よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】 作:Mr.ティン
(……武士の時代の予兆となる事件が、ああいう物だったとはな)
俺は、現世で一通り過ごした後、再び魔力の流れの中に戻り、ツクヨミが残してくれた二つの役についての記録を見ていた。
一応朝廷内で雑色として働いていたのもあり、朝廷側の視点については把握していたのだが、やはり全体を把握すると印象がかなり変わってくる。
(まさか恩賞を出し渋ったのが、武士の台頭の原因となるとは……)
この時期、朝廷としての視点では、遥か北の果てのお家騒動への介入、といった見方でしかなかった。
平定に時間がかかった事に対しての不満や、いっそ源氏を侮る声まであったほどだ。
(無理もないか。現場を知らないものほど、好き勝手言う物だからな)
公卿たちからしたら、陸奥の国と言うのは遠方の見知らぬ土地でしかない。
この役では国司として派遣された者が討たれた事もあり、公卿たちは実際に北の地で何が起きているのか、書状と言う形でしか判断できていなかった。
何より、都では別の大きな出来事が起きていたのだ。
(白河上皇の院政が始まって、かなり強引な形で政治を動かし始めたからな。公卿たちにとっては、それどころじゃなかった訳だ)
これは、長らく続いた摂関政治に陰りが出始めた出来事だ。
白河天皇が8歳の堀河天皇へ譲位し、太上天皇(上皇)として政治を主導し始めたのは、摂関家の影響を避けるためだ。
上皇が独自の政治拠点「院」を形成し、院宣・院庁下文という迅速な命令ルートを整備し、太政官を迂回して政策を実行するようになった。
つまり、かなり強権的な王政と言うべきシステムを作り上げたのだ。
更に白河上皇は、院領荘園を拡大し、財政基盤を確立していったのだ。
(世事システムに、財政にまで手を加えていたからな。とんでもない剛腕だ)
雑色として働いていた視点としても、白河上皇の動きは迅速かつ強引で、多くの公卿があっけに取られていたのを覚えている。
(その上、軍事力にも手を出していたな。北面武士の組織、か)
この北面武士と言うのは、院御所の北側に詰めていた武士団の事だ。
上皇の命令、つまり院宣に従い、警護・軍事行動・雑務まで幅広く担当していて、まさしく上皇直属の近衛兵団といった意味合いが強い。
まさしく、エリート武士団と言っていいだろう。
(この武士団設立の理由は、幾つかあるが……一つは、従来の朝廷の警備を担う検非違使に、変わる集団を作りたかったようだな)
そもそも院政を行う以上、摂関家の軍事力を頼る事は出来なくなる。
そして検非違使は、公卿たちに長らく従っていた為に、上皇でも自由に動かせない慣例やしがらみがあった。
何より、武力無しでの政治的自立は困難だ。
そのため、上皇は独自の戦力を求める必然性があった。
そして、北面武士たちは、ただ武力を振るうだけの存在ではなかった。
(……朝廷の雑色や蔵人のような働きをし出したからな……そのせいで、蔵人所は段々仕事を奪われてしまった)
実のところ、俺がこうして現世での生活を辞め、魔力の流れに戻ったのも、それが大きな原因だった。
政治の主導が院に移り、蔵人の仕事も北面武士が行うようになって、暇になってしまったのだ。
そして必然的に人員整理が行われ、下級の雑色から職を失っていった。
(まさか、平安時代でリストラを体験することになるとは……)
余りに悲しい結果だった。
なお、イザナギはしれっと蔵人に昇進し、更にそこそこの地位を確保した為にリストラされない。
ハルカもまた、女房として宮中に入っていた為に、仕事が被ることなく、未だ現世にいる。
そもそも宮中関係なしに、また試練の鬼を愉しんでいるスサノオや、防人たちが気になると言って大宰府に向かった田村麻呂なども、まだ現世。
(アマタや、他の仕事を振っている皆にこんな事を愚痴る訳にも行かないよな……はぁ……)
そう言った事情もあり、こうして独りさびしく現世の情報を確認している俺なのだった。
(まあ、少しづつ貴族の時代から武士の時代になっていく空気感を知れたのは良かったな……)
上皇の院政は、摂関政治から天皇家に政治の主導を動かそうという流れでもあった筈だ。
しかし、その動きの結果行き付くのは、武士の時代だ。
(そう、この北面武士たちの中から、次の時代の主役たちが現れる……)
この北面武士たちだが、そこに所属したのは、主に 摂津源氏・河内源氏・伊勢平氏などの武士たちだ。
その中には、今後そうそうたる名前が連なっていく。
源氏では、源頼朝の父である源義朝、源為義。
そして平氏では、平忠盛、平清盛親子。
つまり、後の源平合戦の主役たちが若い頃に所属していた武士団なのだ。
(北面武士の結成が、後の武士の時代を決定的にしたんだな……とはいえ、まだまだ先の話だが)
白河上皇の庇護の下、8歳の堀河天皇へ譲位し手から数十年後、再び幼帝である鳥羽天皇が即位する。
幼い天皇に実験は無く、当然白河上皇の発言力は高まり、「治天の君」として絶大な権力を持つようになっていく……はずだ。
(確かデータベースによると、この鳥羽天皇も、後に鳥羽上皇となって院政を継承するんだよな……)
この鳥羽上皇の治世と言うのは、武士の登用を更に押し進めた時代になる。
院庁の組織化や、院近臣ネットワークの拡大によって政治的には安定するようだが、反面として上皇の強権ぶりは大人しくなっていく。
ただし、院領荘園の拡大などの政策で財政が安定し、また熊野詣などの宗教的儀礼を多く行う事で、権威付けを進めていくようだ。
それらの結果として、政治的には一見安定するようだが……ここには、決定的な火種もあった。
皇位継承問題だ。
(……そして、そこに武士も絡む、と)
前九年の役と後三年の役が、武士の時代の前触れだとしたら、此処から起きる戦いは、武士の時代の幕開けだ。
皇位を争うどちらの陣営にも武士が参加し、戦力の中心となる。
(保元の乱、か……)
来るべき戦いの名。
そしてそこには、もう一つ気になる要素がある。
(日本三大怨霊、その最後の一角が、そこに絡む)
菅原道真、平将門。
この二人に並ぶ最後の大怨霊が、史実の通りの流れなら、ここで生まれる事になる。
(今までの二人は、そこまで致命的な動きはしなかったけれど、最後の一人はオレもあまり詳しくないから、どう動くのかよくわからないんだよな……)
この世界の場合、何が起きるのか、本当に判らない。
道真公は、数年待たずして即座に御所へ落雷を落とした。
将門公は、首のまま坂東八州の守護者を宣言した。
なら、最後の一人もまた、何かを成してしまう可能性が高い。
(まだ時間があるから問題無いと思うが……乱が起きる前に、ハルカ達の意識を魔力の流れに戻しておいた方が良さそうだな)
乱は都で起きる。
それを考えると、今回宮中で活動している皆にも類が及びかねない。
あくまで意思を仮初の肉体に宿しているだけと言っても、肉体の死や損傷のショックは精神にも及ぶのだ。
それを考えると、手を回すに越したことはない、筈だ。
(保元の乱から、平治の乱、そして源平の合戦か……)
比較的安定していた12世紀前半から、動乱の後半へ。
武士の時代の幕開けを、俺はこの後見る事になるのだろう。
(……今のうちに、ツクヨミも現世で過ごさせておくか)
留守を任せていたツクヨミも、早めに現世で過ごさせておくべきだな。
そして万全の態勢で、源平合戦の時代を乗り越えなくては。
そう決心する俺の前で、白河上皇が北面武士へ命を下す映像が流れていた。
彼らの姿は、夕日に照らされ、赤く染まっている。
まるで、この先の予兆であるかのように……。
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