よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】 作:Mr.ティン
【崇徳上皇】
讃岐の地は、まるで牢獄のように朕を閉じ込めた。
海が、どこまでも広がっている。
だが、その先に都はない。
朕は、この地から動くことを許されなかった。
配流されてからしばらくは、朕の心は、まるで嵐のように荒れ狂っていた。
だが、長くは続かなかい。
激情は、やがて静かに失意へと変わっていった。
讃岐の地で朕は、ただ海を眺める日々を送っていた。
波の音が、まるで朕を嘲笑うかのように聞こえる。
風が、まるで朕の無力さを囁くかのように吹くかのようだ。
(朕は……何もできなかった)
朕は、何度そう思ったことか。
帝であった時も、上皇となった後も、朕は権力を握ることができなかった。
そして、保元の乱にて敗れ、この地に流された。
朕の周囲には、わずかな従者しかいなかった。
彼らは、朕に忠実だったが、それ以上のことはできなかった。
だが、ある日、朕は一つの思いに至った。
(朕は……彼らを慰霊せねばならぬ)
保元の乱で命を落とした武士たちのことだ。
源為義、平忠正、そして多くの兵たち。
彼らは、朕のために戦い、そして死んでいった。
「朕は……彼らに報いねばならぬ」
それが、朕の元に集ったかの者らに対する務めであろう。
よって朕は、写経を始めることにした。
経を写し、仏の教えに身を委ねることで、彼らの魂を慰めようと思ったのだ。
朕は、毎日、筆を取った。
一文字一文字、丁寧に経を写していく。
朕の心は、まるで静かな湖のように落ち着いていった。
写経をしている間、朕は久しぶりに平穏を感じたのだ。
かつて和歌を詠んでいた頃のように、朕は文字に心を込めた。
(これで……彼らの魂も、少しは救われるだろうか)
朕は、そう願った。
そして、長い時間をかけて、朕は写経を完成させた。
それは、まるで朕の魂を込めたかのような、美しい写経だった。
朕は、従者に命じた。
「この写経を、都の寺に納めてほしい。彼らの魂を慰めるために」
「承知いたしました、上皇様」
従者は、深く頭を下げた。
朕は、この写経が都に届き、寺に納められることを心から願った。
それが、朕にできる唯一の慰霊だったのだ。
だが、運命は残酷だった。
しばらくして、従者が戻ってきた。
その手には、朕が送った写経があった。
そして、報告遷都する従者の声は、震えていた。
「上皇様……これが……」
「何故だ……何故、戻ってきた?」
朕は、不安を感じ問いただす。
「帝が……お受け取りになりませんでした。呪詛が込められているかもしれぬと……」
「呪詛……だと?」
だが、帰って来た従者の言葉に、朕は凍りついた。
朕の声が、低く響いた。
「はい……帝は、この写経に呪詛が込められている恐れがあるとして、寺への奉納を拒否されました」
その言葉を聞いた瞬間、朕の心の中で、何かが弾けた。
「呪詛……呪詛だと!?」
「ひっ!?」
朕は、まるで雷に打たれたかのように立ち上がった。
朕の周囲の空気が、重くなった。
影が、通常よりも濃く、深く見えた。
「朕は……彼らを慰霊するために、心を込めて写経したのだ! それを……呪詛だと!?」
朕の怒りは、まるで灼熱の業火の如く噴き出した。
朕の周囲で、黒い霧のような何かが、ゆらゆらと揺れ始めたのが見える。
だが、その様な事は最早一切気にならぬ。
従者たちが、まるで恐れをなしたかのように後ずさっていた。
「朕の……朕の誠意を……こうも踏みにじるのか……!」
朕の声は、まるで獣の咆哮のように響いた。
部屋の空気が、ますます重く、冷たくなっていく。
(帝は……朕を信じておらぬのだ)
朕の心には、まるで毒のような怨念が広がった。
(朕が何をしようと、帝は朕を疑うのだ。朕は……永遠に、信じてもらえぬのだ)
朕の絶望は、深く、暗かった。
そして、その絶望は、やがて怒りへと変わった。
「朕は……もう、我慢ならぬ」
朕は、筆を取った。
だが、今度は経を写すためではなかった。
逆だ。
この内に溢れる呪詛を、書き記さずにはいられぬのだ!
「朕は……日乃本の大魔縁となり、皇を取って民とし、民を皇とならしめん!」
朕の声が、讃岐の地に響く。
朕は、更に自らの舌を噛み切った。
激痛が走ったが、朕は構わなかった。
口から血が溢れ出る。
朕は、その血で誓状を書き始めた。
「朕は……この怨念を、永遠に抱き続ける……!」
朕の血が、紙に染み込んでいく。
朕の誓いが、まるで呪いのように文字となって刻まれていく。
朕の周囲には、黒い霧が濃密に立ち込め始めた。
それは、もはや霧ではなく、実体を持ち始めているかのようだった。
そして、朕は呼びかけた。
「源為義殿……平忠正殿……そして、保元の乱で命を落とした全ての者たちよ……!」
朕の声は、まるで冥界にまで届くかのように響いた。
「朕と共に……この怨念を晴らしてくれ……!」
その瞬間、朕の周囲に、無数の影が現れた。
それは、保元の乱で討たれた、あるいは後に処刑された武士たちの怨念だった。
「上皇様……」
為義の声が、まるで遠くから聞こえてくるように響いた。
「某も……無念でござる……」
忠正の声も、聞こえた。
彼らの怨念が、朕の怨念と混ざり合っていく。
黒い霧は、ますます濃くなり、部屋全体を覆い始めた。
朕の髪が、伸び始めた。
爪も、まるで獣のように伸びていく。
朕の姿は、もはや人の姿ではなかった。
夜叉のような、魔縁のような、恐ろしい姿へと変貌していった。
「朕は……大魔縁となる……!」
朕の最後の言葉が、讃岐の地に響き……そして、朕は息絶えたのだ。
だが、朕の怨念は消えなかった。
それどころか、死後、朕は大怨霊と化したのだ。
朕の怨念は、讃岐の地から都へと飛んだ。
やがて、都を朕の瘴気が覆いつくし、様々な異変が起きた。
安元の時、京都の三分の一が焼失する大火が起きたのだ。
炎は、まるで生き物のように都を這い回り、多くの建物を焼き尽くした。
更に、翌年もまた、大火を引き起こす。
「これは……崇徳上皇の祟りだ……」
都の人々は、恐れおののいた。
だが朕の怨念は、それだけでは収まらなかった。
帝の近臣たちが、次々と原因不明の病で倒れた。
彼らは、もがき苦しみながら、死んでいった。
だが、一番に恨みべき帝は、霊的な守りが堅く、祟り切れなかった。
(それでも……朕の怨念は……届いておるぞ……)
朕の意識は、もはや生前のそれではなかった。
大怨霊と化した朕は、ただ怨念を振りまき続けた。
そして、朕の怨念は、讃岐の地でさらに強大な力を持ち始めた。
朕の瘴気が凝集し、実体を得る形で顕現しようとしたのだ。
讃岐の地には、黒い雲が立ち込め、草木が枯れ、動物たちが逃げ出した。
「いかん……これでは、歴史に残るかつての大怨霊の再来となる!」
都の陰陽師たちが、讃岐の地の異変を察知し、帝は、事態を重く見た。
「崇徳上皇の怨念を鎮めねばならぬ。武士と僧を讃岐へ派遣せよ」
帝の命により、保元の乱で活躍した武士たちと、高名な僧たちが讃岐へと向かった。
武士たちの中には、平清盛もいた。
「某が……上皇様の怨念を鎮めるのか……」
清盛は、複雑な思いを抱いていた。
讃岐の地に到着した彼らが見たのは、地獄のような光景だった。
黒い瘴気が、まるで巨大な龍のように空を覆う。
そして、その瘴気に引き寄せられた無数の怪異が、うごめいていた。
「これは……」
武士たちが、驚愕の声を上げた。
「構えろ! 怪異が来るぞ!」
清盛の号令で、武士たちが戦闘態勢に入った。
怪異たちが、まるで波のように押し寄せてきた。
骸骨のような姿をした亡者、巨大な鬼、そして形容しがたい化け物たち。
「うおおおっ!」
武士たちが、怪異に斬りかかった。
清盛の刀が、まるで炎のように輝き、怪異を次々と斬り伏せていく。
「某の刀で、貴様らを浄化する!」
清盛の周囲には、赤い気が立ち上っていた。
魔穴で鍛えた力が、怪異を圧倒していく。
他の武士たちも、必死に戦った。
だが、怪異の数は減らなかった。
まるで、湧き出るように次々と現れる。
「僧侶たちよ! 今だ! 浄化を始めろ!」
清盛が叫んだ。
僧たちが、読経を始めた。
その声は、まるで光のように瘴気を照らした。
「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」
僧たちの読経が、瘴気を少しずつ浄化していく。
黒い瘴気が、まるで霧が晴れるように薄くなっていった。
だが、完全には消えなかった。
朕の怨念は、あまりにも強大だったのだ。
「これ以上は、無理に御座います!」
「……怨念の核は、最早御仏の声さえ届きませぬ」
「ならば、封じるしかない!」
僧たちの一人が、力なく言う中、別の僧が叫ぶ。
「こうなれば、崇徳天皇陵、白峰宮に封じるのだ!」
僧たちは、全ての力を振り絞って、朕の怨念を白峰宮へと封じ込めたのだ。
巨大な結界が、白峰宮を覆い、朕の怨念は、辛うじて封じられた。
最早、朕たる大怨霊は、この宮から出る事は叶わぬだろう。
だが、同時にその封印も完全ではなかった。
結界の隙間から、わずかに怨念が漏れ出ていたのだ。
それは、まるで黒い糸のように、都へと向かって伸びていった。
そして、その怨念は、保元の乱で活躍した武士たちの心に、わずかに触れた。
清盛は、讃岐から都へ戻る途中、胸に違和感を覚えた。
「何だ……この感じは……」
清盛の心に、わずかな不安が芽生えた。
それは、まるで種が土に植えられたかのように、小さく、だが確実に存在していた。
(某は……何かに、囚われているのか……?)
清盛は、首を振った。
だが、その不安は消えなかった。
源義朝もまた、同じような違和感を覚えていた。
「某の心が……乱れている……?」
義朝は、自分の心の変化に戸惑っていた。
朕の怨念は、彼らの心に巣食い始めた。
そして、それは、やがて大きな乱へと繋がっていくのだ。
武士たちが相争い、日本を揺るがす大きな戦いが、これから始まる。
その全ての原因には、朕の怨念があった。
朕は、白峰宮に封じられた。
だが、朕の怨念は消えなかった。
それは、わずかに漏れ出し、世を乱し続けるのだ。
(朕は……日乃本の大魔縁となった……)
朕の意識は、白峰宮の奥深くで、まるで眠るかのように静かだった。
だが、朕の怨念は、永遠に消えることはないだろう。
讃岐の地には、白峰宮が静かに佇んでいた。
だが、その奥には、恐るべき怨念が封じられている。
人々は、白峰宮を恐れた。誰も、近づこうとはしなかった。
そして、朕の怨念は、これからも日本を揺るがし続けるのだった。
空は、まるで朕の心を映すかのように、どんよりと曇っていた。
雲の向こうには、何か不吉なものが蠢いているかのようだった。
朕の物語は、ここで終わる。
だが、朕の怨念の物語は、これからも続いていくのだ。
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