よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】 作:Mr.ティン
【平清盛】
以仁王の令旨が発せられた時、某は憤りを覚えた。
後白河院の皇子が、平氏討伐を諸国に呼びかけたのだ。
源頼政と共に挙兵し、寺社や源氏に蜂起を促した。
「某を倒そうというのか……」
某の声は、低く響いた。
だが、某は素早く動いた。
以仁王と頼政の軍勢を追撃し、宇治で激戦の末、これを破ったのだ。
頼政は平等院で自害し、以仁王も討死した。
「これで、令旨の大義名分は失われた」
某は、満足した。
だが、令旨の影響は消えなかった。
全国の源氏勢力が、まるで蜂の巣をつついたかのように蜂起し始めたのだ。
伊豆では頼朝が、木曽では義仲が、そして奥州では義経が動き始めていた。
「源氏め……」
某は歯噛みしつつも、平家の者達へと命じた。
討伐軍を編成させたのだ。
これにより、石橋山では挙兵したばかりの頼朝を敗走させ、某は一時の安堵を得た。
だが、その戦いで某が知ったことは、恐れていた現実そのものだった。
「平家の武士たちが……ろくに戦えておらぬだと?」
報告を聞いた某は、愕然とした。
率いられている兵は戦っているが、平家の武士たち自身は公卿化してしまい、武芸を忘れていた。
かつて保元の乱や平治の乱で平家の者達が振るっていた炎の力。
それらを振るえる者がろくに居ないと聞いて、某は気が遠くなる想いであった。
(某が……許容してしまったのだ)
某は、深く後悔した。
平家の公卿化を、某は止めなかった。
それが、今、平家の弱点となって現れている。
それでも、何人かの有力な将は力を維持していた。
平重衡、平知盛、平教経ら。
だがそれは、彼らに、討伐の負担が集中する形となっていた。
(某は……彼らに頼るしかないのか)
某の心には、焦りがあった。
そして、富士川の戦いの報が届いた時、某の焦りは絶望へと変わった。
「水鳥の羽搏きに驚いて……逃げ帰っただと!?」
某は、怒りの声を上げずにはいられなかった。
平維盛率いる討伐軍が、戦わずして敗走したという。
水鳥が一斉に飛び立った音に驚き、源氏の大軍が攻めてきたと勘違いして逃げ出したのだ。
「何たる不甲斐なさ……」
某は、深い溜息をついた。
だが、報告はまだ続く。
「頼朝は、勝利に乗じて上洛せず、鎌倉へ帰還したとのことです」
その言葉に、某は僅かに安堵した。
「頼朝は……慎重なのだな」
某は、頼朝の判断を評価した。
だが、平家一門の反応は、某の心を痛めた。
「頼朝も上洛せぬとは、所詮その程度の男ですな」
「誠に。やはり平家を恐れておるのでしょう」
一門の者たちが、まるで他人事のように笑った。
「お前たち……何を楽観しておるのだ!」
某は、叱責した。
だが、彼らの顔には、危機感が見えなかった。
(平家は……内から腐っているのか……)
某の心には、深い絶望があった。
一方で、別の問題も起きていた。
園城寺や興福寺などの大衆、つまり僧兵たちが、反平氏運動に関与し始めたのだ。
「南都の寺社が……某に刃を向けるのか」
某は、苦々しく思った。
平氏と南都寺社の対立は、保元・平治以降の知行国支配や検断、つまり荘園調査・没収を巡る摩擦に根ざしていた。
某が平氏の権力を拡大する過程で、寺社の利権を侵してきたのだ。
「やむを得ぬ……鎮圧するしかない」
某は決断し、平重衡に命じた。
「重衡、南都の大衆を鎮圧せよ」
重衡が、深く頭を下げた。
「承知いたしました、父上」
某は、園城寺への処分を進めつつ、南都大衆の動きを警戒していた。
平氏軍は、鎮圧の準備を着々と進めていった。
そして、その年の末、平氏軍は奈良に侵入した。
結果、激しい戦が繰り広げられたのだという。
だが平氏の軍は優勢であり、僧兵たちは東大寺・興福寺の主要伽藍に立てこもる事となった。
故に、重衡はこう命じたのだ。
「伽藍に火をかけよ。あぶり出すのだ」
「……はっ!」
寺社を焼き払うという命に、兵たちは幾らか躊躇したものの、結局は伽藍に火を放った。
炎が、まるで生き物のように建物を這い上がっていく。
某を始めとした平氏は、かつて都を守ったという大仏を、過去の遺物と判断していた。
実際、大仏が動いたのは、大怪異への対処の時のみだと記録されていた。
某達平氏がそう思うのも、無理のないことだった。
だが、その判断は誤りだった。
火をかけられた東大寺の大仏殿で、その異変が起きる。
本尊である大金剛廬舎那仏、つまり大仏から、まばゆい後光が放たれ、南都中を照らしたのだ。
その光は、まるで太陽のように強烈で、点けられた火が、まるで風に吹き消されるかのように消し飛んだのだという。
「何……だと……」
報告を受けた某は、驚愕した。
「大仏が……火を消したのか……」
某は、畏怖を感じた。
だが、同時に某は気づいていなかった。
常に大仏は、鎮護の力を発し続けていた事を。
その力を一時別の用途に力を使ったために、密かに全国に放たれていた怨霊封じの加護が一瞬薄まってしまったことを。
そして、その影響を最も受けたのが、他でもない某だった。
ある日、某は突然、胸に激痛を感じた。
某は、その場に倒れ込んだ。
「ぐっ……!」
「父上! どうされました!?」
重盛の代わりに平家を支える宗盛が、慌てて駆け寄ってきた。
「某は……大丈夫だ……」
某は、そう言おうとしたが、身体が言うことを聞かなかった。
熱が、某の身体の内側から湧き上がってくる。
(これは……何だ……? ……いや、これは崇徳上皇の……瘴気か)
某の身体の内には、崇徳上皇の大怨霊より放たれた瘴気が、くすぶり続けていたのだ。
保元の乱の後、讃岐で怨霊を封じた時、某の心に植えられた黒い種。
それが、今、芽吹き始めているのが、自覚としてわかる。
これまでは、某自身の力や様々な寺社、特に大仏からの加護により、辛うじて抑えられていた、それ。
だが、大仏の加護が薄まった今、某の中に燻っていた瘴気が活性化したのだ。
そして、その瘴気は、平家の炎の力を暴走させていた。
「あつい……あつい……!」
某の身体から、熱が放たれ始めた。
某の周囲の空気が、まるで陽炎のように揺らいでいる。
「父上!? だ、誰か! 水を持ってくるのだ! 早く!!」
宗盛が叫ぶ声が聞こえる。
その声に応え、兵たちが急いで水を、そして某が収まる浴槽をも運んできた。
そして出来上がったのは、某を入れるための水風呂であった。
だが、某が水風呂に入ると、その水が、まるで釜で煮られているかのように沸騰し始めたのだ。
「ギャアアアッ!」
某は、苦痛に叫んだ。
熱い、熱すぎる。
某の身体が、内側から焼かれている。
水が蒸発し、湯気が立ち上る。
某の身体から放たれる熱は、もはや人のものではなかった。
(崇徳上皇の……怨念が……)
某は、理解した。
あの時、封じたはずの怨念が、遂に今、某を蝕んでいたのだ。
「父上! しっかりしてください!」
宗盛の声が、遠くから聞こえる。
視界が、まるで炎に包まれたかのように赤く染まっていく。
意識さえもうろうとする中、某の前に、幻が現れ始めた。
「清盛……」
源為義の声が聞こえた。
「某を……処刑したな……」
平忠正の声も聞こえた。
「某らの……無念を……」
保元の乱で、平治の乱で、某が命を奪ってきた者たちの幻が、次々と現れた。
彼らは、まるで怨霊のように、某を責め立てた。
(やめろ……やめろ……!)
某は、必死に念じるが、幻は消えなかった。
次々に現れ、某に怨嗟をぶつける幻たち。
(某は……何をしてきたのだ……)
それらに罵倒され、責め立てられる中、某の心には、深い後悔が生まれていた。
権力を求め、平家を隆盛させるために、某は多くの者の命を奪ってきた。
寺社を焼き、敵を討ち、邪魔な者を排除してきた。
(そして……平家は、公卿化してしまった……)
某が築き上げてきた平家は、今や武家としての力を失いつつある。
頼朝が東国で力をつけている今、平家に勝ち目はあるのか。
(某の死後……平家は……)
某の心には、深い不安があった。
「父上……!」
宗盛の声が、まるで遠雷のように聞こえた。
某の身体は、もはや限界だった。
炎の力が暴走し、某自身を焼き尽くそうとしている。
(崇徳上皇の怨念……恐ろしい……)
某は、改めて思い知った。
怨念の力は、こうも恐ろしいものなのか。
某が讃岐で見た、あの黒い瘴気。
それが今、某を殺そうとしている。
そして、もう一つの後悔こそは……。
「頼朝……お前を……生かしたことが……某の……過ちだった……」
某を殺すのは崇徳上皇の怨念だが、平家を滅ぼすのは頼朝だろう。
頭領たる某を失った後、平氏が何処まで持つのか?
義朝の息子を処刑せず、伊豆へ流したこと。
それが、某の最大の過ちだったのだ。
その過ちを噛み締めながら、某は、最後の言葉を呟いた。
「平家を……頼む……」
某は、宗盛に託した。
だが、某の心には、確信があった。
(平家は……滅びるのだろうな……)
意識が消えるその時、視界が、まるで炎に包まれたかのように真っ赤に染まった。
そして、その炎の中に、崇徳上皇の姿が見えた。
「朕の……怨念を……受けよ……」
崇徳上皇の声が、某の耳に響いた。
「うおおおおっ!」
某の最後の叫びが、部屋に響いた。
そして、某、平清盛は、息絶えた。
某の身体から放たれていた熱が、まるで嘘のように消えた。
だが、某の身体は、まるで焼けた炭のように黒ずんでいた。
「父上……父上……!」
宗盛が、泣き叫んだ。
平家の者たちが、某の死を悼んだ。
だが、彼らの心には、不安があった。
平清盛が死んだ今、平家はどうなるのか。
頼朝が東国で力をつけている今、平家は生き残れるのか。
答えは、既に明らかだった。
平家の崩壊は、もはや決定的だった。
某が築き上げてきた栄華は、まるで砂の城のように、崩れ去ろうとしていた。
崇徳上皇の怨念は、某を通じて、平家を滅ぼそうとしている。
そして、その怨念は、これからも世を乱し続けるのだろう。
某の死は、平家の終わりの始まりだった。
だが、同時に、それは新しい時代の到来をも意味していた。
公家と化した平家によるものではない、真の意味での武士の時代が、今、本格的に始まろうとしていたのだ。
そして、その時代を創るのは、源頼朝なのだろう。
某は、最後の瞬間、それを理解していた。
(某の時代は……終わったのだ)
某の魂が、身体から離れていく。
空には、どんよりとした雲が広がっていた。
まるで、平家の未来を暗示するかのように。
それでも、まだ平家の物語は、まだ続いていく。
だが、それは滅びまでの道筋である。
その最後を見ずに済んだこと、それは某にとって最後の救いであったのかもしれなかった。
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