よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】 作:Mr.ティン
【源義経】
「九郎よ、お前に義仲の討伐を任せたい」
兄・頼朝の言葉に、私は素直に頭を下げた。
「かしこまりました、兄上」
私は、この時を待っていた。
義仲との戦い。
同じ源氏の血を引く者との相争。
それがどういう意味を持つのか、私は完全には理解していない。
だが、兄が望むなら、私はそれをするだけだ。
一軍を任された私は、脳裏に幼少期の記憶が甦った。
私が遮那王と呼ばれていた頃、私は鞍馬山の寺で育てられていた。
そこで私は、山の民と出会った。
「我は、鞍馬山の魔王尊。そなたに武を教えようぞ」
その者は、自分を天狗だと名乗った。
だが、後に語ってくれたところによると、修行の果てに天地の気との一体化を果たし、なおも自我を保つという仙人のような境地に至った方であるらしい。
度々人の前に姿を見せ、気まぐれに力を振るうため、世の人々からは、鞍馬山の魔王尊と呼ばれているのだとか。
もっとも、その時の私は、その事に何の疑問も持たず、ただ武の師に出会えたことを喜ぶばかりだったのだけれど。
この天狗の師匠は、武芸の才のある者を育てることは好んでいた。
「そなたは、源氏の血を引く者。やがて、大きな役目があるであろう」
魔王尊が、そう言った時、私にはその言葉の意味が分からなかった。
だが、私は魔王尊に従い、武芸を磨いた。
刀、槍、あらゆる武器の扱い方を学んだ。
古から続く軍略の数々についても。
そして、天地の気を感じる感覚も身につけた。
その様に修行の日々を送っていた、ある日のこと。
私は五条の橋で暴れる僧兵の噂を聞いた。
語ってくれたのは、他でもない師匠の魔王尊だ。
「そなたは、かつて源頼光が、様々な強者を配下にして四天王としたことを知っておるか」
「いいえ、私は知りません」
「そうか。えてして、武を極めた者の元には、その様な強者が集うものなのだ」
そうして、師匠は坂田金時など素晴らしい豪傑の話を語ってくれた。
その上で、師匠は私にこう告げたのだ。
「その様な者になり得る僧兵が、五条の橋で面白い事をして居る様だ。故にな、遮那王。五条の橋に赴いて、その僧兵に会ってみよ」
「あってどうすれば?」
「それは、お前が決める事だ」
魔王尊の言葉に導かれるようにして、私は五条の橋へと向かった。
そこで、私は見た。
熊のような巨躯の僧兵が、道行く武士たちに勝負を仕掛け、勝った後に武具を奪う姿を。
まるで小屋が動いているような巨躯で、柱のような長刀を振るう姿は、まさしく豪傑と言うにふさわしい。
なるほど、これは面白い。
私は、師匠の魔王尊に、心で感謝していた。
そんな私を、この僧兵は目に止めたらしい。
「そこの若き者よ、一勝負いかがか? 我が勝てば、その腰の刀を頂戴するが」
その様に、私へ声をかけてきた。
刀か。
私が佩いているのは、愛刀の『薄緑』だ。
父より受け継いだこの刀を差しだせと言われて、さしもの私も少し腹が立った。
故に私は、この僧兵に問いかける
「其方が勝てば……では仮に、私がかった時は如何に?」
「勝負を挑んだのだ。この命を取るにしても、好きにするがいい」
好きにしていいと言われても、困る。
だが、そこで私は師匠の言葉を思い出した。
なるほど、かつての頼光四天王の様に、私にもいずれ部下が必要になるとの事なのか。
なら、答えは一つだ。
「であるなら、私が勝てば家来になってもらいます」
「家来か……よかろう。であるなら、そなたが勝てば、我は貴殿の配下となろう。逆に我が勝てば、そなたの刀をもらい受けよう。それでよいな?」
「勿論」
私は、その条件を受け入れた。
そして、もう一つだけ問いかける。
「御坊、名は何と? 私は、牛若丸といいます」
「弁慶。武蔵の国より参ったが故、武蔵坊とも呼ばれておる」
こうして、私達は出会ったのだ。
後に知ることになるが、弁慶は世の乱れを憂いて、千手観音に千本の刀を捧げるという誓いを立てていたのだという。
そして、九百九十九本の刀を集め、残りあと一本というところで、私に出会った。
「弁慶殿、その千本の刀という誓いは、何の理由からですか?」
私が尋ねると、弁慶は深く考えてから答えた。
「拙僧は、世の武士が、仏法に照らし合わせた時、本当に正しいのかという問いかけをしておるのです。そして、僧でありながら武を示す僧兵というあり方それ自体をも問うておるのです」
弁慶の言葉に、私は何か不思議な感覚を覚えた。
私は、そのような問いかけをしたことがなかった。
だが、そのような思考に浸る時間は与えられなかった。
すぐさま、弁慶は動いていたのだ。
柱のような長刀を、小枝の様に軽々と弁慶は振るう。
その度に旋風が巻き起こって、砂塵が宙に舞い上がるほどだ。
もし掠りでもしたら、それだけで大きく吹き飛ばされてしまうだろう程、弁慶の膂力は抜きんでていた。
そんな弁慶に対して、飛燕のような身のこなしで私は動いた。
弁慶の武は、まるで山が動くようで、その迫力は凄まじかったが、そんな山の合間を駆け抜けるのが、風だ。
私には天地の気を感じる能力がある。弁慶の動きの全てが、私には見えた。
そして私の動きは、隼よりも鋭く、速い。
まるで疾風が駆け抜けるようにして、私は弁慶の攻撃を躱してのけた。
「うおおおっ!」
弁慶が叫ぶ。
今まで多くの武士を屠って来た強力が、私の前では通用しないのだ。
放たれた渾身の一撃。その一撃は、地面を砕くほどの力を持っていたが、当たらなければ意味は無い。
そして私の身のこなしは、風に舞う落ち葉よりも軽いのだ。
そう、山が幾ら聳えようとも、風は砕けない。
そして風は時として、大木さえもへし折るのだ。
それでも、風さえ砕かんとする一撃を、弁慶は放った。
だが、それこそが私の望んだ一撃。
渾身の力を込めたが為に、直後に生まれる隙。
私は扇を持ち出し、好きを晒した弁慶の眉間へと、一撃を入れた。
「弁慶殿、この扇が短刀であったなら、既にそなたの命は無かったはずです」
「……確かに」
私の言葉に、弁慶は己の敗北を悟ったようだ。
大願の成就まであと一歩まで迫った末の敗北。
本来なら取り乱しそうなものだけれど、弁慶の顔はいっそ晴れやかだった。
「承知いたしました。拙僧は、貴殿の配下となることを選びます」
弁慶が、深く頭を下げた。
後に、弁慶はこの時のことを語ってくれた。
曰く、御仏の託宣を受けたのだと。
こうして、この時から、弁慶は私の最も信頼できる配下となったのだ。
だが、その後、平氏が天下を制した。
父を失い、生き残った一族もまたバラバラにされてしまう。
頼朝兄上は、伊豆へ。そして私は、奥州へと流刑となった。
だが、奥州は前九年の役、後三年の役の結果、源氏の名声が高い土地だった。
私は、奥州の支配者である藤原氏に庇護されることになったのだ。
奥州での日々は、穏やかだったけれど、同時に私の心は、いつも外を見ていた。
(いつかは……私も動く時が来るであろう)
私は、そう思っていた。
その為、この地でも修業は欠かさなかった。
更にこの地の出会いにより、弁慶以外でも私の配下となることを望む者達が現れた。
それは奇しくも私にとって、かつて師匠が語ってくれた頼光四天王のような者達となって行ったのだ。
そして、その時が来た。
以仁王から、平氏打倒の令旨が発せられたのだ。
「私は、兄上の元へ行かねばなりません」
「拙僧も、お供いたします」
配下の者たちに告げると、弁慶が私のもとへ来た。
弁慶の言葉に、私は嬉しく思った。
「ありがとう、弁慶」
「ではいこう、兄上の元に」
こうして、伊豆で挙兵した兄・頼朝のもとへ、私は馳せ参じた。
そして参戦した直後の富士川での戦いでは、私は天狗に教わった軍略の片りんを見せることができた。
兄も、私の働きを認めてくれたのだ。
そして、今、私は義仲討伐軍の一翼を任された。
弁慶が、私のもとへ来た。弁慶の表情には、わずかな不安が見えた。
「殿、進言してかまわぬか?」
「何ですか、弁慶?」
「同じ源氏同士の戦い。果たしてそれで本当にいいのか。拙僧は、そのことが気がかりでなりません」
弁慶の言葉に、私は頷く。
義仲殿は、私にとっても従兄弟にあたる。
一族内の争いなど、弁慶が言うように不毛であるのだろう。
だが、私には複雑なことは分からなかった。
ただ、兄上が命じた。
それだけで、動くには十分なのだ。
「弁慶、兄上がそう望むなら、私はそうします。裏に何があるのか、私には理解できません。ですが、兄上を信じます」
「拙僧は、殿に従いまする」
私の言葉に、弁慶は深く頭を下げた。
弁慶の他にも、私の配下となった四天王たちが集まってきた。
「殿、拙者らは、貴方の命に従う所存です」
彼らの言葉に、私は素直に喜んだ。
「ありがとうございます。皆で、兄上の望みを叶えましょう」
私の軍勢が整備され、準備が整った。
「では、行くぞ! まずは、京へ!」
私は、無邪気に言った。
弁慶たちの顔には、わずかな心配が見えるが、私には それが理解できなかった。
私は、ただ前に進むだけだ。
天狗に教わった身のこなしと軍略。
そして、弁慶たちの力。
これらがあれば、義仲も、逃れた平氏をも倒せるはずだ。
「義仲よ、覚悟せよ」
私の軍勢が、鎌倉を出発した。
白い旗が、風になびいている。源氏の旗だ。
だが、その旗の下で、源氏同士が相争おうとしている。
その矛盾に気づく者もいれば、気づかぬ者もいた。
私は、完全には理解していなかった。
だが、それが今の私の運命なのだと、素直に受け入れていた。
弁慶が、私の横に立った。
「拙僧は、いつまでも殿と共にいます」
弁慶の言葉に、私は嬉しく思った。
「ありがとう、弁慶」
そして、私の軍勢は、義仲へと向かって進んでいった。
天地の気を感じながら、私は前を見つめる。
何が待っているのか。
私には分からない。だが、それでも私は進むだけ。
それが、私の宿命なのだから。
雲の間を、白い旗が揺れていた。
新しい時代へ向かう、その歴史の転換点に、私、源義経は立っている。