よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】 作:Mr.ティン
【源義仲】
俺が物心ついた頃、既に父はこの世にいなかった。
父・源義賢は、俺がまだ幼い時に討たれたのだという。
そのため、乳母の夫である中原兼遠殿が、俺を木曽谷へと連れて行ってくれたのだ。
「義仲、ここが、お前の新しい故郷だ」
「故郷……」
兼遠殿の言葉に、俺は呟きながら頷いた。
木曽谷は、山に囲まれた厳しい土地だ。
だが、俺はこの時、その厳しさも知らず、ただその勇壮な光景に目を奪われていた。
こうして、俺はこの地で育つことになる。
木曽谷で育つ中、俺は多くの土豪の子弟たちと出会った。
彼らは、俺と共に育ち、やがて俺に従うようになっていく。
そしてその中に、巴との出会いもあった。
巴は、中原家に仕える者の娘だ。
俺と同じくらいの年齢で、まるで子犬のように俺の後をついて回っていた。
俺が出かけようとすると、巴は決まって、息を切らして後を追いかけてくる。
「義仲様、待ってくださいまし!」
「巴、お前はいつも俺の後を追ってくるな」
俺が笑うと、巴も嬉しそうに笑った。
「わたくしは、義仲様と一緒にいたいのです」
巴の言葉に、俺は照れくさかったが、悪い気はしなかった。
こうして俺と巴は、共に山を駆け回ったのだ。
そこには何の憂いもなく、ただ木曽谷の山々の険しさだけが脅威だった。
しばらく後、俺達の遊びは様相を変えた。
木曽谷には、あちらこちらに深い魔穴があったのだ。
俺は、多くの武士がそうであるように、その魔穴に潜ることとしたのだ。
「義仲様、危のうございます!」
巴が心配そうに言ったが、俺は構わなかった。
「俺は、強くならねばならん。源氏の血を引く者として、いつか平家を倒さねばならんのだ」
「ならば、わたくしも参ります」
俺の言葉に、巴は決意した顔で頷いた。
こうして、巴もまた、俺と共に魔穴に潜るようになった。
巴は、次第にたおやかな女性へと成長していったが、見た目に反して武の技は確かだった。
さらに俺と共に魔穴へと潜り、鍛えられた結果、人の首を簡単に引きちぎるような怪力を振るうようになっていく。
俺もまた、山岳部特有の深度の深い魔穴で鍛えられ、凄まじい身体能力を手に入れていた。
山を駆ける速さは、まるで風のようであり、膂力でも巴を軽く上回るほどとなっていく。
こうして歳月が流れ、俺と巴は成人し、巴は俺の妻の一人となった。
俺には他にも妻がいたが、戦に同行できるのは巴だけだった。
「わたくしは、義仲様と共に戦えることを誇りに思います」
巴が、嬉しそうに言った。
「巴、お前は俺の力だ。頼りにしているぞ」
俺の言葉に、巴は深く頭を下げた。
お互い解っているのだ。
平家の横暴は、木曽谷にまで届いている。
何れ俺達は、源氏の名のもとに立たねばならないのだと。
そして、遂にその時が来た。
以仁王の令旨が届いたのだ。
俺はすぐさま決断した。
「挙兵するぞ。全ては、この時の為だったのだ」
「義仲様、某らは貴方に従います!」
俺の言葉に、配下の者たちが歓声を上げた。
木曽谷で育った者たち、共に魔穴で鍛えた者たちが、俺のもとに集まった。
そして、丸子と木曽で俺達は挙兵した。
その上で、まずは信濃と上野周辺で勢力を固めていく。
平氏は未だ強大な勢力であり、このままぶつかるわけには行かなかったのだ。
地元の豪族たちが、次々と俺に従ってくれた。
「義仲殿、某らも力を貸しますぞ」
「ありがたい。俺と共に、平家を倒そうぞ」
彼らの言葉に、俺は深く頭を下げた。
俺の軍勢は、こううしてまるで雪崩のように大きくなっていったのだ。
そして、俺は越後の城助茂を破った。
まるで嵐のように俺の軍勢が城氏を蹴散らし、北陸進出の足掛かりを築いたのだ。
「義仲様、見事な勝利です!」
「まだだ。俺らの戦いは、始まったばかりだ」
配下の者たちが、喜びの声を上げるも、俺は冷静に答える。
実際、清盛なき後の平氏は安定に欠いていた。
公卿化した平家の武士たちは、山野で鍛え上げられた俺の軍にとって、容易い相手となったのだ。
だが、平家も黙っていなかった。
俺達の軍を脅威と判断した平家は、俺達に向けて大軍を送り込んできたのだ。
「平家の大軍、およそ十万にとどくかと!」
「十万だと!?」
その兵力に、部下たちは恐れおののく。
だが、その兵力は、時として仇になることを、山野で育った俺は知っている。
「大軍も、常に多勢であれるわけではない。平家が進軍する先に、隘路はあるか?」
「それであれば、倶利伽羅峠が該当しましょう」
倶利伽羅峠という狭隘な山間地は、まさに俺が求める戦場そのものだった。
この様な地では大軍を展開など出来ない。
更に、山は俺の生まれ育った環境そのものだ。
こうして俺は、峠付近に本陣を置いたのだ。
更に、近づいてくる平氏の軍の背後へ、別動隊を動かしていく。
平地ならば平家の軍もこの動きを見て取れただろうが、険しい山地では見通せぬ上、俺の配下は山野に慣れている。
だが、これでもまだ平氏の大軍を相手するには足りないだろう。
それ故俺は、一つ策を弄することとした。
「大量の野生の牛と鹿を捕獲しろ。その角に、火のついた松明を付けるのだ」
配下たちは、最初は戸惑った顔をしたが、すぐに動き出した。
夜になり、俺の策が実行された。角に松明を付けられた牛と鹿が、まるで炎の獣のように、平氏の陣に突撃していく。
それも、ただ道に沿って突入させただけではない。
隘路を囲む山地からも、突撃させたのだ。
道を突き進む牛、山地を駆け下りる鹿。
この二種の突撃は、平氏の大軍を大混乱させたのだ。
「何だ、あれは!?」
平氏の兵たちは、夜闇に紛れ突進して来る獣たちに、恐慌状態に陥った。
炎を纏った獣たちが、陣営を駆け回る。
混乱が、まるで連鎖反応のように広がっていく。
「今だ! 突撃せよ!」
俺の号令で、俺の軍勢が一斉に攻め込んだ。
牛や鹿に紛れ襲い掛かる我らに、平氏の大軍は、混乱のまま崩れ去った。
まるで濁流に飲まれるように、平氏の陣営が瓦解していく。
「勝った! 勝ったぞ!」
俺の配下たちが、歓声を上げた。
この倶利伽羅峠での大勝は、俺の名を一気に高めた。
俺は、その勢いのままに北陸方面の平氏を次々に撃破していく。
そして、遂に俺は入京を果たした。
都に入った俺を、後白河法皇が迎えてくださった。
「義仲、そなたの働きは見事だ。そなたを『旭将軍』と称し、官位を授ける」
「ありがたき幸せ」
法皇の言葉に、俺は深く頭を下げた。
俺は、我が世の春を迎えていた。
連勝により、俺の名は天下に響き、配下の者たちも、俺の栄光を喜んでくれた。
「義仲様、俺らは貴方と共に、ここまで来ました!」
「お前たちがいたからこそだ。ありがとう」
……だが、俺の喜びは長くは続かなかった。
都での生活は、俺には合わなかったのだ。
更に山野で育った俺の軍は、京での勝手が分からない。
貴族たちの複雑な礼儀作法や、政治の駆け引き。
それらは、俺には理解できなかった。
さらに、大軍を都に駐留させたために、食糧難が発生した。
俺の兵たちが、食糧を求めて横暴な振る舞いをするようになり、一転俺達は非難される側へとなって行ったのだ。
「義仲の軍が、民から物を奪っているそうだ」
「都の治安が悪化している」
都の人々が、俺を非難し始めた。
公家たちも、俺を疎むようになった。
「義仲は、所詮は山猿だ」
「都には相応しくない」
そんな陰口が、俺の耳に入ってきた。
だが、俺には、どうすればいいのか分からなかった。
俺は、ただ平家を倒すために戦ってきた。
だが、都の政治は、戦とは違う。
「義仲様……」
巴が、心配そうに俺を見た。
「巴、俺は……どうすればいいのだ」
俺の弱音に、巴は優しく答えた。
「わたくしは、義仲様の味方です。何があっても、わたくしは義仲様と共にいます」
巴の言葉に、俺は救われた。
だが、状況は悪化していく一方だった。
後白河法皇も、最初は俺を賞賛してくださったが、次第に態度が冷たくなっていった。
「義仲、そなたの軍は、都に害をなしている」
法皇の言葉に、俺は何も言えなかった。
そして、遂に俺と法皇は決裂した。
法皇が、俺を排除しようと動き始めたのだ。
「くっ……俺は、何のために戦ってきたのだ……」
俺の心には、深い絶望があった。
だが、俺は戦うしかなかった。
だから、法住寺合戦で、俺は院近臣を排したのだ。
それによって権力を握れはしたが、これも恐らく長くは続かない。
「これで……俺は、都を治めることができる、はずだ」
そう口にしてみたものの、俺自身がその言葉を信じられずにいた。
事実、俺の行いは、さらに俺を苦境に追い込んでいく。
法皇と戦ったことで、俺は他の勢力に大義名分を与えてしまったのだ。
俺は、完全に孤立し、最早討たれる事を望まれる者へと変わってしまったのだ。
ある日、俺は都の夜空を見上げていた。
星が、まるで冷たい瞳のように俺を見下ろしている。
「何故……こうなったのだ……」
無意識に、俺は呟いていた。
俺は、ただ平家を倒し、源氏を再興したかっただけだ。
だが、今の俺は、誰からも疎まれている。
「義仲様」
巴が、俺のもとに来た。
「巴……」
「義仲様、わたくしは、いつまでも義仲様の味方です」
巴の言葉に、俺は少しだけ救われたものの、俺の心の重さは消えない。
そして、その日がやって来る。
「義仲様、東国で頼朝殿が軍を動かしたとのことです!」
「頼朝が……」
俺は、息を呑んだ。
頼朝は、俺の従兄弟であり、同じ源氏の血を引く者だ。
富士川の戦いの後、長らく動きを見せて居なかったと聞いている。
だがその頼朝が、ここで動いたということは、俺に敵対するということではないのか。
「頼朝殿は、こちらに向かっているとのことです」
そして予想した通りの配下の言葉に、俺の心は沈んだ。
(俺は……頼朝と戦わねばならんのか……)
俺の心には、深い悲しみがあった。
源氏同士で争う。
それは、俺が望んでいたことではない。
だが、もう引き返せない。
俺は、都で権力を握ったが、それが俺を孤立させた。
「義仲様、どうされますか?」
「……戦うしかあるまい」
部下の言葉に、俺は重い声で答えた。
俺の栄光は、まるで儚い夢のように消えようとしていた。
倶利伽羅峠での大勝、入京、旭将軍の称号。
全ては、今や遠い過去のように感じられる。
(俺は……何を間違えたのだ……)
俺は、自問した。
だが、答えは見つからなかった。
巴が、そんな俺の手を握る。
「義仲様、わたくしは、最後まで義仲様と共にいます」
巴の言葉に俺は頷く。
「ありがとう、巴。お前がいてくれるだけで、俺は救われる」
だが、同時にこのままでは、彼女もまた討たれる道をたどることとなる。
(せめて、巴だけでも生き延びさせたいものだな……)
ただ負ける気はないが、攻めてくるのは源氏の嫡流たる頼朝だ。
東国を支配下に置く頼朝の力は、一度動き出せば止められぬだろう。
そして、その戦いの結末は、既に見えている。
俺、源義仲の栄光は、今、終わろうとしていたのだった。
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