。
西国の中心地。ここを落とせば、朝廷に大きな打撃を与えられる。
「全軍、大宰府へ向かえ!」
私の命令に、配下の海賊たちが動く。
大宰府への攻撃は、激しいものだった。
流石は、防人たちの拠点だ。
だが、私の軍は強かった。海戦に慣れた海賊たちは、陸戦でも勇猛だった。
更に、私は防人たちの一団が少なくなる機を窺い、襲撃したのだ。
「うおおおお!」
配下の海賊たちが、大宰府の守備兵に襲いかかる。
守備兵たちは、必死に抵抗した。
だが、数で勝る私の軍に、押されていった。
そして、遂に。
「大宰府が……陥落しました!」
配下が、歓声を上げた。
私は、大宰府の中心に立った。
(ここまでは、来た)
だが、喜びは束の間だった。
「純友様、都より大軍が向かってきております!」
「それだけではありません。対馬の防人の軍も、動き出したとのこと!」
私は、眉をひそめた。
(対馬……か)
この世界では、対馬は防人の大規模な拠点となっていた。
大陸からの脅威に備え、また半島の友邦へと送るため、多くの兵が駐屯している。
その対馬の軍が、動いた。
(都と対馬……両方から、攻められるのか)
対馬の兵は、都との中継の地である大宰府を落とせば動かぬと予想していたが、よもや独自に動くとは……。
気づけば、一転して私は、窮地に立たされていた。
「全軍、博多湾に集結せよ。海戦で、決着をつける」
私は、そう命じた。
私の配下は海賊だ。
海戦ならば、私の軍に勝機がある。
そう、信じていた。
博多湾に、両軍が対峙した
私の軍は、千艘近い船団。朝廷の軍も、数百艘の船団を率いている。
そして、朝廷軍の旗艦には、二人の将がいた。
「小野好古……源経基……」
私は、その名を知っていた。
小野好古は、朝廷きっての武人。弓の名手として知られている。
源経基は、清和源氏の武者だ。侮れぬ実力者との話を聞いていた。
二人とも、一筋縄ではいかない相手だ。
「行け!」
私が命じると、両軍が激突する。
この海戦は、超常的な戦いであった。
「うおおおお!」
私の配下の一人が、海面を走った。
そう、走ったのだ。海面の上を、まるで陸地のように。
魔力で身体を軽くし、水面を蹴って走る。その速度は、船よりも速い。
「敵船に、突入しろ!」
私の配下の海賊たちが、次々と敵船に飛び移った。
そして、白兵戦を仕掛ける。
「ぐあっ!」
朝廷の兵たちが、次々と倒れていく。
だが、朝廷の軍も反撃してきた。
「波よ、起これ!」
朝廷側の術師が、手を掲げた。
すると、海が荒れ始めた。大波が発生し、私の船団に襲いかかる。
「くそ……!」
船が、激しく揺れた。このままでは、転覆する。
「某も、やるぞ!」
私の配下の術師が、対抗した。
同じく波を操り、朝廷側の波を相殺する。
二つの波が、ぶつかり合った。海面が、激しく波打つ。
「矢を、放て!」
私が命じると、配下の海賊たちが弓を引く。
だが、その矢は、通常の矢ではなかった。
力が込められた矢は、信じがたい威力を持つ。
射ッ!
一本の矢が、敵船に命中した。
その瞬間、船が弾けた。矢が、船を貫通し、衝撃が船体を破壊したのだ。
「よし!」
私は、歓声を上げた。
だが、その時だ。
「某の矢も、受けてみよ」
敵方の将である、小野好古が、弓を引き、放った。
その矢は、私の旗艦に向かって飛んできたのだ。
「盾を上げろ!」
私が叫ぶ。
だが、好古の矢は、盾を掲げた部下ごと貫通し、帆柱へ命中したのだ。
その威力は凄まじく、命中箇所はえぐり取られ、帆柱がゆっくりと傾いていく。
折られたのだ、帆柱が。
「ぐっ……!」
旗艦が傾く。
そして、朝廷側も同様の攻撃をしてきた。
魔力を込めた矢が、私の船団に降り注ぐ。
「盾を上げろ!」
私が叫ぶ。だが、その矢は盾さえも貫通する。
「ぐあっ!」
配下の海賊たちが、次々と倒れていった。
それでも指揮を続けなばならない。
「風よ、声を運べ!」
術師が唱えると、私の声が、遠く離れた船にまで届いた。
「右翼、前進せよ! 左翼、側面を攻めろ!」
私の命令が、全船に伝わる。
そして、船団が一斉に動いた。
まるで一つの生き物のように、船団が動く。
だが、朝廷側も同様だった。
源経基が、的確に船団を指揮している。
息の合った連携で、私の船団を包囲しようと船を走らせていた。
「くそっ……!」
私は、焦った。
戦況は、徐々に朝廷側に傾いていた。
(何故だ……何故、押されている? 船員の練度ではこちらが上の筈!)
こちらは全て海賊だ。
一方で朝廷の兵は、多くは武者である筈。
だというのに、敵軍の船足は此方以上に早くさえある。
(……! そうか、術師か!)
私は、理解した。
朝廷側は、術師を多く引き連れていたのだ。
波を操る術師。風を操る術師。
彼らの術が、船乗り以上に船を自在に操って、戦況を決定づけているのだ。
「純友様、このままでは……!」
配下が、叫んだ。
私の船団は、次々と沈められていった。
「……退却だ! 退却せよ!」
私は命じるが、もう遅かった。
朝廷の船団が、私の旗艦を包囲していたのだ。
「藤原純友! 降伏せよ!」
小野好古が、叫んだ。
私は、歯噛みした。
(ここまで、か……)
私は、刀を捨て、そして、降伏した。
数日後、私は都へと連行された。
縄で縛られ、馬に乗せられ、都の街を、晒し者のように引き回された。
人々が、私を見て叫んだ。
「反逆者だ!」
「海賊の親玉だ!」
「死罪にしろ!」
私は、俯いていた。
(忠平……)
私の心には、藤原忠平への憎しみが燃えていた。
そして、私はその男の前に引き出された。
「藤原純友。お前の罪は、重い」
声が響く。
その声の主を見た時、私は目を見開いた。
藤原忠平。
私が憎んだ男が、そこにいた。
「お前は、海賊を率いて反乱を起こした。淡路を襲撃し、難波を占拠し、大宰府を陥落させた」
忠平が、冷たく言った。
「その罪、万死に値する。斬首とする」
「待て!」
私は、叫んだ。
「俺は……俺は、お前に対抗しただけだ! お前が、俺を冷遇したからだ!」
「冷遇?」
忠平が、眉をひそめた。
「お前は、自分の才を過信していた。地方官吏への赴任を、屈辱と思った。だが、それは通常の昇進の過程だ」
「嘘だ! お前は、俺を遠ざけようとした!」
「そうではない。お前が、勝手に劣等感を抱いただけだ」
忠平の言葉に、私は絶句した。
「連れて行け」
忠平が、命じた。
私は、引きずられていった。
そして、私は刑場へと引き出された。
刑場の中央に、座らされた。
「ここは……」
私は、周囲を見回した。
何か、不吉な雰囲気がある。
「おい、ここは何処だ?」
私が尋ねると、首切り役人が答えた。
「ああ、ここか。つい先日、平将門を斬首した場所だ」
「将門……?」
「そうだ。あの男は、凄まじかったぞ。首を斬られても、生きていた」
役人が、語り始めた。
「首だけになっても、叫んだのだ。『坂東の守護者となる』と。そして、首を馬に咥えさせて、坂東へ送った」
「……」
「あんな光景は、初めて見た。まさに、怨霊だった」
役人の言葉に、私は唇を噛んだ。
(将門は……最後まで、何かを成したのか)
私は、何も成せなかった。
難波を占拠しても、都へ攻め入れなかった。
大宰府を落としても、すぐに敗れた。
(俺は……何も、残せなかった)
将門は、怨霊として恐れられることで、坂東を守った。
だが、俺は?
何も残せない。ただ、反逆者として処刑されるだけだ。
「では、始める」
役人が、刀を構えた。
私は、目を閉じた。
(忠平……俺は、お前に勝てなかった)
その無念が、胸を締め付けた。
そして、刀が振り下ろされた。
斬ッ!
私の首が、胴から離れた。
意識が、遠のいていく。
(俺は……何だったのだ……)
その問いに、答えは得られぬまま、私の意識は闇に消えて行った。
藤原純友。
海賊を率いて反乱を起こした男。
だが、その最期は、無念に満ちたものだった。
平将門の乱。藤原純友の乱。
平安中期を揺るがした二つの乱は、ここに幕を下ろしたのだった。
次回は授業回。
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